1999年04月22日

「わかりたい」(Yeemar)


>>ちょっと別の話題に成りますが、その晩ラジオをつけていたのは、第2放送の山口明穂氏を聞き忘れないように、でした。

>>その中で、山口氏は、「わかりたい」と言った後、「知りたい」と付け加えました。
>>なお、来週もこの番組は山口氏です。

ちょっと前の例ですがこのようなものもありました。

 自由な言論、健全なジャーナリズムを実現するためにも、
 宅氏に発言の場を。建前だけの「反権力」を名乗りながら、
 まったく腰くだけの雑誌とSPA!は違いたい


「週刊SPA!」1994.12.07 p.155

また私のページに引いた例ですが「小便が出たくなる」。この
ページに「自分のことには使えるが、他人や、モノについては
使いにくい」とある説明はやや舌足らずです。

私のページも最近「うまくリズムがつかめません」状態であり
ますが、近々の更新を予定していますのでご指導のほどお願い
します。



>>気になることば「分かりたい」(佐藤さん)



Yeemar さんからのコメント

( Date: 1999年 4月 22日 木曜日 11:07:52)


このツリーは「gooで数調べ # [6]」からの分岐です。



岡島昭浩 さんからのコメント

( Date: 1999年 4月 22日 木曜日 17:13:46)


 「おしっこが出たい」という言い方を聞くと、なんとなく江戸っ子だな、という気がしてしまいます。調べたわけではありませんが、なんとなく「私には使えない東京風の言い回し」と思っているのです。

 「小便をたれる」「口をあく」など、自分の体に関することには、「〜を+自動詞(所謂)」を使うことと関係するのか、しないのか。
 「小便を出る」というのが可能なら「小便が出たい」でいいわけですね。どうなんでしょう。



恵美 さんからのコメント

( Date: 1999年 4月 23日 金曜日 23:07:25)


私は、東京育ちですが、「おしっこが出たい」という言い方は、あまりしたことないです(ほっ?)。でも、子供の時に、していたような気がしないでもないです。それから、お母さんが小さい子供に「おしっこ、出たいの?」って言うのは、よくあるような気がするのですが。なんか、こう、せっぱ詰まって、「えっ、出るの?したいの?」が一緒になってしまって、正しい言葉を使うとかいう余裕がない時に???

似たような(?)せっぱ詰まった状況で、思わず「わかりたい!」「見えたい!」「聞こえたい!」と言ってしまって、言い直す、って分かるような気がします。言った後で、すぐ「わかるといいな」「見えたらいいのに」って言い直すような。で、そんな、せっぱ詰まった気持ちを表すのに、変則的な「違いたい」が出てくるとか?

でも、どこかに"We want to be different"の英文がちらつくような気がしないでもないのですが・・・気のせいかなー?聞いた話では、「彼を好きです」と言う人が増えている世の中ですからねー。(私は、これは、中学英語での「主語」「目的語」云々に影響されているのではないかと勝手に思っています。)



森川知史 さんからのコメント

( Date: 1999年 4月 25日 日曜日 22:37:59)


「たい」 は「分かる」のような「一種の可能動詞」(自発性動詞?)にはつきにくいのではないか
というのは論理としてはよく分かる気がします。
でも、私の語感では「分かりたい」には全く違和感がありません。「何とか分かりたいと思うんだけれど、やっぱり分からないな」などと日常的に使っています。
「おしっこが出たい」については、よく耳にする表現だと思います。でも、私は決して使いません。どんな場合でも「おしっこがしたい」としか言いいません。ですから、他人が「おしっこが出たい」と言うのを聞くたびに、違和感を強く感じます。
きっと、こういう表現は、理屈通りにはいかない種類のものなのだと思います。私などは「バスが発車する」にさえ多少の違和感を感じることがあるのですから。「バスを発車させる」ではないか?と。



Yeemar さんからのコメント

( Date: 1999年 4月 26日 月曜日 13:01:44)


「分かる」「(勉強が)できる」「見える」「聞こえる」「ある」
などは金田一春彦氏のいわゆる「状態動詞」で、これと「第四
種動詞」(「聳える」「似る」「ずばぬける」「ありふれる」
「紳士然とする」など)には「たい」が付きにくいように思います。
あとの「継続動詞」「瞬間動詞」には意志性の有無によって付
いたり付かなかったりだと思います。

ただし状態動詞の場合「もっと勉強ができたいんだけど」などと
もし言ったとしても、意味はよく理解できますし、「もっと勉強
ができるようになりたいんだけど」よりも経済です。「分かる
ようになりたい」「見えるようになりたい」に代わって「分かり
たい」「見えたい」が勢力を伸張していくことはあり得ると
思います。

1987年の大河ドラマ「独眼竜政宗」から出た「梵天丸もかく
ありたい」は違和感がありません。「ありたい」は平家・徒然草
にも用例があります。(「家にありたき木は、松・桜」徒然草)

一方、自然現象のような無意志的なものは「たい」がいっそう
付きにくく、「葉が散りたい」「水が流れたい」「山が聳えたい」
「小便が出たい」などは当分勢力を伸ばさないのではないかと
思います。



恵美 さんからのコメント

( Date: 1999年 4月 26日 月曜日 22:22:07)


確かに、可能動詞の類の動詞は、使われにくいと思います。「分かる」「見える」「聞こえる」等は、もともと「人+が」ではなく「対象物+が」を取るという構文的性質を持っています。私の語感では、その構文に一人称の希望「私が…たい」を組み込むためには、「…ようでありたい」「…ようになりたい」とでもするのが順当というか…。

ただ、森川さんがおっしゃるように、「分かる」が「能力を持つ」というよりも単に「理解する」と言う意味の時は、可能かも?
君の気持ちが分かりたいのに、君は、僕に心を開いてくれない。

金田一の第一種動詞、第四種の状態動詞に関しては、次のような例文も考えられます。(「過去」「ている」等の制約はあるかもしれませんが)
ここにずっといたい。
美人の母に似たかったわ。(*似たいわ。) 」
僕は、誰よりもいつも際だっていたい。(*際だちたい。)

結論としては、自然に知覚し、自分の力ではコントロールできないもの(森川さんのおっしゃるように「自発性」ということなのでしょうか)というものは、「・・たい」を取りにくいような気がします。で、その中に、「見える」「わかる」等も入るわけですが…

ピンと来た―>*ピンと来たい
胸にぐっとくる―>?胸にぐっときたい
がっかりする―>?がっかりしたい
イライラする―>?イライラしたい
ムラムラする―>?ムラムラしたい

ただ、比喩的、言葉の遊び的使われ方で、「ムラムラしたい」のような表現は可能なのかもしれませんが・・


posted by 岡島昭浩 at 00:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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