1998年05月14日

括弧と○の位置について(言魔上人)

先日、高校の大先輩である轡田隆史氏の講演が母校であり、
楽しいひとときを過ごしました。さて、講演がおわり、私の
いわば、言葉遊びの師匠である長島猛人先生(一応は、モノカキで、
こんな本を出した人です)とともに、盛り上がった際、
長島先生より問題提起されたのが、

新聞上で、会話の表記をする際 」。 であって、 。」ではないとの
事でした。確かにそのとおりですが...一説には、括弧自体が句読点なので、
○を書く必要はないとも言われているそうです。
さて...小学校では必ず。」で教わったと30年前の記憶なので定かでは
ありませんが...ちょっと悩んでます。


言葉のよろずや


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 15日 金曜日 11:13:03)

 文部省の見解は下の通りだと思います。古いものですが、その後改訂はされてないと思います。〈。」〉です。

 〈……である(……だが)。〉というような括弧の後の句点には触れていますが、鍵括弧のことはないようですね。

 朝日新聞用語の手引きなどの類も見てみたいと思います。もしお持ちでしたら見てください。私も探しますが。

くぎり符號の使ひ方〔句讀法〕(案)   昭和二十一年三月  文部省


前田年昭 さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 17日 日曜日 7:42:31)

言魔上人さんのご指摘のとおりです。
句点など区切り符号の使い方では新聞各社は「受けの括弧類+句点」
方式でゆれはありません。「朝日新聞の用語の手引」「毎日新聞用語
集」「記者ハンドブック(共同通信社)」の各年度版が手元にありま
すが、基本的に共通です。
『新版・毎日新聞用語集』1996.4では次のとおり。p.407-408
--------------------- 以下引用 --------------------------
一、句点は文(センテンス)の終わりにつける。
〈中略〉
二、カッコ類との関係は以下の通り。
 1.閉じカッコの前にはつけない。
   例 「私もそう思う」
    ×「……思う。」
 2.閉じカッコの後につける。
〈中略〉
 3.ただし、カッコに入った文だけで一つのセンテンスを成し、段落が
切れる場合は、閉じカッコの後にもつけない。
〈中略〉
 4.文章全体の注釈、筆者名、クレジットなどをカッコに入れて文末に
置く場合も、閉じカッコの後に句点をつけない。
〈後略〉


言魔上人 さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 21日 木曜日 17:14:44)

岡島先生、前田先生どうもありがとうございました。

ちなみに、手元に週刊文春がありましたので、ぱらぱらと
見てみたところ、(」)の前後にマルはありませんでした。
義務教育で教えられた事と、実社会で慣行されて
いることの差など、他にもいろいろありますし、
この場合も「どれが正しい」「どれが間違い」という
問題ではなさそうなので、深くは掘り下げませんが、
一応、「どれでも正解」のような受け止め方でよさそう
ですね。

新聞用語の手引き等は手元にありませんので...
やはり、マイナーとはいえ、「言葉」のページをやって
いる以上、入手するようにいたします。

言葉のよろずや


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 22日 金曜日 10:12:25)

 屋上屋を架すようですが……

 とじカッコ(」)が引用の終わりを示すもので、一叙述の終わりを示すもの
でないとすれば、発言全体がカッコに入っているときには
  「……。」
とすべきなのでしょうね。川端・太宰などの作家はこの方式ですね。一発言
丸々でなく、部分的な発言を引用することもあるわけで、そのときには

  「蛇? 蛇なんてこわいもんか。見つけ次第おれがとって」食べる、
  と言いかけて、口ごもり、「おれがとって、殺してやる。さあ、おれの
  あとについて来い。」         (お伽草紙・新潮文庫p.287)

の「……とって、」のごとく、カッコの前は読点になります。つまり
  「……、」と
  「……。」との
いずれかが選択可能なわけで、カッコの前には句読点を付けないという新聞
方式だと、こういうバリエーションがなくなってしまいます。

 厳密にいえば、上の「お伽草紙」の例は、引用がさらに大きな叙述の一部
となっているわけですから、

  ……あとについて来い。」。

のようにすべきところ。こんな妙な句読法は見たことありませんが、大類雅
敏氏が『句読点おもしろ事典』(一光社,1988)の中で触れています。

  (このことについては後述する)
   では、どうも具合が悪い。そこで、
  (このことについては後述する)。
   としてみた。けれど、カッコがあるとは言ってみても、「後述する」
  も終止形〔Yeemar注・ここでは「言い終わり」というほどの意味〕であ
  る。従って、最も良いのは、次のように、句読を打つことである、と考
  えた。
  (このことについては後述する。)。
   しかし、このマルも、こうるさい気がする。合理的ではあっても、
  “いささか気になる”マルである。新聞記事では、閉じのカッコの前に、
  わざわざ、マルを打たないから、
  (このことについては後述する)。
  となる。閉じのカッコが、文の終止の区切りになっている、という考え
  でいるからであろうし、これも一つの方法である。    (p.65-66)


前田年昭 さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 22日 金曜日 23:02:40)

YeeMarさん、こんにちは!
なるほど、と肯かされる反面、(小生の職業がらからくるのかもしれませんが)組版業者の立場から考えるとまた、別の側面からの視点も必要かな、とも思います。
例示された新聞や週刊誌はたいてい1行の長さが短いという特徴があります(1行の行長は12字詰から18字詰ほど)。
この場合、多重約物の処理、具体的には、受けの約物(終わり括弧類)が複数連続する場合、組版上で困難が生じます。「ほげほげ。」という文節が行末にかかる場合を想定してみてください。「げ」が行末の場合、「。」が行末の場合、など考えてみると「追い出し処理」にしても「追い込み処理」にしても、「。}と{」}が続くとなかなか難しい問題が生じるのです。
こうした外的条件だけでなく、終わり、受け、ということでは同じ意味を持つ約物は一つあればいい、二つ続けると重言だ、という意味とデザインの立場からも省略形が生み出されたのではないか、と私は考えています。


言魔上人 さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 24日 日曜日 18:14:26)

Yeemarさんお久しぶり。コメントありがとうございました。
『句読点おもしろ事典』は探し出して読んでみよう...

前田さんの追加コメントも良く理解できました。
ウェブ上だと、私の句読点なんていいかげんそのものですが、
本業の方は大変ですよね。実は、「言葉のよろずや」が本に
なってしまう事になりましたので、その辺も気をつけようと
考えています。

一昨日皆様の書き込みを長島先生に送りました。モノカキの
くせに...モノカキだからかな?...ネットに繋げない
人だから...

言魔上人


前田年昭 さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 25日 月曜日 0:06:12)

言魔上人さん、こんにちは!

さきの私のコメントに誤解があってはいけないと思い補足します。
行長が短いというのはあくまで外的な条件であって、内因では
ありません。では外因を貫いて作用している内因とは、この場合、
何でしょうか?
それは、(編集者の用語だと)受けの括弧類、(JIS組版規則の
用語だと)終わり括弧類と、句点との連続が類似の意味を持つ
約物同士の、いわば「重言」だからです。
省略できるものは、法則にしたがって、消えていく、のかもしれ
ませんね。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1998年 5月 30日 土曜日 0:39:31)


“。」。”のような妙な表記は実際にはないだろう、と書きました
が、ありました。早稲田大学日本語研究教育センター「ひととこと
ば研究会」で出している雑誌の中のある報告です。

> また、6月9日の授業前にメールで送られた下書きの中では、
>「(私の国の人)と日本人は、ぜんぜん違う人間。」という、イン
>タビュー対象の答えに、「ちょっと気になった。」と書いており、
>国民によって差異が歴然とある、という態度には同調していない。
>しかしながら、別のインタビュー対象が「なに人でも‘かまいなく
>’。違います?」とUに尋ねたときに「一応‘ええ’と答えた。」。
>ここからは、友達を作りにくいことと国籍が関係ない、とは言い切
>れないとするUの考え方が表れているだろう。
  牲川波都季「変容する個――異文化を自分の目で見つめるために」
  「ひととことば」5,1997 p.122

 理詰めで考えればこういう表記法が成立するだろうとは思いますが、
だからといって新聞に見られるような句読法を否定するつもりはあり
ません(新聞なら上記の場合は“」。”でしょう)。

 新聞等で“。」”を“」”とするのは、いわば“」”で直前の“。”
を兼務しているのでしょう。

 ところで言魔上人さんのご本というのは、詳細が決まっているので
しょうか。ホームページを拝見したのですが分かりませんでした。


言魔上人 さんからのコメント
( Date: 1998年 6月 03日 水曜日 11:31:52)

やはり、ここで聞いてよかった...
なんとなく理解できてきました。

Yeemer先生:
出版の詳細は決まっていませんが、「さきたま出版会」からと
言う事は決定しています。今、長島猛人先生が、「諺のパラドクス」に
手を加えているところです。秋口まで長島先生と徹底的に練ったものに
仕上げたいと思っています。

元々、ギャグのページを狙った訳ではなく、笑いながら諺を覚えるとか、
1990年代の若者用語が2000年以降にどれだけ標準語になるかの
元データを作るとか、そういった意図で始めたんですが...やはり、
遊び人が作るとアソビのページになってしまうって事です...

言葉のよろずや


さんからのコメント
( Date: 1998年 6月 05日 金曜日 10:55:50)

遊んでしまったうちの1人です。が、たしかに諺への取り組みが変わりました。うちの学生にも、言魔さんのページのネタでたまにあそばせていますし。得るものは多いです。


新会議室へ続く

posted by 岡島昭浩 at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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