2001年06月18日

3タテ(道浦俊彦)

野球で
「阪神、中日を3タテ」
というふうな使われ方をしている、「タテ」。
広辞苑には、「数詞について、つづけざまの負け。連敗。」例文として「三たてをくう」とあります。立て続けの「タテ」だ、と言う人もあるようですが。
最近逆に、連勝の場合もこの「タテ」を使う例があるようです。
それはさて置き、この「タテ」の語源は一体、何なんでしょうか?

また関連で、「3打数ノーヒット」を「3タコ」とも言いますが、これも語源や起源をご存知の方がいらっしゃいましたら、是非、お教え下さい。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 18日 月曜日 23:14:03)

三〇年以上、私の蔵書であり続けている、長島茂雄監修『プロ野球入門』秋田書店(S37.10.15初版発行 S44.7.30改訂20版発行「試合用語」にある、

二タテ・三タテ 二試合、三試合たてつづけに勝つ(負ける)こと。二タテを食う、とは二試合連続負けること。

という説明以上のことは知りません。
三タコなんていうのは、三タテをもじったものだろうと思っておりますが、いつ頃からあるものでしょうか。


岡島 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 19日 火曜日 13:37:35)

 3タコのようなスポーツ俗語は、スポーツ用語集のようなものにも載らないので、調べにくいですね。昔のスポーツ新聞を丹念に見てゆくのしかないのでしょう。

 また、タコが愚かなものを呼ぶ言い方として使われるのもいつごろからあるのか。日本国語大辞典には方言での記載はありますね。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 21日 木曜日 23:09:17)

真偽のほどは知りませんが、
ブリタモリ編集委員会(赤塚不二夫・加藤芳一・タモリ・長谷邦夫)『現代用語事典ブリタモリ』講談社スコラS57.3.20

たこ〈蛸〉
足八本のタコもタコだが、ここでは人を馬鹿にする時に使う「イモ!」とほとんど同義語の罵倒用語。もともとは、我が田辺エージェンシー社長、御存知元スパイダースの歌もうたえる名ドラマー、GS界のジョージ川口こと田辺昭知氏が、私、タモリを指して、「バカ野郎!」とドナる時に思わず吐いてしまったのが発端。この起源説が業界に知れわたるや、各局ディレクター達にも浸透し、とくに、日本テレビでは、DがADや出演者に向かって、「コラ、タコ! そう、お前のことだ! このタコ!!」とほざくのがハヤっている。


野球のタコは、毎日ムック『かくしことば2000語』1995.11.30に載ってますので、おそらくはその参考文献に挙げてある、高木豊『オレだから言えるプロ野球・奇想天外の舞台ウラ』スコラに載っているものなのでしょう。そういえば、このような通俗野球本も用例探しの対象ですね。


岡島 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 22日 金曜日 16:02:25)

 野球のタコは『三省堂国語辞典』の第4版(1992)から入っていたのですね。

 上記、高木豊は1995.3の本であるようです。


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 7月 03日 火曜日 15:27:01)

 新明解(五版)では、「〔プロ野球などで〕同じ相手に立て続けに連敗すること。三回以上の場合に使う」としているのですね。これは不正確でしょう。二連戦の場合は、二タテというわけですから。

三連戦の最初の二戦に連敗した場合は、どうなのでしょうね。

最近は消化地合でないと見られない四連戦の場合には、三連敗した場合、3タテで迎えた第四戦、といいそうに思います。ああ、日本シリーズの場合なども。「バファローズ、3タテの後……」のように。


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 7月 04日 水曜日 17:02:13)

 リンクリンク。

 見る方の、野球少年でした。

子どものころは世間並に巨人ファン。テレビでは巨人戦しかなかった。地元のライオンズもちょっと応援。
ラジオを聴くようになる年頃と太平洋クラブライオンズ誕生とが重なり、ライオンズファンに。ラジオではライオンズ戦をよくやっていた。
それでもその年までは、セリーグでは惰性で巨人を応援していたが、中日が優勝することにより、目からうろこが落ち、長嶋の引退セレモニーに違和感を覚え、一気にアンチ巨人へ。

ライオンズファンである私を馬鹿にする巨人ファンの友人の影響もあったろうが、翌年、最下位街道を驀進する巨人で、巨人ファンをやめた喜びに浸ったのでした。

ことばの話336


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 7月 12日 木曜日 12:47:52)

 長嶋の引退セレモニーに違和感を覚えたのは、よく覚えていないけれど多分、森昌彦や黒江透修の引退が全く顧みられなかったからではないか、という気がします。今の森祇晶監督は嫌いだけれど、V9の頃のキャッチャー森昌彦は結構好きだったのですよ。
私が左打ちを好んだのは、俊足柴田のスイッチヒッターの影響ではなく、鈍足森の右投左打ちの影響なのです。

キャッチャーミットやキャッチャーマスクも買ってもらったしね。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 7月 13日 金曜日 0:32:40)

 このあとのことは、以下に書いてあります。

東上球団


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 13日 火曜日 12:22:23)

3タコの説明が小林繁の『男はいつも淋しいヒーロー』1983に載っていたのを書きましたが、サーバークラッシュで消えました。


posted by 岡島昭浩 at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。