ふと疑問に思ったことなのですが、ひとつの活用形、もしくはひとつの形に対してふたつ以上の音便形がある場合があるのですが、それはどのようにしてできたのでしょう。
たとえば「歩きて」に対して「歩いて」「歩って」、「買いて」に対して「買って」「買うて」という2種類が考えられます。私自身は「歩いて」「買って」が標準で、聞けば理解はしますが「歩って」「買うて」を使うことはありません。
「起きる」「生きる」「尽きる」などは音便がないのに「飽きる」だけは「飽きて」のほかに「飽いて」という形もあります。
このように音便形が複数あったり不規則だったりするのは、なにが原因なのでしょうか。口の開きなんかが関係あるのかな、とは思いますが、自分ではとても結論を出すに至りません。どなたかご教示いただければ幸いです。
(余談ですが、先日の国語学会で岡島先生を一方的に発見しました。先生がいらっしゃった会場にいたのですが、たいへんな司会をうまくこなされたなあ、と思いました。お人柄のなせる業ですね。。。)
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 19日 水曜日 00:18:20)
まず、答えやすい所から。
「飽きる」には「飽かん・飽く」という五段活用のものもあります(主に西日本で使われているものですが)。「飽きて」は「飽きる」のテ接続形であり、「飽いて」は「飽く」のテ接続形であるわけです。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 19日 水曜日 00:29:04)
「歩って」は江戸っ子風の言い方という気がしますが、その江戸(東京)に於いて「歩いて」と「歩って」とがどのような関係になっているのかを知らないのでいい加減なことを書けませんが。
「歩って」は「行って」と同様、カ行五段動詞が、イ音便ではなく促音便になった形ですね。他の多くのカ行五段動詞はイ音便になりますが、促音便になるのはその例外と言えるものです。「行く」の音便形が、「行いて」にならずに(「ゆいて」ならありますが)、「行って」になった理由については、考察した論考がありますが、「歩って」についてはどうでしたでしょうか。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 19日 水曜日 00:35:21)
「買う」のようなハ行四段動詞(アワ行五段動詞)の音便形は、東日本では「買って」のような促音便になり、西日本では「こうて」のようなウ音便になるわけですが、なぜこのようになるのかは、東日本方言は子音優位の方言であり、西日本方言は母音優位の方言であるから、などといわれることもあります。
なお、東日本で「買うて」のような、ウ音便が使われる場合には、固さ・古めかしさということがありそうです。「問うて」「請うて」が「とって」「こって」にならないのは、オ段という音のせいではなく、「問う」「請う」が、口語ではなく、堅い言葉だからだろうと思います。
booko さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 20日 木曜日 00:48:26)
夏の課題で、大阪出身者の発音と自分(東京の、武蔵方言に入る地域でしょうか。基本的にはNHK発音とほとんど変わらない感じです。)の発音の比較をやってみたのですが、そう言われれば母音の出方にはかなり差がありました。実際に発音してみても、アクセントをコピーするだけではちっとも大阪弁らしく聞こえないのは、声の出し方そのものに違いがあるからなのですね。
このほかに、自分の中で揺れがある形としては、「おおきい」と「おっきい」、「そうか」と「そっか」、「ばかり」と「ばっかり」などがあります。「なにが悲しゅうて」のようにウ音便を使うときは、確かに古めかしい感じを出したいときに使います。促音便はぞんざいな感じのときに多く使うかもしれません。
「行って」と「行いて」についても含めて、自分でももう少し勉強してみます。ご教示ありがとうございました。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 11月 22日 土曜日 01:28:08)
ハ行動詞のウ音便と、形容詞のウ音便は、同じ名前ではありますが、別物であると考えて置いた方がよいと思います。
同様に、ハ行動詞などの促音便と、「おっきい」などの促音化も、別物であると考えておいた方がよいかと思います。ハ行動詞などの促音便は、もはや促音便化しない「原形」では使えないものになっていて、これを話し言葉で使うと滑稽になります。「ではいっしょに歌いてください」のように。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 02日 火曜日 01:51:30)
ハ行動詞のウ音便と、形容詞のウ音便は、別物ですが、似ている部分もありますね。ともにテに接続することがあります。
「ちごうて」はハ行動詞のウ音便ですが(非音便形は「ちがひて」)、これが形容詞のウ音便であると誤認されると、非音便形は「ちがくて」(あるいは「ちごくて」)になってしまいます。
→ 実はそれって ちがくテ?
道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 02日 火曜日 14:43:07)
以前、「ことばの話(平成ことば事情)175あるって」で、書きました。それを転載します。ちなみに私は「あるって」は使いません。方言だと思いますよ。
**********************************
関東の方で時々耳にする若者言葉で「あるって」というのがあります。
「歩いて」の意味ですが、なぜ「歩いて」が「あるって」になるのか疑問に思い、考えてみました。
そもそも「歩く」という動詞の連用形は「歩きて」ですが、その「き」がイ音便で「い」になって「歩いて」となります。このパターンの他の五段動詞の例を挙げると、
「書く」=「書きて」=「書いて」
「泣く」=「泣きて」=「泣いて」
「空く」=「空きて」=「空いて」
などです。
また、「走る」の連用形は「走りて」から「走って」と促音便になります。
「飲む」=「飲みて」=「飲んで」、「読む」=「読みて」=「読んで」とともに撥音便になります。このように五段動詞の連用形は、単語によって形が違う、ということに気付きました。
そこで「あるって」ですが、その形から言うと、「連用形が促音便になっている」わけです。上にあげたように、促音便の動詞には「走る」があります。
そこで同じような動作の連想から、
「“走る”が“走って”となるなら、“歩く”も“あるって”となってもいいんじゃないか?」
となって「あるって」が出て来たのではないか?と考えました。
それにしても「歩く」より「あるって」の方が促音便の分、はずんでいて、スキップくらいのスピードがあるような気がしませんか?
武庫川女子大学の言語文化研究所長・佐竹秀雄先生にメールで疑問について尋ねたところ、
“五段活用の動詞の音便は、活用語尾の行、すなわち何(なに)行の活用で
あるかによって連用形の(音便の)形が決まります。”
ア行は「促音便」(例・言う) ナ行は「撥音便」(例・死)
カ行は「イ音便」 (書く) バ行は「撥音便」 (転ぶ)
ガ行は「イ音便」 (泳ぐ) マ行は「撥音便」 (読む)
サ行は「し」 (刺す) ラ行は「促音便」 (売る)
タ行は「促音便」 (立つ)
“但し唯一の例外は、「行く」。これはカ行なので「イ音便」になるところですが、なぜか「促音便」になるのです。”
というお返事でした。
また、こういった五段活用の音便問題は、ワープロの変換処理のような言語情報処理に使われているそうです。なるほどねえ。日頃“穏便”な生活を送っていると、あまり“音便”には触れないものですねえ。
その後読んだ「留学生と見た日本語」(佐々木瑞枝著・新潮社)という本に、「てフォーム」という形で載っていました。ちょっとだけ抜粋すると、
「書くと言う動詞のあとに“て”をつけてその後に動詞を続ける。“書いている”とか“書いてしまう”他にも“書いてあげる”“書いてくれる”“書いてみる”。たくさんあるでしょう。こういうのを“てフォーム”っていうの。そして“て”の後に来る動詞の意味は本来の動詞の意味と少し違ってくる。」
「それがね、とてもおもしろい規則があるの。例えばさっきの書くという動詞、終止形が“く”でしょ、それが“い”に変わる、つまり書くは書いてになる。他にも終止形が“く”で終わる五段動詞考えてみて」
といった感じです。
なお、著者の佐々木さんは日本語教育者で、現在、横浜国立大学の教授です。
「あるって」を聞きました!2001年7月2日、北海道大学に取材に行った時に、極光警備という会社の警備員のおじいさん(70歳ぐらい)が「あるって5分くらいかな」と使っていました。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 02日 火曜日 17:22:28)
備忘のため記します。これが基本文献でしょうか。
橋本四郎「「行く」の音便」(『女子大国文』12 1959.02)
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 02日 火曜日 17:40:41)
それと、
迫野虔徳「カ行イ音便の形態的定着」(『語文研究』31・32 1971/10
)
ですね、「行って」については。
岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 02日 火曜日 17:46:18)
二段動詞に音便のないことについては、
かめいたかし「 《―キ(―)>―イ(―)》のいすとうりあ(ものがたり)」(国語国文49‐1 1980/01)
があります。題名からだけでは分からないので。
#いつもぶっきらぼうな書き方で申し訳ありません。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 24日 火曜日 16:25:19)
関連して、不規則な活用にはどのようなものがあるか、集めてみます。
〔動詞編〕
四段動詞の不規則
*連用形が促音便
行って(×行きて)
注 山田孝雄の文章に「勢力をうるやうになり行いたものであらう」
*連用形がウ音便
乞うて(×乞って)・恋うて・問うて・厭(いと)うて(厭って?)
注 国木田独歩「富岡先生」(1902年発表、新潮文庫)に「梅子を恋{こい}ている」とあり。ルビはだれが?
下一段動詞の不規則
あり得(う)る(アリエルも)
未然形なし
×有らない
命令形なし
×違え(他、多数あるはずなれども思いつかず)
終止・連体形がまれ
「そぐわない」とは言うが「そぐうばかりの」などは比較的まれ
ほださ(れる)・うなさ(れる)・気圧さ(れる)・焼け出さ(れる) 等は終止形なし(もしくは「れる」込みで1語)
たむろって・もやって
活用種類の揺れに属すべきもの
愛する・愛す 属する・属す 等
耳を澄ませて―澄まして(澄ませる・澄ます)
矢を射って(←射て)(四段←→上一段)〔誤り?〕
おもねて(←おもねって)(下一段←→四段)〔誤り?〕
しけた・しけった(どちらもあり?)
「憂(うれ)い」(四段動詞の居体言形)・「憂うべき」(四段動詞終止形)はあれども「憂わない」とはあまり言わず「憂えない」と言う
新しい音便
*促音便
電話すっからさ 金がかかっだろ
助動詞「う」を促音化 帰ろっか
*撥音便
行ってくんね!
〔形容詞編〕
終止形がまれ
同じい
へんな連体形
ごとかる「花のごとかる罪を抱きて(都はるみ・歌「邪宗門」)」
まとまりませんが、メモとして。このようなものをまとめたものは、ちゃんとあるのかもしれません。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 24日 火曜日 19:43:06)
> 未然形なし
> ×有らない
「なし」は言いすぎですね。
「ハハハ……。主観的はよかったな。しかし君イ、むやみに主観的であられては、はたが迷惑するからな。(石坂洋次郎『青い山脈』〔 1947年発表〕新潮文庫 1968.01.15 47刷改版 p.175)後者は文語の残存かもしれませんが。
この書一覧のうえは、斧{おの}を磨{と}ぐ間もあらせず、即刻ハムレットの首を刎{は}ねるべし、という厳しい指令なのだ。(シェイクスピア・福田恆存訳『ハムレット』新潮文庫 1988年47刷改版 p.176)
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 25日 水曜日 14:04:50)
「〔元理化学研究所研究員で「遺伝子スパイ事件」の被告〕のDNA損壊はA〔という人物〕との悪化した人間関係に基づく幼稚な懲罰的発想による嫌がらせが主たる動機である」。理研を利そうとする意図については「そのような高尚なことは思いもつかなかった」。(朝日新聞 2004.02.25 p.23)サ変動詞「利する」が四段動詞化した例で、めずらしいと思います。
後藤斉 さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 25日 水曜日 16:01:01)
田野村忠温 2001「サ変動詞の活用のゆれについて―電子資料に基づく分布―」(『日本語科学』9:9-32)に:
>一般的には
>「X」が促音・撥音・長音を含む場合はサ変のままであり、
>それ以外の場合にはサ五に変化している。
(Xは一字漢語)との観察があります。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 25日 水曜日 18:14:40)
ありがとうございます。「利」は促音・発音・長音をふくまないので「利そう」になるのは一般的原理にかなっているわけですね。私にはこの語は目新しく、また、手元のいくつかの辞書(岩波・新選・新明解・集英社・新潮現代・明鏡・大辞林・広辞苑・日本国語大辞典の最新版)でも載せていません。ところが、『三省堂国語辞典 第5版』には、さすがに四段(五段)の「利す」が載っていました。また、『講談社日本語大辞典』では「利する」に「=利す」とあって、これは四段形もあるということでしょう。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 06日 土曜日 09:47:23)
形容詞「いい(良)」は終止・連体形以外を欠いています。もしくは、人によっては「よかった・よく・いい・いい・よければ」と活用する変格活用になりおおせているかもしれません。
Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 06:20:06)
「べきだ」が変格活用だということについて以下に。
→ 別スレッド「べき止め」について