お世話になります。
さて、私の働く業界では、
「もっと腰を切れ」というはっぱのかけ方があります。
「○○君は腰が切れていない。
★★君は腰を切って営業にあたっているため、
成績がトップである。みんな、★★君をみならって
腰をきるように 云々」
しかし、私は思いました。
「腰をすえてとりくむ」
「スタートを切る」
という表現はあっても、これをミックスして
「腰をきる」「もっと腰を切れ」
などという表現は、日本語としておかしいのでは と。
そこで、日本語研究のサイト掲示板に記入しましたところ、
佐藤さんより、「聞いたことがない」などのアドバイスをいただき、
こちらで相談にのっていただけると、紹介していただきました。
こうして、書きこんでおります。
インターネット大辞林によれば、
腰をきるとは、スポーツの世界(ゴルフ、野球、弓道)で
使われていることはわかってきました。
「腰のきれが長打のポイント」「スィングの秘けつは腰をきること」
「腰を切ってかまえる」などです。
いずれも、腰を鋭く回転させること、あるいは、立ちあがること
を意味しているようですが、
さて、座ってないで営業に行け
という意味で、ハッパをかける言葉として適切なのかどうか。
ぜひ、みなさんのご意見をお聞かせ下さい。
→ http://www.gifu-u.ac.jp/~satopy/home.htm
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 15日 月曜日 00:38:32)
「日本語としておかしい」と判断することは大変難しいことで、せいぜい「どうやらそういう言い方をする人は(他には)居ないようだ」ということぐらいしか出来ません。また、「他には居ない」ということを証明するのも難しいわけですが。
さて、佐藤さんのところで、佐藤さんがお書きのように、「腰を上げる」の意味で使われているものがあり、これには、
などがあります。「座っていないで」という意味であれば、これでよいのではないでしょうか。
手桶を引立《ひった》てて、お源は腰を切って、出て、溝板《どぶいた》を下駄で鳴らす。(泉鏡花「婦系図」)
平次は容易に腰を切ろうともしません。(『銭形平次捕物帳』「受難の通人」五)
「とっとと帰って貰おう。(中略)サア、早く腰をきらねえと、俺は明神様の氏子で気が早え……」(『銭形平次捕物帳』「富士見の塔」二)
一方、問題の「腰を据える」「腰を入れる」のような意味のものもありました。
「いえいえ、むつかしいことはおまへんね。肩を入れはったら、ひとつ、腰をきっていただいたら結構だす」
「なんです……」
「いえ、さきに肩を入れておくれやす。……そうそう、そういうぐあいに……。それから、ひとつ、腰をきっておくれやす」
「……わたい……そんな痛いこと……ようしまへんで、モシ」
「いや、べつに刃物で切るのやおまへんがな。腰にグッと力を入れて、駕籠を持ち上げておくなはれ。」
(笑福亭松鶴『上方落語』講談社スーパー文庫 「ちしや医者」)
では、上方の言葉かと思ったら、次のようなものもありました。
重量のぐんとくるザルを持ちあげて、腰をきって投入する力しごとは、冬のさ中でも半裸の背に汗がしたたり流れるのだ。(『キューポラのある街』「職人気質」)
そういう意味があると知ってから『日本国語大辞典』を見ると、
*今年竹〈里見惇〉渡風流水・三「ゆっくり腰を切ったやうな、へんにしんねり強い守勢で、理路整然と」も、こちらの方の意味ではないか、という気もいたします。
落語で、一方が意味が分からないのは、笑うべきことなのか、それとも、力仕事をする人の専門用語のようなもので、一般人にはもとより分かりにくかったのか、分かりませんが、いずれにせよ、この意味の使い方があったと言うことはわかりました。
山下たかし さんからのコメント
( Date: 2003年 09月 21日 日曜日 12:53:36)
岡島さん、ありがとうございます。
ご丁寧な解説に感謝いたします。
今回のことで、私も大変悩んでいたのですが、
結局、意味が通る使い方なら、一部業界だけでも使っていけばよい
と、判断すればよいのでしょうか。
それとも、できるだけ万人に通用する日本語を適切に使うべき
と、判断すればよいのでしょうか。
確かに、各種文学で使われ、武道など伝統スポーツの中で使われています。
岡島さんの解明で、より認識は深まりました。
同時に、私としてはなお、「この方々は特異なものいいをする」
と受けとめられるような表現はあらためようとしている一人ですので、
できる限りどなたにも通用する言葉を使用したいと思うのですが。
私以外にも、業界用語に違和感を感じる方っているのではないかと
勝手に想像しております。
いずれにせよ、難しい問題のような気もします。
岡島さん、どうもお手数をおかけいたしました。