2001年01月12日

「つなげる」と「つなぐ」(道浦俊彦)

最近「今日の内容を、明日につなげたいですね」と言ったコメントをよく耳にします。この「つなげたい」の終止形は、「つなげる」だと思いますが、なぜ「つなぐ」の活用形である「つなぎたい」を使わずに「つなげたい」を使うのでしょうか?

また、「つなぐ」のように「ぐ」で終わる他動詞が、同じ他動詞として「つなげる」というような形で使われている例は、ほかにどんなものがあるのでしょうか?ちなみに、ここで言う「つなげる」は、「つなぐことができる」という可能の意味の「つなげる」ではありません。

自動詞の「つながる」からの連想で「つなげる」がでてきたのでしょうか?また語尾が「〜げる」という動詞からの連想でしょうか?

文語の「あぐ」が「あげる」になったように、「ぐ」で終わる動詞は古い、と感じたからなのでしょうか?

「日国辞典(第一版)」には「つなぐ」も「つなげる」も載っていますが、用例や説明は、圧倒的に「つなぐ」のほうが多く、「つなげる」は、たったの5行しか書いてありません。用例は1つです。

方言との関連は、どうなんでしょうか?

何か、ご存知の方、よろしくお願いします。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 1月 12日 金曜日 23:27:30)

明治書院『口語文法講座』第3巻「ゆれている文法」に吉川泰雄氏の論文「「つなぐ」と「つなげる」」があります。ここでは、「漏る・漏れる」「にらむ・にらめる」「転がる・転げる」「塞ぐ・塞げる」など全25種類の、活用の異なる動詞の意味を比較しています。

「にらむ・にらめる」などは、本件「つなぐ・つなげる」の関係に似ているでしょうか。

「つなぐ・つなげる」は、上記論文中の例のうち最後に触れられていて、

 (旧来の「つなぐ」に加えて)「つなげる」の発生のためには、(略)〈かけらをつなげてみる〉〈廊下をつなげたい〉〈首をつなげる〉など、ツナガルようにするという意味が根底にあるかと思われるが、〈ホースをつなげる〉あたりで意味差の解消もありえようし、ついには〈船を岸につなげておく〉とも言う場合もあるであろう。
と簡単に書いてあります。ちょっと説明不足の観は否めません。

いずれにせよ「つなぐ」「つなげる」という語形の差は、意味の差異によるものでしょう。「彼女と手をつなぐ」とは言えても、「彼女と手をつなげる」は言えないというあたりに解く鍵がありましょうか。ふつうは「彼女と手をつなげて帰った」などとは言わないと思います。

……と書こうとしましたが、しかし「手をつなげる」の例はあるようです。

母親は立ちどまって子供たちを待った。そして、ウィンフィールドの手をとり、手をつなげたまま歩いた。(スタインベック・大久保康雄訳『怒りの葡萄』)
ふつうは言わないと思うのですが……こうなると、「つなぐ」「つなげる」の意味の差はよく分からなくなります。

歴史的には、「つなぐ」(他動詞)には対応する自動詞が存在しなかった(「無対他動詞」)のではないでしょうか。あたかも、「彼と肩を組む」の「組む」に対応する自動詞がないように、「かの女と手をつなぐ」の「つなぐ」にも自動詞がなかった。

しかし、それでは接合を言い表す局面で不自由を感ずるので、「つなげる」「つながる」(両方とも『日本国語大辞典』には江戸期以降の用例のみ載っているようです)という語が現れてきたのではないでしょうか。

勉強不足を露呈してしまいましたが、正しいところをご教示いただければさいわいです。


天野修治 さんからのコメント
( Date: 2001年 1月 14日 日曜日 4:46:53)

道浦さんとYeemar さんの「つなぐ・つなげる」への疑問や考察を目にして「告ぐ・告げる」を思い浮かべました。と言うのは、少し前「自動詞・他動詞」に関して調べていて「告ぐ・告げる」が両方とも他動詞(しかも「告ぐ」は文語的表現でしか用いられない)なのに「−く・−ける」(自・他)(例:「開(あ)く・開ける」「傾く・傾ける」「退く・退ける」「付く・付ける」「続く・続ける」「向く・向ける」など)と同じ表にうっかり入れていたのです。

因みにこの「−く・−ける」の自他を逆にした「−ける(げる)・−く(ぐ)」(自・他)の型を調べると「事物が変容したり一部分が欠けたりする意味を持つ動詞」と纏めることができ、面白い結果になりました。(すでに研究されていることかどうかは確認していません) 
(例:「欠ける・欠く」「砕ける・砕く」「裂ける・裂く」「溶ける・溶く」「砥(と)げる・砥ぐ」「抜ける・抜く」「脱げる・脱ぐ」「剥(む)ける・剥く」「もげる・もぐ」「焼ける・焼く」「削(そ)げる・削ぐ」「炊(た)ける・炊く」「剥(は)げる・剥ぐ」「ほどける・ほどく」:1級の日本語学習者の語彙表から拾った)

「つなげる」は上記の「−ぐ・−げる」の組み合わせや「−がる・−げる」(自・他)の組み合わせ(例:「上がる・上げる」「下がる・下げる」「広がる・広げる」「塞がる・塞ぐ」「曲がる・曲げる」など)の類推から出た形ではないかと想像しています。私の見たところ、現段階では「つなぐ」と「つなげる」の意味に明らかな差異があるとは認め難く、やはり、「つながる・つなぐ」(自・他)の組み合わせで「−がる・−ぐ」のグループの変種と見たほうが良いように思われます。いずれ「つなぐ」が「告ぐ」のような運命(つまり、文語化する)を辿れば「つながる・つなげる」(自・他)と「−がる・−げる」のグループに仲間入りするのかもしれませんが。

http://shibuya.cool.ne.jp/brn(日本語教育・日本語・日本を考える)


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2001年 1月 19日 金曜日 9:01:37)

Yeemarさん、天野さん、貴重なご意見ありがとうございます。
Yeemarさんがあげて下さった「ゆれている文法」の中の「”つなぐ”と”つなげる”」、早速読んでみました。昭和39年(1964)の論文なのですね。東京オリンピックの頃から揺れていたのに、40年近く経った現在も揺れているということは、今後も共存していくのかもしれませんね。
ちょっと違うかもしれませんが、「大きい」と「大きな」の使われ方なども、多少は関連があるのでしょうか。

また、「つなぐ」よりあとに「つなげる」が出て来たとすると、五段動詞(あるいは四段動詞)の一段動詞化ですが、こういった動きは江戸中期以降頃に起こったそうです。その流れに乗らなかった「つなぐ」が、200年ほど遅れてその流れに統合されようとしているのでしょうか?

「つなぐ」と「つなげる」の意味の差は、当初はあったのかも知れませんが、今は天野さんがおっしやるように、あまり意味の差があるとは思えません。
あえていうならば「つなげる」の方が「つなぎたいという願望・意志」が少し強いように思われます。

「明日につなげたいですね」と言う場合、実際に「つなげる」のはこう言っている本人ではない場合は”願望”、本人の場合は願望を込めた意思(意志だけではどうにもならない場合もあるか?)という感じですかね。

また、「つなぐ」は「つなぎ」という”連用形の名詞化”が定着していますが、「つなげる」は「つなげ」という”連用形の名詞化”はまだ定着していません。

なんか、まとまりそうな感じもするのですが、むずかしいですねえ。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 22日 月曜日 03:40:18)

上の私の説明はわれながら何のことだかわかりませんね。「つなげる」は「つながる」に対応する他動詞として生まれたので、意志的に何かを接合するという意味が強く出る結果となった。そう言いたかったのだろうか、と思います。

「手をつなぐ」とは言うが「手をつなげる」は(上のような例外もあるが)まず言わない、というように、一方が言えて一方が言えない場合はほかにもあると思います。

道浦さんの「平成ことば事情」に「つなげるとつなぐ」(2001.01.12)。

Yomiuri On-Line関西「ことばのこばこ」2004.03.15に「つなぐ・つなげる」(佐竹秀雄氏)。佐竹氏の解釈は次の通り。

つまり、「つなぐ」は一般的な連結を意味するのに対して、「つなげる」には、簡単にはできないところを、無理して(努力して)つなぐといった積極性がある。
簡明です。

NHK「お元気ですか日本列島」の「気になることば」2004.02.23「 つなぐ? つなげる?」でも取り上げられました。


posted by 岡島昭浩 at 08:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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