2000年02月18日

「差別語」問答(畠中敏彦)

先日、あるテレビで「気が狂ったように・・・」の発言に対し、
司会者が差別語だから気をつけるようにと、言っておりました。

たしかにスマートな表現ではありませんが、これって差別用語?


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 18日 金曜日 22:05:43)

「放送上避けたい言葉」の範囲は広く、差別意識を伴わないと思
われる語でも、過去に指摘があったことばは放送しないようにな
っているようです。放送の場合、水道と同じく栓を捻れば各家庭
にあふれるものなので、ある程度の用語の不自由はやむをえない
かと思います。

とはいえ――
最近の、釈然としなかった例。

「別に焼き餅焼いてるわけじゃないけどさ、こっちが……で頑張
ってるのに、奴は若い女とくっつきやがって」
(「12人の優しい日本人」1991年・中原俊監督=NHK 2000.01.02
  01:00放送)

……部分は消音。独身男を意味する朝鮮語。ビデオ版で確認。
独身者差別と、民族差別の両面から消されたとおぼしい。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 19日 土曜日 18:46:24)

発言者にmailtoタグをつけるのはいいアイデアかと思いましたが、
目次から発言者名をクリックしても発言が表示されないという
ことになってしまうのですね。


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 21日 月曜日 8:58:20)

↑パソコン用語に弱いので、ピントはずれの発言だったらごめんなさい。

最近、差別語の基準が曖昧(というより困難)になっているようです。
匿名やニックネームで結構ですので、どんどん発言(問答)していただ
ければよいなぁ、と思いこのコーナーを設定させてもらいました。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 21日 月曜日 12:19:22)

先ほど、NHK第1ラジオを聴きながら作業をしていました。
トーク番組で、ボリビアへ笛を吹きに行ったというゲスト
の話。ところがこのゲストが放送上避けたい言葉ばかり
使うので、青木裕子アナが慌てて訂正していました。
「あっ、それは、現地の方ということですね」
「あっあっ、それは、無我夢中で挑戦したということで
すね」
話の流れを乱さず、即座に言い換え語が出てくるあたり、
青木アナはさすがにベテランです。


言魔 さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 22日 火曜日 9:31:24)

差別語も常に進化しているような気がします。ここで思ったのが、
落語の「寿限無」には変形版があり、寿限無が井戸に落ち、助けを
呼びに行った人が「大変だ!寿限無寿限無五劫のすりきれ..(以下略)が
井戸に落ちたぁ!」と名前を言っているうちに寿限無が死んでしまったと
いうのがありますが、例えば、「カタワ」という表現はいけないので、
「カラダの不自由な方」と言い換えていますが、やがてそれもいけない
表現とされてしまい、「身体的に欠陥のある方」とかだんだん長く
なっていってしまったとしたら...茶化しているような発言で
申し訳ありませんが、物事を適確に伝えていたはずの言葉を曖昧に
してしまっている場合が多いので、時々理解できなくなってしまう
ことが発生します。

身体的欠陥をバカにするような表現は差別語と考えるべきでしょうが、
あくまでも、私見ですが、精神的欠陥の場合は、ある意味、昨今の
「てるくはのる」の輩とか、柏崎事件の輩のような事件が後を絶たない
わけですから、表現の前に、行政がなんとかすべきではないかと...

言葉のよろずや


沢辺治美 さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 22日 火曜日 12:12:22)

ずーっと思ってたんですけど、「はげ、でぶ、ぶす」という言葉は
ものすごく他人を傷つける言葉なのに、どうして放送禁止にならないのでしょう?


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 22日 火曜日 14:20:22)

運動会の「障害物競走」は、かっては違和感のないことばでした(少なくても私は)
が、こんにちでは、身体に傷害のある方を中傷する差別用語である、という意見が
あるようです。

これはまさに言魔さん↑の言われる
>「カラダの不自由な方」と言い換えていますが、やがてこれもいけない
>表現とされてしまい・・・
に共通するものがあるのでは。

差別語→言い換え→一般化→差別語 ということでしょうか。


ヨブ さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 23日 水曜日 10:22:14)

ちょっと前の事で、「ちびくろサンボ」は差別図書だ、、ということが問題になって、絶版になりました。個人的にはとっても好きだったし、差別してた意識もなかったので、残念でした。傷つく人がいる、ということはこういう問題で第一に考えるべき事なのでしょうが、もう一つ腑に落ちないのでありました。おまけに、どこかの県が過剰反応して、「ちびくろサンボ」を公的な機関から抹消するべく、「焚書」の通達を出して、大騒ぎになってましたねえ、、、。


taijaS さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 23日 水曜日 16:40:57)

「ちびくろサンボ」絶版は1989年前後('88年末から'89年初頭)の出来事、むしろ先ごろ復刻再販されたことで話題になり、NHKのクローズアップ現代などで取り上げられて注目された。
復刻再販をめぐっての賛否両論とメディアの動きなどについては、京都産業大の灘本氏のサイトの「サンボ新着情報」あたりが詳しい。再販の是非などをめぐって議論がなされているBBSもあり。

差別の問題は難しいと思います(受けた側が不快な想いをしたり傷ついたりしたら、それでもう十分「差別」でしょう。セクハラやいじめと同じですね)。ただ、ニュースで見た本屋の売場の映像だったか、サンボ絵本のコーナーにかかげられた「おかえり!サンボ」の文言は印象的でした。本を愛し、この物語を愛し、サンボを愛した人が書いたのだろうと、胸が熱くなりました。

余談ながら差別と言えば、昨今では「親が、生まれてくるこどもに"五体満足であって欲しい"と願う」のも、身障者への差別だからいけないことなのだそうです。(cf. こんなのも:News23 多事争論


沢辺治美 さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 23日 水曜日 17:30:03)

そういえば、カルピスのマークが問題になってたなぁ
と、思い出したので、検索してみました。


沢辺治美 さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 23日 水曜日 17:31:46)

↑↑↑失礼しました。ここです。

ここ


ヨブ さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 23日 水曜日 18:16:32)

あまり一般的ではないのですが、日本のキリスト教界の最大手(と言う言い方も問題かなあ)の某教団の「讃美歌集」には「差別語、不快語の読み替えのお願い」とかいう紙切れが挟まれています。「卑しき賤の女=マリアさんのことを言うのですが、駄目だそうです。「水夫」も差別語だそうです。とてもとても訳がわかりません。


通行人 さんからのコメント
( Date: 2000年 4月 03日 月曜日 12:27:52)

テレビで、
「気ちがいみたいに・・・」の発言にたいし、差別語だと司会者が指摘していました。
多少の疑問は感じますけど、ここまでくると、会話が萎縮しちゃいますネ。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 9月 01日 土曜日 22:16:50)

2001.09.01 14:00「第31回NHK講談大会」で、神田紅「桃太郎」を鑑賞。

原作・芥川龍之介の“桃太郎新解釈”で、内容は昔話のとおり鬼ヶ島に鬼退治に行く話。途中、「鬼の・長」「鬼の・長」というのが2回。「・」の部分、VTRが切られて編集されていることが、アクセントの不自然さから察せられる。放送上避けたいことばであるため、処理を施したものとみえます。なるほど、それでも意味はなんとか通じます。

ところが、一方では、最近あった殺人事件をもじったくすぐりが、そのまま放送されている。これはいかがなものか。被害者の関係者がテレビを見ないともかぎりません。こういう部分こそカットしてほしいもの。ブラックユーモアは、少人数の、テレビカメラの入らない寄席や劇場にとどめておくべきだと思います。


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2001年 9月 02日 日曜日 11:12:22)

本題から多少横道にそれるかもしれませんが、

例えば、「姑息なやり方だ」とよく言います。
"姑息"や"姦しい"のように「差別文字(このケースでは女性差別?)」論争がそのうち顕在化するのではないかと思っているのは、僕だけでしょうか。


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 9月 03日 月曜日 14:50:22)

「婦」について言われていること(「ほうきを持った女が「婦」なんて!」というような)が、他の文字にも普及しそうだ、ということはあるかもしれませんね。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 9月 03日 月曜日 17:10:40)

関連はこちらのスレッド。

こどもたち


烏捉斎 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 06日 土曜日 09:52:44)

先日のラジオから...
トーク番組中の出来事です。

ゲスト:僕は子供の頃からビッコだったのでいじめられましたがそれをバネにして...
アナウンサー:足が不自由でいらっしゃったんですね。一旦コマーシャルを挟んでトークを続けます(焦ったように)
〜コマーシャル〜
アナウンサー:先ほどの放送中、不適切な表現があったことをお詫びいたします。さて....

神経質にもほどがあるわいっ!!と思ったのは私だけでしょうか。(この表現もなんだか最近良く使われますが)


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 06日 土曜日 11:27:35)

烏捉斎さんの言われるとおり↑神経質な感じがしますね。

たしかに最近では「ビッコ」は差別用語であることに異論はないでしょう。
アナウンサーは、ゲストの発言のビッコについて言われたんでしょうが、当例では当事者本人の発言なので、一概に不適切な発言とは言えないと思いますね。


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 06日 土曜日 11:31:25)

↑すみません。操作上のミス?で3回送られました。
2つは、削除をお願いします。

(削除しましたが、このコメントは残します……岡島注)


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 06日 土曜日 18:43:39)

 すみません。

 捜査ミスではなく、cgiとサーバの相性が悪いことによるものです。書き込み後に、「最近の発言状況」が出てすぐブラウザのウィンドウを閉じるか別ページに移動すれば多重書き込みには成らないようですので、そうして頂ければ幸いです。

 スクリプトを調整中ですが、難航しています。


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 06日 土曜日 21:06:48)

岡島先生へ
cgiとサ−バとの関係、了解いたしました。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 07日 日曜日 17:33:01)

「びっこ」は使わなくなりましたね。たとえご本人が言ったとしても、その人「特有」ではないので、原則、放送上はだめなことはだめでしょう。(不適切という意味で。)でも、ご自分のことをおっしゃってたった1回ならば、それで急遽CMを入れて時間稼ぎして、その間に協議して「CMあけでお詫びする」というのは、やはり「神経質すぎる」と言えるでしょう。
放送でめったに耳にしなくなった、こういった言葉の中には、若い人たちにとっては、もはや「差別語」という認識はなくなっているものも随分あるようです。たとえば、「熱狂的タイガースファン」をあらわす「トラキチ」などは、言葉としては聞いたことはあっても、それが「トラ・キチガイ」の略称であることを知っている若者(20歳前後)は少ないようなのです。「ツリキチ」も同様でしょう。こういった状況下で、「寝た子を起こす」ように「実はこういった経緯なので、使うのはよしたほうがいい」などと教育することの必要性は、いかばかりか?とも思います。
難しい問題です。

ところで、先日、サッカー日本代表時期監督と目されジーコ氏についての形容で「白いペレ」と言うのがありましたが、これはやはり人種差別的なにおいがするのではないでしょうか?どうでしょう?


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 07日 日曜日 23:27:46)

道浦さん↑の「白いペレ」に関連して。

個人的には、やはり私も道浦さん同様、差別的印象を受けますね。
かって、私には次のような経験があります。
1)海外勤務の長い同僚が、相手方(米国人)から「You are a yellow!」(この黄色人種め!くらいの意か)と言われ憤慨していたこと。
2)オーストラリア人と話したとき、「Negro」(黒人)を連発するので、それは差別用語ではないかと聞いたがそんなことはない、と言っていたこと。

等々から、皮膚の色を直接表現することは人種差別的になるのかどうか、私もわかりません。


烏捉斎・言魔 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 08日 月曜日 09:42:24)

諸々の差別表現の中、私が発言した「身体的差別用語」というか、いわゆる体の不自由な方に対するものはやはり、失礼であるし、考える必要性はあるものと思いますが、肌の色に関しては、1970年代、米国(中西部の差別が未だに残っていた地域)留学中の私が白人に対して「この白人め!!」のような表現で対抗しておりました。むしろその発想が仲間に受け入れられ、「差別」ではなく「個性」としての肌の色として、何ら問題なく会話に取り入れていたような気がします。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 09日 火曜日 00:23:31)

畠中さん、そうですね。たとえば日本人選手が「黄色いペレ」とか「黄色いベッカム」と言われたら、・・・・「ペレ」「ベッカム」はうれしい反面やはりムッとするのではないでしょうか。
肌の色とは離れますが、その昔、ボクシングの辰吉丈一郎が売り出してきた頃、「なにわのタイソン」と言われましたが、彼は「俺はタイソン二世でもなにわのタイソンでもない。辰吉丈一郎や」と言ったことがありましたが、勝手に誰かにたとえると、本人もたとえにされた人もいやーな気がしていることもあるのでしょうね。少し、話しがそれましたが。すみません。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 10日 水曜日 12:19:53)

何年か前、NHKの番組で漫画家の矢口高雄さんが招かれたとき、アナウンサーが「矢口さんの、一世を風靡した代表作といえば、釣りをテーマにしたこの漫画です!」と言って、『釣りキチ三平』の単行本の表紙を映し出したのにはずっこけました。

矢口さんも、自分の代表的な作品のタイトルが放送禁止とあっては切なかろうと同情しました。

2002.06.27 NHK「にんげんドキュメント 釣り少年ふるさと賛歌〜漫画家・矢口高雄の再挑戦〜」で『釣りキチ三平』が取り上げられることを知り、さてNHKは、やはり「この漫画」「この漫画」で通すのかと思いつつ視聴しました。すると、ナレーターは3、4回、正確なタイトルに言及していました。

2002.04.14にはNHK「課外授業ようこそ先輩」という番組で、やはり矢口高雄さんが出演したそうですが、このときはどうだったか、見ていないので存じません。
NHKラジオの「ハングル講座」の放送では、朝鮮語・韓国語のこと「この言語」「この言語」という表現で通しています。よくよく「この」とか「あの」とかが好きな放送局とみえます。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 07月 11日 木曜日 07:26:48)

私の記憶では、確か矢口高雄さん自身が「釣りキチ三平」のことを、「ぼくの代表作である”釣りマンガ三平では・・・・。」とおっしゃっていたと思います。そこまで締め付けるのか!という思いと、「自分の作品に誇りはないのか!?」という思いが錯綜しました。
2002、06、27の「にんげんドキュメント」は見ていませんが、そうですか、ちゃんと行ってましたか。当然ですよね。
それにしても「世界の記録を集めたあの本」など、NHKさんは「こそあど言葉」が好きですなあ。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 09月 07日 土曜日 13:48:38)

CD「ジス・イズ・ミスター・トニー谷」(ビクターVDR-1454、1987)には改ざんの跡があります。

「サンタクロース・アイ・アム・橇{ソーリ}」という歌のセリフは、歌詞冊子では

年に一度のコッチャ エキストラ
あたしや しがないニコニコかぎよう
ざんすからネー
とあり、CDの音声でもそうなっています。しかし、音声で聞くと「ニコニコ」の部分のアクセントがどうもおかしく、原盤では日雇い労働者を意味することば(「ニコヨン」)であったのをつぎはぎ編集したものと考えられます。

ついでに、「クレイジーシングルス」(東芝TOCT-6030・31、1991)では植木等「シビレ節」が

国中みんなでシビレてる
じいさんも●●で
これまたまたまたシビレてる
と脳卒中を意味することば(「中気」)が黒丸で塗られ、ボーカル音声も消えています。差別語とまではいえないが、不謹慎ということでしょうか。同盤に収録されている「無責任一代男」も、歌詞では
いねむりしながら●●●バン
それでも社長になった
と墨塗りですが、音声は無事という、苦肉の(?)対応がなされています。

「ブギの女王 笠置シヅ子全曲集」(コロムビアCOCA-10329、1992)の「買物ブギー」は1950年の初録音ではなく、何年かあとの再録音を音源に採用したようですが、「オッサンオッサンオッサンオッサン わしゃ……聞こえまへん」の……の部分(「つんぼで」)をまるごとカットして前後をつないでいるため、リズムもメロディもずたずたになっています。もちろん、この処置は1992年前後にこのCDを出すときに行われたのでしょう。

「買物ブギー」は歴史的な流行歌なのに、放送で歌われる場合はおおむね「わしゃ聞こえまへん」という、妙な変拍子のリズムで歌われるようです。私はオリジナル完全版の収録されたドーナツ盤を持っていましたが、どこかに行ってしまいました。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 09月 08日 日曜日 20:49:59)

なんとなく、私の持っているCDを、Yeemarさんは、皆お持ちなのではないかと思ってしまいます。

 クレイジー・シングルス、これもまだ発見されませんが、これの歌詞カードはEPレコードのものの複製ですよね。それを黒丸で消しているというわけですね。音声的には「●●で」の「で」の部分までボーカルがありませんでしたね。
クレイジー・デラックス(1986.8.22)では、「めくらバン」はそのまま表記。「シビレ節」の方は「じいさんも・」となっていました。

 「買物ブギ」が入っているもので持っているのは、「ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌」のビデオぐらいです。問題の部分はおそらくそのようなことなのだろうと思っていましたが、オリジナルの形で聞いたことは残念ながらなく、Yeemarさんの御情報のおかげで、やはりそうであったのかと、思ったことでした。ありがとうございました。


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 11日 水曜日 22:55:17)

本日午後のNHK第一放送で、アナウンサーが、
「先日、運転手(さん)について“運ちゃん”と放送しましたことを、お詫びいたします」と、言っておりました。


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 03月 04日 火曜日 04:43:53)

昨日のテレビ朝日の番組の中で、司会者とコメンテイターとの間で(差別語という観点から)ちょっとした論争があり、
「気が狂ったように」の発言は問題ないが「気ちがい」は問題あり、というようなことを言っておりました。
両者に差異はあるのでしょうか。


田島照生 さんからのコメント
( Date: 2003年 03月 05日 水曜日 21:40:43)

畠中さんと似たような疑問なのですが、「気狂い」と「気違い」とに差異はあるのでしょうか。ゴダールの“Pierrot le fou”(1965・仏)は、公開時に『気狂いピエロ』と訳され、ヴィデオもDVDも題名はそのままなのですが、地上波(だったと思います)で放映されたときは、『ピエロルフ』になっていました。

ところで、ヴィデオで録画しておいたATGの曽根中生監督作品『不連続殺人事件』(1977)を観たのですが(昨年の八月に読売テレビ『シネマダイスキ』で放映)、その作品中に、

「だんな様は四つ足を避けておられ、今夜は鮎の塩焼きと…」

という表現が出てきました。読売テレビの『シネマダイスキ』に登場する映画は、ノーカット完全版で、しかも消音を施さずに放映されています(映画が始まるまえに、「当時の時代状況に鑑み、作品のオリジナリティを尊重するため」云々というテロップが流れます)。このようなテロップをかりに流さない場合、この文脈で「四つ足」に消音が施される可能性はあるのでしょうか。

ちなみに、以下の参考ページの「主要マスコミ『言い換え』用語集」では、「四つ(足)」はランクC(「文脈によっては使わないほうがよい」)の言葉として取り上げられています。

“差別用語”と呼ばないで


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 03月 07日 金曜日 18:39:56)

田島さんご紹介のHP↑拝見いたしまた。
過去の推移を見ますと、差別語だからと他の言葉に言い換えても反復・継続して使用され皆に浸透されると、またそれが差別語になってしまう。
たとえば、アルコール依存症や統合失調症も、そのうち差別語に転じてしまうような気がするのは、私だけでしょうか。


畠中敏彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 03月 17日 月曜日 06:09:13)

「平和ボケ」、「核アレルギー」ということばは使ってはいけないと、ある評論家が言っておりました。
ボケ状態にある人、アレルギー症状の著しい人を、間接的に中傷しているというのが、その理由のようです。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 04月 16日 水曜日 13:58:03)

2003.04.16「スタジオパークからこんにちは」で、ゲストの斎藤晴彦氏、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」の旋律に乗せて漱石「吾輩は猫である」の冒頭を朗読するということを試みました。

「ああ、それはいけない」と私は思わず思ったことでしたが、斎藤氏はおめずおくせず、文庫本を取り出し、「♪吾輩は猫である〜名前はまだない〜」とBGMに合わせて歌い始めました。

「たいがいのところでやめるだろうか」と心配しつつ聞いていましたが、「♪それは書生という〜人間の中でいちば獰悪な種族であったそうだ〜」と、斎藤氏、なかなかやめません。

「もうやめるか、もうやめるか」とこちらは手に汗を握ります。しかし斎藤氏はますます調子に乗って早口で先を読みます。しまいに

「♪第一毛をもって装飾されべきはずの顔がつるつるしてまるで薬罐だ〜、その後猫にもだいぶ会ったがこんな」

で一瞬、斎藤氏は真顔になったようでしたが、そのまま早口をゆるめず

「♪こんな放送禁止用語には一度も出くわしたことがない〜」

と意味不明の朗読を続けました。ご自分が読む文章を下読みしてこないからこういうことになります。

これがもし「坊っちゃん」の朗読であったなら、もっと早く打ち止めになったでしょう。「♪いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい、弱虫やーい、と囃したからである……放送禁止用語に負ぶさって帰って来た時……」

漱石作品というのは、今もラジオの朗読番組で取り上げられるのでしょうか。私はむかし、「坊っちゃん」を竹内三郎アナウンサーの名調子で聞いたことがありますが。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 04月 16日 水曜日 17:21:21)

> 私は思わず思ったことでしたが

これは意味不明ですね。「私は思わず叫んだ」と「私は思った」のコンタミネーションでしょうか。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 01日 月曜日 10:58:57)

平井英子の歌「茶目子の一日」に出てくる「かまぬすびと」に、「ゐざりは大そうよろこんで……」という歌詞が出てくるが、これはCDではどうなっているだろうか、という話を書きました。関連があるのでリンクしておきます。

常套句の出所―狭いながらも―


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 02日 火曜日 17:33:31)

>この「茶目子の一日」は、差別的表現があるとされたため一部カットされているが、CDで聞くことができる。

と、いうことです。

佐々紅華と浅草オペラ〜2〜


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 03日 水曜日 10:49:18)

「『いざり』そのものは差別語ではない。ひざで歩くことを「いざる」と言った。そこからの発生。しかし、現在ではやはり注意すべきであろう」というようなことが、堀田貢得著『実例・差別表現』(大村書店)に載っていました。


田島照生 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 03日 水曜日 17:30:56)

昭和四年に発売されたヴィクター盤『茶目子の一日』は、活動写真(アニメーション)の『茶目子の一日』(1931・協力映画製作社)に使用されているものであると思われます。

この作品は、スタート・マークが出た時点でSPレコードをスタートさせると、映画と音楽がシンクロするように作ってある、いわば「レコード・トーキー」のうちのひとつで、トーキーが普及する以前にはたいへん流行った手法であるとか。

さてこの映画で、「読本」の時限に平井英子が朗読する箇所は、ずいぶんカットされていて、「『この釜はお前のものに相違はあるまいか とく持って帰れ』と申しました」というふうになっています(殿様と、ゐざりらしき人物は映ります)。因みにいうと、そのあとには、教師の「たいそうよくできました」というセリフ(台詞は二村定一が担当)が入ります。ヴィクター盤の「独唱」も、これと一致しているかも知れません。


田島照生 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 03日 水曜日 18:37:45)

「うれしなつかしレトロページ」というサイトの、以下の参考ページに、『茶目子の一日』のオリジナル歌詞がありました。さまざまの版(コロムビア、キング等)によって、台詞もすこしく異なっているのですね。

私はこれを地上波で観たのですが、この活動写真(ヴィデオも出ています)でカットされているのは(おそらくテレビ放送、あるいはヴィデオに収めるにあたってカットされたのでしょうが)、

>ゐざりは大層喜んで 其の釜を頭にかぶつて兩手をついて ゐざりだしました

>茶目子 役人は後から声をかけて、

>こら待てゐざり 釜盗人は其方に極つたぞ

>茶目子 と言つて、

>下役共に言ひ付けて 縛らせました

…以上の部分です。聞き違えておったのですが、「『この釜はお前のものに相違はあるまい 早速持って帰れ』と申しました」が正しい歌詞でした。それから、二村の台詞も「ああ、たいそうよくできました」がどうやら正しいようで、「ああ」を聞き逃しておりました。失礼致しました。

また、別のホームページでの話ですが、「いざり」という言葉がつかえないので、「おとこ」に置き換えて歌っているが(CD化もしたとか)、これでは意味不明だ、というふうに嘆いておられた方もいらっしゃいました。

ちなみに、politically correct(PC)に関してなのですが、森達也さんの『放送禁止歌』(光文社知恵の森文庫,2003.6.15)もそのことに触れていました。同書は、単行本の版元が解放出版社ということもあって、やや注意を要する箇所(たとえば資料の選定、取材対象の限定など)もあるのですが、第三章は面白く読みました。
それによると、アメリカのPCの例として、盲目など視覚にハンディキャップをもつ人をoptically challenged(視覚的にチャレンジされている人)と言い換えるのが「政治的には」正しい、というようなものが挙げられていました。このような表現は、九十年代に入ってからは、すこしずつ淘汰されていく傾向にあるそうですが。

茶目子の一日


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 03日 水曜日 23:12:51)

「レコード・トーキー」というものは存じませんでした。映像があればさぞ楽しいだろうと思います。

上記ご紹介のホームページからリンクをたどって行った先のページでは、平井英子バージョン「茶目子の一日」の上下を聴くことができます。しかも、何年か前に訪問したときには、ramファイルをダウンロードすることさえできました。私が「ゐざりはたいそう喜んで……」云々を確かめたのも、実はそのramファイルによってでした。ダウンロード可能だったのは、作成者の設定のミスだったようで、現在では音楽は聴くだけでダウンロードできないようになっているはずです。それにしても著作権上はなお問題があろうと思います。問題はあろうけれども、実際問題として製品版CDでは曲がカットされている以上、オリジナルを公開しているページは公益にかなっていると思います。

大正時代の木村時子バージョンは、おそろしく下手なのではないでしょうか。音程がはずれているようですし、ところどころ絶叫して声が裏返ったり、かすれたりしているようにも聞こえます。音源が古いためではなく、ほんとうに下手なのでしょう。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 06日 木曜日 00:01:52)

2003.11.05 フジテレビ「アサヒビールチャレンジ・アジア野球選手権2003兼アテネ五輪最終予選「中国×日本」」で、アナウンサーがだれかの談話の紹介で

(選手が戦う姿を)ちびっ子たちに見てほしいんだ、お子さんたちに見てほしいんだ(と言っていた)
というような発言をしていました。「ちびっ子」ということばはあまり使わないように現在はなってきていると思いますが、ことばの使用基準では最も厳格なはずのアナウンサーがつい使ってしまっている例だと思います。言い直したほうがいいと思って「お子さんたち」と続けたのだろうと思います。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 10:29:19)

2004.03.24 19:00 テレビ朝日「いかりや長介さん永遠に… ザ・ドリフターズ結成40周年特別番組 ドリフと光子の爆笑!スペシャル」

秘蔵VTRでつづられた番組。1980年代初めごろのコントの中で、志村けんさんが、たまたま飛んできたハエをたたきながら叫ぶことばが「ピー音」になっていました。当時はそのまま放送されたはずのものが、今回抹消されたようです。

ハエをたたきながらののしることばで、最近、差別的表現とされるようになったことばとは何だろう? 考えても分かりませんでした。

答えはやがて分かりました。それは、あとの森光子・いかりや長介夫婦のコントの場面でも「ピー音」があったからです。森光子さんが長さんに「あなた、いかりや長介に似てるって言われてるわよ」「そうかい」「ピーそっくりだって」(記憶による)

つまり、これらのピー音は、長さんを呪詛したり、からかったりするせりふだったのですね。放送が葬儀の日だったので、さすがに遠慮したのでしょう。森さんは「ゴリラそっくり」と言ったのでしょう。


posted by 岡島昭浩 at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。