2002年11月07日

私立探偵(道浦俊彦)


「私立探偵」という言葉、翻訳語ではないかと思いますが、「公立」や「国立」の探偵がいないのであれば、わざわざ「私立」と付けなくてもよさそうなものですが。どうなんでしょうか。インターネットで検索すると、「明治時代は刑事のことを探偵と呼んだ」という記述があり、その「探偵(刑事=公立?)」に対する概念として日本で「私立探偵」という言葉が出来たのでしょうか?「国立探偵」というマンガもあるようです。



田島照生 さんからのコメント
( Date: 2002年 11月 07日 木曜日 15:12:32)

『日本国語大辞典』(第二版)にも一部が引かれているのですが、谷崎潤一郎の『途上』では、


「『私立探偵』――日本には珍しいこの職業が、東京にも五、六軒できたことは知っていたけれど、実際に会うのは今日が始めてである。それにしても日本の私立探偵は西洋のよりも風采が立派なようだ、と、彼は思った」

(『谷崎潤一郎 犯罪小説集』集英社文庫,1991.8.25を参照)


と、あたかも西洋にも「私立探偵(という呼称のもの)」が存在するかのような表現で登場します。


ものの本によると、一八三二年にパリで開業したフランソワ・ビドッグという男(泥棒稼業から足を洗ったのだとか)が、現実における私立探偵の元祖だったようです。では小説のなかではどうだったかというと、オーギュスト・デュパンが最初の「名探偵」でしたが、デュパンは天才的なアマチュア探偵で、「依頼を受けて礼金をとる」という「私立探偵」ではなかったようです。


小林司・東山あかね『シャーロック・ホームズの推理博物館』(河出書房新社,2001.8.20)によると、「彼(ホームズ―引用者註)は、史上初の私立諮問(コンサルタント)探偵」としてヴィクトリア朝後期のイギリス、それも主にロンドンで活躍し、六〇の事件記録を残した。」「(ホームズは―引用者)一八七七年に世界で最初のコンサルト探偵をロンドンで開業、その後二十三年にわたってこの仕事に従事した。」などとあり、またBaring−Gould,W.S.の"Sherlock Holmes of Baker Street. A Life of the World's First Consulting Detective"(Clarkson N.Potter) という参考文献が挙げられているために、「私立探偵」という表現はなく、"Consulting Detective"(諮問探偵)という表現しかないのかなと思っておりました。しかし、http://www.geocities.com/~sherlockian/holmesian/dim_yop.htmlなどにHolmesは"private detective"である、というような表現が散見するので、やはり「私立探偵」のもとになったのはprivate detectiveなのかなとは思うのですが、ではpublicな探偵(あるいは探偵組織)は存在するのでしょうか。これはちょっとわからないのですが、下に引いておいた「ボウ・ストリート・ランナーズ」があるいは公的=publicな探偵組織なのかもしれません。ちょっと長くなりますが引用しておきます。


 一七九七年、ロンドンに警察組織の前身となったボウ・ストリート・ランナーズという小さな探偵組織が設けられた。それまでのロンドンには警察組織らしきものはなかったのだ。産業革命以来、農村から都会へ出てくる者があらわれ、ロンドンの人口集中が急激に進んだ。都市生活は失業を生み、スラムを作る。町には街灯がなく、横丁は暗い。また、アルコール度が強く安いことからジンが流行し、スラムの住人は飲んだくれていた。そんな状況下で多発する犯罪をなんとかしようというのがこの組織の目的であった。

 しかし、ボウ・ストリート・ランナーズができると、それによって自分たちの自由が制限されるのではないか、また、組織を維持するために税金が高くなる、と言って、ロンドンの住人は警察を作ることに猛烈な反対運動を起こした。この動きは、市民たちが、一二八五年に作られたマンチェスター法から延々と五百年もの間、自分の地域、自分の社会は自分で守れ、という意識で自らを支えてきたためであった。病人など自分で警備につけないものは、その代わりに金で人を雇うことになっていたのだが、そこで雇われる者の多くは失業者であった。だから、当時の人たちは、その手の人間によって作られる探偵組織など信用する気にはなれなかったのであろう。

(小林司・東山あかね『シャーロッキアンは眠れない』飛鳥新社,1994.8.17,p186−187)



田島照生 さんからのコメント
( Date: 2002年 11月 07日 木曜日 15:44:18)

参考までに。


http://www.angelfire.com/mi/cj243/goal1objD.htmlに、Bow Street Runners は、"first detective unit" として紹介されています。



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2002年 11月 07日 木曜日 16:27:29)

田島様、丁寧に調べていただいて、ありがとうございます!いたみいります。

もしかして田島様はシャーロッキアンでしょうか?シャーロッキアンの方には、この問題は「常識」だったのでしょうか?



田島照生 さんからのコメント
( Date: 2002年 11月 09日 土曜日 15:02:30)

一時期、ホームズの研究会(日本にあります)に入ろうと思っていましたがやめました。

ホームズも好きですが、清張や乱歩はさらに好きです。

ですからシャーロッキアンというほどではないです。


いわゆるシャーロッキアンの方にとっては「常識」なのでしょうか?

そのあたりはちょっと存じませんが、とにかく少しでもお役に立てたようなのでなによりです。



岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 29日 日曜日 01:21:50)

リンクだけ。

ことばの話978「私立探偵」 



田島照生 さんからのコメント
( Date: 2002年 12月 30日 月曜日 11:57:15)

道浦さん、岡島さん、どうも有難うございます。


ところで、detectiveには、もともと「刑事」「警察」の意があるそうですね。英語圏では単に「探偵」(日本語でいう)のニュアンスで用いられているのかと思っていたのですが、どうもその時点から考えを誤っていたようです。寡聞にして存じませんでした。

例えば、http://www2.justnet.ne.jp/~azono/ma.zatugaku2.htmlでは、ワシントン市警の階級区分において、「刑事」=detectiveであることや、「刑事課」=detective divisionであることが記されています。まあ日本では、「刑事」は一種の俗称で、階級名ではありませんから、ワシントン市警にはそう翻訳されている階級があるということなのでしょうか(これは単純な誤訳かもしれず、私にはちょっとわかりかねます)。

また、http://www.hcn.zaq.ne.jp/caapa406/Crime/C_inspect.htmによりますと、英米共通で「巡査」をdetectiveと呼ぶそうです。


以下のページも参考になります。

wad’sさんの読書メモ


posted by 岡島昭浩 at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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