1998年03月09日

閖前(ゆりまえ)(後藤 斉)


 最近、芝野耕司編著『JIS漢字字典』(日本規格協会,1997,
ISBN4-542-20127-9)が刊行されたことをご存じの方も多いと
思います。(関係者もここを読んでいそうですが。)

 ところで、「閖」の字(p.617)を引いてみて不思議に思い
ました。「地名 ユリ 閖前(ユリマエ・宮城)」とあるのです。
JISの規格票(p.306. 同書ではよこぐみのp.320)に詳説があって、
原典典拠が全国町字(=財団法人地方自治情報センター『全国
町・字ファイル』)なのだそうです。

 宮城県の多くの人がこの字を見てまず思い浮かべる地名は
「閖上」(ゆりあげ)です。漁港でもあり、仙台市営バスの
路線の終点でもあったため、「珍しい字であるらしい」ことも
含めて比較的よく知られています。地元民だけでなく、『大漢和』
(11巻736ページ)がこの字の用例として挙げるのも「閖上」です。
なにより、この地名は国語学者をしてバイクを駆ってまでも
行ってみたいというロマンを抱かしめる地名でもあります。

 一方、「閖前」は、少なくとも私は知りません。手近にある
地図では存在を確認することもできません。

 「閖前」が幽霊地名だと断定することはできませんが、JIS規格で
典拠の用例としてなにゆえ「閖上」でなく「閖前」が採られたか
不思議です。



縁三話−−−仙台は遠くなったのか



後藤 斉 さんからのコメント

( Date: 1998年 3月 09日 月曜日 16:06:53)


 自己フォローで恐縮です。

 gooで「閖上」を検索すると43件ヒットしましたが、「閖前」だと
下のページだけです。

#関係者の方はすでにやっていたわけですね。

個人的には、「閖前」が幽霊地名ではないかとの疑いを一層濃く
感じています。

国土行政区画総覧を唯一の典拠とするJIS漢字をインタ



豊島 正之 さんからのコメント

( Date: 1998年 3月 09日 月曜日 16:20:12)


豊島@東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所と申します。
「JIS漢字字典」の編集に協力した、「読んでいる関係者」です。

「閖」字は、「全国町字」に3例あります。

宮城県 名(ナ)取(トリ)市(シ)閖(ユリ)上(アゲ)
宮城県 桃生(モノウ)郡(グン)桃生(モノウ)町(チヨウ) 字,閖(ユリ)前(マエ),
宮城県 桃生(モノウ)郡(グン)桃生(モノウ)町(チヨウ) 字,閖(ユリ)谷(ヤ)地(チ)

「JIS漢字字典」は、複数の用例から乱数で選んだ用例を掲出しています。
閖上港は、赤貝の産地として東京の寿司屋でも有名ですが、たまたま乱数の
御機嫌が悪く、掲出されなかったものです。

尚、JIS漢字初版(78JIS JIS C6226-1978)が、当該字を地名から選んだ事は
分かりますが、*どの地名から* 選んだかは分かりません。

豊島正之(とよしま まさゆき)/mtoyo@aa.tufs.ac.jp/FAX 03-5974-3838(乞豊島宛明記)
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 / 〒114 東京都北区西ヶ原4丁目51



後藤 斉 さんからのコメント

( Date: 1998年 3月 09日 月曜日 16:40:04)


なるほど。

>宮城県 桃生(モノウ)郡(グン)桃生(モノウ)町(チヨウ) 字,閖(ユリ)前(マエ),
>宮城県 桃生(モノウ)郡(グン)桃生(モノウ)町(チヨウ) 字,閖(ユリ)谷(ヤ)地(チ)

やはり軽々しく「幽霊」と言ってはいけないということがよくわかりました。
ご教示ありがとうございました。



後藤 斉 さんからのコメント

( Date: 1998年 3月 10日 火曜日 15:26:27)


菊地勝之助『宮城県地名考』(宝文堂, 1970)を引いてみました。

「閖上」の項(pp.284-285)で、『大漢和』も引く『封内風土記』、
『観蹟聞老志』を引用したあとで、次のように書いています。

-----ここから引用-----
 この珍文字の成立について、次の様な話が伝えられている。
昔、仙台の藩主が大年寺に参拝せられての帰途、山門内から遙
かに東の方、海岸の波打つ浜をご覧になり、「あれはなんという
所か」と尋ねられた。近侍の者が「ゆり上浜であります」と申
上げると、重ねて「文字はどう書くのか」との仰せに「文字は
ありません」と申上げると、藩主は「門の内から水が見えた故
に、今後門の中に水を書いて閖上と呼ぶように」といわれ、そ
れから仙台藩専売の国字「閖」が出来たというのである。
...
桃生郡桃生町太田の小字名に閖前(ゆるきまえ)と呼んでいる
所がある。後世閖上の文字にならったものであろうか。
-----ここまで引用-----

「閖前」の別の読み方が出てきてしまいました。桃生町の
項目の方にはこの地名は現れません。

桃生郡教育会『桃生郡誌』(桃生郡役所, 1923)をちらりと見る
程度ではこの地名は見つかりません。また、桃生町史編纂委員会編
『桃生町史』(桃生町, 1985-1996)という文献もあるようですが、
部分的にしか参照できなかったので、結論はおあずけ。いずれにせよ、
読み方の確認は、この種の文献では難しそうです。



satopy さんからのコメント

( Date: 1998年 3月 12日 木曜日 17:18:56)


『新・日本地名索引』ですと「閖前」はユリマエですね。
『角川地名大辞典 宮城県』巻末の「小字一覧」にはないようです。(たくさん挙げられているので見落としの可能性あり)
ただ、「閖(ユリ)」とだけあったのが気になります。新たな土地の名なのか、閖前・閖谷地を包含する地名なのか。



後藤 斉 さんからのコメント

( Date: 1998年 3月 17日 火曜日 11:56:05)


仙台市民図書館『文書による郷土的なレファレンス質問に対する
回答事例 第一』仙台市民図書館, 1980.に
「24. 閖上の地名の由来」という項目があって、末尾に、
-----ここから引用-----
なお、桃生郡桃生町太田の小字に「閖前」〔ゆるきまえ〕と「閖」
〔ゆり〕という地名があるが、この地名表記は「閖上」にならった
ものといわれます。
-----ここまで引用-----
とありました。「ゆるきまえ」の読みは参照した菊地「宮城県地名
考」によったものでしょうか。

桃生町役場に電話して確かめたところ、(地名に詳しい人ではなかった
のですが)普通の町民の意識としては「ゆりまえ」と呼ぶとのこと
でした。


ついでながら、「閖」一字ではgooやInfoNavigatorはなにもヒット
しませんが、infoseekだと、「閖(ゆり)ちゃん」という赤ちゃんが
いることがわかります。


infoseek Japan



satopy さんからのコメント

( Date: 1998年 3月 17日 火曜日 15:23:49)


 「ゆるきまえ」は幽霊地名かもしれませんね。

 あと、こちらで閖前の地図上の範囲を表示してくれます。ただ、表示範囲が狭く、どこのどうなっているのかわかりにくいですが。

(リンクがうまくたどれないときは、こちらで入力してみてください。)



岡島昭浩 さんからのコメント

( Date: 1998年 3月 21日 土曜日 23:36:23)


 『計量国語学』の最新号(21-4)の笹原宏之・横山詔一・野崎浩也・米田純子「『朝日新聞』のCD-ROMと紙面における幽霊文字と辞書非掲載字─「JIS X 0208」の漢字を中心に─」というのを見ていて思い出したのですが、京セラの創業者でしたか、稲森畩市という方が亡くなった時、朝日のニュース速報ではこの「畩」の字は使っておらず、仮名になっていました。
 この「畩」は明らかに地名を元に付けた名でありましょう。京セラが鹿児島と縁のある事は、かつて女子駅伝で鹿児島が強かった頃のことを思い出せばうなづけます。

 人名漢字という枠組みがない時代にはこのような名付けが許されたわけですが、現在では常用漢字・人名用漢字に入っていない地名の字も多くあるわけで、「琉」の字を人名漢字に入れて欲しいとか、「琵」の字が使えないのはどうしたことかとか(「弥」にしたそうですね)、「閖」も戸籍上は「ゆり」だ、ということがあるわけですね。この「閖ちゃん」は宮城県とは縁がなさそうですが。
 しかし、
>漢字の「閖」は水を止めるせきの意味
とありますが、そんな風に説明してある漢字字典みたいなのがあるのでしょうね。
 日韓を繋ぐということですが、国字が韓国に輸出されることになりますでしょうか。


閖の紹介ページ



大原望 さんからのコメント

( Date: 1998年 4月 22日 水曜日 1:30:50)


 岡島さんのコメントの中で「国字が韓国に輸出される」とあるのは、「閖」のことでしょうか。
 漢字の「閖」は水を止めるせきの意味とありますが、そんな風に説明してある漢字字典みたいなのがあるのでしょうね。と書かれていますのでそうでないようにも思えます。
 「閖」の字は、『龍龕手鑑』に音のみあげられ、この影響を受けたと思われる解説が、『名義抄』・『字鏡鈔』などにある。
 また『色葉字類抄』には、「閖」の「水」の部分を「也」また「化」としたものと一緒に「シナタリ」とある。
 『名義抄』が編纂された頃までには漢字として日本人が知っていたことになる。
『色葉字類抄』では「閉」もしくは「開」などの異体字と関連する文字として使われている。
 『名義抄』・『字鏡鈔』では漢字そのもの、『色葉字類抄』・仙台の地名は国訓的な使われ方といえないだろうか。
 より詳しいことをご存じの方は、ご教示いただきたい。次のメールへ出していただいてもかまいません。n-oohara@mue.biglobe.ne.jp




岡島昭浩 さんからのコメント

( Date: 1998年 4月 22日 水曜日 10:56:55)


 大原さん、どうも有難うございます。

 この字が大漢和にも載っていることからJISでも暗合例を挙げていないのですね。私も長島豊太郎の『古字書索引』ぐらい引いてみればよかったと思っております。

 私の書きました「そんな風に説明してある漢字字典みたいなの」というのは、「JIS漢字は全部入れました」と謳っているような漢字字典のことで、「意味不明」と書くのが嫌なのか、無理矢理意味を当てはめているような字典のことです。そして多分、ゆりちゃんの文字選びの時に参考にされたのはこのような字典であろう、と考えたわけです。
 例えば、西東社『ワープロ・パソコン漢字辞典』(1990.3.1)には、「ゆる、すいもん」とあります。この水門から「水を止める関」という意味を書いた字書もあるのではないか、と考えたのです。

 大原さんの書かれたものを読んで、あるいは韓国では今でも(JIS漢字の影響を受ける以前)使う文字なのだろうか、と思いましたが、そういうわけではなさそうですね。

 国字は、辞書レベルや統合漢字では、中国や韓国朝鮮にも輸出されているわけでしょうが、この「閖ちゃん」のような輸出のされ方もあるのだろうかと思い、書き込んだということでした。


posted by 岡島昭浩 at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。