1998年09月06日

最古の字書(ののまる)


9/5付けの読売新聞1面に「最古の辞書」という見出しで、8世紀の木簡の写真と記事が載ってます。
その木簡の冒頭に「熊」の字があり、下に割り注で「[シ于]」と「吾」の2字があります。
これについて,新聞では次のような解説をつけてます。
「熊は古くは「ぐう」とも読まれ,熊の字の下に吾「ぐ」、[シ于]「う」を併記している...」
熊の字音に「ぐう」っていうのがあったとは初めて聞きました。
しかしこれ、[シ于]が右、吾が左に書いてあるので、実際は逆で[シ于]が声母と主母音を(「イウ」という音ならば「イ」の部分)、吾が韻尾のng(「イウ」の「ウ」)を表してるのではないでしょうか?
(無理に読めば「ぐう」のような音も引っ張り出せますが^^;)
発表元の奈良国立文化財研究所がこのようなミス(割り注を左から右の横書きと勘違いした!)を犯したとは、どうしても考えにくいのですが、記者の独断にしては自信たっぷりな書き方ですし...
そもそも文字の読みの備忘みたいなのが書いてあった木簡1本だけで「最古の字書」と騒ぎ立てるのも変なのですが。

他の新聞等ではどう解説してあったのでしょうか?
また正式な研究結果の発表等に触れることは出来るのでしょうか?



Yeemar さんからのコメント

( Date: 1998年 9月 06日 日曜日 13:59:36)


「読売」は私も読みましたが、〈音注の左横書き〉〈うその古代漢字音〉
という二重の誤りを犯しており、まずいです。

「朝日」では「うぐ」とルビを振っていました。
私は、かりに「熊」の古代中国語音をおおざっぱに「iung」とすると、
「シ于」で「ウ=iu」を、「吾」で「グ=ng」を表したと見ました。
「愛宕」の「宕(タゴ)」、「香山」の「香(カグ)」のように、「熊」
も「ウグ」と読んでいいんだろうと思います。



ののまる さんからのコメント

( Date: 1998年 9月 07日 月曜日 14:05:16)


>Yeemar さん
ありがとうございます。
朝日の記事、あとで確認しました。
この「うぐ」の方が、現実をちゃんと示してるでしょう。
私は、当時の発音は朝鮮漢字音の ung に近いもので、
それを「[シ于]」と「吾」の2字で示したのだと思います。
漢字音の語末のngの音は、相当後まで単純な「う」などではなく
鼻音的に発音されていたようですし。



岡島昭浩 さんからのコメント

( Date: 1998年 9月 07日 月曜日 16:23:55)


Yeemarさん。
御自分のページにリンクを貼っておいてくださいな。

中日の記事は、わけが判らずに書いている感じでした。まあもどかしいけど害はない。あ、「汗」という害があった。
読売のような誤解を広める行為はいけませんね。

「吾」の頭子音もngですね。

「字書」というのの定義は難しいですね。原典が有ってその出現順に注釈して行く「音義」も字書の仲間に入れられることがありますから、これも「字書」の一部かもしれません。
あるいは字書の抜き書きは既に字書ではない、ともいえますが、朝日新聞の記事にある研究所の発表、「字書のようなものを書き写した」は、言えるでしょうね。

木簡の読み方(Yeemarさん「今日のひとりごと」980905)



ののまる さんからのコメント

( Date: 1998年 9月 07日 月曜日 19:35:11)


Yeemarさんのサイト、読ませていただきました。
で、「恋」の字の音注の右の字、「累」ではないでしょうか?
「恋」の発音はおおざっぱには luen のはずですし、「累」はやはりおおざっぱに言って lui ですが、
lue に近い発音があったのかもしれませんし、(「祁」を万葉仮名で「け」に使うのとおなじように)
字画も一番近いような気がします。

岡島先生:
>「字書」というのの定義は難しいですね。原典が有ってその出現順に注釈して行く「音義」も字書の仲間に入れられることがありますから、これも「字書」の一部かもしれません。
>あるいは字書の抜き書きは既に字書ではない、ともいえますが、朝日新聞の記事にある研究所の発表、「字書のようなものを書き写した」は、言えるでしょうね。

ご教示ありがとうございます。
朝日の記事はきちんとしてましたね。
それに比べると、読売の記事は、わけわかってない人が知ったかぶりしてるような感じを受けます。
大げさに言えば「万死に値する」です(^^;)。



Yeemar さんからのコメント

( Date: 1998年 9月 08日 火曜日 12:16:06)


私のページでもじつは書いていたのですが、それこそ「わけわかってない
人が知ったかぶり」をして書いているので、リンクをためらったわけで
す(今さら……)。

ののまるさんの言われる「累」は、形としては近いですね。当時の
標準字体がどうだったかなどの検討も必要になってくるでしょう。
私は「隷」「霊」などという憶測を書きましたが、我ながら怪しいです。
報道むけの発表では「未解明」とされましたが、きっといくつかアイデアは
出ているんでしょう。



岡島昭浩 さんからのコメント

( Date: 1998年 10月 12日 月曜日 22:32:14)


 「なぶんけん」はこちら。

なぶんけん



中村威也 さんからのコメント

( Date: 1999年 9月 02日 木曜日 14:18:05)


新聞で読んだのでみなさんの意見を興味深く拝見しました。
漢字の古音については、藤堂明保『学研漢和大字典』に
上古音−中古音−近世(元)音−現代音が出ていて便利です(もちろん推測音)。

それをもとに考えると、皆さんが触れた木簡の「[シ于]」は「汗」だと思われます。
「[シ于]」は「汚」ですが、発音からすると「熊」の最初の子音を表せません。
「汗」ならぴったりです。また、「恋」の音を記した不明字はののまるさんの
「累」が照応します。僕も字形からそう判断しました。

それにしても、新聞報道は当てになりませんね。いろいろ勉強になりました。



ののまる さんからのコメント

( Date: 1999年 9月 02日 木曜日 15:59:36)


研究室に人がいないので、書き込んでばかりいます:)。

音注なのですが、これは多少日本語化した音を、
やはり日本語化した漢字の音でもって書き記したものなので、反切とは根本的に違います。
で「汗」なんですが、反切ならばいいのですが、あいにく後の字が
「吾」で、「熊」の韻母を表すにはまるきり不適当なのです。
「吾」の韻母はo(またはu)、「熊」はiungなので。
中村さんが問題にされたのは「熊」の音がhiung(hは有声音)であることなのでしょうが、
中古音では有声音のhはiの前ではなくなるのが普通なのに、この場合だけ例外的に残っていて、
しかも当時の反切資料では、有声音のhがなくなっている形の方が多いのです。
なので、必ずしも子音にこだわらなくてもいいのです。
音注の場合、「汗吾」ではうまく音を表せません。
なお、[シ于]と「汚」はもと同字とされますが、後者はもと[シ夸]と書いた字で別字との説もあります。
『広韻』によれば発音は違っていたようです。



ののまる さんからのコメント

( Date: 2000年 4月 13日 木曜日 17:32:24)


平川南編『古代日本の文字世界』(大修館)で、例の木簡のことがふれられていますが、
「恋」の音注は「累尓」で「レニ」と読んでます。
また、木簡裏面の「蜚」に「皮伊」という音注がありますが、
これが「ヒイ」か「ハイ」かについての議論が載ってます。


posted by 岡島昭浩 at 04:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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