謡曲共通語
岡島昭浩
- 05/1/8(土) 1:22 -
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方言差を謡曲で克服した話の追加例です。
米谷隆史氏にご教示いただいたものです。
福地桜痴『夢が夢中』明治27年
第十七回 謠曲は官話
「コリヤ珍らしい眞間世杜撰齋が改まつて一議題を提出するとは何なる議題で有か一同これにて承はらう」と余は機密室の椅子に着座したれば。眞間世は卓子の向に立て眞『今日タ申上るは餘の儀でも御座らぬ、抑も言語一定の事は兼々閣下の御賢慮も在せらる丶儀に付き此程より是なる建板利手朽程の三人とも相談を遂げたる所が實に今日の、如く日本八十餘州その方言まち/\にては議會に於て討議の趣意も相互に詞が分らねば意味も通ぜず。既に珍急動議を初として議論の言語その方言土音を異にするが爲に第一には議會の神聖を傷つけ第二には意味の徹底いたさぬ事が屡々是ありて御座る、現に官報その他諸新聞に載たる議會速記録を見ても徃々其證跡が見える。例ば
『それで此案の如く議决に成らねば議論も兎も角實地が都合よくは行はれまいと案じます』
と云ふ事を
『そいで此案のごつ議决んならんたア、議どんなとんなく、實地がよがごつ、いかんもんと案じるばい』
と説明されちやア奧羽の者には分ちず
『ファーわたくず、がア考ぎやアてエ、見申すと、此ずうれゑヱにやア、ちくとんべい、すうせいのウくはいて見んと、 成り申さねヱ』
と論じても
『ハイ私しが考て見ますれば此條例には少々修正を加へて見ねば成りません』
と聞取る人は關西ものには無からうと思はる丶。勿論歐洲にも片田舍の方言が有ますけれど皆學校で都府の言語を稽古しますに由て教育あるものは田舍ものでも都人と同樣の言いひなれば議塲は愚か如何なる集會の塲所でも中等以上の人物同士で話しの分らぬ事は御座らぬ、コリャ歐米ばかうで無い既に開明の度に於ては我より數等下つたる支那の如き國でさへ流石に文華の國柄だけあつて上流の入は皆方語を棄て官話を申しますじや官話とは即ち都一府の詞で北京の音ゆゑ是が官府其外の公用語と相成て居るは恰も歐洲大陸の佛語に於けるが如しで御座る、然るに我日本には此の普通用語の官話たるものが無い。東京の詞は固より關東訛のベヱ/\詞、と云て西京のドス大坂のサカイも同じく訛が澤山で普通には用ひられぬ。ソコデ古い咄しに昔し薩摩のお使者が仙臺の屋數に、徃た時に詞が通じ無ゆゑに殿様の御用向に間違が有ては身の上の一大事と心配して謠曲の詞で
『是は薩摩の守の殿より參つたる使者にて候』
と案内すると
『お使者には先々是へ御通り候へ御口上の趣きそれがし承はらうずるにて候』
と答へて旨く雙方が用便をしたと云ふ事が有る、コレ即ち謠曲が武士の教育の一部に成て居て訛が無い故で御座る、幸ひなるかな謠曲は大抵中等以上のものが習つて居る、習はぬ迄も聞噛り位はして居るに依て差向き貴衆兩院の會議には謠曲詞を用ふべしと云ふ事に致し度と存じて擱下より此議を速に御建白あそばさるヽ様にと存じ奉る。併し其御建白が採用に相成つても實地に差支あつては成らぬと考へましたれば實は今日閣下を假に議長に願ひ、我々共が假に議員に成り、御分家の牛太郎も村會に出た事もあり謠曲も少々心得て居ますれば假に書記に致して謠曲詞で議事の躰を試驗いたして見たいと存じますが如何で御座りませう御許諾下し置れなば私ども一同あり難う存じ奉る」
と相述たり
「成ほど普通用語の事は今日教育社會の一問題殊に議場の用語は差向たる實際の問題なれば謠曲詞を用ふるは至極宜らう此詞は足利頃の詞なれば第一古語保存の役にも立つで有う。然らば兎も角も試驗して見やう」
と裁可したりければ。イザさらばと廣間の座數を議場の躰にして余は一段高き所に議長席を占め牛太郎書記は其下に着座し四人の者等は左右に並び試験をぞ初めたる
牛太郎書記は立て議案を余が机上に置けば余は是を請取り一覽して得意の寳生流にて聲はり上て
余「いでたる案は議しぬべし/\いざや議事に掛らん
真『是は議員真間世の何がしにて候某さる意見あつて諸藝の痛く廢れたるを嘆き貴族衆議兩院の力を仰ぎ諸藝再興いたさせ申さばやと存じ候
建『おん志しは殊勝に候去ながら諸藝再興の意見とのみ御座あつては其趣意がらも朧氣に候ふ間一通り御述候へ我々是にて承らうずるにて候
余『いかに眞間世疾々意見を述べ候へ
真『畏つて候抑も此議案の趣意と云ぱ諸藝の數の多き中に殊に勝れて目出度は、長唄琴唄大薩摩、常磐津清元新内や、一中節に河東なり、富本園八いまは廢れて候ヘど皆無にては候らはず、中にも義太夫の淨瑠璃は語りものゝ司ゆゑ賞翫一方ならざりしに移り徃く世の習とて斯る目出度音曲もど丶一甚九に蹴落され。聞手も無きぞ哀れなる/\
利『近頃御尤の御事にて候歌舞吹彈は治まる御代の、花なれば再興の望は唄のみにては候ふまじ
眞『實に/\夫も心得たり。舞には男女の別ちあつて長唄ものや端唄もの。道行ものは豊後ぞと。飛燕歩蓮の舞の袖。輕羅細腰の踊の手。今は廢れて習ふものなし
(以下略)
【733】
Re:謡曲共通語
岡島昭浩
- 05/2/24(木) 21:20 -
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石黒魯平『標準語』明治図書 昭和25.1.30 p22
徳川の統治わ3百諸侯そのものだけであツて,その諸侯わ公式にわ「謡曲言葉」などを“Esperanto”に使ツてゐたから,地方同志でも,地方対中央でも方言の切磋琢磨は全然その機会を与えられなかツた。(国語史序説,p.172等参照。)
(『国語史序説』に謡曲はなし)