2001年06月23日

十四日(道浦俊彦)

月の日にちを数える場合、「ついたち」「ふつか」「みっか」「よっか「いつか」「むいか」「なぬ(の)か」「ようか」「ここのか」「とうか」と、和語系統で数えますよね。
これが「11日」からあとは「じゅういちにち」「じゅうににち」「じゅうさんにち」と漢語系に変りますが、なぜ「14日」だけは「じゅうよっか」と、漢語(じゅう)と和語(よっか)が混ざった形になるのでしょうか?「15日」からまた漢語に戻って、「20日」で「はつか」という形になります。これは和語なのでしょうか?
「24日」も「にじゅうよっか」ですね。「よっか」だけどうして?
ご意見お寄せ下さい。


UEJ さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 24日 日曜日 0:12:22)

私の勝手な想像ですが、「四」=「し」の発音は「死」につながるので嫌われる、
というのがあるのでは?
「いち、に、さん、し」の代りに「いち、に、さん、よん」と数えることも
多いですよね。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 24日 日曜日 0:51:52)

UEJさん、ありがとうございます。今私もまったく同じことを考え付いて、書き込もうとして、UEJさんの書き込みを見つけたのでした。きっと「し」=「死」の忌み言葉を避けたんですよね!
七(しち)も「し」=「死」が入っているから「なな」と、和語系を使うじゃないですか!
長年の疑問が氷解した気がします!ありがとうございます。
それにしても漢語の数の数え方はいつごろは行ってきたんでしょうか。6世紀ぐらい?それより前に和語度の数の数え方はすでにあったんですよね。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 24日 日曜日 0:58:12)

「死」につながるので嫌われるというのは古くから言われているようで、ポルトガル人宣教師ロドリゲスの『日本大文典』(1604)にこうあります。

○四つを意味するXi(四)は或語とは一緒に使はれない。それは死とか死ぬるとかを意味するXi(死)の語と同音異義であって,異教徒は甚だしく嫌ひ,かかる語に接続した四つの意のXi(四)はひびきがよくないからである。従って,その代りに‘よみ〔Yeemar注・訓のこと〕’のyo(よ)を使ふ。‘こゑ〔Yeemar注・音〕’でありながら主として使はれない語は次にあげるものであって,その他にも実例が教へてくれるものがある。
 〔略〕
 Nichi(日)はXinichi(四日)でなくYocca(よっか)である。
 〔略〕
 Nin(人)はXinin(四人)――死人を意味する――でなく,Yottari(よったり)である。(土井忠生訳、三省堂、p.766)
また、安田尚道氏によれば
コリャード『日本文典』(Yeemar注・1632年)では「シニン」は「死人」と発音が同じなので避ける、と説明する。しかし高野本『平家物語』には「四{シ}人」の例あり。また、『天草本平家物語』には「so(Yeemar注・開音記号)xinin(三四人)」の例があり、これは「サンシニン」に由来するものであろう。(国語学会平成8年度春季大会要旨、p.4)
とあり、近世初期には「ヨニン」と言い、「シニン」は避けたことがうかがわれます。

『NHKことばのハンドブック』(日本放送出版協会)の「数字の発音」をみると、「シ」と読むのは「4月」ぐらいのもので、ほとんどの助数詞の前で「4」は「ヨ(ン)」となっています。

たしかに、「死」の連想はあろうけれど、『NHKことばのハンドブック』で「7」が「ナナ」と読まれることが多いことを参考にすると、「4」「7」を耳で聞いたときに紛れないようにするという実際上の必要によるところが大きいのではないでしょうか。


UEJ さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 24日 日曜日 9:41:13)

> 「シ」と読むのは「4月」ぐらいのもので、
> ほとんどの助数詞の前で「4」は「ヨ(ン)」となっています。

確かに、平成四年四月四日四時四分四秒は
「よねんしがつよっかよじよんぷんよんびょう」
なぜ四月だけ「し」なんでしょう???


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 24日 日曜日 23:24:06)

 「よん」と「なな」が、漢語系の数詞の中で、どれぐらい頑張っているのか、さまざまな助数詞のとの組み合わせで考えてみると面白いですね。

 「日」だったら、17.27は駄目ですが、歳だったら「なな」も頑張っています。

 でも「よん」よりも頑張っている和語は、数詞じゃないけど「なん」ですね。なんねん なんがつ なんにち なんじ なんぷん なんびょう。
ロドリゲスもたしか書いていましたが。

以下のところもちょっと関連。

数え方


岡島 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 27日 水曜日 11:58:15)

 頃は元禄十四年、弥生半ばの「じゅうよっか」、いや、頃は元禄十五年、師走半ばのじゅうよっか、だっけ。

ほぼ総ルビでも、数字にだけはルビがない、ということが結構あるんですよね。


現代語の数詞については、田野村忠温氏が纏めてらっしゃいます。下のところに書いて居た、つもりですが、号数など書いていませんね。

目についたことば よんほん


岡島 さんからのコメント
( Date: 2001年 7月 17日 火曜日 0:26:55)

 たまたま、最新号のぶっくれっと(三省堂PR誌)での、山田俊雄・柳瀬尚紀対談に、数字にルビをつけないという話が出てきました。


posted by 岡島昭浩 at 21:57| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック