ワイドショーを見ると「タレントのAとBが入籍した」というような報道がなされます。ここで言う「入籍」とは「婚姻届を出した」という意味だと思うのですが、新しい戸籍法ができるまでは、婚姻は「夫の戸籍に妻が入る」ことであったために、そのなごりでしょうか、現在でも入籍ということばがあたりまえのように使われています。たいていは婚姻届を出した夫婦には新しく戸籍が編製されるのです。つまり、「入籍」というより「発籍」するのです。
ところが、「婚姻届」=「籍」と解釈したためか、「籍を入れる」とか「籍を抜く」という言い方まで聞くことが多くなりました。「籍」とは戸籍のことです。「籍」を入れたり出したりするのは、役所の引っ越しぐらいでしょう。
大辞林第二版では「入籍」=「 ある者がある戸籍に記載されること。」とあります。
この会議室には 道浦俊彦さんのような放送関係者が投稿されておられるので、この際、ワイドショーで「入籍」ということばの使用について改められればと願うばかりです。
→ 結婚すると「入籍」とはなぜ?
道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 19日 火曜日 16:17:41)
どうも。ご指名に預かりました、道浦です。この「入籍」に関しては、去年、日本新聞協会の新聞用語懇談会の席でも、話題にのぼりました。
その中で、主に一般紙の用語委員の方は、「入籍は旧民法下のもので、現在の婚姻の形態について使うのは、おかしい」という意見が大半で、特に共同通信の委員は「おかしい」と強く主張されていました。実際、一般誌では「入籍」という言葉はほとんど使われずに「結婚した」とか「婚姻届を出した」という表現になっているようです。
しかし、スポーツ紙の委員などからは「でも使っちゃってるしねえ。」「特におかしいとは思わない」「二人で新しい戸籍を作って、それを日本の戸籍の中に入れるという、新しい意味合いの”入籍”と考えて、使ってよいのではないか」(=大辞林的な考え方ですね)というふうに、おおむね「入籍肯定派」でした。
テレビはどうか?というと、「ワイドショー」は、いわばテレビの中の「スポーツ紙」「雑誌」にあたるのではないか、と現状からは判断していますが、なんのためらいもなくワイドショーでは「入籍」を使っていますね。さすがにニュースではあまり出てこないと思いますが、しかしニュース番組もワイドショー化が進んでいるので、絶対でて来ないとは言えません。
ワイドショーで使っている「入籍」は、「婚姻届を出す」という意味です。だから、「同棲」のような「実質婚」、夫婦別姓のための「事実婚」のように、役所に婚姻届を出していない場合には、使われないと思います。「結婚」の概念は、それらをも含む(「同棲」だけの場合はふくまれないでしょうが)ので、結婚の中の狭い概念が「入籍」ではないでしょうか。
「結婚すると”入籍”はなぜ?」に書かれていることは正論で、共同通信の委員の方の主張と同じです。
ただ「人権」を持ち出されると、「どうなのかな?」と思う部分もあります。
芸能人などは、会見でみずから「入籍しました」と言っているケースもあります。
「それはその芸能人も人権意識が低いからだ」といわれると実もフタもないのですが。
いろんな意見があるでしょうから、今後、おりにつけ、引き続き検討していく必要があるでしょう。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 19日 火曜日 17:09:07)
佐竹秀雄『サタケさんの日本語教室』(角川文庫、2000.03.25初版)p.25「入籍」にも同様の言及があります(ここのところ、佐竹氏の所論のご紹介ばかりで恐縮。他意はございません)。
〔……〕これは明らかに間違った使い方である。第一、普通は、結婚した二人は新しい戸籍を作るのだから。それに、もしその新しい戸籍へ移ることを入籍と言うのであれば、男性に対しても「入籍」と使うべきである。なぜ「テレビ界やスポーツ紙」が「入籍」の語を好むのかには、興味があります。〈婚姻届を提出する〉の意味をもつ2文字のサ変動詞語幹(「○○する」と言えるような)が、他にないからでしょうか。
〔略〕
単に「婚姻届を提出」と言えばよいものを、「入籍」と表現するテレビ界やスポーツ紙は、ずいぶん古めかしい。
道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 19日 火曜日 19:31:32)
単純に「字数が少なくてすむ」というのが最有力の理由だと思います。特に新聞は。テレビも「字幕スーパー」では新聞と同じ制約がありますし、その字幕を「そのまま読んでしまう」というのが、テレビでも「入籍」が使われる理由だと思います。
岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 21日 木曜日 11:57:56)
サタケさんの本が手元に無いので、ちょっと読み違えているかもしれませんが、
>男性に対しても「入籍」と使うべきである
という批判はちょっと変な気がします。
最初にト゜ラさんがお書きのように、現在よく聞かれる「入籍する」の動作主体は「二人」であることが殆どです。
「発籍」という耳慣れない語ではなく、旧戸籍でよく聞かれた「入籍」という語の意味をずらして使うことが好まれた、ということだろうと思います。
「発籍」ということばであれば、単に親から子供が独立して一人で新たな戸籍を作る場合(親と別の本籍地を選んでそのようにする場合など)にも言えることばですよね。それに対して、「入籍」は「二人が一つの戸籍を作って、同じ戸籍の枠の中に入る」という考えを持つことが出来るのが、好んで使われる理由にもなるのではないかと思います。
一つの戸籍謄本に二人が入っているのを目にするわけですし。
#そういえば、職場(の共済組合?)から結婚祝い金を貰う時に、婚姻届けを出した役場で「戸籍謄本の発行には数日かかる」と言われ、異動が近かったので、代わりに「婚姻届提出証明書」みたいなのを貰ったのですが、これでは結婚祝い金は申請出来ず、面倒だったのですが、後日戸籍謄本を取り寄せ、婚姻届提出日に在籍していた職場に送付し、ようやく貰えた、ということがあったのを思い出しました。
ト゜ラ さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 22日 金曜日 11:51:47)
道浦俊彦 さん、Yeemarさん、 岡島 昭浩さん。
さっそくコメントいただき、ありがとうございます。
ことばの意味を決めるのは、国語学者でも、文部科学省でも、辞書編纂者でもなく、そのことばを使う人々であるという、絶対的な法則からすれば、日本語を使う多くの人々にとって、「婚姻届」=「入籍」と広く受け止められているということを認めざるをえません。現にそのように記述している辞典もあります。いまさら、訂正する手間を考えれば、現状を追認したほうが楽です。
しかし、実際には法律的な意味での「入籍」という言葉の意味が侵略されてしまいます。養子や国際結婚などで、「入籍届」という制度があるわけですから、それとの混同を生じます。
「入籍」について言及したホームページの多くが市町村の戸籍事務に詳しい人のものであることを考えると、戸籍係の現場では、法律上の「入籍」と、人々が認識している「入籍」を便宜的に分離して業務にあたっておられるのでしょう。
在京民放各社のワイドショーにも問い合わせたのですが、伝えておくといわれただけで、何もかわっていません。梨本勝さんの事務所にも電話して留守番電話で伝えたのですが、相変わらず彼は「入籍」を使い続けています。但し、NHKに問い合わせたところ、「NHKは『婚姻届=入籍』という使い方はしていない」とのことでした。もっとも芸能人情報の番組がないですからね。
むしろ、私がこのスレッドのタイトルにした「籍を入れる」「籍を抜く」ということばが発生してしまったことのほうが重大です。もともと「入籍」=「籍に入る」だったものが「籍を入れる」に転化したのです。なぜなら、「入籍」という言葉の誤用によって、多くの人々に「籍」=「婚姻届」という認識が生じてしまったからです。つまり、「婚姻届」=「入籍」という誤用を許すと次の誤用を生じてしまうのですね。
でも、解決策はあります。放送禁止用語に対する厳しさで、民放連が「婚姻届」=「入籍」の誤用を一斉にただすのです。キングズ・イングリッシュではありませんが、公共放送は日本語の手本でなければなりません。なんとかしてください。