(1)御心のうちには、いかにしてこの人を見し人かとも見定めむ。(浮舟)
という個所を、角川文庫版では「お心の中では、何とかして、この女を、前の女かどうか、はっきり確かめたい。」と訳しています。また、
(2)「あやしき事の侍りつる、見給へ定めむとて、今まで候ひつる(浮舟)
というのは、角川の訳では「変なことがございまして、それを見きわめようと」。
また次のように「確かに見る・聞く……」という表現も近いのでは。
(3)「たしかにその車をぞ見まし」と宣ひて、(夕顔)
(4)「まことにそれ(浮舟)と尋ね出でたらむ、あさましきこゝちもすべきかな。
いかでかは確かに聞くべき。(手習)
など。(3)は「確かにその車を頭中将のかどうか見とどけたかった」、(4)は「どうしたらはっきり聞けるだろう」。いずれも「たしかめる」の訳も可能ならん。
「話す」「考える」「調べる」といった現代語の基本語も、古語の相当語を求めようすると一筋縄では行かないようです。特定の現代語に相当する古語を探求することは、石井久雄氏(1992)もいわれるごとく、もっと試みられてよいと痛切に思っております。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1997年 3月 13日 木曜日 12:00:12)
目についたことば3/10へのコメント、どうも有難うございます。
古典の現代語訳というのは、言語史研究上で使える、あるいはヒントになるはずだ、と思っておったのですが、今回は思い至りませんでした。
与謝野源氏のファイルがPCVANに登録されているのですが(転載すべく準備中)、これをgrepして見たところ、「確かめる」は一例でした。「蜻蛉」の、
こちらの味方になつてゐる侍從などに逢つて、眞相を確かめて來てくれ。どんなことをかういふふうに云つてゐるかをね。
です。原文は、全集本によれば、
例の、心知れる侍従などにあひて、いかなる事をかく言ふぞ、と案内せよ。
の、「案内」に当るのでしょう。
石井氏の1992論文と言うのは知りませんでした。『国語年鑑1993』ではなく1994に載っている、「昔はどう言ったかと、知りたいとき」『研究報告集14』(国立国語研究所)ですね(国語年鑑が国研のを採録し忘れるなんて……)。読みたくなる題名です。
そういえば、雅俗対訳辞書についても、網羅的に集めて欲しいものです。できれば索引つきで。でも、『節用集大系』や、漢語辞書や、新語辞典類の様に高値になるのはちょっと困りますが。書目としては福島邦道氏の「雅俗語対訳辞書の発達」実践女子大学文学部紀要12(1969)がありますけど、実物を纏めて見られれば嬉しいのです。
佐藤 貴裕 さんからのコメント
( Date: 1997年 3月 13日 木曜日 14:11:54)
石井氏の1992論文「昔はどう言ったかと、知りたいとき」。私もざっと目を通したことがありますが、『類語の辞典』(講談社学術文庫。原名『日本類語大辞典』(明治42年刊))などが役に立つということなので、同書を購入したことがありました。語釈は超簡約ですが、言い換え語が豊富。まだまだ文語で文章を書く機会が多かった時期だろうから、それでも重宝したでしょうね。
それにしても、語釈が超簡約(悪くいえば手抜き)のものは批判され、とくに言い換えだけではモロにあしざまに言われる昨今ですが、時代背景とか用途とか考えると、ほんとうに「使いようがあるのだなぁ」と思ったことでした。
しかし、なぜ講談社はこういうのを、しかも文庫で復刻するのか。自社で以前刊行したからということもありましょうが、ありがたい出版社だと思ったりします。
→ 「ことば会議室」
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1997年 3月 19日 水曜日 16:49:21)
ようやく、石井氏の論文を読むことが出来ました。とても面白く読みました。
古文の現代語訳や、俗雅対訳辞典についても触れてあるのですね。
類語辞典もそうですね。
講談社の学術文庫は、以前ほどには、旧著の覆刻がなされないような気がしていて、ちょっと残念です。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1997年 3月 21日 金曜日 15:38:17)
思い立って、『俗語雅調』の画像を置きました。石井氏のご覧になった明治24年から二十年以上経過している大正3年の3版ですが、初版の頃、「近刊」としていて出ていた『俗語雅調拾遺』『漢語雅調』は、この時点でも「近刊」です。しかも広告文が代わっているのが面白い。真面目に出す気だったのかもしれません。
→ 俗語雅調
Yeemar さんからのコメント
( Date: 1997年 3月 21日 金曜日 23:13:22)
『俗語雅調』画像ありがたく拝見しました。暇をみてダウンロード+プリントアウトさせていただければと思います。
石井氏の論文に取り上げられていない、最近世に出た「現代語→古語辞典」のうちから、私の知るものを挙げておきます。
・『現代語から古語が引ける 古語類語辞典』
金田一春彦序・芹生公男編、三省堂、1995(発売中)
・『現古辞典』
筑波大学附属高等学校編、私家版、1987
・『学研要約古語辞典』
吉沢典男編、学習研究社、1987
おしまいのは、附録に「現代語→古語」の辞典がついています。作者は『角川類語新辞典』の浜西正人翁。もと高校の先生で、現在は香川県小豆島にご夫婦でお住まいです。芹生氏も、現職の高校の先生であるそうです。
日本語学研究者以外のひとが、こういった辞典を編纂していることに、感慨を覚えます。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1997年 3月 25日 火曜日 15:46:39)
これらのものは全く知りませんでした。芹生氏のは広告を見たような気もするのですが、すっかり忘れておりました。
学研のは、吉沢氏の古いものでは、分類語彙表のような古語一覧がついているようですね。
筑波のも面白そうですね。どこかに行けば見られるのでしょうか。
俗語雅調などの画像ファイルは、一応プリントアウトに耐解像度にしてあるつもりです。その所為でブラウザで見たらとても巨大になりますが。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 1997年 3月 28日 金曜日 5:40:29)
何やらダイアローグ・モードで、恐縮いたします。
三省堂の金田一春彦博士の「序」は無類のもので、書店で一瞬出した財布を引っ込めてしまいます。
>>この辞典を見て、もっと望みたいこともないではない。一つの現代語の条に並んでいる古語は、五
>>十音順にするよりも、用いられた時代の順にした方がよかったし、簡単に、上代とか、中古とか注
>>記があったらなお便利だった。また、「雨」という語は、『万葉集』以来今の意味で使われていた
>>が、そのようなものも、『万葉集』時代にあったということを記載しておいた方がよかった。そう
>>しないとそのころは、今と同じ用法がなかったのか、それともあったのか、はっきりしない。ちょ
>>うど和英辞典に、日本語と同じ形の英語も、挙げていけなければいけないようなものである。
あまりに的確すぎる批評(!)ではあります。
筑波のものは、高校生諸君が作ったものを、闇ルートで入手しました。これは著作権の問題があるので、画像でアップ、というわけにはまいりますまい。何か紹介の方策があればと思います。
学研のは、よく考えたら、ご指摘の通り「分類語彙表のような古語一覧」ではなかったかという気がしてきました。現物がなく、書誌のみの情報で申したため、あやふやになってしまいました。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1997年 7月 03日 木曜日 15:42:45)
以下のページに続きます。
→ 俗雅辞典
oda さんからのコメント
( Date: 1998年 3月 13日 金曜日 12:09:19)
このコーナー大変勉強になりました。ありがとうございます。
「以前のメッセージ」で拝読していましたが、今回「最近7日間のメッセージ」に復活(?) したついでに
ひとこと書かせていただきます。
1998年1月刊の『全訳古語例解辞典 第3版』(小学館)に、「現古辞典」が付載されています。
(Yeemarさん1997.3.21.コメントの筑波大学附属高等学校編をもとにしているのでしょうか?)
岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 8月 03日 金曜日 13:28:17)
『日本国語大辞典』二版にも、明治の用例しかありませんが、江戸時代に「たしかまる」っていうのがあるんですね。