1997年04月29日

オソッサマ(Yeemar)

 三遊亭圓生「鰍沢」で次のような例を聴きました。逆行同化というわけで
しょうか。

「ああ、お祖師様[osossa¬ma]の罰でも当たったのか。お参りに来てここで
悪い奴のために死ぬとはなんたることか。江戸にいる女房子にせめてしと目
でも逢いたいが、なんとかして逃れる工夫がないかしら。妙法蓮華経。南無
妙法蓮華経」

「お祖師様」のかたちで『日本国語大辞典』にも出ていますが、ここでは、
日蓮のことのようです。

バッシュ


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1997年 4月 29日 火曜日 12:22:32)

 ありがとうございます。落語でもそんなのがありましたね。これはバッシュとは逆の例ですね。ところで、「お師匠さん」のことを「おっさん」というのは、「お師さん」なのでしょうか。それとも「お師匠さん」がグググっと詰まったのでしょうか。
 いや、これは上方落語でしたっけ。関西は母音が無声化しにくい地域ですが、全くしないわけではありませんね。語尾の「おまっ」てのは有名ですし。

 そうそう、「目についたことば」では、「sh」と「s」を別の子音とみなして、「逆行同化」と説きましたが、もともと同じ子音で後ろの母音によって同化されて別の子音のようになっているだけだ、と解釈すれば、別に同化など、持ち出さなくてもよいわけですが。
 あ、持ち出してるか。ともかく、「sh」と「s」が別だと考えた上での逆行同化です。

 落語ですが、枕で、「大師は弘法に……、祖師は日蓮に……」と触れる話もあったと思うのですが、この「……」の部分が思い出せません。「つきる」だったかなあ。ともかく、「大師・祖師は沢山いるけど、ただ大師といったら弘法で、祖師といったら日蓮だよ」ということです。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1997年 4月 29日 火曜日 17:23:49)

 ちょっと記憶違いでしたか。「おっさん」は「和尚さん」の呼びかたで、『大阪ことば事典』(講談社学術文庫)に載っていました。「お師匠さん」は「おっしょはん」。でも、どこかで「お師匠さん」のことを「おっさん」と言っていたような気もするのですが。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1997年 4月 30日 水曜日 11:37:24)

 「大師は弘法に……」「お師匠さん(オッサン)」ともに初聞きでした。後者は早口
で言ってみるとそうなりますが(?)

 オソッサマを取り立てて言わなくても、大阪では「住吉さん→スミヨッサン」「お大師さん→オダイッサン」なのですね。と、これは大阪の友人が私の本に書入をしてくれたのに基いて言っております。しかし「?オダイッサマ」は言うのでしょうか。

 突如思い出しましたが、香川県・徳島県などでは住職や僧侶のことを「オジュッサン」と言うのでした。『日本国語大辞典』では「御住持様」の字を宛てていますがそんなところでしょう。「オジュージサン→オジューシサン→オジュッサン」か。


satopy さんからのコメント
( Date: 1997年 5月 08日 木曜日 12:43:37)

「大師は弘法に……、祖師は日蓮に……」

『口演速記/明治大正落語集成』第四巻所収の三代目春風亭小柳枝「三百餅」に、


‥幽霊と参りますと必ず音羽屋に限る様で御座います。幽霊は音羽屋に奪れ、祖師は日蓮に奪はれ、大師は弘法に奪はれ、稲荷ずしは十軒店の次郎公に奪はれたと申します。祖師と云ふと日蓮、大師と云ふと弘法大師に限る。‥

とありました。御参考に供します、というほどのことではありませんが。

ということで、また宣伝。「気になることば」を再開しました。更新頻度は落ちることと思いますが、倍旧の御支援・御教示・御鞭撻をたまわりますよう、お願い申し上げます。


okajima さんからのコメント
( Date: 1997年 5月 08日 木曜日 15:51:35)

 有難うございます。「奪われる」でしたか。胸のつかえがとれました。お示しのような「稲荷ずしは……」があると、しっかり記憶に残りそうです。
 こういう落語の枕、ってのは、探しにくいですよね。圓生師匠の「噺の枕」(朝日文庫だっけ)も検索には向かないし。
 そういえば落語の諺みたいなのをあつめたのも、教養文庫かに有った気もしますが、教養文庫の落語関係は沢山有るので全部は買っていません。

 「気になることば」の再開、嬉しく存じます。私の方は、中部日本での発表に向けてちょっと息切れぎみです。

気になることば


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 10月 22日 火曜日 18:13:13)

オソッサマについては金田一春彦氏の論文があります。

〔補4〕「堀の内の御祖師様」という言葉があるが,東京の人は無造作に発音すると,〔osos:ama〕のように発音する.丁寧な発音をもとめると,〔オソシサマ〕という個人もあるが,丁寧に発音させても〔オソッサマ〕という個人もある.((オソシサマ))の実現が((オソッサマ))の実現のように聞こえることから,((オソッサマ))という形が新しく生じたものにちがいない.事実,〔osos:ama〕という現実の発音を聞いて,この人は((オソシサマ))のつもりか((オソッサマ))のつもりか,判定はしばしば困難である.これは((サトオヤ))と((サト〜ヤ))との関係に似ている.
金田一春彦「「里親」と「砂糖屋」」『日本語音韻の研究』p.152
「((オソシサマ))の実現が((オソッサマ))の実現のように聞こえる」とはどういうことかというと、「オソシサマ」のシを無声化して発音すると、音声的に[oso∫sama]となりますが、耳で聞くこと[osossama](金田一式には〔osos:ama〕)とほとんど一緒に聞こえる、したがって初めから「オソッサマ」([osossama])と発音する人もいるということと思われます。後者の場合は逆行同化しているということなのでしょうか。ちょっとニュアンスが違うようにも思われますね。同化しているようでもありしていないようでもあり、という例ととらえるべきでしょうか。


posted by 岡島昭浩 at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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