ご無沙汰しております。
「胸に一物にもつは先へ」というしゃれ(むだ口)があるようですが、
よく分からないことばです。
私の見たのは明治24年(1891年)3月「六合雑誌」123号の大西祝
「滑稽の本性」(『大西博士全集7』所収)という論文の中でです。
例へば「胸に一物にもつは先へ」と洒落るる時はにもつなる一言
の下に二個の意を合括せんとして而して其不相応なる処に「をか
しみ」を生じ来る也即ち「胸に一物にもつ」と読む時は如何にも
二物の如く思はるれども「にもつは先へと」(ママ)読み下す時
は荷物とより外に思はれずこの殆ど(其意味に於ては)相関係す
る処なき二個の思想を一言の下に括るは不相応の至りなれども然
れどもその不相応なるものが矢張り括られ居る所(裏がへして云
へば一に括られ居るものが一に括らるゝには至て不相応なる処)
に洒落を生じ来る也 (全集 p.306-307)
滑稽の発生する要因について述べた文です。私の知るバージョンで
は「胸に一物、手に荷物」というのもあり(先輩が使用した)、こち
らのほうが面白いのではないかと思いますし、かつ、これを大西理論
ではどう説明するのか聞いてみたい気もします。
それはともかく、「荷物は先へ」とは何か、まさかスキーツアーの
ときに用具を宅配便で先に宿に送っておくことではあるまいし、と、
いうわけで、このむだ口の後半がよく分からないのです。
このむだ口が広まった時期などとあわせて、情報をご存じの方がお
られましたらお教えいただければと思います。
鈴木棠三『ことば遊び辞典』には載っていないようです。
satopy さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 01日 水曜日 15:52:35)
『伊賀越道中双六』に、「心に一物荷物は先へ、道を早めて急ぎ行く。」がありますね。下記ご参照ください。ただし、底本が不明なのでなんとも。
SATOPY さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 01日 水曜日 15:53:34)
またやってしまった。
→ (浄瑠璃)床本集
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 01日 水曜日 16:49:48)
「〜手に荷物」の方は、私も知ってます。それを下敷きにした「胸に一物手にマイク」という歌詞のある「赤ずきんちゃんバスストップ」という題の歌が、1970年代後半に野沢那智・白石冬美・小島一慶・林美雄というTBSラジオ系の人によって歌われていたのも記憶しております。
また、織田作之助『競馬』が青空文庫に入っていますが、それに、
「胸に一物、背中に荷物」というが、とあります。
小学館の『ことわざ辞典』(電子ブック版による)には、用例が無いながらも、「背中に荷物」「手に荷物」の両形をあげています(「腹に一物」もあり)。リズムとして77と75が選べるということでしょうか。「背に荷物」でもいいわけですが。
77のリズムになる「荷物は先へ」というのは、知りませんでしたが、検索を掛けてみると見つかりました。
文楽 鶴沢八介の館HP『伊賀越道中双六 沼津の段』がありますが、それに、
心に一物、荷物は先へ、道を早めて急ぎ行く。とありました。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 01日 水曜日 16:52:10)
あ、satopyさん、さすが素早い。
失礼しました。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 02日 木曜日 10:01:19)
さっそくにお教えをありがとうございます。
ホームページも検索していなかったのは怠慢でした。出てくるもの
ですね。
「伊賀越道中双六」は1783年=天明3年初演ということなので、そう
とう古くから言われていたことになりそうです。
「沼津の段」の問題個所を読んだかぎりでは、こういう筋らしいで
す。平作・お米という二人連れに会った十兵衛という男が、じつは平
作は実父、お米は妹であることを悟ったが、わけあって自分だと知ら
れないように金を渡し、「娘さん、親父さんに孝行してあげてくれよ。
さようなら」とだけ言って、心に一物たくわえたまま、別れて道を急
いだ。
ここでは、すでに言い習わされていた文句を取り入れたものかと思
います。当時は「荷物は先へ」で十分面白いしゃれになっていたので
しょう。荷運びの者が主人より先に立って歩く習慣があるとか、何か
素地があったのかと想像されます。それがだんだん分からなくなって、
新たに「背中に荷物」など、対句としてもうまい言い方が出たという
ようなわけでしょうか。
言魔上人 さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 04日 土曜日 7:54:31)
埼玉県北部ローカルのような気がしますが...
「腹に一物、手に荷物、三つ持たせたご進物」と言います。
(私が言葉遊びに興味を持ったのは、こういうテキヤの口上の
ようなものが最初でして...特に、江戸っ子言葉は今では、
むしろ、旧五街道の江戸より20〜30里といった地域にしか
残っていない様子ではないか..等...う〜むまとまりが
つかない...)
→ 言葉のよろずや
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 05日 日曜日 0:45:58)
Yeemarさん、私が検索したのはHDです。
岩波の大系本『文楽浄瑠璃集』(祐田善雄氏)は、「そなたはその荷物を持って……早う行きや」をさすとしていますね(p343)。
言魔上人さん、サンモツ・ゴモツもあるといいのにですね。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 07日 火曜日 0:29:38)
言魔上人さんの「テキヤの口上」というご発言で、室町京之介『香具師
口上集』(創拓社)を見てみましたが、ちょっとそう都合よくは見つか
りませんでした。
私は岩波大系本のテキストファイルを、すべては持っていないのです。
書物でも揃えておらず、よくないことです。
改めてこの段の頭から熟読してみますと、たしかに十兵衛という男が、
子分(?)の安兵衛なる者に、さきに荷物を持って目的地の吉原に行か
せているのですね。とすれば「荷物は先へ」という軽口だか修辞だかは
この文脈で初めて生きてくるわけで、「胸(心)に一物、荷物は先へ」
の出典はまさにこの「伊賀越道中双六」と考えることができそうですね。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 07日 火曜日 8:54:42)
大系本のテキストファイルは私も持ちません。
国文学研究資料館のものが使えるようになれば有り難いことです。
→ http://www.nijl.ac.jp/%7Ejsf/
言魔上人 さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 08日 水曜日 0:01:07)
『香具師口上集』(創拓社)ですか...
購入せねば...
話がそれてしまいますが、実は結構好きな分野ですので。
特に「あたりきしゃりきに車引き、ブリキに電気に蓄音機」等..
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1998年 7月 08日 水曜日 0:41:52)
『香具師口上集』、創拓社から新装版がでてるのですね。知りませんでした。CD付きのようですね。
元版は正続2冊でしたが、その関係はどうなってるのでしょうね。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 12月 12日 日曜日 12:52:25)
『〈'60年代〉ことばのくずかご』167ページ(『言語生活』1966.4 p56c)に、「胸にイツモツ、手に荷物」あり。「伊賀越道中双六」の一節から、楠井紫光が考え付いたものであると。
大正時代のことのようです。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 1月 18日 火曜日 15:33:00)
「ことばのくずかご」の記事は、「奇才・大辻司郎」三好昌尚という文章が出典。
大辻司郎がはやらせたと言うことは、高田文夫『江戸前で笑いたい』筑摩書房1997.1.25の西条昇「東京芸人ギャグ・フレーズ年表」の冒頭、大正15年/昭和元年の項にもありました。「ハラハラと落つる涙をコワキに抱え」「勝手知ったる他人の家へ」「お母さんは女であった」と共に。