1999年07月14日

誤植?

 いかにもありそうな誤植で、実在が疑われるものですが、誤植のように見えます。あるいは何らかの意図があってそうしているのでしょうか。「江沢民」を「江沢氏」とするものです。

 井上ひさし『東京セブンローズ』と大野晋『日本語練習帳』について、両者へのインタビュー記事が載っていると言うので、『SAPIO』5/26号を手にとって見ました。他の箇所をぱらぱら見ている時に、「江沢氏」が目に飛び込んで来たのです。小林よしのり「新ゴーマニズム宣言」の最終ページでした。二ヶ所出て来ます。どうやら「『正論』5月号の読者らん」からの引用でもあるらしい。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 14日 水曜日 16:33:25)

 附属図書館に行ったついでに、『正論』の「編集者へ編集者から」という読者欄を見ましたところ、当たり前ではありますが「江沢民」と書いてありました。

 小林よしのり氏になんらかの意図が有るのでしょうか。今度、市立図書館に行った時には、SAPIOの次の号などを見てしまいそうです。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 15日 木曜日 0:17:22)

 毛沢東と書いて「けざわあずま」、という人物を登場させたのは、たしか筒井康隆。ついでにいえば「毛沢山」で「もうたくさん」というのは、横田順彌じゃなかったか。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 15日 木曜日 15:00:59)

 「えざわ・たみ」さんなら、「江沢氏」よりも「江沢女史」かとも思いますが(そういえば「江青女史」という言い方をしてましたね)、「女史」はあまり使わないし。


岡島 さんからのコメント
( Date: 1999年 7月 23日 金曜日 14:30:56)

「全面に出す」と言うのは、多分「前面に出す」の誤植ではないでしょうか。本日の中日新聞第3面。
ちなみにgooで調べてみたら155対506でした。


岡島 さんからのコメント
( Date: 1999年 9月 15日 水曜日 1:27:29)

大野晋『日本語と世界』講談社学術文庫のp5最終行「地方」は「他方」の誤植でしょうね。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 9月 16日 木曜日 1:04:01)

講談社学術文庫シリーズ。
由良君美『言語文化のフロンティア』(昭和61.5.10)p8の献辞。「旧性吉田」にはびっくり。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 10月 13日 水曜日 17:04:46)

「鎖」と「錯」。ありそうな誤植だと思っていたが、実物を発見。
堀晃『マッド・サイエンス入門』新潮文庫ほ6-2(3698)、1986.10.25の43頁最終行「事故の瞬間に鎖覚した〈地震〉」


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 11月 02日 火曜日 23:39:36)

加藤嶺夫『東京 消えた街角』(河出書房新社)を立ち読みしていたら、「ももんじゃ」という説明書きのところに、「ももんじや」と平仮名で書いた「ももんじ屋」の写真が載っていました。「ももんがあ」と叫びたくなりました。


かねこっち さんからのコメント
( Date: 1999年 11月 11日 木曜日 17:44:59)

三谷幸喜・和田誠『これもまた別の話』(最新刊で奥付は1999.11.15)(キネ
マ旬報社)p261の三谷幸喜の発言の中「シュミレーション」。
「シミュレーション」でしょうね。
対談集だから、テープ起こしの人が間違ったのかもしれませんが、最近よく聞
くような気がします。
ただATOK11は「シュミレーション」を一発でカタカナに正しく(?)変換し
ました。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 1999年 11月 24日 水曜日 22:41:38)

丸谷才一『横しぐれ』(講談社文芸文庫、1990.01第1刷、1999.02第5刷)に少なくとも3カ所、OCR誤認識によるとみられる誤植があります。


 十時にはテレビ・ドラマのアフレコがすんだはずの藍川だから、もうとうに来てゐると思つたのに、南雄はずいん長いあひだ待たねばならなかつた。(p.216)

知つた顔が二人寄つて来て挨拶されたが、物理学者や市役所の役と話をしたあとのせいかどうも調子が合はない。(p.216)

 それにもう一つ、有吉がカメラ屋へゆくついでに銀行に寄り、自分の貯金の一万三円を全部おろしたせいもある。(p.252)


第1刷から10年近く経っています。300ページで1050円もする文庫本だから、あまり愉快ではない。「文芸文庫」と謳っているのだから、初出などの情報もつけてほしいところです(まったく記載がない)。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 03日 木曜日 16:28:44)

 これは、この言葉をわたしが知らないだけなのかもしれない。それに誤植というよりも、誤変換でありそうです。

さらに、名業を終えて帰って来たサラリーマンの息子にもいくつかのエピソードを披露すると、息子はベッドに本を持ち込んで、これまた一気に読んでしまった。
(布勢博一『シナリオ・たけしくん、ハイ!』原案ビートたけし 太田出版1986.7.30 あとがき219頁)

「営業」の誤りだとすると、「,eigyou」の「,」の後にその隣の「m」が紛れ込んだのではないかと。

諸サーチエンジンで「名業」を検索すると、「指名業者」とか「店名 業種」とかがひっかかり、この言葉の存否がわかりません。


かねこっち さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 04日 金曜日 11:00:05)

【推理】もう少し前後を読んでみたいのですが、サラリーマンは営業を終えて、とはあまり言わない気がするのです。でもって、「ベッドに本を持ち込ん」だ、というのであれば、夜も遅い時刻、等を勘案すると、「残業」の誤植の可能性もあるのではないか。

「名」と「残」では崩し字にした場合、名の「夕」と「残」のへんが似ていなくもない。手書き原稿をオペレーターが見間違えた、というのはどうでしょう。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 2月 04日 金曜日 12:58:50)

>「残業」の誤植の可能性
なるほど。私が見たのは初版なので、後の刷でどうなっているのかを見てみたいところです。

前後は、あまり関係ありません。前が、「ぼくは一気に……、妻に読んで聞かせて……」。後ろが「ぼくも妻も息子も娘も……」


佐藤 さんからのコメント
( Date: 2000年 3月 23日 木曜日 22:06:44)


 その葉書にはKさんの年齢が明記されていて、八十四歳で永眠したとあった。
 それを呼んで、私と妻はあっと言ったきり、しばらくは声も出ず、次にはオ笑いが止まらなくなってしまった。(泡坂妻夫「Kさんのこと」。文藝春秋編『心に残る人びと』文春文庫1996)

「私と妻」とKさんは奇術愛好の仲間。「私と妻」は、いまのいままでKさんを90歳代だと信じつづけていたという落ちがつきます。つまり、年齢まで奇術にしていたという話。
 初出誌は『ノーサイド』平成6年9月号から、平成8年6月号までのなかにあるとのこと。
 再収にあたって、OCRは使ってないことの証明? いやいや、初出誌までさかのぼる必要があるかな。

 ところで、パソコン雑誌は、誤記・誤植の宝庫のように思います。ディスプレー上で確かめるだけで、印刷して確かめないのかな。


佐藤 HP さんからのコメント
( Date: 2000年 3月 23日 木曜日 22:09:36)

引用中の訂正:

「オ笑い」→「大笑い」


YeemarHP さんからのコメント
( Date: 2000年 3月 24日 金曜日 5:57:56)

筒井康隆『エンガッツィオ司令塔』(文藝春秋 平成十二年三月十日 第一刷)
の誤植です。

「なんでもないなんでもない」と、おれは言つた。(p.17)

そして言葉に関しては『特権』ではなくて、それをのはむしろ作家の義務でしょう。(p.231)

p.s.ホームページの示し方は、入子にすればよいのですね。気がつきませんでした。(こんどは、うまくリンクできているでしょうか。)


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 3月 29日 水曜日 12:28:33)

 月刊『言語』4月号の「世相語散歩2000 2月」、見出しの誤植が二つ。「中世の民謡」は「(中原)中也の民謡」の、「語尾の破漠」は「語尾の砂漠」の誤植。
 この「語尾の砂漠」は半疑問を天野祐吉がこう呼んだようで、これは「ゴビ(戈壁)の砂漠」の洒落であろうと思うのだが、私は「ゴビ砂漠」と「の」の入らない呼び方の方が耳に馴染んでいる。


面独斎 さんからのコメント
( Date: 2000年 5月 29日 月曜日 1:25:44)

真田信治『脱・標準語の時代』(小学館文庫、2000年5月初版) から。
江戸語の「せぐる」が東京語からは姿を消してしまったことが述べられたあとに次のように記されています。

ただし、私は、千葉県香取郡多古町で、この語の実際の使用例を補足したことがある (一九八二・三)。
「補足」は「捕捉」とすべきでしょうね。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 6月 07日 水曜日 10:52:47)

おもしろくはないのですが、「工藤を球宴した槙原」だって、中日新聞。「球宴する」というような変換が可能なのでしょうか。いや、「きゅうえん」で変換、「して」で無変換、というような入力をしているのでしょうね。
 しかし、二人会わせて73歳というような見出しに気を取られて誤植を見落としたのでしょう。


沢辺治美 さんからのコメント
( Date: 2000年 6月 07日 水曜日 17:31:58)

え〜っと、「会わせて」も中日新聞の記述なのでしょうか?


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 6月 07日 水曜日 17:59:34)

すみません。それは私の誤変換です。73歳リレーとかなんとかいう見出しであったと思います。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 6月 27日 火曜日 12:52:18)

 安売りしていた、古いCD-ROM『世界百科』の言語関係を見ていたら、西田籠雄という風になっていました。カゴオさんでしょうか。新しい版ではどうでしょうか。

 また小林信彦『和菓子屋の息子』新潮文庫の「文庫版のためのあとがき」に、「道が舗装されていなわいのに驚きました」。誤植だよね。下町ことばじゃないよね。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 7月 05日 水曜日 10:36:32)

 昨夜のプロ野球で、初勝利を上げたオリックスの戎投手。ニュースステーションでは、「戒」でした。ひょっとして、こちらが本名で、他社が「戸籍上(あるいは登録名)の誤字を訂正」ってことはないでしょうね。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2000年 11月 06日 月曜日 15:07:22)

高橋輝次編著『誤植読本』東京書籍2000.7.28.という本が出ていました。
いろんな人の随筆などを集めたものです。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 10月 04日 木曜日 11:19:11)

方言学をトリックに取り入れた(?)松本清張『砂の女』には国語学者の名が多く出てきますが、「都竹通年雄」に「とだけつねお」とルビが振ってあるのは(新潮文庫・上巻 p.256)、作者によるものか、それとも新潮文庫の編集者によるものでしょうか。

「つづくつねお」と振るべきでしょうが、作者が振ったとすれば、人名も文学作品の一部なので、未来永劫訂正はできないというか、架空の国語学者を造形したことになりましょうか。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 10月 04日 木曜日 11:24:53)

ちょっと錯乱しておりました。『砂の女』ではなく『砂の器』。
安部公房のほうは250ページもありません。


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 10月 04日 木曜日 12:53:17)

 そんな記憶はないなと思い、手許のもの(S61.11.15 46刷)を見ると、該当箇所は237ページ。第六章の1ですよね。

 ここには、「つづくつねお」と、ちゃんとあります。

 文字を大きくして改版した時に、誤ったものでしょう。何を底本に改版したのでしょう。


佐藤 さんからのコメント
( Date: 2001年 10月 04日 木曜日 20:07:02)

>古いCD-ROM『世界百科』の言語関係を見ていたら、西田籠雄という風になっていました

1998年版『世界大百科事典』「日本語」の最終ページはそうですね。
「西田」で検索すると候補欄に「西田竜雄」とでました。執筆者名
ではすべて「西田龍雄」(多分)。
岡島さんのは、もっと古いCD-ROMですか?
(それにしても遅レスで申し訳ない)


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2001年 10月 05日 金曜日 7:30:09)

「砂の器」の文庫本、本屋さんで立ち読みしました。一番最後のページに、「お断り」のようなものが、5つほど書かれていて、「年少者でも読みやすいようにできるだけ振り仮名を振る」というような意味のことが書かれていましたから、松本清張ではなく出版社側がふったルビでしょう。それにしても版を重ねること80刷というのはスゴイ!


佐藤 さんからのコメント
( Date: 2001年 10月 05日 金曜日 23:44:12)


 それからもう一人、井上禅定老師と並んでそこに坐つてをられるのが、当浄智寺の副住職朝比奈宗泉師、名前からお祭しがつくかと存じますが……(阿川弘之「磯田光一納骨式挨拶」。『'89年版ベスト・エッセイ集 誕生日のアップルパイ』文春文庫(1992年7月10日第1刷)

 自宅のPCにメモしてあったものですが、内容が内容なだけに、確認しておきます。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 11月 10日 土曜日 20:43:45)

『福地書店和本書画目録』平成13年12月号を眺めていたら177頁に「鼇頭節玉用篇」と。「節用玉篇」の誤植だろうと思って写真を見たら、外題のママでした。元禄頃のもので面白そうですが、下編のみで38000円。私の出番ではなさそう。
#同じページの「数量字尽重宝記」熟字考釈、節用集他 文久元年、というのも面白そう。一万円。


佐藤 さんからのコメント
( Date: 2001年 11月 11日 日曜日 2:41:45)

そそそ。初めてみるとびっくりしますね。

福地は、一時期、なんど電話しても売り切れが続いたので、
電話する気がなくなったことがありました。で、電話しな
かったのが何回か続いたら、目録が来なくなってしまって。

貴重な情報ありがとうございました。ダメモトで注文して
みますかね。

節用集の世界──典型と逸脱──


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 11月 12日 月曜日 0:16:36)

 わわわ、その御論文に触れていらしたことなど、すっかり失念しておりました。

 私は電話して品切れを告げられるとこわい(し、品切れだとつい別のを注文してしまう)ので、FAXで注文することが多いですね。


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 11月 29日 木曜日 15:58:48)

 上の方で話題にした、大野晋の文庫本ですが、3版では「他方」に訂正されていました。ちょっとまわりより字が小さくなっています。

上の方


UEJ さんからのコメント
( Date: 2002年 1月 19日 土曜日 5:14:47)

アジアンマーケットに買い物に出かけた時に見つけた商品:「でま油」。
日本人なら絶対おこさない誤植ですね。
もちろんその商品とは「ごま油」です。

Webを検索して関連ページを発見→アジアに氾濫する怪しい日本語
「そろまめ」、「とろがらし」、「食べゐ」などの応用例(?)あり。

日本人もあまり人のこと言えませんが(参考:engrish.com)、
不思議なのはこれら怪しいアジア製品がどのような客をターゲットとしているのか?
日本のスーパーで見かけることはほとんどないし、もし置いていたとしてもあまり売れないだろう。
自国で売るにしても、原材料名なども日本語で書かれているので、単にデザインとして使っているわけでは無さそうだ。
謎です…。


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 1月 19日 土曜日 10:38:46)

 気になってました。でも気にしないようにしよう、と思うようになりました。

 日本風を装うと高級感が漂う、ということが一方であるのだと思います。ところが日本風を装いながら装い切れていない、というのを見ると、日本人は喜んでつい買ってしまうんです。「レストラリ」に入ってしまうんです。

 天然ボケがもてはやされる時がありましたが、それで自覚的(作為的)天然ボケがあらわれたように、この誤植にも、意図的なものがあるのではないか、と思うようになったのです。ちょっと日本語が変な方が売れちゃう、というようなことに気付いて。

うがちすぎでしょうか。


UEJ さんからのコメント
( Date: 2002年 1月 20日 日曜日 1:59:14)

なるほど、今後の話のネタのためにもその「でま油」を買いに行こうか、と思っていたのですが、
それも彼らの戦略だったのか!? ^_^;)


佐藤 さんからのコメント
( Date: 2002年 1月 29日 火曜日 2:10:03)

「怪しい日本語」というか、「怪しい外来語」表記がごろごろのクラシック大全集。

ホームはMunakata's Page

「安物買いの・・・大全集」


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 15日 金曜日 2:24:34)

 「オリンピックで目についたことば」ですが、男子フィギュアスケートのカナダの有名選手ストイコの衣装に「ライーヨー」という片仮名が。「イ」は「T」に近い。

アナウンサーが、ライオンの曲を使っていますから、これはライオンのことでしょうと解説。なるほど。

 中国でみたものに「一休」という子供服があって、それに平仮名で「いしよ」と書いてあったという話はどこかで書いたでしょうか。「yixiu」を片仮名表記したものかと。


ト゜ラ さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 19日 火曜日 13:02:45)

私は印刷屋のはしくれなので、「誤植」ということばに特に敏感であるということを、まず了解してください。現在の印刷では「植字」という作業をほとんどしていません。
もし、過った文字・用例があれば、それは「入力ミス」「誤変換」「校正もれ」「校正ミス」などと表現されるべきものです。
昔から印刷物のミスはすべて印刷屋のせいにされました。昨今では著者が直接入力したものがそのまま印刷物になることが多いので、「入力ミス」は正直に印刷されます。
そろそろ、「誤植」を死語にしませんか。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 21日 木曜日 0:17:25)

「誤植」は、なるほど「植字のあやまり」ですから、印刷された文字のあやまりを広く覆うことばではないわけです。「入力ミス」等をふくむ〈印刷された文字のあやまり〉をさすことばが、現在の日本語ではブランクになっているのでしょう。

「原稿がやっと活字になった」「活字に親しむ生活」というときの「活字」も、活版印刷が主流ではなくなった現在、〈印刷された文章(書物)〉を指す提喩としてはすわりが悪くなっています。しかし、「活字」に代わる適当な提喩は、現代の日本語ではまだ熟していないようです。

以下の例は、テレビの画面で見た文字ですが、何と表現すればよいでしょうか――

「NHKアーカイブス」2002.02.17で再放送されたNHK「現代の記録 都市と水路」(1963.05.18放送)は、1960年代、都市開発の中で整備の遅れた水路の実態を取り上げたものです。その中で

こうした水路の正式の呼び名は「おおやけのみぞ」と書いて「コウキョウコウキョ」という。
というナレーションがありました。ところが、画面で出ているスーパーインポーズ(再放送時に加えたものとおぼしい)には「公共公溝」とあって、「コウキョ」と読めないのです。ここはどうあっても「公共溝渠」でなければならないはず。再放送時のスタッフが、「おおやけのみぞ」という当時のナレーションをそのまま文字化したようです。

また、別の個所のナレーションでは

高架の高速度道路が生まれるのである。
と言っていました。

今の言い方と違い、時代を感じさせます。とはいえ、べつに「高速道路」の古い言い方が「高速度道路」というわけでもないようです。『日本国語大辞典』では遠藤周作「札の辻」(1963)「高速道路をつくるためにどろどろに掘りかえされた道路と」とあり、また、当時のニュースのビデオ(「NHK THE NEWS 1963」)を見ても「高速道路」ということばが使われています。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 21日 木曜日 0:31:50)

「高速道路」については『週刊朝日』98.11.27の綱島理友「なんでかなの研究・高速道路の正式名称」で触れているらしいのでした。

「なんでかなの研究」タイトル一覧 


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 21日 木曜日 12:05:55)

印刷なさる人のお立場からは、「誤植」という言い方が、「植字の誤り」と密接に結びつき、「印刷屋のせいにされ」るようにお感じになるわけですね。
校正できなかった側(筆者ないしは編集者)の所為であると思っております。(校正後に、それまで全く間違えていなかったところを勝手に間違えてしまうのはどうしようもありませんが)

「写植」さらに「電算写植」というふうに、「植」の意味が拡大して来たように思えますので、印刷などの目的で字を選ぶことを「植」と称しているのだろうと思っています。

「校正漏れ」「校正ミス」が、もっと熟したよい言葉がないでしょうか。「誤校」?

「誤字」は字の形などが間違っている場合に使いたいので、「誤選字」……。


ト゜ラ さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 22日 金曜日 12:14:53)

狂牛病の発生経路を確かめろ、とか、衛星がロケットから分離できなかった原因を徹底的に究明しろ、とか、ミス・トラブル・事故の原因を確かめることは重要です。しかし、「誤植」の原因など誰が究明しますか。せいぜい、印刷屋と出版社の値引き交渉で問題になるだけです。読者に知らさせることなど皆無です。印刷・出版の工程でもっとも弱い立場の植字工がいっさいの責任を負わされ続けたことが「誤植」ということばが定着した背景にあると思います。
「誤校」は確かに適切なように思われますが、これも校正者が元の原稿と印刷物の照合をしているわけですから、元の原稿が間違っている場合には訂正されません。むしろ、多くの校正者は元の原稿の明らかな誤りを正してくれているのです。
つまり、著者こそが出版物の製造に責任をもつ者であるという認識を徹底させ、製造物責任という観点から「誤植」を捉えなおすことが問われています。なぜなら、「誤植」で傷つくのは著者自身ではありませんか。


岡島 昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 2月 22日 金曜日 12:59:05)

>なぜなら、「誤植」で傷つくのは著者自身ではありませんか。
これは、おっしゃる通りだと思います。編集部校正が入るような作家の方たちと違って、私のような人間は多くの場合、筆者校正がすべてです。編集部校正が入るものもたまにありますが、却って「筆者校正は初校だけ」などとなったりして、初校時の指示が思わぬ結果を招いてしまうこともあります。また、上にも書きましたが、初校時にちゃんとなっていたものが、突然脱字が生じたりすることもあります。そのような時は傷つきます。

自分自身が校正をする人間であるからこそ、見過ごされて来た誤植の実例を挙げてみようと思っているわけです。

毎日新聞の『校正の研究』(昭和3.9.25)などは、大いに参考になりますが、70年前とは違う現在の状況から、目についたものを書き留めておこうというのが、このスレッドでした。

テープに録音して文字起こしをさせて小説を書いているという、ある作家が(名前が思い出せません)、校正するのか、という質問に対して、「校正はしない。テープに入れたものが完成品だから」というようなことを言っているのを耳にして、校正に対する考え方の違いに驚かされたことがありました。「筆者校正を利用した書き換え」を「校正」と思っているのでしょう。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 05日 木曜日 01:09:03)

 古書目録に名誉普及会という文字が見えました。名著普及会を読み違えたものでしょうか、あるいはtが打てなかったのか。

 帝国文学(たしか12巻)を見ていたら、大きな「オロセ」の文字が沙翁の広告として載せてあるのが目に飛び込んできました。。今ほど「オセロ」という言葉が普及していない時代のことですね。


skid さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 05日 木曜日 03:55:00)

校正の仕事をしている私には、「誤植」という言葉が印刷所の責任だと受け取られる意識は全くありませんでした。
出版の契約上、校正の責任は著者にありますが、出版社としても品質のよい本を出すために協力することは当然です。
「植字」とは、活字を植えることからできた言葉ですが、写真植字以降、現在の電算(コンピュータ)植字でも使われています。
また、「活字」も金属や木製のものばかりでなく、広義に印刷文字という意味でも使われます。
組版を委託された印刷所が文選・植字を行ったにしろ、著者自身がパソコンで入力してレイアウトまでやったとしても、「植字」したことには変わりないのですから、文字の間違いは「誤植」と言わざるをえないのではないでしょうか。

しかし、著者校正はどうしても文章表現や内容構成のほうに意識がいくので、細かい点を見過ごしやすいのですよね。
校正者でも、自分の文章を著者校正する場合は、第三者として客観的には見ることができないものです。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 05日 木曜日 07:29:15)

サッカーで言うと「著者」はFW(フォワード)、校正はDF(ディフェンス)のようなものではないでしょうか。FWはシュートミスがあっても、1本ゴールを決めれば、みんなミスのことはそれほど気にしませんが、DFは、たった1回のミスでものすごく責められます。普通に守って「当たり前」で、なかなか評価されないので、辛いところだと思います。
あまり関係のない話になってしまいましたかね。すみません。


かねこっち さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 08日 日曜日 14:53:23)

広辞苑(第五版一刷)に

 パイスケ(バスケットの訛)石灰・土砂などを運ぶ籠。バイスケ。

とあります。
ここや下記などを見ますと「石灰」は誤記で正しくは「石炭」ではないでしょうか。

〜竹製の運搬具〜 パイスケ


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 17日 火曜日 19:51:15)

 先ほどのニュースで言っていたのですが、文部省検定の教科書から、問題のある誤植が見つかったそうです。

 なんと「雪国はつらつ条例」を「雪国はつらいよ条例」としていたのだそうです。地図中の文字とのことで、原稿は手書きだったのでしょうか。平仮名は読み間違えを起こしやすいですね。

 私の経験では、大学時代のサークル誌(ボールペン原紙による)で、團伊玖磨の『毒ヘビはいそがない』とかいたつもりが、「毒ヘビはいえがない」となっていたことがあります。オリジナルは「急がない」ですが、私が仮名に開いてしまい、さらにガリ切りの段階で友人が私の汚い字を読み違えたのでした。

新潟県中魚郡中里村雪国はつらつ条例


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 17日 火曜日 20:30:57)


今のところ、新潟日報のトップページに、その地図の問題部分が載せられています。
このURLは、暫くは有効なのかと思いますが、ここには地図はありません。

新潟日報 


skid さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 18日 水曜日 13:50:57)

「はつらつ」が「はつらいよ」とご丁寧に「よ」まで付いているのは、原稿の書き間違いだったのではないでしょうか。
それをチェックするのも校正の仕事ですけれど。
今年7月3日の朝日新聞にも、開隆堂出版の中学英語教科書に2年用と3年用あわせて26カ所の誤りがあって、38万部を回収したという記事がありました。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 04日 土曜日 18:41:48)

 前田富祺『国語語彙史研究』(明治書院)の刊記、マルシーのところが「前田富祺 一九六五」になっているが、刊年は一九八五年。

 あるいは最古論文の初出が一九六五年かと思って調べてみたが、「ヒネモスの語形変化」が1963年であるなど。これは一九八五の誤りと認定してよかろうか。

 あるいは、1965発表の「いろこといろくづ」に何かあるのでしょうか。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 09日 木曜日 00:21:26)

 上記とよく似た間違い。上山敬三『日本の流行歌』ハヤカワ・ライブラリ1965.8.31発行。そのあとがきの日付が「一九四〇年七月」。昭和四〇年のあやまり。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 12日 日曜日 21:12:42)

この「ソレデテ」は「ソレデヰテ」の誤植でしょうか。全集でも誤植は当然あるでしょう。

死ハ恐レナイガ死ニ伴フ苦痛ト緊迫感ト恐怖感トハ御免ダナ。定メシソノ刹那ニハ七十年来ノ生涯ニ積ミ重ネタ悪事ノ数々ガ走馬燈ノヤウニ次々ト現レルダラウナ、アヽ貴様ハアンナコトモシタ、コンナコトモシタ、ソレデテ楽ニ死ナウナンテ虫ガヨスギル、今苦シムノハ当リ前ダ、ザマア見ヤガレ、―――ドコカデソンナ声モ聞エル。
(「瘋癲老人日記」(1961-1962)『谷崎潤一郎全集』中央公論社 p.123-124)


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 14日 火曜日 00:55:59)

「せせ」と笑う笑い方はありますまいから、誤植でしょう。

物カキとしてのそんな憂慮を、友人に話した所、せせと笑われてしまった。この私は、ダ行がひどい発音なのだそうだ。
(林真理子『チャンネルの5番』〔1987年発表〕講談社 1988.02.22 p.132)


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 14日 火曜日 01:05:26)

誤植の傑作例といえるでしょう。

「退院後の夫のために、夫人はいつも心を込めた羊料理をつくって待っていた」
 はて、羊料理とはいったいどういうことであろうか。]
「ねえ、羊料理っていうのは、からだにいいわけ」
 私はさっそく友人に電話をしたが、彼女もそんな話は聞いたことがないという。やがて思いあたったのであるが、これは「羊」と「手」の間違いなのである。厳粛な死亡記事をいたはずの記者が、はからずもこんなミスをおかしている。
(林真理子『チャンネルの5番』〔1987年発表〕講談社 1988.02.22 p.48)


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 14日 火曜日 05:25:17)

 「せせと笑う」……「せせら笑う」ですか、なるほど。「と」と「ら」、書く人によっては紛れそうですね。「手・羊」も。


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 02月 12日 水曜日 12:59:39)

医師が書いた原稿に、参考文献の出版社が「医師薬出版」とか「医歯業出版」となっていたので「医歯薬出版」に直しました。
念のため国会図書館のデータベースで「医師薬出版」を検索してみたら、数点ですが出てきました。
データベースの校正はどうなってるのでしょう。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 31日 土曜日 03:17:39)

のこ評判

夏などになると白いものを着た人が、通りがゝりに生垣のところに佇んで〔漱石の謡を〕聞いてられるのも屡zお見うけ致した。中々いゝ声だといふ評判ですよと、ある時そんなのこ評判を〔私(鏡子)が漱石に〕申{まを}しますと、乃公{おれ}の謡なんか聞いてるものがあるのかなあと、ひどく謙遜して居ましたが、
(夏目鏡子述・松岡譲筆録『漱石の思ひ出』改造社 1928.11.23発行 p.240 l.3)
原本は総ルビ、「z」は繰り返し符号(二の字点)。

「のこ評判」というのは『日本国語大辞典』に出ていません。文春文庫版を見ると、なんと「そんなこんなの評判」となっています(p.213)。これでは意味が通らないではないかと思います。

「屡zお見うけ致した。」も文春文庫版では「しばしばお見うけいたしました。」となっています。

文春文庫版は、「角川文庫版を底本としました。尚、角川文庫版は岩波書店刊行の単行本を底本として、著作権継承者の了解を得て、新字・新かな、及び漢字の一部をひらがなに改めたものです。」とあります。

この『漱石の思い出』は、いろいろふしぎなことば遣いに満ちているので、「のこ評判」などという語があってもおどろきませんが。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 09日 月曜日 19:51:42)

池上彰『そうだったのか!現代史パート2』(集英社 2003)p.5に

この本では、北朝鮮で金日成{キムジョンイル}が権力を掌握する歴史も取り上げました。
とあります(書店で立ち読み中、メモしてきました)。なにげなくこのようにルビがふられていると、見過ごしやすいと思います。他のページでは正しく「金日成{キムイルソン}」となっていました。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 10日 火曜日 01:02:36)

『漱石の思ひ出』ですが、改造社版が1928、岩波による普及版が1929なんですね。角川文庫が文春文庫と同じであるのを確認しました(p198)。
雑誌『改造』がどうであるのかを見たいところです。


佐藤 さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 10日 火曜日 13:58:43)

>『漱石の思い出』は、いろいろふしぎなことば遣いに満ちているので

下記ファイルを見て、ますます実見しなければと思ったことでした。
ここに出入りする方には旧聞に属するかと思いますが、念のためリンク
しておきます。漱石は一番下の記事になります。

吉田仁「誤植の饗宴」


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 02日 木曜日 22:22:50)

金田一春彦他『変わる日本語』(講談社 1981.11.30)の初版を見たところ、ずいぶんへんな誤植があります。原稿の字の読み間違いによるものと思います。

・明治になっても、言葉は変わるものだという考えは、なかなか浸透しなかった。上田万年は、『力音考〔ママ〕』という論文を書いて、(金田一春彦「序」)→「P音考」

・そういう民間語源説といいますか、フォーク・エケモロジー〔ママ〕といいますか、これはおもしろいですね。(池田弥三郎「日本人の言語生活」p.292)→「エチモロジー」?


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 10月 13日 月曜日 18:20:40)

「誤認識」のスレッドを別に立てようかとも思いましたが。

「平上去入」が、OCRソフトによって、「車上夫人」と認識されている例に出くわしました。「車上」を検索しているときのことです。よく見ると、すぐ後で「漢字音の年上夫人の別」とも……。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 01月 20日 火曜日 00:13:48)

「石梁」ではなく「石渠」なのに、「せきりょう」なのは理由があるのでしょうか。故実読みでしょうか。

中山石渠(なかませきりょう)


skid さんからのコメント
( Date: 2004年 01月 21日 水曜日 11:46:51)

この会社だったかどうか覚えていないのですが、「石渠」に「せきりょう」とルビがあるのを見て、10年ほど前に電話で尋ねたことがあります。
電話に出た方は「せきりょう」と読むことを信じて疑わない様子で、相手にしてもらえませんでした。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 01月 27日 火曜日 16:33:28)

上のほうの『砂の器』の都竹(とだけ)の件。

文芸春秋版の松本清張全集で、「とだけつねお」になっていました。

ということは、新潮文庫は改版の際、自社の振り仮名を採用せず、文芸春秋版の全集の振り仮名を採用した、ということになります。

文芸春秋版の全集は1971年に出ております。新潮文庫は1973で、よい振り仮名に成功したのですが、もどってしまった、ということでしょうか。


新会議室「目を引く誤植」へ続く

posted by 岡島昭浩 at 12:14| Comment(1) | TrackBack(1) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
10年以上も前から中山石りょうへクレームを送っております。
テレビで流すのであれば子供も読みます。
間違いのまま覚えてしまいます

(渠 キョ)と (梁 リョウ)は読み方も意味も全く違います。

先代の社長がそう読んだので・・ということらしいですが、間違いは間違いと認めないと文部科学省もいよいよ出張ってくるのではないでしょうか?
Posted by 澤田 延年 at 2015年03月04日 23:16
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Excerpt: 【189】目を引く誤植 岡島昭浩 E-MAIL - 04/6/29(火) 18:41 - 「誤植?」 http://kotobakai.seesaa.net/article/8..
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