1998年07月27日

紀と記について(Kenta)


私は、日本と英国における近代の戦没記念施設を研究しております。
歴史資料を当たってみると、日本の場合、これを「紀念碑」と表記することが大体
昭和20年代後半まで見られます。現在の表記は「記念碑」です。また他国の場合ですと、中国、香港、台湾、韓国では今でも「紀」の方が使われている(韓国ではハングル化しておりますが)もののようです。また、日本でも、仏教寺院等の宗教行事では現在でも「紀念」という語が「記念」の意味で使われている例が見受けられます。
私の疑問はこうです。
つまり「紀念」と記す場合と、「記念」と記す場合とでは意味上の違いが発生する
ものなのでしょうか?それとも、ほぼ同義であると考えて差し支えないものなのでしょうか?いろいろと辞書・辞典類(広辞苑、大辞林、国語辞典等)をあたってみたのですが両者の違いについては要領を得ませんでした。斯学の素人にはなんとも判断のつかない問題で、失礼な事とは思いましたが教えを請おうと思い立ちました。
皆様のご教示がいただければ幸甚に存じます。



岡島昭浩 さんからのコメント

( Date: 1998年 7月 28日 火曜日 23:38:43)


 昭和三十年ごろが変わり目だとすれば、29年の「法令用語改善」、31年の「同音の漢字による書きかえ」が思い起こされますが、それには入っていないようです。議論されたけど発表には到らなかったのかもしれません。

 古くから「紀」と「記」は通じていたようで、「紀」にも「しるす」の訓はあったのですが、当用漢字音訓表に「しるす」が載らなかったことも関係しているかもしれません。

 現在の「記念」「紀念」の違いとなると、一般的な「記念」に対して、古風な感じの「紀念」というところでしょうか。
 昭和三十年ごろの意味の違いとなりますと、「紀念」が使われなくなったことの理由がなにかあれば、それを意識した意味の違いでしょう。たとえば『大漢和辞典』が「紀念は俗用」と書いたのが原因であるのか、『広辞苑』が「紀念は誤用」と書いたのが原因であるのか、等がはっきりしないと、分かりません。

 いずれにしましても、これらの意味の違いは、情的な意味の違いであるように思います。

 そういえば、中国では「留念」というのも使うと思いますが、「留念碑」というのはないのでしょうか。ちょっと意味が違いますかね。



益山健 さんからのコメント

( Date: 1998年 7月 31日 金曜日 1:22:33)


漢華信息網で人民日報 1991年以降の全文検索を使い,「念碑」と「紀念碑」を調べたらともに 459件(出現数でなくて出現する記事の数)でした。「紀念碑」しかないみたいです。ただの「記念」はあるのですが。


漢華信息網



Kenta さんからのコメント

( Date: 1998年 8月 04日 火曜日 7:03:54)


岡島様、益山様、早速のレスありがとうございます。

ひとつ岡島先生に質問なのですが、

>いずれにしましても、これらの意味の違いは、情的な意味の違いであるように思います。

この「情的」というのはどのような意味でしょうか?たとえば、遺族やナショナリズム的な感情が込められた「違い」というものが、語の意義を越えて託される場合がありうるということでしょうか?学問的には、こうした現象を指す術語等ありますでしょうか?
素人ですのでなんでもきいてしまって申し訳ありません。




岡島昭浩 さんからのコメント

( Date: 1998年 8月 11日 火曜日 17:14:45)


 コメント出来ずに申し訳ありません。

 「意義を越えて」ということは難しいと思います。「知的な意味」に加えて……、ということになると思います。

 「知的な意味」というのは、「角(かど)」と「カード」は、知的な意味の違いに関るが、「まるい」と「まあるい」の違いは、知的な意味の違いではない、というような感じで使っています。

 例えば(あまり適当な例ではないかもしれませんが)、「障害者」という書き方をやめて「障碍者」と書こう、ということがあるようです。これは、昭和31年の「同音字による書き換え」と逆の動きなのですが、昭和31年の時には当用漢字外の文字を使わないようにするためでしたが、現在の動きは、「障害」と書くと、障碍者がまるで害をなすもので有るような書き方だ、として「害」という字を避けるもののようです。

 文字を選ぶ際には、いろいろな意識が働くわけです。上記の例でも、本当に「害を成すもののようだ」と思って「障碍者」と書く人もあれば、「害を成すものだと思っているとは見られたくない」と思って書く人もあるし、「同音漢字による書き換え」を知らずに「障碍」と書いている人も有るのでしょう(ちなみに、昭和31年以前にも「障害」はありました)。

 「紀念」を誤用・俗用とした、『廣辭苑』(初版にも誤とありました)も『大漢和辞典』も、昭和30年に出たものだ、ということもありました。「辞書で誤りとしてある字は使いたくない」というのも文字選びの意識の一つだと思います。

 どうもまとまりませんが。



Kenta さんからのコメント

( Date: 1998年 8月 20日 木曜日 7:17:18)


岡島様

ありがとうございました。
この問題のために、わざわざ『廣辭苑』『大漢和辞典』をお調べいただいた様子で、恐縮しております。
おかげでこうした表記上の差異に対する心構え、というか態度というか、がはっきりしてきたように思います。
特に、現在留学中という事もあって、非常に助かりました。

これからも、また帰国してからも、どうぞ宜しくお願いいたします。



岡島昭浩 さんからのコメント

( Date: 1999年 4月 13日 火曜日 0:21:13)


倉島長正『なるほどがってん日本語101話』(東京新聞1996)に、記念が取り上げられていました。紀念碑の写真もありました。


posted by 岡島昭浩 at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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