2005年10月17日

差別語問答

【36】
差別語問答
 畠中敏彦
 - 04/5/4(火) 17:48 -
----
「痴呆」の表現を見直すよう、との厚生労働大臣の要請があったとのこと。
でも、このことばは「ボケ」が不適切ということで、使われるようになっていたのでは?



【39】
Re:差別語問答
 booko
 - 04/5/5(水) 11:49 -
----
差別語は、いつになっても追いかけっこですね。

黒人を表すことばも、もとはnegroとかniggerだったのが、
差別語だとされてblackになり、それも差別語だということになって
African Americanと呼ぶべきだ、ということになっているようです。

差別そのものがなくならない限り、呼び方を変えたところで
同じような気がします。
新しいことばが生まれても、使われることによって意味が付加されて
ゆくのですね。



【40】
Re:差別語問答
 畠中敏彦
 - 04/5/5(水) 13:49 -
----
▼bookoさん:
>差別語は、いつになっても追いかけっこですね。


一つのことばで現そうとすると、そうなっちゃうのかもしれません。
結局、「お体が不自由でいらっしゃる」のように“長文”でないと解決しないのかもしれませんね。



【42】
Re:差別語問答
 道浦俊彦
 - 04/5/5(水) 16:35 -
----
▼畠中敏彦さん:
>▼bookoさん:

>>差別語は、いつになっても追いかけっこですね。

>
>一つのことばで現そうとすると、そうなっちゃうのかもしれません。
>結局、「お体が不自由でいらっしゃる」のように“長文”でないと解決しないのかもしれませんね。


そうですねえ・・・。それと「差別をされた」と感じた弱者の立場の発言に対してその時代時代の対応を取っていくというのが、公の場での対応になるのは当然というか仕方がないのではないでしょうか。
マスコミや役所など公の場で、いわゆる「差別語」を使わないようにすることで、深く潜行して俗語の中にだけ残ることももちろんありますが、若い世代などには伝わらずにその言葉は消えていく、ということもあります。また、言葉は残っても当初の差別的なニュアンスはなくなるということもあると思います。
たとえば、タイガースファンを表す「トラキチ」などは、現在「キチ」の持つ意味が薄れているのではないでしょうか。
「トルコ風呂」などは完全に死語になり、この約20年で「トルコ」に対する悪いイメージは払拭されたのではないでしょうか。
そういった例もあるので、一概に「また、差別語の駆除か・・・」とも言えないような。難しい問題ですね。



【50】
Re:差別語問答
 Yeemar
 - 04/5/6(木) 6:23 -
----
このようなメモをとっていますので掲載します。PTSD、ADHDにならって頭文字も一つの手でしょうが、混乱しないためには原語と訳語を覚えなければならないので手間ではあります。「統合失調症」(もとの精神分裂病)はうまい名付けだったと思います。

NHK「暮らしの中のニュース解説」2004.04.28
 「痴呆症」の名前、変えます 解説委員 小宮英美
 厚生労働省が検討を始める 患者の差別につながるから
 85歳以上では4人に1人がかかる病気
 以前から問題 痴呆=「おろかであること」「ぼんやりしてること」
 さまざまな病気(認知障害)の総称
 本人は何もわからなく気楽と思われている
 おろかになったわけではない
 適切な介護をうければ穏やかに生活ができる
 客観的に説明できる名前を 以前から私は「器質性認知障害症候群(Organic Cognitive Disorder Syndrome)」を提案 略称か英語の頭文字をとるのがいいのでは
 厚労省 有識者による検討会議 秋までに決める予定



【52】
Re:差別語問答
 畠中敏彦
 - 04/5/6(木) 18:02 -
----
▼Yeemarさん:
>「統合失調症」、「器質性認知障害症候群」

差別感はたしかに薄れて無難かもしれませんね。
反面、文字からその内容を理解しにくい側面もあります。
あちらを立てれば、こちらが立たずと言うところでしょうか。



【69】
Re:差別語問答
 佐藤
 - 04/5/14(金) 2:10 -
----
>差別そのものがなくならない限り、呼び方を変えたところで
>同じような気がします。


私も若いころはそう思っていました。根本的な解決じゃないじゃないか、と。たしかに、正しい理屈です。ただ、当事者の身になってみると、まず現実を改めることが必要なんですよね。

「目の不自由な方」さらに「視覚障害者」と変えるたびに、当事者の人格は尊重されたように思います。もう少しいえば、新しい呼び名が症状・障害を表すことを指向するため、その分、障害と人格(の評価)とが切り離されるようになった、当事者の人格を障害とコミで評価しないようになった、そんな気がしています。

新しい言い方を使うことは奨励され、在来の言い方に固執していると偏見にまみれた人物との烙印も押されかねない状況にもなってきました。こうなると、自然に人権教育がなされるようなものです。ひょっとしたら数十年かかるかもしれない意識改革を、言葉を変えるだけで確実に進めているのですから、素晴らしいことだと思うのですが、どんなものでしょうか。



【72】
Re:差別語問答
 道浦俊彦
 - 04/5/14(金) 14:28 -
----
言葉(表現)を変えることによって、差別がまったくなくなるケースもあると思います。たとえば・・・
「トルコ風呂」→「ソープランド」。
今では「トルコ」と聞いて性風俗のいかがわしい場所を思い浮かべるのは、ある程度の年配以上の人です。20歳代以下の人では、「トルコ」と聞いて、なぜオヤジがニヤニヤするのか、まったくわからないのではないでしょうか?まあ、その分の連想が「ソープ」に移転したと言うことでは、差別(偏見)がまったくなくなったのではなく、移転しただけだともいえますが、「トルコ」という言葉そのものについていた偏見は払拭されたのではないでしょうか?
そういう意味で、言葉を変えることが持つ重要性はある、と思います。(根本は差別的な意識をなくすことであることを大前提として。)


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/8237892
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。