2001年06月23日

アルバイトの語誌(Yeemar)

「アルバイト」は学生の間ではまず「バイト」と略して使われますが、学生にとっては「アルバイト」と略さずに使うのは、あたかも「テレビ」を「テレビジョン」というごとく、「ワープロ」を「ワードプロセッサ」というごとくに違和感があるのでしょうか。

『広辞苑』の誕生を扱ったNHK「プロジェクトX〜挑戦者たち〜・父と息子 執念燃ゆ 大辞典」(2000.06.19)では、

〔戦後になり〕外来語が一気になだれ込んだ。「アルバイト」。「働く」というドイツ語が、学生の内職を指すことばとして使われ始めていた。
とのナレーションがあります。

『広辞苑』初版を見ると、

(1)仕事。労働。(2)学問上の労作。著作。研究の結果。(3)学生などの内職。バイト。
としてあります。

『広辞苑』の源流である『辞苑』は手元にありませんが、『明解国語辞典』(1943年)復刻版によれば

(一)労働。仕事。(二)研究。(三)(博士)論文。
とあり、小見出し「アルバイト-ディインスト」に「(一)雑役。(二)勤労・(労働)奉仕。」とあります。「内職」の意味は載っていないと解してよいのでしょう。

『日本国語大辞典』の初版をみると

(1)学問研究の作業。研究業績、特に、研究論文。(2)(――する)学生が、学業のかたわら従事する仕事や。〔ママ〕社会人が本業のかたわら行なう内職。また、それをする人。バイト。
とあり、阿部知二「おぼろ夜」(第2版によれば1949年)の例以下を挙げてあります。

とすると、「内職」の意の「アルバイト」は戦後の用法となりそうですが、『日本国語大辞典』第2版では、戦前の雑誌「旅-昭和九年(1934)一一月号・秘境奈良田と西山温泉〈細井吉蔵〉」の例を補ってあります(採集者は方言関係の研究者とみえます)。

「三つの幹線を挙げる事が出来る。一つは最も遠回りであるがアルバイトを必要とせずしかも最短時間に到達されるもので」
これは「内職」なのかどうか。

石山茂利夫『今様こくご辞書』(読売新聞社)では、幾人かの人の談話が紹介され、中には「内職」の意味で戦前から使われていたという趣旨の証言もあります。

「〔フラウ・メッチェンなどと〕同じように戦前の意味〔学問研究の作業〕の『アルバイト』も、いったん廃れたのではないか。副業といった、新しい意味のものは、学費稼ぎや生活費稼ぎに追われた敗戦直後の学生の境遇から、別個に生まれたものだと思うんですよ」(石綿敏雄・p.224)

「一高では、副業や内職の意味では『バイト』と言い、本業の学業ではなく半端なことをやっているという意識で、『アルバイト』をもじって使っていました。そのころは、主に家庭教師でしたね。他の高校では『アルバイ』って言ってるところが多かった。戦後の『アルバイト』は、半端意識が取れていますが、当時の使い方が下地になっているでしょう」(水谷静夫〔昭和18年春、旧制一高に入学〕・p.224)

〈〔上略〕昭和15年から18年まで在寮した者として言えるのは、私たちは正式にはアルバイトと使い、略してバイトと言っていたということです。〔下略〕(弁護士・倉田卓次・p.225)

〈昭和十七年に東京高等師範学校に入学しましたが、そのころ家庭教師の仕事のことを『アルバイ』と言っていました。最後の『ト』は省いていました。〉(斎賀秀夫・p.225)

「内職」の意の「アルバイト」さらには「バイト」も戦前からあったことが伺われます。


岡島 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 23日 土曜日 13:23:42)

 おお、Yeemarさん、有難うございます。

 石綿敏雄氏のような感覚で、戦後、その意味が出来た、ということを言ったのでしょうね。

 あらかわそおべえ『角川外来語辞典』の示す、大佛次郎『帰郷』1948の例も、そのような感じなのでしょう。

 水谷静夫氏のものは、アルバイトの半端なものがバイト、ということなのでしょうかね。これが当時の共通の感覚なのかはわかりませんが。

 新村出編纂『言苑』(博文館 S13.2.19初版のS15.4.3 110版)には、アルバイトの項ありません。あるときしょうぶ、あるときばらい、アルパカ、アルバム……

なお、この項目は、以下からの流れです。

視聴記録


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 23日 土曜日 15:48:46)

ありがとうございます。『言苑』にはないのですね。

大佛次郎『帰郷』1948は「戦後の世界は……インフレーションから学費や食費の一切があがって,まじめな学生でも,街頭のアルバイトにでる必要にせまられていた」ですね。戦前にはもう(学生によって?)使われていた用法を、戦後の学生が「定着させた」というところでしょうか。

> NHK「プロジェクトX……(2000.06.19)では、

これは2001.06.19の間違いです。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2001年 6月 24日 日曜日 23:11:15)

 『明治大正新語俗語辞典』にアルバイトの項があり、戦後意味が変わったとしていました。飛田良文氏の「現代語彙の概説」『講座日本語の語彙7』を参照せよとしています。


岡島 さんからのコメント
( Date: 2001年 7月 20日 金曜日 23:50:34)

矢崎源九郎『日本の外来語』岩波新書1964.3.21 p115-116

 第二次大戦中には、ドイツは日本との同盟国であった関係から、ドイツ語がかなり幅をきかし、
  アルバイト・ディーンスト(Arbeitdienst)「勤労奉仕」
  (中略)
などは、しばしば人々の口にのぼったものだった。このうち、アルバイト・ディーンストのアルバイトだけは、あとあとまでも生きのこっている。もっとも、アルバイトということばは、すでにずっとそれ以前からも学者の「労作」「研究(成果)」という意味で使われてはいた。しかし、「労働」「就労」として広く使われるようになったのは、戦時下においてであった。
 ところが終戦後、生活が安定しないままに、だれもかれもが本業のほかに、べつの仕事をもしなかればならなかった。これを、アルバイトといったのである。そしてだれいうとなく、いつのまにかアルバイトは、「本業以外の仕事」「内職」の意味にずれてしまった。
 


「耳ぶくろ」戸板康二「日本経済新聞」八月二十二日
『耳ぶくろ '83年版ベスト・エッセイ集』文春文庫1986.10.10

  そういえば、予科三年の夏休みにゝ友人が「八月はアルバイトにゆくんだ、工場に」といった。ぼくは「アルマイトの鍋でも作るのか」と尋ねて、失笑された。
 はずかしかったが、おかげで、学生が働いて金を作るのを、ドイツ語でアルバイトというのだと、その時知った。同時に、昭和九年に、慶応の学生がバイト(とはまだいわなかったろう)をしていたのが、確実にわかるのである。
 
おまけに異色のものを。

歌代勤・清水大吉郎・高橋正夫『地学の語源をさぐる』昭和53.1.10.東京書籍

 アルバイト・百長石・アルビタイト
 副業の意のアルバイトはドイツ語Arbeit(労働・仕事)が日本の学生用語となり、第二次大戦後、一般化したもので、発音・綴りとも全く異なる。
 


岡島 さんからのコメント
( Date: 2001年 7月 20日 金曜日 23:52:27)

上記「夏休みにゝ」は「夏休みに、」です。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2001年 9月 01日 土曜日 20:29:36)

見坊豪紀『〈'60年代〉ことばのくずかご』(ちくまぶっくす48)に日付けの確かな用例があります。

チョウドコノ日(昭和18年10月2日)、築地ノ某会社ニ筆耕ノアルバイトニ赴ク。(「サンデー毎日」63年12月8日号39『学徒出陣20年』に引用の、宇野一「遺書」44年9月ごろ執筆)


posted by 岡島昭浩 at 03:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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