2000年05月02日

「ヴ」のひらがな(道浦俊彦)

ヴィーナス・ヴィッセル・ヴェルディ・など「V」の音を「ヴ」と、「ウ」に濁点で表記することを始めたのは、福沢諭吉だと聞いたことがありますが、なぜこの「ヴ」には平仮名が、つまり「う」に濁点の形がないんでしょうか?
外来語はカタカナでしか表記してはいけないという決まりがあったのでしょうか?
近年、マンガのセリフというか驚きの声の表現として「あ」、「い」、「え」については、それぞれ「濁点」のついた形をみたことがありますが、「う」に「てんてん」は見たことがありません。
安定が悪いからでしょうか?
どなたか、ご教示ください。お願いします。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 5月 02日 火曜日 23:10:58)

 ヴは、福沢諭吉の『増訂華英通語』に確か使われており、楳垣実氏なども福沢の創始であるとしているのですが、杉本つとむ氏は、福沢に帰するのは誤り、としています(では誰なのかは存じません)。

 外来語を片仮名でしか表記して行けないという決まりはありませんが、昔から片仮名は表音的な性格を持っていました。

 平仮名にうの濁点は、無いわけではなく、この度のJIS漢字改訂で入れられたかと思います。

 筒井康隆『残像に口紅』(中央公論社)でも、平仮名の「う」に濁点は使われていました。


面独斎 [HomePage] さんからのコメント
( Date: 2000年 5月 03日 水曜日 1:03:01)

> 平仮名にうの濁点は、無いわけではなく、この度のJIS漢字改訂で入れられたかと思います。

2000 年 1 月 20 日に制定された JIS X 0213 の文字集合には、
濁点付き「う」をはじめ、以下のようなものが追加されています。

濁点付き「うワヰヱヲ」
半濁点付き「かきくけこカキクケコセツト」

現在コンピューター上で一般的に使用されている JIS X 0208 の文字集合に
濁点付き「う」が含まれていないのは、単に当時の策定委員会によって
「必要がない」ないし「需要が少ない」と判断されたからに過ぎないのだと
思います。あくまで推測ですが。
今度の JIS X 0213 でも、濁点付き「ワヰヱヲ」は収録されましたが、
濁点付きの「わゐゑを」は収録されていません。これも同様の理由による
ものと推測します。

まあ、その辺の事情は、JIS X 0213 を策定した JCS/WG2 において幹事をして
いらっしゃった豊島正之先生のほうが詳しいのでしょうが。

新JIS漢字規格制定


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2000年 5月 03日 水曜日 13:26:06)

岡島先生、面独斎さん、どうもありがとうございました。
今年に入ってから濁点付き「う」などがJIS漢字に入ったということは、それだけ需要が出て来たと言うことでしょうかね?
いずれにせよ、ありがとうございました!


小駒勝美 さんからのコメント
( Date: 2000年 5月 16日 火曜日 11:12:08)

私もJIS X 0213の委員会(wg2)のオブザーバだったので知っている範囲で経
緯を書きます。

2000年1月20日に制定されたJIS X 0213の文字集合に濁点つき「う」と小字の
「か、け」が収録されたのは、X 0213の規格票の510ページに
(以上の3文字は)「仮名漢字変換によって平仮名から片仮名を入力する際に
,対応する平仮名による表示が可能になるように採録したものである。」
とあります。富士通からオアシスのための要望があったものと記憶しています。

なお濁点付き「ワヰヱヲ」は規格票511ページに
「平成3年6月の内閣告示第2号“外来語の表記”の前書きに記載のある“過
去に行われた様々な表記(「付」参照)”で示された表記の例から採録したも
のである。」
とあります。濁点付きの「わゐゑを」についてはwg2で特に話題になった記
憶はありませんが非漢字の方の小分科会(divL)では話題になっているかも知
れません。



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2001年 11月 16日 金曜日 7:44:10)

ハウス食品の「ピュアイン」のコマーシャルで、視力検査の場面が出てきます。最初、女の子二人が「あ」「た」と読んだところで、男の子の番になったら、「ま」に「てんてん(濁点)」が出てきて、困った男の子が「ぶあ」というシーンが「落ち」です。
”あ・た・「”ま”が悪い」”という意味なんでしょうか。考え過ぎかな。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2001年 11月 23日 金曜日 8:22:18)

後輩のスポーツ・アナウンサーが、去年の高校サッカー大阪代表の、大阪朝鮮高級学校の選手にお願いしたアンケートの名前の表記に、「○○ウク」という名前があって、その「ク」が「小さいク」だったそうです。どう発音して良いのか悩んだ末、普通の「ク」で発音したそうです。おそらく、「小さいク」は、母音を伴わない、子音だけの「ク(k)」なんでしょう。ク(ku)ではなく。そういう表記も「あり」ですか?


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 11月 23日 金曜日 9:50:10)

「○郁」「○旭」といった名前なのでしょうね。

韓国語の教科書には、終声のよみをカタカナで示すとき小書きにしたものがありますが、ふつうの日本語文の中では「朴」さんは「パク」さんであり「パ」さんとは書かないのではないでしょうか。

まぜごはんの「ピビンパ」は、日本語では「ビビンバ」になってしまいます。この場合は終声が無視されているわけです。

アイヌ語をカナ表記するときには、閉音節を「」のように小書きします。「tu」を「ト゜」と書くこともあります。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 11月 23日 金曜日 10:11:57)

 面独斎さん
> 半濁点付き「かきくけこカキクケコセツト」

「ト゜」「ツ゜」や小書きの文字など20字がJISコードに入ったのは、アイヌ語の表記に必要だとしてアイヌ語ペンクラブが要望した結果であるようですね(「朝日新聞」1999.08.27 p.38)。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 06日 月曜日 22:05:12)

質問されて、ちょっと調査中。
まず、杉本つとむ『江戸蘭方医からのメッセージ』ぺりかん社1992p99に、

蘭通詞のように、1とr、bとvをそれぞれ工夫して片かな表記しようと試みた場合もある(ヴは決して福沢諭吉の新工夫などではない)。
とだけあります。

私は、これしか記憶にとどめていなかったのです。

しかし、他の杉本氏の著作を見てみると、
柳川春三、さらには新井白石まで登場しそうです。(つづく)


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 07日 火曜日 18:19:46)

手元に堅牢な造りの『杉本つとむ著作集』全10巻(八坂書房)がありますが、索引(別冊)がたいそう簡略で困ります。人名・書名、それに術語の主立ったものが中心で、しかも不十分です。語彙項目は掲載されていません。これは決定的にまずいのではないでしょうか。

この著作集に「ありそうだな」と思うものは、見当で探すより仕方がありません。

岡島さんがご引用の文章と同一かどうか分かりませんが、いちおう手元の本では次のような記述があります。(〔 〕は私の注記です。傍線は原文のままです。)

 諭吉といえば、彼が英語の〈v〉に〈ヴ〉の字を創作したということでもしられている。これも諭吉が自分でその旨を記述しているから、確かであるように誤解されているのである。しかしかなり早くからオランダ語の〈w〉に〈ウ゜〉〔マル〕を表記するなど、ウにを付して用いる工夫もあり、〈ヴ〉は諭吉以外に、彼よりよく英語のできた柳河春三のものにみえる。また、とおく新井白石『東雅』でも〈呉〉の中国語音を〈ヴ〉で示している点も紹介しておこう。世の研究者は慶長以来の蘭語研究や、その研究者の苦心をもうすこし調査したうえで結論を出し、公表してほしいものである。ことばの文明開化は江戸時代にはじまっているのである。
 たとえば、長崎通詞の中野柳圃をはじめ、前野蘭化〔良沢〕など蘭学者たちが、外国語音をいかに正確に仮字で表記すべきかに努力しているかは、多くの記録が残されているのである。柳圃など、ある時は、〈w〉に〈〓〔┐の下にワを書くような字〕〉という字を考えて〈u〉と区別したり、〈je〉に〈〓〔イの下に一〕〉(ヤ行のエ)という文字を作成している場合もある。L音とR音との区別をするために〈ラ〉と〈ラ゜〉というように、〈R音〉にはを付して、区別する方式もとっている。〔中略〕
 慶応三年(一八六七)に刊行された柳河春三の『洋学指針英学部』をみると、〈vw二音ノ音。我ガ に近ケレ〓〔合字のドモ〕。其声重{オモ}クシテ。稍{ヤヽ} ニ似タリ。故ニワ゛ ヰ゛ ウ゛ ヱ゛ ヲ゛。或ハ ノ仮名ヲ用フルコトアリ〉とみえるのもその一例であろう。他の春三の著述の例をみても、〈V〉に〈ヴ〉の仮字をあてている点、まさしく諭吉のいう自製の〈ヴ〉と一致する。〔略〕〈ヴ〉が柳河春三のものに明確に語学的な点から示されている点、やはり〈ヴ〉の創始は、春三や諭吉個人に帰するのではなく、幕末の洋学者、それも長崎通詞との関連において用いられるようになったのであろう。特定の誰と指定はできない。春三も自分とは書き記していないし、口ぶりからすると、幕末では英語音を表記するのに、すでにかなり〈ヴ〉の字はしられていたようである。春三も諭吉も普及に尽くした有力なものといったところであろう。(『著作集』4 p.465-467)


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 07日 火曜日 18:38:27)

上記の箇所に行き当たるまでに拾った、カタカナの表記に関する文章です。{ }内は私のおぎない。

もう一つ〈ハの音〉について中野{柳圃『西音発微』1826}のいうところをぬき出してみよう。
 〔前略。ハ行音については〕濁音バビブベボ、半濁音パピプペポ也。別に喉音ノハ{右肩に小さい三角}アリ皇国此音アリテ其仮字ナシ此論下ニ具ス
 右で重要なのは、日本語には喉音としてのハ行音があるということの指摘である。ということは、本来的にはp・f音(両唇音)であることを認識しているからである。(『著作集』4 p.369)

 過去にあって、リクレーションを元気快復、ラッシュアワァを突進時間、サラリーマンを洋服細民と訳したもののついにおこなわれずじまい、翻訳でのいわゆる五種不翻は古今東西かわらぬはずである。今後カタカナ語といわれる外国語原産の日本語が増加していくであろうが、文にまで及ぶことなく、ごく限られた物の名やことの動き、形容の点を受けもつにすぎまい。むしろ字種のすくない片仮字と単純な発音をもつ日本語のために、ヴ(v)、ラ゜・ラ(r・l)など積極的に採択したら如何(これはすでに、江戸期に試みられているが……)。わずか一、二の新種によって片仮字の世界は豊かになる。(『著作集』5 p.133)

『環海異文』(文化四年・一八〇七成)の〈巻之十四〉の末尾に、漂客らが長崎におくりかえされ、ロシア使節とも別れねばならなくなったときの様子が、つぎのように記述されている。{略}大小通詞が附添っていたわけであるが、大通詞は石橋助左衛門である。〈彼役人ランソ゜フといふ者へ対話、諸事分れたるよし也〉とある。(『著作集』9 p.105)


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 07日 火曜日 18:53:32)

ついでに「う゛」の実例は、

「面白半分」のていーう゛い・じーびいだの、「奇想天外」の書評だの、「空飛ぶ冷し中華」のまえがきだの、一日雑用に追われっぱなし。(筒井康隆『腹立半分日記』実業之日本社1979 p.312)
これは1978年3月28日の日記です。


佐藤 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 07日 火曜日 19:05:00)

小松寿雄『江戸時代の国語 江戸語』(東京堂出版 1985。47ページ)では、洒落本『廓中奇譚』(明和6)の「ヱツサ゜イコラツサイ」、『辰巳之園』(明和7)の「とつさ゜ま」を「tsaを表そうとしているものと思われる」としています。
漢字音関係の書籍や唐話辞書などではどうなっているか……


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 07日 火曜日 23:08:03)

Yeemarさん、それです。

『蘭語学の……IV』では、次のようでした。

俗に英語の〈v〉を〈ヴ〉で表記したのは 福沢諭吉といわれるが,春三のものに〈ヴ〉がみえる点,おそらく春三の方が先に用いていると思う。小論〈五 訳語の起源を検証〉(『外国語と日本語』・『日本語講座6』,桜楓社)を参照。春三の資料をあげておいた。

この記述が後退したのは、春三の『洋学之指針』の英学部の刊行が、福沢の『増訂華英通語』よりも後だったからでしょう。洋学之指針蘭学部はそれよりも前なのですが。

さて、白石のものは唐話学の影響などが考えられそうです。半濁点と同じ形のものは注意符号として、通常の発音とは異なる、ということを示すために使われたもののようです。『東雅』のヴは未確認です。

が、ヴには、実はもっと古いものがありました。

『国語国文』72-6(H15.6)のPOPESCU Florin「「講義要綱」における仮名書きの本語について」に指摘されるものです。1595年ごろの成立であるということです。
これにヴやワ゛・ヲ゛がみえるということです。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 08日 水曜日 00:47:57)

そういえば、以前にも、「これは福沢諭吉のものといわれているが本当か」というような話をしたような気がするのですが、検索してもヒットしません。

これも、あの時のもので、今は残っていないのでしょうか。その時もYeemarさんにお書きいただいたように思います。申し訳ないことです。

たしか、大統領来日の際の演説か何かの話題になったものではなかったか、と。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 08日 水曜日 00:53:22)

「競争」でした。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 08日 水曜日 09:54:49)

すると、クラッシュで予想以上にファイルがやられているのでしょうか。「競争」については「政治家と日本語」のスレッドに補いました。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 08日 水曜日 17:29:39)

Yeemarさん、有難うございました。
来日演説が2002.2ということは、toktokのサーバクラッシュではなく、福井大学でのことか、toktokへの移行の際に抜け落ちた、ということが考えられそうです。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 08日 水曜日 21:38:36)

「福沢全集緒言」を見ようと思ったら、なんと「華英通語」のページが消えています。講談社文庫の『福翁自伝』なのですが、323ページで、

安政五年余が江戸に来りて初めて出版したるは華英通語なり、是れは飜訳と云う可き程のもの
とあるのに、次が325ページの「西洋事情」の見出しです。これは片面ずつスキャンしていた時代のものです。なんという偶然の悪戯よ。この欠落に気づいていなかったのは、少し後のページが二度スキャンされていたから。

これは明日調べることに。 


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 09日 木曜日 22:56:01)

全集緒言には次のようにありました。

 安政五年余が江戸に来《きた》りて初《はじ》めて出版《しゆつぱん》したるは華英通語《くわえいつうご》なり、是れは飜訳《ほんやく》と云ふ可き程《ほど》のものにも非ず原書《げんしよ》の横文字《よこもじ》に假名《かな》を附《つ》けたるまでにして事《こと》固《もと》より易し
唯《たゞ》原書《げんしよ》のVの字を正音《せいおん》に近からしめんと欲し試《こゝろみ》にウワの假名《かな》に濁鮎《にごり》を附けてヴワ゛と記したるは當時《たうじ》思付《おもひつき》の新案《しんあん》と云ふ可きのみ

華英通語の凡例には
ウワ附濁点者ブバ與ウワ之間音也


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 10日 金曜日 00:05:05)

『東雅』は、総論でした。

たとへば呉をよびてクレといひ、漢を呼てアヤといふがごとき、呉(ヴー)の字、訛胡切角次濁音をもてよぶべけれど、それらの音は我国のなき所なれば、呼び得る事のかなはずして、すなわち転じてクレとなりし也

思想大系の『新井白石』ではグーとしていますが、杉本つとむ氏・早稲田大学出版会の影印を見ると「ヴー」であるようです。杉本氏は「まえがき」で
ヴー(呉の音・ウの部)・ー(音引き)など、正しい理解であるかどうか
と書いておられますが、これは有声のhを表したものと思われます。

これに似た表記が悉曇の方にあることを肥爪周二氏が指摘しています(日本韻学用語攷(一)―清濁茨城大学人文学部紀要(人文学科論集)33(2000/03/05 )
行智『悉曇字記真釈』(改訂八巻本天保七年〔一八三六〕)
における「ア゛イ゛ヴエ゛オ゛」です。

それから、『イエズス会日本コレジヨの講義要綱』は、教文館から出版されているのですね。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 16日 木曜日 07:46:56)

 「ことば番組放送予定」に書きませんでしたし、「視聴記録」を付ける気力も起きないのですが、「福沢諭吉」ということだけが出てしまいました。「それ以前から」とか、江戸時代のア゛イ゛ヴエ゛オ゛などは、カットされました。
「漫画のあ゛」をどう思うか、などはカットしてくれてもよいのにね。また、これも「濁音意識がみえて興味深い」というのはカットされたし。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 29日 土曜日 21:06:07)

「さ゜」は「おとつさ゜んまだ熱{あつ}いものを」(浮世風呂前編巻之上 新大系 p.22)などと出てきますが、「せ゜」はどう読むのでしょうか。

けんの手じなの手もたゆく。ろませ゜さい。とうらい。三な。おなじこととよとよ川に。〔冥途の飛脚・天理図書館蔵八行本〕(『近松全集 第七巻』岩波書店1987 p.298)
拳の掛け声が出ている箇所のようです。やはり「ロマツェサイ」なのか。原文が仮に「ろまつせ゜さい」であれば「ツェ」と読みたくなるところ。それともやはり「ロマセサイ」で、「o」は不濁点を表すのでしょうか(「けぷり」と書いて「ケフリ」と読ませる例がある)。

もうひとつ、

日本になかったV音を表わすに、古来の日本文字ウに濁音符をつけてヴを造り、ヴァ、ヴィ、ヴとヴァ行を書き、t音をチ゜ツ゜と書いたり、これは全くえらい。明治初年の学者に最大の敬意を表したい。〔久留島秀三郎(同和鉱業社長)「気に入らぬこと」〕(「言語生活」1961.10 p.63)
この「t音をチ゜ツ゜と書いた」という話は知りませんでした。アイヌ語の「ト゜」「ツ゜」とは話が違うようです。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 29日 土曜日 22:15:09)

高知城に行ったとき、中浜万次郎のアルファベットというやつが掲げてあったのですが、Tに「チ゜イ」と振ってあったのを覚えています。

他に、江戸時代のもので、具体的には挙げ得ませんが、dを「リ゜イ」としたものがありました。「゜」は注意符号と見るべきものであると考えられています。
普段の発音とちょっと違うよ、というようなことを示すわけです。
「イ゜」で[y](uウムラウトの音)を表したりもしています。

寛文十年の平安城田原道住刻「慈悲水懺法」には次のようにあります。

凡旁音有用小圏於上者矣。如イキ字須撮脣舌居中而呼之也。如サ字音自歯頭而出。猶合ツア二字而呼之也。如ソ字音又自歯頭而出、猶合ツヲ二字而呼之也。如セ字音又自歯頭而出、猶合チエ二字而呼之也。如テト字須合上下歯而呼之、猶不正呼其體而唯呼其用也。

ここではセ゜はチェなわけですね。セは当時sheのような発音でしょうから、チェでいいわけです。テ゜ト゜はわかりにくいですね。
近世唐音の重層性


posted by 岡島昭浩 at 19:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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