日本円の「円」も「YEN」と書いてあります。
ということは、「YEBISU」は「ローマ字表記」ではなく「英語表記」であると考えられますね。それでいいのかな?
でも英語の音としては「WE」ではなく「YE」という音ですから、「ヤ行」(に近い音)と考えてもよいのでしょうか?
このあたり、どうなんでしょうか?
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 30日 金曜日 17:52:22)
これはFAQですね。まずは、下の記述を読んでから、話を進めましょう。
→ サッポロビール/お問合せ
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 30日 金曜日 18:06:59)
まず、「えびす」の本来の仮名遣いは「えびす」だが、「え」と「ゑ」が同音になり、其の後、漢字「恵比寿」が当てられることにより、かな書きでも「えびす」ではなく「ゑびす」が優勢になった、と。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 31日 土曜日 00:17:23)
日本語の音韻変化の概説としては、古典的でわかりやすく過不足のないものとして橋本進吉『古代国語の音韻に就いて』(岩波文庫)に収録されている「国語音韻の変遷」があります。(岡島さんのテキスト、および、青空文庫にも収録)
これに拠りつつ、現代「え」と発音する音韻に関してごくごく雑にまとめてみますと、
第一期(〜奈良時代)
「え」は e および ye、「ゑ」は we、「へ」(語中語尾)は Fe のように発音された。つまり今の「え」は当時4通りに発音された。
第二期(平安初期〜室町末期)
e、we、Fe(語中語尾)の発音がみなyeに合流した。
第三期(江戸初期〜現代)
yeがeになった。
「えびす」は第一期はむろん「e」で発音、しかし第二期に「え・ゑ・へ(語中語尾)」の発音ががすべて「ye」になったため、かなの使い分けの基準が分からなくなって、「えびす」と書く者も「ゑびす」と書く者も現れた。発音するときはいつも「ye」だったから、外国人はそのようにローマ字化した。
ところが、「ヱビスビール」は「明治23年に発売」ということですから、当時は「ゑ」も「え」も e と発音されたわけで、そこをあえて「YEBISU」としたのはなぜか、「EBISU」で十分ではないかという疑問は、サッポロの説明を読んでも、なお残ります(「WEBISU」はありえません、「we」はすでに第二期に滅んでいます)。「日本人は最初エはYEと書くものだと思った」というのは、「明治23年」において多くの日本人がそうだったという意味でしょうか?
幕末のメドハースト『英和・和英語彙』をみると、「え」は多く「Ye」と書かれ、たまに「ヱジ E zi」(衛士)、「ヱビ E bi」(海老)などと「E」を使うものがあります。明治初期のヘボンの『和英語林集成』をみると、ヘボン式ですから当然「夷・蛭子」は「EBISU」です。
では当時の日本人自身は「え」をどう書いたか?
明治18年の羅馬字会「羅馬字にて日本語の書き方」(岡島さんのファイル)によれば、「E」は「エ、ヱ」に使われ、「例へば ebi蝦{エビ} en 園{ヱン}又「ヘ」を「エ」と読むとき例へばmae前{マヘ}」としています。ただし「テニヲハの「ヘ」に限りyeを用ふ其外の「エ」の音は皆eと書くべし」ともあります。これに従えば「夷・蛭子」は ebisu になるはずです。
明治40年代の石川啄木のローマ字日記では「え」は e です。ye や we はありません。
すると、「ヱビスビール」を「YEBISU」と書く積極的根拠はあるのかということになります。もしや、当時のビール会社の人は、(発音とは関係なく)「エ」を e、「ヱ」を ye で表していたのではないかとも思われます。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 31日 土曜日 00:25:39)
> 「えびす」は第一期はむろん「e」で発音、
ああ、これはまったくいけません。「えびす」は第一期では「e」だったか「ye」だったかよくわからない、しかし「e」は少なかったので、発音されたとすれば「ye」の可能性が大、でも「we」ではあり得なかった、というのがより真実に近いのでしょう。
skid さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 31日 土曜日 01:37:55)
あまり関係ないかもしれませんが、三省堂の『帝国大辞典』(明治29年)を思い出しました。
この辞典は、本文の全頁ケシタに五十音順でひらがなを入れていますが、
やゐゆゑよ らりるれろ わいうえを
となっている箇所が圧倒的に多いのです(わ行の「え」は「江」の草体)。
第三版で、頭から数頁だけは直したものの、結局ほとんどはそのまま。
もちろん、本文の見出しや前付の文法摘要では正しくなっています。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 31日 土曜日 22:39:16)
> 明治初期のヘボンの『和英語林集成』をみると、ヘボン式ですから当然「夷・蛭子」は「EBISU」です。
これもまったくいけませんね。初版(1867、慶応3)で「YEBISZ」、再版(1872、明治5)で「YEBISU」です。そのあと、3版(1886、明治19)でようやく「EBISU」です。つまり、明治初期はヘボンも「Ye」で通していたわけですね。
この前は「港の人」の三本対照『和英語林集成』の「E」のところを見ながら書いたつもりでしたが、「E」の項目ということに気をとられてしまい、見出しの表記を看過しました。そして、私がヘボン式ローマ字について基本的なことを知らないということを露呈してしまいました。まこと、取り消しのきかない掲示板はおそろしいです。
「当然」とか「むろん」とか書いているときは、確認がおろそかになっている証拠ですね。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 05月 31日 土曜日 22:51:17)
このヘボンの話は、高島俊男氏の新刊『お言葉ですが…7 漢字語源の筋違い』(文芸春秋)の「「円」はなぜYENなのか」に「たとえば慶応三年に出たヘボンの『和英語林集成』では、日本語のエはすべてyeであらわしている」とあり、「イェ〜?」と、ここで気づいたということも、併せて告白しておきます。
skid さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 01日 日曜日 00:10:30)
Yeemarさんは「イェーマー」さんじゃないですよね、当然?
むろん、「エーマー」さんでもない?
道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 01日 日曜日 10:39:45)
皆さん、ありがとうございます。Yeemarさん、、高島俊男「お言葉ですが・・・7」、目の前にありました。読んだはずなのに・・・連載の時とあわせて2回も。橋本進吉『古代国語の音韻に就いて』もつい2年ほど前に呼んだはずです・・・忘れていました。ありがとうございました。エビスビール(=サッポロビール」の広報にも電話で話を伺いましたので、また「平成ことば事情」にまとめます。
ところで、なぜ「ヱビスビール」の「ヱ」の話になったかというと、うちの新人アナウンサーが、研修の中で「を」を「お」と区別して「ウォ」と発音しているのに気づいたからです。そこで、30人ぐらいの若い人(17歳から23歳)に「『を』と『お』の発音を区別しているかどうか」聞いたところ、7人が区別していると答えたのです。甲南大学の都染先生によると、「小学校の先生が、そういうふうに教えているようだ」とのこと、また岡山大学の中東先生も「日本語学の別冊に、たしかそれについて書いてあった」と教えてくださったのですが、何か情報をお持ちの方はいらっしゃるでしょうか?(別スレッドのほうがいいですかね?)
あ、日経新聞の今朝(6月1日)の朝刊1面下の「岩波アクティブ新書」の広告に、Yeemarさんの6月5日に出るという御著書、『遊ぶ日本語、不思議な日本語』、見つけました!!
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 01日 日曜日 11:49:35)
「を」と「お」については、「は」と「わ」のスレッドで出てきます。
→ BBS_MSG_991024103546.html
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 01日 日曜日 14:43:22)
skidさん、「Yeemar」は英語式には [ji:ma:] と発音することになるのでしょう。私は「Yee」を「イー」にあてています。
ゾロアスター教の伝説の王にイマ(Yima)というのがあって、これも英語式には [ji:ma:] だそうです。私の場合はこれとは関係なく、本名をできるだけめんどくさい綴り字にしたというだけのことです。
かねこっち さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 01日 日曜日 22:47:04)
「円の国際史」(菊地悠二著2001年有斐閣第3版)によりますと「YEN」の表記には
諸説(「刀祢舘[1986]による」の注あり)ありとして以下のような記述があります。
(1)ENとすると,英米人はインと発音しかねない。また,フランス人は「において」,
オランダ人は「そして」と,それぞれ母国語で理解してしまう。
(2)横文字にする場合に,YENとした方がより安定感があり,貨幣の名称にふさわしい。
(3)Nで終わる数字の直後では,N-ENとリエゾンしてしまう。
(4)英米人が発音に忠実に表記すれば,江戸がYEDOであったように,YENが自然である。
円の呼称に国際性を与えるためには,その方がよい。
(5)北京語では円・元ともにYUAN,また華南地方ではYAN・YENと発音される。
円のアジアでの普及を展望して,華僑になじみやすい表記にした。
(6)イとエは江戸中期ごろまではイェと発音されていたとみられる。YEの表記を残したのは
当然の成り行きであった。
これらの諸説は,いずれもそれなりの説得力がある。関係当局がこの種の公式決定をする場合,
念のため母国語を話す学識経験者に確認を求めることは,現在でもあり得る自然な発想である。
そう考えれば,英文による表記にあたってENではなくYENとしたことは,YEDOの例にみる通り
いわば当然の帰結といえよう。当時の造幣寮に英国人の顧問や技術者がいたことを考え合わせると,
ほとんど自動的にYENに決まったともいえるのではなかろうか。
以上の諸説に対して,そもそも「清朝後期にメキシコドルが中国に流入して以来,特に区別する
ことなくyuanまたはyen(元または円)と呼ばれており,メキシコドルの香港鋳造所がyen(円)
マークを刻印していた」という有力な説がある。初期に香港から造幣機械を導入した経緯からみて
も,呼称が円に決まればYENが英文表記になることは半ば自明のことであったことになる。
「YEN」の場合は、国内事情よりも「外国人関与」という事情が色濃く反映しているのかもしれません。
益山 健 さんからのコメント
( Date: 2003年 06月 02日 月曜日 06:13:22)
>「エ」を e、「ヱ」を ye
文語訳聖書の固有名詞がこの方式ですね。