2002年10月30日

君が代三唱(skid)


ある本の引用文に「君ヶ代ヲ三唱シテ散会ス」というものがあって、国歌の君が代を三回も繰り返して歌うことがあったのだろうか、と知人が不思議がっていました。

慶応大学の柳田先生のページには『アンデス時報』創刊号(大正12年)の引用があって、「列席者五十名宴酣にして君が代を三唱に領事の発声に和し」となっています。

はたして「三唱」とは三回歌うことでしょうか。

また、「発声」も歌うことを表すのでしょうか。

「君が代三唱」とは「万歳三唱」のことにも思えるのですが、ご教示いただけるとありがたく存じます。



岡島 さんからのコメント
( Date: 2002年 10月 30日 水曜日 12:34:46)

和田信二郎『君が代と万歳』という本があり、その二つの課題の組み合わせ方を不思議に思っていましたが、お書き込みを見て繋がってきそうな気がしました。

その本をぱらぱら見た記憶によると、二つの関連を説くのではなく、別々に論じているように思ったのですが、関連がありそうですね。


君が代の三唱は、歌ったと言うよりも朗詠したのではないかという気もしますが、どうでしょう。

webcatplus



skid さんからのコメント
( Date: 2002年 10月 30日 水曜日 13:46:50)

私も最初は、国歌の「君が代」ではなく、和歌の「君が代」ではないかと知人に答えましたが、何も根拠がないので一笑に付されてしまいました。

「君が代」といったら国歌だという先入観がある人を納得させるのは、ちょっと難しいかもしれません。



Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 10月 30日 水曜日 22:03:26)

その『君が代と万歳』(1932年光風館書店。1991年の大空社の復刻版)をたまたま私も見たのですが、それによれば、「君が代」を合唱する回数について書いてあります。

「君が代」を吹奏し、合唱する回数はどうであるかと申しますと、一回と二回と三回と連続との四つの場合があります。

〔略〕

一般の儀式・音楽会等に於ては一回奏するのが普通であります。

〔略〕

学校の儀式の際には二回歌ふ事に定められてあります。

 二回歌ふといふ理由はよくわかりませんが、「君が代」は歌詞が短いので約五十秒位しかかゝりません。式場に於ける一般の気分を落着かせるのには、一回では少し時間が短過ぎるので二回→約一分四十秒位←が適当であるといふのであらうといはれて居ります。

観兵式の際、天皇陛下が団体の最右翼に到らせられた時に、軍楽隊は「君が代」三回を奏する事になつて居ります。
となっていて、吹奏する場合は何度か繰り返すこともあり、また学校では2回繰り返すことがあったことまではわかりました。学校については「師範学校中学校作法教授要項」(文部省調査、明治四十四年八月)に「「君カ代」ノ歌 合唱二回」とあるのが根拠でしょう。


しかしどうしてもこれが宴席などでの「君ヶ代ヲ三唱シテ散会ス」と結びつくとは思われません。


ところで「天皇陛下万歳」というのがありますね。上記『君が代と万歳』にもありますが、学校などでは「天皇陛下万歳、万歳、万歳。○○学校万歳、万歳、万歳」などとやったらしいです。べつに天皇おんみずからがその○○学校の会に列していなくても。


思いますに「君が代三唱」とは、天皇の万歳を寿いで3回唱和することではないでしょうか。つまり「天皇陛下万歳」を三唱したのではないでしょうか。「天皇陛下万歳」のことを「君が代」と言った例を知らないのが難点です。


「ある本の引用文」の前後に手がかりになる記述はないのでしょうか?



skid さんからのコメント
( Date: 2002年 10月 31日 木曜日 16:56:56)

「君が代」を繰り返し2回歌うこと、3回演奏することは普通にあったのですか。

もし「三唱」が3回歌うことだったら、国語辞典の語釈にありそうなもの

です。

また、天皇の長久を祝して「万歳」を三唱することであったら、これもまた載せていないのは不思議です。

公の場で行われたものでしょうから、珍しいことではなかったはずです。


「ある本の引用文」の前後がどうなっているのか、原本は何か、問い合わせていますので、しばらくお待ちください。

なお、『アンデス時報』の「領事の発声に和し」というのは「乾杯」の発声と読み違えていたようです。



田島照生 さんからのコメント
( Date: 2002年 11月 11日 月曜日 22:01:07)

これはまったくの余談なのですが、若槻禮次郎の著作から引用しておきます。


ところで、以前から日本には、陛下が出御されるときに、これを歓呼する言葉がなく、ただ最敬礼といって、丁寧にお辞儀するばかりであった。フランス語でいう「ヴィヴ・ラ・フランス」とか「ブラボー」とか、英語なら「セーヴ・ザ・キング」とか「ロング・ライフ」とかいう、唱和する言葉があるとよいのだが、日本にはそれがない。腹の中に盛りあがる尊敬と親愛の感情を表現したいのだが、ただお辞儀をするだけでは物足りない。/それで大学の先生たちの間に、当日二重橋前で、陛下に対して歓呼の声を挙げ、それを将来日本の歓呼の形式にしようという議が持ちあがった。しからばどういう言葉がよいかといろいろ評議したが、経済学の和田垣博士(謙三)がこういうことは得意でもあり、上手でもあった。この和田垣博士が「万歳、万歳、万々歳」ということを提議し、これを唱えることに決まった。高等中学は大学の予備校ということで、縁故が深いばかりでなく、先生も共通な人が多く、なにかというと相談してやっていたので、高等中学も大学といっしょに「ばんざい」をやることになった。/学校の方はこれで決まったが、先生が一斉に大きな声を出して歓呼するため、御馬車の馬を驚かしてはいかんというので、前もって宮内省へその事を申し込んでおいた。それで宮内省では、あらかじめ用意して馬を馴らしていたと思う。/さて第一公式のりっぱな御馬車が二重橋を出て来た。高らかに「ばんざい」の声があがった。これが我国で万歳を唱えた第一声であった。ところが、豈図らんや、この突然の歓呼の声に怯えて御馬車の馬が驚いて棒立ちになり、足をばたばたやり出した。定めし陛下も驚きになったことであろう。自然に一同は遠慮する気持ちになって、第二声の「ばんざい」は小さな声になり、第三声の「万々歳」は唱えず、それきりになってしまった。だから、聞いていた人は、ことに和田垣案の「万歳、万歳、万々歳」ということを承知していない人は、初めから「万歳」を再唱したものと思ったに違いない。それでというわけでもないが、その後陛下の出御の時ばかりでなく、一般に何かめでたい時には、国民的の歓呼として「ばんざい」を唱えるようになったのだが、三声目の「万々歳」はあの時以来、闇から闇へ葬られた次第である。これは私が旗手として参列した時の出来事であったから、記憶に深いのである。

(若槻禮次郎「『ばんざい』の由来」―『明治・大正・昭和政界秘史』講談社学術文庫,1983.10.10所収←単行本1975年)



田島照生 さんからのコメント
( Date: 2002年 11月 11日 月曜日 22:06:20)

そういえば、書くのを忘れておりましたが、上のエピソードは「明治二十二年の憲法発布の日(2月11日)の朝」のことだそうです。



skid さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 22日 日曜日 11:28:29)

たいへん遅くなりました。

君が代三唱の出典を問い合わせたところ、第一高等学校「寄宿寮日誌」の明治27年6月23日の記述だそうです。

その引用は単に「君ガ代ヲ三唱シテ散会ス」だけなのですが、28年3月1日のほうには、以下のように書かれているとか。


  次ニ各寮ノ寮歌アリ或ハ職員ノ余興アリ終リニ幻燈アリテ君ガ代ヲ三唱

  シ 天皇陛下ノ万歳ヲ三呼シ寄宿寮万歳ヲ三呼シテ散会セシハ十一時ナ

  リキ


「君が代三唱」と「万歳三呼」がありますので、やはり3回歌ったということになるようですね。



Yeemar さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 22日 日曜日 16:13:15)

> 「君が代三唱」とは、天皇の万歳を寿いで3回唱和することではないでしょうか。

という私の発言は珍説であったことが証明されてしまいました。


「3回も歌うということは、昔は今よりもっと速く歌ったのではあるまいか」などという別の珍説も思いついたのですが、『君が代と万歳』では2回歌って「約一分四十秒位」とありますから、べつに早口で歌ったのでもなさそうです。


しかし、2回で1分40秒くらいであれば、3回で2分半ですから、当時の流行歌が3分として、それよりは短いわけですね。


posted by 岡島昭浩 at 01:11| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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