toko@福島はすっかり肌寒くなって、冬の訪れ間近かです。
東北の人達は、短い秋の終わり頃から、もう来たるべき冬の準備に
余念がありません。これを、この辺では「用意秋冬」……なんちって……
さて、バカなことを言ってないで、
「木で鼻を括る」という言葉がありますよね。
「木で鼻を括ったような挨拶のしかた」とか………。
つっけんどんな様子を表したものだと思うのですが、
なにゆえ木で鼻なんかを括るのでしょう?
ちょっとイメージが湧かないのです。
この言葉の由来をどなたかご存じないでしょうか?
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 1999年 11月 12日 金曜日 14:21:21)
以下のようなことであろうと思っております。
→ goo大辞林
toko さんからのコメント
( Date: 1999年 11月 12日 金曜日 16:48:49)
岡島さん、gooのご紹介ありがとうございました。
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「木で鼻をこくる」の誤用が一般化したもの。
「こくる」はこするの意〕ひどく無愛想にもてなす。
木で鼻をかむ。
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確かに、上記のgooの説明は、そのまんま、なのですが、
木で鼻をこすることが、どうして「つっけんどん」な様相を呈するのか
それが分からないのです。
例えば「肩で風切って歩く」というのは、いかにも得意顔の威勢のいいイメージが
湧くのですが………。
木で鼻をこする時、自動的に鼻が長くなって、つん、とした顔に
なるからでしょうかね?
第一、木で鼻をこする(ましてや木で鼻をかむ)というような所作が
現実にあるものなのでしょうか?
Yeemar さんからのコメント
( Date: 1999年 11月 12日 金曜日 20:47:48)
「大辞林」と基本的に同じですが、言語学者柴田武氏の『知ってる
ようで知らない日本語3』(ごま書房)によれば、こうあります。
“くくる”は、“こくる”からきて“こする”の意だった。
「木で鼻をくくる」とは、木で鼻を“こする”、つまり木で
鼻をかむことだ。硬い木で鼻をかんだら、さぞ痛いだろう。
しかし、こうして鼻先であしらわれた人がほんとうに痛むの
は鼻ではなく心なのだ。
これまで私は、木の枝を鼻の穴にくくりつけて鼻輪を作るようなイ
メージを持っていましたが(これも痛かろう)、柴田氏の説明を読
むと、むしろ折り詰め弁当の蓋の木のような、またはかんなくずの
ような、薄っぺらい形に削った形状の木なのでしょう。
最近のティッシュペーパーは軟らかくなったので、鼻風邪の時に何
回使っても鼻が痛くなることはありませんが、ちょっと前の品、ま
たはちり紙の時代、続けて鼻をかむと、鼻の下が痛んで困ったもの
でした。まして木で鼻をぬぐうとなると、痛いでしょう。
「木で鼻をくくる」は、イメージとしては、洟を垂らしている子ど
もの鼻を、薄っぺらい木で乱暴に拭ってやるような感じでしょうか。
優しさが感じられない。
以上、かなり想像を交えております。
toko さんからのコメント
( Date: 1999年 11月 12日 金曜日 23:12:29)
Yeemarさま、ティッシュで鼻をくくったようなコメントありがとうございました。
(ちなみに英語で tissue とは細胞組織のことデス)(^^)
ぬぁ〜るほど、木というのは、カンナで削ったような薄っぺらい状態のもの
ですか。考えもしませんでした。てっきり木の枝かと思っていたもので……。
ちょっとイメージが掴めてきましたデス。
しかし、最近は大昔のように青っ洟(おっ、一発変換)を垂らしてる子が
いなくなりましたが、これは食生活のせいだ、って何かで読みましたが
そうなんでしょうかね?
Yeemar さんからのコメント
( Date: 1999年 11月 13日 土曜日 5:02:31)
「薄い木」説はあくまで「そうとも考えられる」と話半分に聞い
ていただければと思います。
別の想像をめぐらすならば、「こする」という意味を重視すれば、
棒のようなもので相手の鼻先をこする、またはもっと強く打って
追い払うような振る舞い、とも考えられます。
いずれにせよ、無責任なむだばなしはやめておきます(もう言っ
てしまいましたが)。
日本語の語源は、不明なものが多いです。もう絶版になったよう
ですが、杉本つとむ『語源なるほどゼミナール』という奇書があ
りました。対談形式による語源入門の本。いろいろな説を紹介し
ては、片っ端から否定してゆき、結局「この語源は分からないネ」
と言って澄ましているのです。どこが「なるほど」だか分かりま
せん。しかしそれが責任ある態度なのでしょう。