多湖輝『頭の体操 第2集』(光文社カッパブックス1967)のp.93に
新前{しんまえ}の警官が犯人に手錠をかけ、図のように、紐{ひも}を通して、その端を二本まとめてしっかりと握っていた。ところが、この犯人は、紐抜けの名人だったらしく、紐を切らず、手錠もこわさず、五体満足のまま、この紐からするりと抜けて脱走してしまったという。犯人はどのような手口を用いたか。とあります。「新前」か……、それも言うなら「新米」だろう(注、「それも言うなら」は関西風か)、イとエの区別があいまいで間違えたのだろう、と思っていましたが、辞書にもあります。『言海』にも。『日本国語大辞典』にも。後者には漱石「坑夫」の
「『手前は新前(シンメエ)だな』と云ったものもある」
の例が。「坑夫」には他に「新前(しんめえ)は大抵二番坑か三番坑で働くんだ」「貴様は新前(しんめえ)だな」の例もあります。「しんめえ」の形であるところが特徴的です。『日本国語大辞典』には他に『新しき用語の泉』(1921)の例も。
しかし、私はあまり聞かないことばです。
skid さんからのコメント
( Date: 2003年 07月 29日 火曜日 02:56:14)
「新前」は『日国』の初版に載っていませんでした。
それを10年ほど前、某機関紙に書いて松井栄一先生にお送りしたことがあります。
最初、私は「新前」→「新米」だと思っていました。
「新前のなまり」「新前の変化」「新前の転」と載せた辞典が16点もあったからです。
松井先生と山田忠雄先生からも勘違いだと指摘をいただきました。
でも、『新明解』第四版にもそう載っていたのです。
第五版では〔「新前」と言うのは、「お前」→「おまい」への誤れる回帰に基づく〕となりました。
当時の調査結果は以下のとおりです。
○=語釈あり、△=空見出し、×=見出しナシ
新米○・新前○……4点
新米○・新前△……5点
新米○・新前×……13点
新米△・新前○……13点
また、明治期の辞典では以下のものに「新前」の見出しがあります。
言海
日本大辞書
日本新辞書
帝国大辞典
日本新辞林
ことばの泉
新式いろは引節用辞典
辞林
大辞典
音引日用大辞典
それなのに簡単に用例が見つからないのは幽霊語なのかれしれないと書いたところ、ちょうど新版の漱石全集を担当していた方から「坑夫」にあると教えられたものです。