肝心の時に出てこないで、後になって出て来たものを書きます。
今回の国語学会の発表で、釘貫亨さんの「『呵刈葭』論争における上田秋成の依拠学説 ── 礪波今道『喉音用字考』をめぐって ──」というのがありました。
私は学会の準備の合間に、この『喉音用字考』のマイクロフィルムの焼き付けを捜し出すことだけは出来ました。質疑応答時にも申しましたが、それを入れてある封筒に、「礪波今道、喉音用字考、安永7」と書いた他に「秋成関連(静舎随筆)・MNにも」と走り書きがしてありました。
「秋成関連」と書いたのは、冒頭に「静舎随筆」が引用してあったからと思われ、これは飯倉洋一氏の「『呵刈葭』上篇と宗武・宇万伎の「仮字問答」」(文献探究15号1985.2.25)を読んでいたから覚えていたものです。
それで、学会までに文献探究を読んでおこうと思いながらも、とうとう読む暇を作れなかったのです。研究室に居ない時に思い出したりはしたのですが。
で、今日、ようやく見ました。「静舎随筆」は加藤宇万伎のもので、田安宗武との間に「仮字問答」があり、それを宇万伎が書き留めた、というものでした。今、読み返して見ると、この飯倉さんの論文は、私が「半濁音名義考」(『筑紫語学論叢』風間書房2001)を書く時にも参照せねばならぬ論文であったと思いました。私が『呵刈葭』をちゃんと読まなかった、ということになります。
しかし「軽重名義考」を書くのは難しそうです。「本朝軽重名義考」でも難しそうだし、「近世軽重名義考」は中途半端だし。
それにしてもこの紙焼きを作ったのは九大に居たころ(感熱のロールペーパーでわかる)、それを入れた封筒は府立大のもの、ですが、我ながらもっとサクサク勉強せねばならない、と思ったことでした。
岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 10月 25日 木曜日 15:04:41)
学会が終わったので、長い間指導していなかった院生がようやく私の部屋にやって来た。
日本語教育をやっていると思っていたのが、いつの間にか鞍替えして、国語学に近づいて来ていてびっくり。そんなことなら、もっと早くに指導出来ていたろうに、と思う。
新しげなオノマトペをやりたいのだという。
それだったら、出たばかりの日本語研究会の論集の山口仲美氏の論文を読まなくちゃね。
ただ、実際の言語変化と、筆録者の態度変化とを峻別するのが難しそうだね。つまり2-30年前だったら活字になりそうにもなかったオノマトペが大手を振って活字になることがありそうだということ。
臨時オノマトペもよくあるよね。臨時一語って知ってる? それと同じように臨時オノマトペってのも考えないといけないよね。既存のオノマトペを変形して作ったり(ズドーン→チュドーンとか)、オノマトペではない既存の語をオノマトペみたいにして使ったり(漫画で目にした「さわさわ」は擬声語のさわさわからではなく「触る」からきているのだろうと思う)、いろんな作りかたが有るようだけれど、その作りかたみたいなのをさぐらないといけないとは思うんだけど。
え? あるの? 月刊言語の八月号の特集? ほう「臨時オノマトペ」なんてことばもちゃんと使ってんのね。そりゃ失礼しました。まずはその参考文献を手に入れないとね。学会のとき注文した? えらいね。こっちの方は、図書館の相互利用ということになりそうだね。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 1月 27日 日曜日 19:01:28)
新聞のテレビ欄によると、今日のNHK「日本人の質問」で、「太宰治の“津軽”から生まれた雪の名曲とは」というのがあるようだが、答えは新沼謙二の「津軽恋女」だろう。
月刊『日本語学』の2002年1月号、佐々木瑞枝「雪の世界へ」によれば、作詞は久仁京介とのこと(この引用では「とか」が抜けているような気がします。)
「津軽」には「東奥年鑑より」と書いてあるのですが、これが何の本かは知りません。
津軽の雪
こな雪
つぶ雪
わた雪
みづ雪
かた雪
ざらめ雪
こほり雪
岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 1月 28日 月曜日 14:36:08)
昨夜のNHKは、やはり予想通りでしたが、「原案/永井俊一」というのがあったんですね。
なお、東奥年鑑は東奥日報の出した年鑑ということでした。何年度版とか、そういうことは言ってませんでした。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 08月 22日 金曜日 11:17:29)
謡曲と共通語関連の話題です。ここに補うべきなのを怠けております。
まず、飯間さんより、時枝誠記『国語学原論』にあり、とのご教示を頂きながら、まだ補っていないことを告白いたします。
山崎昶『知的情報検索の技術』講談社ブルーバックス(昭和57.7.20)という意外な文献にありました。193-140ページ。