2002年12月27日

辞書に関する本(skid)

松井栄一著『出逢った日本語・50万語──辞書作り三代の軌跡』小学館
武藤康史著『国語辞典の名語釈』三省堂
倉島節尚著『辞書と日本語──国語辞典を解剖する』光文社新書
この3点は奇しくも同じ2002年12月20日発行ですが、今までにも辞書に関する本がいくつかあります。
過去のものも含め、それに関連して気付いたことなどを書きこんでいただけると嬉しいかぎりです。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 16日 木曜日 15:11:32)

 私は、人名索引が好きなのですが、惣郷正明氏は、人名索引よりも書名索引を優先させているような気がします。『古書散歩』(朝日)にはありました。

『辞書漫歩』(朝日)は、辞書名索引のみ。『辞書風物誌』(朝日)、『日本語開化物語』『辞書とことば』、こつう豆本には索引なし。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 17日 金曜日 07:27:25)

少し前ですが、
金武伸弥著「『広辞苑』は信頼できるか〜国語辞典100項目チェックランキング」(講談社2000、7)。


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 18日 土曜日 00:07:37)

「『広辞苑』は信頼できるか」が出たとき、ちょっとあざとい書名だなあと思いました。
でも、いろんなチェック項目で比較するのはいいことですね。
私は耳慣れた言葉など100余りの項目で、国語辞典の見出しの有無を比較し続けてかれこれ10年ほどたちました。
新語・略語・俗語が割合に多かったので、やはり『三省堂国語辞典』は大きな辞典に匹敵するぐらい掲載されています。
また、同じ三省堂の『デイリーコンサイス国語辞典』も健闘しているようです。


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 18日 土曜日 00:28:19)

ろくに読まないくせに、つい買ってしまった本。
『辞書という本を「読む」技術』木村哲也著、研究社出版、2001年
『英語力を上げる辞書120%活用術』住出勝則著、研究社、2002年
『英語辞書力を鍛える』磐崎弘貞著、DHC、2002年
……英語は苦手で「積ん読」ばかり。


田島照生 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 18日 土曜日 02:00:25)

「広辞苑」に関するもの(但し、『「広辞苑」は信頼できるか』は除く)。

『「広辞苑」物語』新村猛著,藝術生活社(1970)
『広辞苑を読む』柳瀬尚紀著,文春新書(1999)
『ことばの道草』岩波書店辞典編集部編,岩波新書(1999)
『広辞苑の嘘』谷沢永一・渡部昇一著,光文社(2001)…これはいわゆるトンデモ本です。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 19日 日曜日 06:16:15)

『広辞苑の嘘』はたしかに・・・。谷沢先生らしいというか。イチャモンぽい漢字でしたね。
『「広辞苑」は信頼できるか』は、おそらく出版社側が付けたタイトルでしょう。
今度、著者の金武さんに聞いてみます。

石山茂利夫著『今様こくご辞書』(読売新聞社・1998)当時、読売新聞日曜版に連載されていたものをまとめたものです。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 19日 日曜日 23:03:42)

こちらのスレッドの趣旨が、よく呑み込めなかったのですが、辞書に関するあらゆる書物を集めてみようということでしょうか。すると、ずいぶんな数になりそうですが。

目につきにくい本としては、杉本つとむ監修『国語辞書を読む』(開拓社言語文化叢書、1982)などはいかがでしょう。岡島さんの「日本語関係新書」には入っていませんでした。出て早々に絶版になったと聞きます。

体裁は新書ですが、「序にかえて」によれば、

本書に収めた諸論考は、<昭和五十三年度早稲田大学国語国文学専攻科>で、わたし〔杉本氏〕から国語学の講義を受講した学生諸君のリポートである。
とあり、おやおや、ユニークな編集方針だと思いました。執筆者5人はいずれも女子学生。優秀な男子学生がいなかったということでしょうか。目次は
I 『広辞苑』の検討
II 辞書における差別意識
III オノマトペの具体的検討
IV 三種の辞書の比較
V 望ましい国語辞書
VI 辞書編集の根本的態度
VII 国語辞書の条件
とあります。VIとVIIは杉本氏の執筆です。

全体として強い論調。IIではとくに『新明解国語辞典』を中心に女性や被差別部落などに関する項目について検討がなされています。後年、「三省堂「新明解国語辞典」を手直し/女性や老人の項/偏見・差別の指摘受け」と「朝日新聞」に載ったのが1984.11.30のこと。あるいは本書は『新明解』批判の嚆矢となったか。

俵万智さんは「読売新聞」1989.07.09「いまどきの国語辞書」で

 学生時代に杉本つとむ先生監修の『国語辞典〔ママ〕を読む』(開拓社)を読んでショックを受けました。その本はいろいろな辞書の記述を比較し、辞書批判しているものなのですが、それまで辞書に書いてあることは100%正しいと思っていましたからね。それからです、複数の辞書を引くようになったのは。
と述べています。〔ママ〕としてあるのは手もとのテキストデータでそうなっているということで、元になった切り抜きはどこかに行ってしまいました。


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 20日 月曜日 00:12:22)

「集めてみよう」でもかまわないのですが、辞書に関する本にかこつけて扱っている言葉やエピソードを話題にしようという目論見です。
「日本語本レビュー」などと重なる部分もあるとは思います。

『国語辞書を読む』は、新書版より若干大きいですね。
この本は『国語辞書を批判する』(桜楓社、1979年)の焼き直しでした。

  一、辞書における差別意識について
  二、『広辞苑』に関する批判的検討
  三、国語辞典におけるオノマトペの具体的検討
  四、三つの国語辞書を比較して
  五、辞書批判
  六、辞典編集の根本的態度を批判する

批判といえば、小原三次編著『本邦六大、中堅『漢和字典』をこきおろす』(モノグラム社、1972年)という非売品がありました。
口絵写真にいろいろな康煕字典が載っていて、コレクションの参考にしたものです。


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 20日 月曜日 00:47:10)

トンデモ本の『広辞苑の嘘』で槍玉にあげられた、NHKの創作ドラマ「プロジェクトX」は確かにひどかった。
夕刊フジに博文館新社の社長が前身の『辞苑』が無視されていたと抗議した記事があったけれど、その程度のものではなかったのです。
ところが、NHK出版の単行本では大幅に書き改められています。
たぶん広辞苑のときのビデオは出せないでしょうね。
そのうちYeemarさんにダビングして差し上げます。


道浦俊彦「 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 20日 月曜日 01:14:03)

あの時の「プロジェクトX」は確かに・・・。でもそれと同じような取材を過去にしたことがある私としてはあんまりコメントできません・・・。まあ、あちらはドラマだし、相当脚色が。単行本では書き直されているのですか。見てみます。


田島照生 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 20日 月曜日 01:49:27)

『広辞苑の嘘』は、「百科項目批判」ひいては「岩波書店批判」のための本ですからね。わざわざ「広辞苑」の名前を出す必要はないかと。

そういえば、広辞苑を取り上げた「プロジェクトX」はヴィデオ化されていませんね。批判が相次いだ「あさま山荘」は、なぜかヴィデオ化されていますが。

『診断・国語辞典』鈴木喬雄著,日本評論社(1985)は、石山茂利夫さんもその著作で紹介しています。抽象論であるがゆえに内容が散漫な部分もありますが、「信託」の語釈の問題とか採録すべき用例の問題とか、興味ふかい文章も多く収めています。

『大漢和辞典と我が九十年』鎌田正著,大修館書店(2001)は自伝的要素の濃い作品。「諸橋轍次博士の生涯」の鎌田版みたようなものです。内容は面白いのですが、ところどころに挟み込まれるコラムの題名がなぜか「閑話休題」。最近よくあるパタンです。

『国語辞典にない言葉』松井栄一著,南雲堂(1983)は有名ですね(続編もありますが)。『日国』の第二版で取り上げられた用例が満載です。私がとくに興味をもったのは、132頁〜146頁にかけて紹介されている「名詞の動詞化」(何と呼べばよいのでしょうか)です。「前のめり」→「前のめる」、「どわすれ」→「度忘れる」、「さかなで」→「逆撫でる」など。

つぎの用例は、別のところにも挙げたことがあるものですが、まだ採録されていません。

(1)わしづかみ→わしづかむ(鷲掴みにする)
「不意に、脳に食い込むような眩暈する力に全身を鷲掴(原文は正字)まれ、映写機の逆回転のように、飛沫の弾ける海面を無重力状態で跳ね出た。」(青山真治『Helpless』,2002『新潮四月号』所収)

(2)ものごい→ものごう(物乞いをする)
「中国の経済特区・深圳の目抜き通りには、早朝から深夜まで物乞う子どもたちが大勢たむろしている。」(日垣隆『敢闘言』文春文庫,2002。408p)


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 20日 月曜日 00:12:16)

「天下り」(名詞)と「天下る」(動詞)」はどうでしょう?名詞が先のような気がしますが。また「うなぎのぼる」は?ちょっとそれますが。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 20日 月曜日 04:38:33)

skidさんへ、「プロジェクトX」ダビングお気遣いいただきありがとうございます。しかし「広辞苑」の回は、私もばっちり録画しておりますので、どうぞご放念くださいませ。

「プロジェクトX」は、「その仕事は山田さんが責任者となった」と言えばすむところを、「その時だった。必死の形相で駆け込んできた男がいた。『おれにやらせてくれ』。山田だった」というように、何事によらず修辞に凝る方針であるようなので、おのずとフィクションをはらむ素地があると思われます。

「プロジェクトX的ものの言い方」についてはジェームス三木氏が「週刊新潮」のエッセーで書いていたと記憶します。「風呂に入った。水だった。冷たかった。風邪を引いた」と短く切って言うのがコツだそうです。

道浦さんへ、「あまくだる」は、古く万葉集に「瑞穂の国を 天下り 知らしめしける」とある、これは動詞でしょうね。「天ざかる」「天照る」「天行く」などと同様ではないでしょうか。


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 20日 月曜日 20:30:31)

勘違いをしておりまして、失礼しました。
「プロジェクトX」を見逃したと言っていたのは、新聞協会にいる友人だったのかな。
『広辞苑』について、編者や出版社などの関係者自身が書いたものはいくつかあるのですが、『辞苑』についてはどこにも見あたらないのが昭和23年に好文社から再刊されたこと。
博文館が版権を売り渡したらしいのですが、都合の悪いことは社史などに残らないものです。
とくに博文館の関係者は未だにうるさいそうで、取材などは必ず記事の検閲が入るとか。

『大漢和辞典』を作るため、諸橋轍次は「遠人村舎」に籠もって仕事をしたというように書いている本があったりしますが、原田種成著『漢文のすゝめ』には諸橋轍次がいかに原稿を書かず、遠人村舎にも行ったことがないと書かれています。
また、高田宏著『言葉の海へ』は有名ですが、『言海』の校正は初校と再校の2回だったと「ことばのうみのおくがき」に書いてあるのに、校正を4回したように書いてあります。
事実を正確に伝えるのはなかなか難しいものですね。 


かねこっち さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 20日 月曜日 21:32:55)

『辞書は生きている 国語辞典の最前線』倉島節尚著、ほるぷ出版(1995)が
出ていないようです。
おそらくみなさん先刻ご承知なのでしょう。
国語辞典一般についての言及もありますが、大辞林完成までを編纂の責任者自らが
記した「プロジェクトX」かもしれません。
ただ、小生にとっては知らぬことばかりでしたので、たいへん面白く読めました。
とくに、ふだん使っている大辞林初版の印刷が活版であったことなどは意外でした。
(なるほど、よく見ると罫線がくっついていません)

高田宏著『言葉の海へ』のお話がでましたので・・・
小生が所持しております『言葉の海へ』は、昭和57年12月10日の7刷ですが、
45ページのお終いの行に「大槻玄沢、名は茂資、宝暦七年(一七五七)今の(略)」、
とありまして、「茂資」に『しげたか』のルビがあります。
ところが、広辞苑、大辞林などでは『しげかた』となっております。
どちらかが間違っているのか、それとも二説あるのか。
些末なことですが、気になったので投稿いたしました。


岡島 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 21日 火曜日 00:38:32)

 大漢和の話からの流れですが、「小学上級以上」という伝記物、岡本文良『ことばの海へ雲にのって―大漢和辞典をつくった諸橋轍次と鈴木一平―』PHP研究所1982、というのがあります。
 昭和57.11.24 が第一刷ということで、私が見ているのは、昭和58.5.31の第五刷です。昭和五十七年十月の「あとがき」の後に、「『あとがき』をもう一度」という文があり、昭和57.12.8の諸橋轍次逝去のことが書いてあります。これは、いつの刷りからはいっているものでしょうか。


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 21日 火曜日 01:44:47)

うちのは第1刷なので当然ありません。
日付からすると第2刷から入っていそうですね。
当時、PHPF研究所の仕事もしていたから見坊豪紀著『ことばの遊び学』(1980年)の初校を手伝った思い出があります。

やっぱりこのテーマは「ことば会議室」じゃなくて「あれこれ会議室」にするべきでした。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 30日 木曜日 07:38:48)

skidさま「『広辞苑』は信頼できるか」の書名は、やはり編集者側(講談社)がつけたということです。著者の金武氏に確認しました。


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 01月 29日 水曜日 21:32:22)

ありがとうございます。
本を売るために編集者も懸命なのですね。
著者としても、読者に強くアピールして買ってもらえるにこしたことはないものでしょう。
松井栄一先生の『国語辞典にない言葉』(南雲堂、1983年)も本当は副題の「言葉探しの旅の途上で」としたかったそうですが、編集者の意向で内容とは少し違ってしまったとか。
なお、この本の1刷はかなり誤植がありますので要注意です。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 03月 17日 月曜日 17:42:33)

 skidさんもすでにお読みと思いますが、倉島長正『日本語一〇〇年の鼓動』小学館2003.3.20 を頂きました。

 上で、skidさんがお書きの、好文館についても167頁に記述がありました。

博文館社長大橋進一はGHQから追放の身となり、同社は好文館・博友社・文友館三社に分割されていたが、『辞苑』はその好文館が受け継いで版元となっていた。昭和二四年にはこの三社は合併して博友社に変わっていた


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 03月 17日 月曜日 18:02:18)

 この本、なぜか、松井栄一氏のふりがなが「しげかず」ではなく、「ひでかず」になっています。p16.p87


skid さんからのコメント
( Date: 2003年 03月 18日 火曜日 23:46:31)

ルビの件、担当の編集者は落ち込んでいらっしゃるようです。
著者も気付かなかったのは残念なことでした。
松井栄一先生の本には校正担当者がいたけれど、この本には載っていませんね。
なお、『『広辞苑』は信頼できるか』では「えいいち」でした。
また、松井栄一先生と高校が同窓だった岡橋隼夫氏の『こちら日本語校正室』(光文社文庫)では、見坊豪紀に「ごうき」と振ってありました。
人名に限らず、けっこう思い込みってあるものです。
ちなみに、倉島氏の本の口絵写真にある『言海』と『大辞典』(5冊と書いてあるが写っているのは3冊)は拙宅の本を撮影したものです。


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 19日 水曜日 03:26:07)

かなり古いのですが、私が辞書に興味を持つきっかけになった本。

玉川選書『辞書をつくる』(見坊豪紀著,玉川大学出版部,1976/11/20 第1刷)
玉川選書『辞書と日本語』(見坊豪紀著,玉川大学出版部,1977/11/20 第1刷)
ちくまぶっくす15『ことばのくずかご』(見坊豪紀著,筑摩書房,1979/8/23 初版第1刷)

最後のは月刊誌『言語生活』の同名コラムの抜粋版。この雑誌を1974年末から1988年の休刊まで購読していました。


posted by 岡島昭浩 at 21:51| Comment(1) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小学校国語教科書『新しい国語 六年下』(東京書籍 平成16年2月10日検定済・平成17年7月10日発行)「いろいろな言葉について調べよう」p.28〜35には「言葉の意味を追って」という文章があり、新村出・新村猛の「二人三脚」で『広辞苑』が生まれるまでの経緯がつづられています。無署名。

文章の調子は、以前の「プロジェクトX」を髣髴させるものですが、無関係なのでしょうか。

文中「(辞典にのせる言葉を)しんちょうにぎん味しなくてはならない。」などとする文字遣いは賛成しがたいです。「慎重に吟味」としてふりがなを振るか、「注意深く検討」としてはどうでしょう。
Posted by Yeemar at 2005年12月19日 02:02
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/8180086
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。