【 「は」と「が」…… 朝日新聞で 】
> (松井の写真)
> 松井は2点ホームランを打った。
朝日のスポーツ面の写真の添え書き(キャプション)を見ると、
上のようになっている。
これは日本語では「松井が」となるのが正しいはず。
いきなり最初に人物が出るときは「が」。
すでに説明された人物の話では「は」。
例。
「松井が2点ホームランを打った。松井はそのあとガッツポーズ」
「今は昔、おじいさんとおばあさんがあったとさ。じいさんは
山で電動柴刈り機を使い、ばあさんは川で全自動洗濯機を使い」
読売その他はいずれも「が」。朝日だけが「は」。
朝日は独自の文字を使うだけでなく、独自の言語を使うのか?
あるいは、言語能力が貧困で、助詞の区別がつかないのか?
【 付記 】
当会議室では、関連ページはどこ? 「僕は柳田」ぐらい?
ついでだけど、……
「象ハ鼻ガ長イ」は、カタカナでないといけないんでしたっけね。 (^^);
朝日の社員の子供は、次のように歌っているという噂があり。
「ぞうさん、ぞうさん、おはなはながいのね。そうよ、あしはみじかいのよ」
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 6月 07日 月曜日 15:08:52)
写真が主、というわけなのでしょう。そして読者は松井の写真を見て「お、松井がどうした」と思うだろうという予測のもとに、「松井は……」と書くのでしょう。
言魔 さんからのコメント
( Date: 1999年 6月 07日 月曜日 22:44:15)
朝日の場合、必要以上の省略が多いと常々感じております。
で、多分、
「(清原は打たなかったが)松井は...」とか...
天野修治 さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 06日 火曜日 8:17:55)
一度専門家の方にお聞きしたかったことが絡んでいたので、ちょっとお邪魔させて頂きます。格助詞「が」と係助詞「は」について(私の記憶によると)大野晋氏が唱えた<「が」は新情報、「は」は旧情報を提示する>という説は専門家の間ではもう定説になっているのでしょうか。私はこの説にはかなり無理があると感じている一人なのですが。
このコーナーで問題になっている朝日新聞の「は」の使い方も<いきなり最初に人物が出るときは「が」。すでに説明された人物の話では「は」。>という観点から見られていて、これは大野氏の説を前提とした分析のように受け取れました。朝日の記事全体を見ていない私が口を挿むのは見当違いの謗りを受けるかもしれませんが、この部分<松井「は」2点ホームランを打った。>に関しては、<係助詞「は」の特徴である「述部を強く意識させる」役割を自然に使っている>という印象を持ちます。
バルセロナにて
かって さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 06日 火曜日 21:38:04)
「旧情報」という言い方に無理があるなら、聞き手が、「うんうん、あの件ね。」と、ある程度難なく談話に入っていける範囲というのはどうでしょうか。
私見では、「旧情報」「新情報」は、grammarの記述(generalization)という意味で、かなり的を得たものと感じています。
「が」で人物紹介をして「は」でハイライトするか、それとも、いきなり「は」でハイライトすることにより、(読者に「この人のことは知っているでしょう?」みたいに)インパクトを与えてもいるんじゃないでしょうか。因みに、よく小説で、いきなり主人公を「・・・は」と登場させる用法はよく使われているようですが。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 07日 水曜日 19:41:52)
私の感じ方では、旧情報・新情報を言い分けるために「は」「が」
が存在するのではなく、まず「は」の本義としてハイライトする(とり
立てる)ということがあると思います。旧情報・新情報の言い分けは
結果としてそうなっているものとみます。
「は」と「が」だけがペアとなるのではなく、「は」と「に」(京
都は行きました/京都に行きました)や「は」と「を」(本は読みま
した/本を読みました)もペアになります。いずれも後者が結果とし
て新情報になっています。
旧情報・新情報は大野氏の創見ではなく、古く松下大三郎などが指
摘しています。一方で「は」は取りたて(主語ではない)というのも、
山田孝雄・松下大三郎・三上章らによって定説となっていると思いま
す。
文法のことは専門外ですが余計なことを申しました。
ちなみに、「が」と「は」の違いについて、最近人に話した文をご
紹介してお目を汚します。
・母親は演歌歌手だったので、芸能界のことはよく知っていた。
・母親が演歌歌手だったので、芸能界のことはよく知っていた。
上は「よく知っていた」のは藤圭子ということになります。下は
「よく知っていた」のは宇多田ヒカルです。