係助詞「は」の多彩な用法の中でも、次の用法は他の用法と比べても際立って異色な印象を受けます。
<手前、生国と発しまするは関東でござんす。関東、関東と申しましてもいささか広うござんす。
関東「は」東京で産湯を使い、…>
問題は<関東「は」東京>の「は」の使い方です。
普通の文であれば、<関東「は」>は<産湯を使い>へ係っていく構文ですが、それでは何のことか分からない。
辞書等の説明では、この「は」は地名と地名の間に使われ「の中の」の意味に解釈することになっています。
しかし、この用法の「は」は、
なぜ「地名と地名の間」にしか使われないのか?
なぜ「渡世人の仁義の口上」に多く使われているのか?
そもそも文法上の説明がつく用法なのか?
など、???が次々と出てきます。
皆さんのお知恵を拝借したいと思っています。
http://shibuya.cool.ne.jp/brn/
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 03月 26日 火曜日 20:57:06)
『日本国語大辞典』では、「地名に関して、それを含むさらに広い地域を先に提示する特殊な用法もある」(「は」語誌(3))というふうに、「特殊」とされているんですね。「肥前の国は唐津の住人……」という例が出ています。
「特殊」といわれると、「一般」の用法からはどれだけの距離があるのか、それとも、そもそも一般用法との連絡は切れているのか、といったところが知りたくなります。
「よく使われる」と思われる度合いの強い文から順にならべてみると、やはりつながっているように思われます。
1「東京は、いつ行きますか」
「東京は、あさって行きます」
2「東京は、どこに行きますか」
「東京は、葛飾に行きます」
3「東京は、どこにいましたか」
「東京は、葛飾にいました」
4「東京は、どこで生まれましたか」
「東京は、葛飾で生まれました」
5「東京は、どこのお生まれですか?」
「東京は、葛飾の生まれです」
これら1〜5の「〜は〜」という構文は、それぞれ別種の構文ではなく、基本的に同じものとして扱うのがよいと思います。
3など、へんな文と思われるかもしれませんが、森重敏『日本文法―主語と述語―』p.247に「京都は、どこに いましたか。」という例文が載っています。
森重氏ならば、1の「は」は「東京に」の「に」を特示したもの、2以下は曲流文(いわばねじれ文)ということになるのでしょうか。たとえば、2のようなのは「東京は、どこだ」と「(あなたは)どこに行きますか」との組み合わさった曲流文ととらえられるようです。
三上章氏ならば、1の「は」は「に」の代行、2以下は「の」の代行ということになるのでしょう。もっとも、3は「の」ではなく場所を表す「で」の代行とも考えられ、「代行」という考え方ではすっきりしないようです。
でも、そういうふうに異なるものと考えなくても、1〜5は連続的であると考えて問題ないのではないでしょうか。
ちなみに下記の例では、「〈場所〉は〈場所〉」の形をとっていません。
福岡県はペンネーム大津波さんからのお便り。(日本テレビ「ダウンタウンDX」1999.09.02 22:00)
道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 03月 28日 木曜日 07:34:13)
「東京は葛飾」の形は、
「どちらにお住まいですか?」
「東京です。」
「東京はどちらですか?」
「(東京は)葛飾です。」
という会話の中で出てくると思いますが、
「東京はどちらですか?」「東京は葛飾です」は、
「東京(というの)は、(東京の)どちら(のこと)ですか?」
「東京(というの)は、(東京の)葛飾(というところ)です。」
ということの省略形ではないでしょうか?
天野修治 さんからのコメント
( Date: 2002年 03月 30日 土曜日 10:06:55)
Yeemar さん、道浦さん、貴重なコメント有り難うございます。
さっそく、Yeemar さんご提示の文を観てみます。
1「東京は、いつ行きますか」
「東京は、あさって行きます」
これは、
「東京(へ)は、いつ行きますか」
「東京(へ)は、あさって行きます」
と考えられます。つまり、「へは」の「へ」が省略された文と見ることが出来ます。
そこで、私の提示した文を比較してみます。
<手前、生国と発しまするは関東でござんす。関東、関東と申しましてもいささか広うござんす。
関東「は」東京で産湯を使い、…>
この<関東「は」東京で産湯を使い>の「は」は、他の助詞が省略された形とはどうも考えにくいように思われます。
かりに、<関東(で)は東京で産湯を使い>の(で)の省略形と考えると、ここでの「は」は<関東(で)は東京で…>と対照を示す<関西(で)は大阪で…>などの文が前提となる「対照」の「は」となって、提示した口上文の用法とはつながりにくくなります。
次に、
2「東京は、どこに行きますか」
「東京は、葛飾に行きます」
を観てみますと、
これはすでに「(場所)は(場所)」の「は」の(特殊)用法を前提にした使い方ではないのだろうか、と私には思えます。
つまり、「(東京に行くそうですが、その)東京「は」(について言えば)、(そこの中の)どこに行きますか」「東京「は」(について言えば)、(そこの中の)葛飾に行きます」
(これは道浦さんもご指摘の省略文という解釈です)
となり、「は」が単なる<提題の「は」>に収まり切らず、どうしても(その場所の中の)という(特殊)用法の「は」が前提になってくるのです。
この点は、他に挙げられた(3、4、5)の応答文についても同様なことが言えるので、<関東「は」東京で産湯を使い>の「は」の用法についての私の疑問は依然として残ります。
私ももう少し考えてみますが、私の解釈についての感想を頂けると有り難いです。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 03月 31日 日曜日 20:52:45)
天野さんのご主旨は、
1の「東京は、いつ行きますか」の「は」は、「へは」(つまり、位格なり場所格なりを表す)と解することができるが、2の「東京は、どこに行きますか」以下、さらには「関東は東京で産湯を使い」の「は」はそのように格を表すものとは考えられず、「の中の」とでも言うしかない。1と2以下の用法はつながらないのではないか。ということと拝見しました。
格助詞に置き換えられるかどうかで「は」の用法を区別する考え方はありうると思います。しかしまた、1「東京は、いつ行きますか」と2「東京は、どこに行きますか」とを比べると、文の構成としては「いつ」「どこに」という連用修飾語が入れ替わっただけであり、両者はきわめて近い(または同じ)文型と考える
こともできます。
「東京は」で始まる文のあとには、いろいろな語句を続けることができます。「東京は、もう行きましたか」「東京は、もう見物しましたか」「東京は、寒かったですか」「東京は、おもしろかったですか」「東京は、もうこりごりですか」……などの「は」がどのような格に言い換えられるか(またはいかなる格にも言い換えられないか)は、後続句いかんによって消極的に決まるものであって、違いは「は」自体に内在するものではないと思います。これらの「は」は、いずれも話題を提示する役割(提題の役割)を果たす点で共通しています。
「東京は、葛飾の生まれです」「関東は、東京で産湯を使い」などの言い方も、提題の役割の延長線上にあるという考えを、前回のコメントで申したのです。
もっとも、こう申しただけでは、「関東は東京で産湯を使い」の「は」について他の「は」との基本的な共通点を指摘したにすぎず、この用法が、いろいろな「は」の用法の中でどのあたりに位置づけられるかについては、何ら述べたことにはなりませんね。
そこで、地名と地名の間に使われる「は」に似た用法が他にないか探してみます。たとえば、
アンゴラのスポーツは、もっぱらサッカーに関心が集まっています。というのがあります。この例は、「アンゴラのスポーツについていえば、(そのスポーツの中の)サッカーに関心が集まっています」と(あえて)パラフレーズすることができます。これは、「関東は東京で産湯を使い」が「関東の中の東京で産湯を使い」とパラフレーズできるのと性格が似ていないでしょうか。(「アトランタオリンピック開会式」NHK 1996.07.20 AM.11:00)
そうであるならば、「関東は東京で産湯……」の「は」は、「地名と地名の間」にしか使われない特殊用法とまではいえず、あえてパラフレーズすれば「(上位概念)は(下位概念)」の形で使われる「は」の一用法というふうに位置づけられそうです。もとより、「は」の基本的職能である「提題」の役割を果たすものに違いはないと思われます。
天野修治 さんからのコメント
( Date: 2002年 04月 07日 日曜日 08:15:07)
ようやく時間が出来たので、考えてみました。
>「東京は、葛飾の生まれです」「関東は、東京で産湯を使い」などの言い方も、提題の役割の延長線上にあるという考えを、前回のコメントで申したのです。>(Yeemar さん)
この点については了解しているつもりです。その先をもう少し考えてみたいのです。
>そこで、地名と地名の間に使われる「は」に似た用法が他にないか探してみます。たとえば、
アンゴラのスポーツは、もっぱらサッカーに関心が集まっています。>
「アンゴラのスポーツは、もっぱらサッカーに関心が集まっています」は「もっぱらサッカーに関心が集まっているのは、アンゴラのスポーツ(においてである)」とできるが、
「東京は、葛飾の生まれです」「関東は、東京で産湯を使い」は「葛飾の生まれは、東京(においてである)」「東京で産湯を使うのは、関東(においてである)」とは言えません。
因みに、Yeemar さんの示された他の文例、「東京は、もう行きましたか」「東京は、もう見物しましたか」「東京は、寒かったですか」「東京は、おもしろかったですか」「東京は、もうこりごりですか」も、「もう見物したのは、東京」…「もうこりごりなのは、東京」とできます。
こんなところからも、「東京は、葛飾の生まれです」「関東は、東京で産湯を使い」の「は」に特異性を感じます。この特異性の由来は何なのだろうか、という最初の疑問が残ります。
>そうであるならば、「関東は東京で産湯……」の「は」は、「地名と地名の間」にしか使われない特殊用法とまではいえず、あえてパラフレーズすれば「(上位概念)は(下位概念)」の形で使われる「は」の一用法というふうに位置づけられそうです。>
私も初めは、「関東は、東京で産湯を使い」の文構造を、古典に見える「春は曙」(春と言えば何と言っても曙が一番だ)、あるいは、かなり前のコマーシャルコピー「(山が富士なら)酒は白雪」を思い起こしました。これはYeemar さんの言われる「(上位概念)は(下位概念)」の働きを示す「は」ではないでしょうか。
仮に「関東は東京」を(関東と言えば何と言っても東京が一番だ)という意味合いが込められていると解釈できるとしても、「関東は東京」の「は」の用法を「春は曙」の「は」の用法に重ねるのには疑問が残ります。
よく観ると、「春は曙」や「酒は白雪」の場合は、「A+は(について言えば)+B」で意味上の一文を完結しているのですが、「関東<は>東京で産湯を使い」は「関東の中の東京、その東京で産湯を使い」となり、「は」は「関東<の中の>東京」とまとめるだけでなく「その場所で」と意味上の連繋をも果たす役割を担っているのです。
さて、先が見えてきたでしょうか?皆さんとの遣り取りの中で疑問を解くヒントを得たいと思っています。
POP3 さんからのコメント
( Date: 2002年 04月 07日 日曜日 11:51:49)
蝦蟇の油売りの口上に
一枚の紙が、二枚となる。二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が
十六枚、三十二枚、六十四枚、百と二十八枚。……
「春は三月、落花の形」
と言うのがでてきます.この「春は三月」の「は」は「春は曙」より「関東は東京」の方に通じるものがあるような気がしますが,どんなものでしょう.
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 04月 14日 日曜日 19:57:13)
益岡隆志・野田尚史・沼田善子編『日本語の主題と取り立て』(くろしお出版)に、菊地康人氏が「「は」構文の概観」を執筆しています。種々の「は」構文をきれいに系統立てていて、とても興味をそそる論文ですが、その中に、「関東は東京で産湯を使い……」「東京は、葛飾の生まれです」の類は載っていません。載っていてもよいはずです。
「関東は東京で……」は、あえて当てはめれば、菊地氏の分類のうち、さしずめどのあたりに位置するだろうかと考えることは許されるでしょう。
菊地氏は「一般の「は」構文」を、
1.〈基
本型〉の「は」構文
2.〈包含型〉の「は」構文
3.〈変種型〉の「は」構文
4.〈特定類型〉の(〈超格的/破格的〉な)「は」構文
に分けています。
1は、「その本は、Aさんが書いた」のように格を主題化したものなど。
2は、私が上に述べた「(上位概念)は(下位概念)」型など。
3は、1の変種で、「車は、太郎が白くて、花子が赤い」など。
4は、いわば〈その他類〉です。「このにおいは、ガスが漏れてるにちがいない」など、「こんなことまで「は」構文で言えてしまうのか」と感心するような、特殊なものが集まっています。
1は、「Aさんが書いたのは、その本だ」のように、主題部・述部を交換することができそうですが、2の〈包含型〉はできなさそうです。たとえば、2には
・ピッチャーは、桑田が投げている。
・魚は、鯛が釣れた/鯛を食べた。
・おやつは、枝豆が出ました。
などの型が属しますが、「×桑田が投げているのは、ピッチャーだ」「×鯛が釣れたのは、魚だ」「×枝豆が出たのは、おやつです」など、主題部・述部を交換すると不自然になります。
私の挙げた「アンゴラのスポーツは、もっぱらサッカーに関心が集まっています」も、ここに属するように思われます。天野さんのいわれるように、「もっぱら……アンゴラのスポーツだ」と、主題部・述部を交換することができそうにも思われますが、不自然さも残るのではないでしょうか。
「アンゴラのスポーツ……」はひとまず置くとしても、「関東は東京で産湯を使い」は、「魚は鯛を食べた」など〈包含型〉にきわめて近いものを感じます。いかがでしょうか。
POP3さんの言われる「春は三月……」は存じませんでした。「関東は東京で産湯を使い」ときわめて近い型という感じをもちます。井上ひさしの戯曲『珍約聖書』の中に、
春は弥生の桃のお節句、……
で始まる挿入歌があったように記憶しますが、今、その本は手元にありません。
天野修治 さんからのコメント
( Date: 2002年 04月 28日 日曜日 06:48:04)
Yeemar さんご紹介の『日本語の主題と取り立て』の菊地康人氏の論文「「は」構文の概観」は手許に無いので、解釈に勘違いがあるかもしれません。ご訂正下さい。
2〈包含型〉について。
「酒は白雪(が一番だ。に限る)」を逆にした「白雪は酒」は「白雪は酒である」と意味が変わり「(下位概念)は(上位概念)」になりますが、これも2〈包含型〉に含まれるのだろうか?という疑問が浮かんだので、記しておきます。
>「関東は東京で産湯を使い」は、「魚は鯛を食べた」など〈包含型〉にきわめて近いものを感じます。いかがでしょうか。>(Yeemar さん)
「魚は鯛を食べた」と「関東は東京で産湯を使い」
は、同じ構造に見えますが、「魚は鯛を食べた」の「は」は、例えば「肉は牛を食べた」のような対照を暗示しているのに対して、「関東は東京で産湯を使い」の「は」は、例えば「関西は大坂で育った」のような対照は暗示されていない、と思われます。対照を暗示せずにこの種の「は」を用いているところに特異性を感じます。
POP3さんの示された「春は三月……」は、場所でなく「時」ですが、確かに「関東は東京で産湯を使い」のように「春は(の中の)三月(に…)」の構造の文が可能なような気がします。
かなり前の流行り歌ですが、この「春は三月……」の表現から、あがた森魚の「赤色エレジー」の歌詞(昭和余年は春も宵、桜吹雪けば情も舞う)を思い出しました。
「昭和余年は春も宵」は構造上、三段構えになっています。つまり、「昭和余年>春>宵」で「(上位概念)は(下位概念)も(そのまた下位概念)」となっています。「春も宵」の「も」は、「暮れ<も>押し詰まった或る日、…」などの<も>と同じだと思いますが、これを「暮れ<は>押し詰まった或る日、…」とすると何故か間が抜けますね。
(余談ですが、確認のためにネット索引で調べたら「情も舞う」のところが「蝶も舞う」(なるほど!)と紹介されているのが幾つかありました。)
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Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 04月 28日 日曜日 13:42:11)
「酒は白雪」の類は、上記「一般の「は」構文」(菊地氏はこれをIとしています)には含まれず、「「XはYだ」文」(これをIIとしています)に含まれています。論文のうち、言及の割合はIが大部分で、末尾にIIが添えられたという感じです。
IIの文として、菊地氏は
1.コピュラ文
(「Aさんは学生だ」)
2.〈Y=場所/時間/数量〉の「XはYだ」文
(「郵便局は駅前です」)
3.〈選び出し〉の「XはYだ」文
(「魚は鯛だ」「男は度胸だ」)
4.いわゆる‘ウナギ文’
(「僕は鰻だ」)
5.分裂文
(「Aさんが書いたのは、この本だ」)
を挙げています。
3の〈選び出し〉については、「何らかの意でXがYを含み(あとの例でも「度胸」は「男」のいわば構成要素の一つ),Xの中からYを選び出すもので,〈包含型〉の「XはYがいい/大事だ」などとパラフレーズできる。ただし,パラフレーズするまでもなく,「XはYだ」という構文自体に,意味的/語用論的に〈選び出し〉の用法があると見たい。」と説明されています。
>「関東は東京で産湯を使い」の「は」は、例えば「関西は大坂で育った」のような対照は暗示されていない、と思われます。
との天野さんのご発言についてですが、菊地氏は分類方法について「〈「は」の用法〉がいわゆる‘主題’か‘対比’かといった観点からの関心ではなく,〈構文としてのタイプ〉という観点からの整理である。」と述べています。
この方針の理由は、思うに、「主題」と「対比」(対照)とは両立するからではないでしょうか。「魚は鯛を食べた」は、「昼に魚を食べたんだってね、何を食べたの?」という質問の答えとしては対照が暗示されていませんし、また、「手前生国は日本、日本といっても広うござんす、関西ではござんせん、関東は東京で産湯を使い……」という意味であれば、対照が暗示されているともいえます。菊地氏の意図は分かりませんが、「主題」「対照」を度外視しても
、構文上の分類が行えるということだと思います。
「関東は東京で産湯を……」は、もちろんありふれた用法ではなく、むしろその逆ですが、時を表す「春は三月、落花の形」「昭和余年は春も宵」などと同じ範疇に入る用法であって、かつまた、「魚は鯛を食べた」などの用法とも根本的にはつながる用法だ、という説明ではどうでしょうか。「関東は東京で」「春は三月」は場所格、時格であるためあまりなじみがなく、「ピッチャーは桑田が」「魚は鯛を」は主格、対格であるためなじみがあるという、「なじみ度」の差でもあるのではないでしょうか。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 04月 28日 日曜日 15:52:07)
……とはいえ、「魚は鯛を食べた」は、
×腹がへったので、料理屋に入り、魚は鯛を食べました。という言い方はしないのですね(どういう意味に解しても不自然です)。一方、「関東は東京で」は、
資金のめどが付いたので、故郷を去り、関東は東京で会社を起こした。のように言えるのですね。
これはなぜでしょうか。「ピッチャーは桑田が投げている」「魚は鯛を食べた」などでは、「〜は」の部分は下の説明部分全体に係っており(「桑田が投げている」「鯛を食べた」が説明部分)、一方、「関東は東京で産湯を使った」「春は三月、落花の形」などでは、「〜は」の部分は連体修飾節に収まってしまい(「関東は東京」「春は三月」でひとまとまりとなる)、下の説明部分全体には係っていないから、という解釈がなりたちそうです。
とすれば、「関東は東京で産湯を使った。」は、「関東の東京で産湯を使った。」とほとんど変わらないことになり、私が前に述べました「「は」の基本的職能である「提題」の役割を果たすものに違いはないと思われます」という意見は根底からくつがえることになります。
天野さんがはじめに示された辞書の説明、つまり、この「は」は「の中の」と解すべしという辞書の説明に戻ることになります。もしそうなら、とてもショッキングです。「は」は連体修飾を表さないはずというのが私の論の出発点でしたし、今もそう思いますので。
北原保雄氏は、「日本語の構文においては、やはり連用か連体かということがきわめて重要である。連体の「の」が連用の「は」によって代行されるということは、重大なことである」(『日本語の世界6』中央公論社 p.249)と述べていて、「は」は「の」を代行しないという立場をとっています。当然「は」が「の中の」を表すはずもないと思われるのです。
どうも、自分でいい加減なことを述べては自分でツッコミを入れているような気がいたします。よろしくお導きください。
天野修治 さんからのコメント
( Date: 2002年 05月 08日 水曜日 00:05:49)
>「関東は東京で産湯を使った」「春は三月、落花の形」などでは、「〜は」の部分は連体修飾節に収まってしまい(「関東は東京」「春は三月」でひとまとまりとなる)、下の説明部分全体には係っていないから、という解釈がなりたちそうです。>(Yeemarさん)
「関東<は>東京で産湯を使い」は「関東の中の東京、その東京で産湯を使い」となり、「は」は「関東<の中にある>東京」とまとめるだけでなく「その場所で」と、次の節への意味上の連繋をも果たす役割を担っているように、私には思えます。つまり、この「は」は「関東<の中の>東京」と「<その>東京で産湯を使い」の二つの節を、「東京」を一つ省略して、全体として一文を表すウルトラCをやってのけているように感じられるのです。
>天野さんがはじめに示された辞書の説明、つまり、この「は」は「の中の」と解すべしという辞書の説明に戻ることになります。もしそうなら、とてもショッキングです。「は」は連体修飾を表さないはずというのが私の論の出発点でしたし、今もそう思いますので。>
この辞書は『改定 新潮国語辞典−現代語・古語―』(久松潜一 監修。山田俊雄・築島裕・小林芳規 編集。昭和51年4月10日 改定第3刷発行)で、その「は」の項の(二)係助詞の説明の中で
(6)(地名と地名との間において)「の中では」の意を表わす。「江戸−神田の生まれでござんす」
と例を引いています。しかし、「の中<では>」という解釈では、私が上に述べたような、<この「は」の特異性>を示唆しているようには感じられないのです。
「場所と場所」の間だけでなく「時と時」の間にも、似たような「は」の用法が見られることなど、少しずつ見えてきたものもありますね。また、お気付きの点がありましたら、ご教示下さい。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 06月 27日 木曜日 09:30:58)
「春は三月」と同じような例として、樋口一葉「たけくらべ」一に
秋は九月仁和賀の頃の大路を見給へ、とありました。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 06月 27日 木曜日 09:31:41)
「春は三月」と同じような例として、樋口一葉「たけくらべ」一に
秋は九月仁和賀の頃の大路を見給へ、とありました。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 06月 27日 木曜日 09:32:23)
「春は三月」と同じような例として、樋口一葉「たけくらべ」一に
秋は九月仁和賀の頃の大路を見給へ、とありました。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 04日 水曜日 15:02:19)
『猿蓑』(1691年刊)に
糸桜腹いつぱひに咲にけり 来とあります〔「水」は岡田野水〕。
春は三月曙のそら 水
それにしても「〈時〉は〈時〉」「〈場所〉は〈場所〉」の古い例があまり見つかりません。「肥前の国は唐津の住人」は『吾輩は猫である』の例ですから明治になってからです。このような「は」の用法がイレギュラーでなければ、もっと早くからあってもよさそうなものです。