一方、「青空文庫」「新潮文庫の100冊」その他のデータベースで「ながらも楽し」を検索してみると、1件も出てきませんでした。著しい偏りがみられます。
このフレーズを使った例のうち、私の知る最も古い例は、堀内敬三訳詞の「あお空」(「私の青空」、原題「MY BLUE HEAVEN」)の一節で、この歌は1928(昭和3)年に二村定一が吹き込んでコロムビアレコードから出ています(B面は「アラビアの唄」。『昭和流行歌総覧』柘植書房による)。
歌詞はCD「藤山一郎 我が青春」によれば「せまいながらも楽しい我が家/愛の灯影のさすところ」となっています。藤山は「ほかげ」と歌っていますが、二村定一の歌を聴いた記憶では「愛のひかげ」だったはずで、そのほかにも微細な違いがあります。
いずれにせよ、このフレーズはこの歌から出たのであろうと理解しており、まあそれで大丈夫だろうと思っているのですが、これより古い例はありますでしょうか。ご存じの方がいられましたらお教えください。
(※慣用句になりきっていない「常套句」の話題としては、別スレッドで「一つ学問をした」というのを挙げたことがあります。)
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 08月 31日 日曜日 21:22:50)
ちょうど、大滝詠一関係のMLで、My blue heaven 「私の天竺」が話題になっていたところだったので、驚きました。大滝詠一ファン(「ナイアガラー」といいます)による二村定一のページをリンクしておきます。
「狭いながらも楽しい我が家」は、私も「私の青空」以前は存じません。これ以降で古いところでは、石坂洋次郎「若い人」十に見えます。
新明解の「たのしい」の用例としても第三版以降、また三上章『現代語法序説』でも二度ほど出てきますね。
→ 二村定一 "BEST ALBUM"
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 01日 月曜日 00:30:43)
多様な用例のご提示ありがとうございます。文法の本でも有名な例文なのですね。
石坂洋次郎の用例は以下のものでしょうか。「そのもの」という感じではないようですね。作品は1937年改造社から出版とのことです。
こんなこと、貴女に報告していると、何だか不潔なイヤらしい家庭のように思われるでしょうが、実際には信頼、礼儀、節制が保たれて、どこの家よりも楽しい、住みよいわが家でした。(新潮文庫1971年改版 上巻 p.147)
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 01日 月曜日 02:01:39)
きちんと書かずにすみません。「下の十」であるようです。
職員達は最後の一人が姿を消すのを待って、碌に口も利かず、顔を見合せるのも避け気味に大急ぎで支度を整え、凍るような玄関先の闇の中に、肩をすぼめて思い/\に散り去った。狭いながらも楽しい我が家へ……。
「私の青空」関連のページへの直リンクです。
→ View Point No.1-5
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 01日 月曜日 02:21:18)
リンクしたページが面白くて読みすすめていましたら、堀内敬三『音樂五十年史』鱒書房に次のように書いてあるということです。
『狭い乍らも樂しい我が家』と云ふ通勤市民的な生活感情によつて、当時の人心に訴へたのであらう。曲はジャズとしては温和しい旋律的なものであるが、いづれにせよダンス流行の波に乗つて流行つた軽薄浮薄な音樂である
→ 日本の歌謡曲(そのロク)
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 01日 月曜日 10:51:50)
リンクしていただいたページを見ておりますと、私が折々に気まぐれに買ったCDやら本やらの名が散見されます。私はべつに戦前・戦後のコミックソングを狙って買っているわけでも何でもないのですが、とどのつまり、そういうものが比較的手元に集まったようです。そういえば、吉田日出子「上海バンスキング」の中でもけだるいバージョンの「私の青空」がありました。大瀧詠一氏がラジオでこの種の話をしているということは聞きますが、貴重な話に違いないと思いつつ、ついぞ聞く機会に巡り会いません。
話がそれますが、上記「日本の歌謡曲(そのロク)」にある
> 『茶目子の1日』ですが、CDにもなってますので、
という記述は意外でした。検索してみると、なるほど「茶目子の一日」(ビクターエンタテインメント ASIN: B00005GYFJ)として1996年に出ています。
しかし、この曲の(下)には自主規制に抵触すると思われる歌詞が出てくるのですが……。先生の二村定一が、茶目子の平井英子に読本を読ませる場面で、「かまぬすびと」の話が出てきます。「♪ゐざりは大そうよろこんで、その釜をあたまにかぶつて、両手をついてゐざり出しました……」という、読本の文章そのままが歌われています。当時、この話が教室で人気があったことをうかがわせるものですが、これもCD化されているのかと疑います。カットされていそうな気がします。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 01日 月曜日 11:35:49)
いや、しかし、Yeemarさんとは、本当にカラオケ屋あたり(持ち込み音源可能なところ)でゆっくりと語り合いたい気分です。
私も、大滝詠一が私の好みに合うと気づいたのが、日本ポップス伝の放送よりもあとでしたから、残念ながらほとんど聞いておりません。文字化されたもの(リンク参照)を読むだけです。
なお、本題の「狭いながらも楽しい我が家」ですが、その源流とまで言えるのかはわかりませんが、「悲しいながらも嬉しかろ」というような俗謡があったかもしれない、などとふと思ったのですが、今のところ、用例はありません。
→ OHTAKIIのさえずり
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 02日 火曜日 00:44:13)
「「愛の日陰の差すところ」だとず〜っと思っていました。」と、あるので、「ひかげ」と歌っていたことがしれます。
また、コロンビア(ニッポノホン)だけでなくビクター版もあるということです。
→ 二村定一
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 02日 火曜日 14:17:17)
コロムビア盤は「あお空」と書きましたが、レーベルでは「あほ空」なのですね。阿呆空。仮名遣いの誤り。
「夕暮れに仰ぎ見る 輝く青空」と始まる歌ですが、「夕暮れ空」といえば暗い赤色という語感があり、「輝く青空」といえば日中の明るい空という語感があり、両立しにくいものです。あたかも、ルネ・マグリットの絵「光の帝国」のように、地上は暗く、空は輝くばかり青いという光景が目に浮かびます。絵にはしにくい歌詞です。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 02日 火曜日 14:21:32)
「夕暮れに阿呆が見る 私の阿呆面」ならば矛盾はありません。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 18日 木曜日 01:58:11)
「青空荘」であるので、夕暮れに見ることが出来るのだ、というのを読んだ気がしますが、前掲のMLでの発言だったと思います。
歴史的仮名遣いで「を」と書くべきところを「ほ」と書くのは、「シクラメンのかほり」と同様ですね。但し「かほり」は定家仮名遣には合致していますが、「あを」は定家仮名遣でも「あを」のようです。