1998年03月04日

時代劇で目についたことば

 時代劇のことばはなかなか面白いものです。

 先日、NHKの昼の3時ごろの「あっぱれ夜十郎」とかいう番組で、

「はい、コーカンショに御座います」
と言っているのを耳に挟んだ。多分「後漢書」のことだろうと思う。いま普通にはゴカンジョといっている。どのようなつもりであろうか。

 漢学の世界では漢音よみをすることが多い。しかし、書名の多くは呉音よみだ。論語はリンギョではなくてロンゴだし、大学はタイカクではないし、礼記もレイキではない(のが普通だ)。ところが普通ではない人も居た様で、漢音よみを押し通す人も居た様だ。この時代劇の人がリンギョとか言っていれば、そういう人なのだろうが、耳に挟んだだけなので、確かめることは出来なかった。


oda さんからのコメント
( Date: 1998年 3月 24日 火曜日 10:52:47)

昨夜TBS系で放送の月曜ドラマ、浅見光彦シリーズ「隠岐伝説殺人事件」(原作:内田康夫)を見ていましたら、
浅見光彦は「オキノシマ(低高高低低)」と中高に、浅見光彦の母は「オキノシマ(高低低低低)」と頭高に発
音していたように思いました。
それで思い出したのですが、姓氏の「松平」、私の小さい頃は時代劇の中では頭高のアクセントで発音されてい
て、それが非常に耳立った記憶があるのですが、最近は時代劇の中でも中高になっているような気がします。
時代劇で、”それらしく”するために古風な言葉を使うということはあるでしょうが、古いアクセントを使うと
いったこともあるのでしょうか。(古いアクセントといったのは『明解日本語アクセント辞典 第2版』に、マツ
ダイラは中高、古くは頭高、とあったので)。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 3月 24日 火曜日 13:28:13)

 「低高高高高」と読んだら、マッタイラ(真っ平ら)ですね。

 つまらない冗談はさておき、NHKの、ニュース11の定知アナ(御一族のようですが)は、頭高に言ってますね。

 「それらしくするために古風な」という点だけに反応いたしますが、〈時代劇のせりふにおける助詞のない言い方について〉なんてのを学生がレポートにでもしてくれないか、と思ったりするのですが、さそいに乗ってくれません。どんな時に助詞を言わずにはおれないか、などをですね。〈新聞見出しとの比較を通じて〉などという副題を付けて。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1998年 3月 25日 水曜日 19:27:15)

 時代劇で、なぜか助詞の「を」抜かす言葉づかいには注意引かれます。

 古文読むと、テレビの時代劇ほど「を」抜かしているようにも思えない
ので、あるいは古めかしさ出そうとするための虚構のことば遣いか、誤っ
た類推しでかしているのかとも思います。

 なぜか手元にかつてのNHKの大河ドラマで「を」抜きが顕著だった
「信長」他のシナリオがありますので、暇があればレポートしたいと存
じます。


高橋半魚 さんからのコメント
( Date: 1998年 3月 29日 日曜日 22:22:10)

  こんにちわ。おじゃまします。

  天下をテンガと濁って言うようになったのは、ここ10年くらいじゃ
ないでしょうか。むかしの大河ドラマ(国取り物語だとか)は、テンカ
って言ってましたよね(おそらく)。

  「を」抜きなのは、ジェームス三木からだと思ってましたが、それ
でよいのでしょうか。いずれにしても、すごくキモチワルイ感じがしま
した。

  無関係ですが、時代劇で目に付く小物(美術さん担当?)のは
やはり和本ですね。題簽が横長だったりするのが案外ありますよ
ね。先日、「知ってるつもり」を見てたら、早川雪洲って人の少年時
代、四書五経を勉強してた再現フィルムで(明治時代)、和装大本の
刊本を読んでいて、ちょっと感心しました。
  でも、あのころはもう活字の本もいっぱいあったと思いますが。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1998年 4月 03日 金曜日 0:28:02)

 大河ドラマ「信長 KING OF ZAIPANGU」(1992、脚本・田向正健)の
「を」のレポートです。といっても詳しい数字は出していません。初
めのほうだけ見て、印象だけで申しますので、学問的価値はゼロであ
り、本当のレポートなら不可をもらいます。

 (1)主格と紛れるおそれがある場合は「を」をつける。
 ・この書(ふみ)持ち、家康浜松に訪ねよ。 ・人信じるな。人信ずる時、そこに、罠、裏切り生れる。

 前者は「書持ち」は「書」が目的語であることが自明、「家康、浜松
に……」とやると一瞬迷う。後者の例では、まず「人を」とやって、2
回目からは「人信ずる時」と「を」を抜かしています。

 (2)1語としての単位が明確でなくなるおそれがある場合には「を」を
 つける。
 ・一向宗にいたっては、ただの六文字“南無阿弥陀仏”本尊となし、

「を」がないと「南無阿弥陀仏本尊」ということばかと思われる。

 (3)「を」が連語の一部をなす場合。「をもって」など。
 ・万死もっても戦いとうござりまするッ。
 (4)あとは、気分によって書き分け、多くは「を」を省くようだ。いず
れも、新聞の見出しとしてならばあり得るような……

 ・嫁入り先に口出すは非礼と思い
 ・ついに証拠手に入れた。
 ・家康が高遠城主などに書状送るとは。
 ・あとは徳川様の御処置お待ちするしかありませぬ。
 ・家康様に罠仕掛けた者おるやも知れませぬ。
 ・その書状持参したこの林が嘘を申し上げに参上したと
 ・必要なる処置いたすとな。
 ・織田殿は我が国攻める口実つくっておるのでござりまする。
 ・こうなった以上は、覚悟決め、織田殿と戦う決心いたしましょうぞ。
 ・数だけが勝敗決するわけではござりませぬ。
 ・摂津、丹波、播磨と軍勢出しておるが
 ・目配り怠るな。
 ・余は天下の事考える。そちは織田家のこと考えよ。

 なお、高橋半魚さんおおせのジェームス三木は、「独眼竜政宗」と、
「八代将軍吉宗」の脚本を書いているのではないでしょうか。手元に、
「吉宗」の脚本がありますが、これを見るかぎりでは、われわれの「を」
の使い方と大差ないように思いました。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 4月 03日 金曜日 17:07:59)

 Yeemarさん、さそいに乗って下さって有難うございます。しかし、すごい「を抜き」ですね。

 下ページ見るに、尾形直人、信長だったようですが、私これ見てませんね。中国行ってたからか。

 前、京都住んでた時、古書市で月刊シナリオ? 1冊百円沢山。買おうか、思ったけどやめた。100冊1万円、場所塞ぎ。今、残念、思う。

大河ドラマの歴史


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 09日 土曜日 15:14:24)

本日、再放送分の大河ドラマ『徳川慶喜』より。

声をあらげてはならぬ(他2回)
矢をいろうとしております。

「京ことば指導」の他にも、指導すればよいのに。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 11日 月曜日 22:44:09)

>>声をあらげてはならぬ(他2回)

 これは本放送で気がつき、メモもしたのですが不完全だったので、再放送
をビデオ録画しようと思ったまま失念してしまいました。悔恨の念に堪えま
せん。「矢を射ろうと」は気づきませんでした。やはりビデオにスキップバッ
クの装置でもついていないとダメかと思います。

     *   *   *
 意外なところで発見した「を」抜きことば。

 ・どうしても男の子っぽくしか着られないと悩んでいるんだったら、こんな着こなし試してみては? 〔Olive 1986.05.18 p.11〕

 ・そこで、ひと工夫! プリントの服を染めるんです。すると、アラ、不思議。これが同じ服なの、とビックリするほど新鮮。新しく生まれ変わった服で、また新しいおしゃれ楽しめます。〔Olive 1986.06.03 p.54〕

今でも同じ文体なのでしょうか、未確認です。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 8月 15日 土曜日 13:53:04)

 本日再放送の「徳川慶喜」で、「私は……ではあらしゃいません」という自敬表現が聞かれました。孝明天皇の発言ではなく、慶喜夫人の発言でした。異国が攻めて来ると言う状況を想定している場面での発言ですから、あせって間違えた(よくあることですね)、ということもあるでしょうが、ドラマではあまりこういういい間違いはさせませんよね。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 5月 11日 火曜日 10:21:36)

 現在のNHK金曜時代劇「しくじり鏡三郎」、原作は「縮尻鏡三郎」であるらしい。

主題歌の「ああ青春」というのは、トランザムというグループの歌だと認識していたのだが、拓郎の曲だったのね。20数年後に知りました。

目についたことば(縮尻しくじり)


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 11日 日曜日 23:36:33)

 『元禄繚乱』にて不破和右衛門役の俳優が、「ここにあつもうておられたか」と言ったのは、「おもって・おもうて」などハ行動詞の音便の東西(あるいは新旧の意識)の対立から類推して、東西ともに「あつまって」であるラ行動詞をも「あつもうて」としてしまった、と考えるよりも、「つどうて」と読ませるつもりの「集うて」を「あつもうて」と読んでしまった、考える方がよさそうだ。なんでそれがそのまま放送に乗っちゃうのかな。江戸時代にもそういう風に読み間違える人もいただろう、ということか。

 そういえば、グリコ森永の「かいじん21めんそう」は、「こわごうて」という誤った類推によると思われるラ行動詞のウ音便を用いていたと記憶しています。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 24日 土曜日 19:59:53)

 「あやもうて」でしょうか。
 「かい人21面相」の大阪弁は、いろいろおかしかったようです。

 84.10.08 脅迫状
>> 森永の どあほどもは テープと 青さんソーダの かたまりと 青さ
>>んいりの かし おくったのに 信じへんで けいさつえ とどけおった

 信じへんで→信じんと


 84.11.01 挑戦状
>> 森永が わしらに あやもおて 金 はろうたら 森永
>> ゆるしたっても ええで

 あやもおて→あやまって


 84.11.24 挑戦状
>> おまわりはん ごくろおさん やったな わしら ブツから さがすの
>> むりや もう 8カ月やで すずきも ゆうとるやろ 現行犯たいほ
>> しか あらへん

 おまわりはん→おまわりさん


 引用は「朝日新聞記事データベース」によります。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 30日 金曜日 15:16:52)

 Yeemarさん、有難うございます。新聞データベースと言う手がありましたね。
そういえば新聞報道でも、21面相の大阪弁のおかしさを指摘したものがあったかに記憶していますが、〈「あまり」を「あまし」としている〉、など、今ひとつ決め手にかける気がしていました。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1999年 8月 04日 水曜日 21:00:32)

 やや前の例ですが、これも「元禄繚乱」で聞きました。

  人手が足りのうて困っていたところでございます。
          (NHK「元禄繚乱」1999.03.14)

 助動詞「ない」のウ音便の例です。

 ずっと前に、NHK「お江戸でござる」で由紀さおりさんが

  お母様、私がいけのうございました。

と言うのを聞きました。しかし記録するのを忘れました。

 伊東四朗さんは、「お江戸でござる」にはもう出ないのでしょうか。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 08月 13日 火曜日 21:47:44)

これもごく広い意味でいえば時代劇でしょう。

2002.08.11 NHKスペシャル(NHK)「ドラマ・焼け跡のホームランボール」は、井上ひさし『下駄の上の卵』(「新潮文庫の絶版100冊」所収)が原作で、戦後の東北および東京を描いた楽しいドラマでした。しかし、ことばの時代考証という点では不満を残します。

・1946年7月の米澤驛に「よねざわ」という駅名表示。上野では「うへの」となっているのに。「現代かなづかい」は、その年の11月に公布だから、「よねざわ」とはばかに早手回しです。もっとも、新聞では公布より早くに「現代かなづかい」についての記事が載っていたのを見た記憶があります。

・軟式ボールの箱に「長瀬護膜製作所」の文字。「護謨」の誤植。いくら戦後の混乱期とはいえ、自社の名を誤植したまま箱を使う会社は少なかったでしょう。ドラマ制作スタッフの間違いと思われます。この工場の正門のシーンでは正しく「護謨」となっていました。

なお、軟式ボールのことをドラマでは徹頭徹尾「ドリームボール」と称していました。登場する少年だけでなく、警察官まで。これは原作にもない呼び名。なぜそう呼ぶのか、当時みんなそう呼んでいたのか、分かりません。

また、ことばには関係ないことですが、戦後の日本はほんとうにこんなだったろうか? と疑いをさしはさみたくなる個所がいろいろありました。米沢の少年たちがきれいに整備された公園の芝生の上で野球をしていたり(原作では「鎮守の社のいわば前庭のようなもので花壇ひとつないただの原っぱ」)、上野の闇市がえらく小規模だったり。上野の闇市といえば、今の「アメ横」の前身であり、そうとうに賑わっていたものと想像しますが、ドラマでは、なんだか公園でやってるフリーマーケットみたいでした。

これらのセットは静岡県に組んだとおぼしい。しかし、限られた予算では、中途半端な絵しか期待できないでしょう。これからのドラマ制作では、コンピュータ・グラフィックスの技術をより高めて、オープンセットの代わりに合成CGによって違和感のない町並みを描き出すことを追求すべきであると、私は強く主張したいのであります。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 19日 金曜日 21:50:13)

2003.09.19 NHK「金曜時代劇 蝉しぐれ」

牧文四郎(内野聖陽)のせりふに「かたじけぬ」が出てきたように聞きました。録画していないので確認できません。

「〔前略。斬り合いになるかもしれない仕事に〕一緒に行ってくれるか」
「小野道場で、席次は三番だ」
かたじけぬ
原作は藤沢周平「蝉しぐれ」(文芸春秋)とのことですが、それを見ればあるでしょうか。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 21日 日曜日 00:37:37)

このドラマをビデオに録っていた人に確認したところ、「な」と「ぬ」とわかりにくいが「かたじけない」だと思う、とのこと。貴重な例だと思いましたが、残念です。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 29日 水曜日 15:23:20)

昔々、というのは1981.07.12?、NHK大河ドラマ「おんな太閤記」〔第28回?〕で、武将の本多正信(神山繁)が「それではメンツが立ちませぬ」と発言。これはまた新しい、と思いました。

今ではビデオが出ていますが、総集編なので、このせりふが出ているかどうか確認するのはむずかしそうです。

佐竹秀雄氏のご覧になったという「時代劇」はこれと同じものでしょうか(執筆時期とずいぶん隔たっていますが)。

 「それでは、われわれ武士の面子{めんつ}が立たないではないか」
 時代劇でこんなセリフを耳にした。しかし、実際にはこんな発言はありえない。メンツは、大正時代に中国から入ってきて、昭和初期に普及したことばだからである。つまり、メンツはマージャンやラーメンと同じ新しい外来語なのであり、江戸時代にはなかった。武士が言うとすれば、メンツではなく、古くからある「面目」などという語のはずなのである。(佐竹秀雄『サタケさんの日本語教室』(角川文庫 2000.03.25初版 p.113)


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 16日 日曜日 01:12:09)

 このスレッドのトップの話題だった、後漢書のコーカンショ。

 昨日の国語学会公開講演会での松本市長有賀氏の挨拶で、松本市蔵の宋版漢書の説明の中で、三大史書(「三大漢書」と言ったように聞こえました)の、シキ・カンショ・コーカンショとの読みが聞かれました。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 14日 日曜日 01:51:50)

『怪奇・伝奇 時代小説選集(5)』春陽文庫(志村有弘編2000.2.20)所収の、宮野叢子「大蛇物語」(宝石、昭和二十五年四月)が、たいへん面白い言葉遣いです。

解題には、

芥川龍之介が『伊曾保物語』の文体で書いたという「きりしとほろ上人伝」を想起させるものがある。
とありまして、サ行イ音便やバ行マ行のウ音便がありますが、過剰であるようです。たとえば、「まらした」が「まらいた」になっていたり、「澄んで」が「澄うで」になっていたり。

さらに、ラ行のウ音便が出てきます。


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