弁慶の泣き所
岡島昭浩
- 04/9/4(土) 15:11 -
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某所より尋ねられ、気になって調べては見たものの、連絡するのは面倒だというこの私。
そのまま打ち捨てると、忘れてしまい、もったいないので此処に書き付けます。
『日本国語大辞典』では、「すね」を指す用例がありません。私もようやくそれらしいものを見つけましたが、向こうずねであると断定は出来ません。
巨石の乱積された上を伝わる時、浅市ののった巨石が不安定であったのでグラグラとゆるぎ出したため荷を負ったまま巨石の間に倒れて石に足を挾まれた。苦痛の叫びに驚き早速岩をずり動かして引き出すと、幸いに大したこともない。跛足を引きつつ剛気なだけに「弁慶の泣きどころだ」と言いながらついて来る。(大島亮吉『山―随想―』中公文庫による、p16。もと『山 研究と随想』岩波書店、昭五。大正九年七月二十二日の記録)くるぶしやらアキレス腱であるのかもしれません。
なお、『日本国語大辞典』の初版では、方言辞典から、「むこうずね」の意味を引いてきていますが(大分県959・秋田市154)、二版ではこれを削っています。初版の出典一覧がちょっと見当たらないので(二版の番号とは違うようです)、年代がすぐに出せません。
『日本国語大辞典』で目を引くのが、(3)中指の最高関節から先の部分をいう。
これは、〔東京語辞典〕による、というもので、『広辞苑』も4版から、『大辞林』は最初からこの意味を取っているようです。また、柴田武『知っているようで知らない日本語1』(ごま書房 1987)にも、その意味が書いてあります。『日本国語大辞典』では、
(折りまげて力を入れても力がはいらないところからとも、人さし指と薬指とを直立させた間に中指をはさんでこれを第二関節から曲げ、第一関節から先を動かされると痛いところからともいう)としていますが、『東京語辞典』は、こうです。
べんけい・の・なき・どころ〔弁慶泣所〕食指と薬指とを直立せしめたる間に、中指を挿みて、之を中関節より屈して、最高関節より先の所を動かさるゝ時は、弁慶の如き大男の猛者と雖も、屈従せられざるはなし。弁慶も泣くとの意。転じて他人の前に屈従する者をいふ。(『近代庶民生活誌7』による。また『隠語大辞典』にも引用される)
ここでは、中指の最高関節より上を指すのではなく、「弁慶にも泣き所がある」というような意味で書かれています。そうすると、「中指」云々は、別の根拠があるのでしょうか。存疑です。
『日本国語大辞典』の二版で、初版になかったのが、「ぼんのくぼ」を指すという、群馬伊勢崎040。040は「現地採録または報告」ので机上探索はストップ。『日本方言大辞典』でも取られています。
「こめかみ」あたりを指すと思われるのが、二つありました。
横笛を持ち変へて弁慶の泣所といふ頬のあたりをポカツと突かれた。此時弁慶痛いの痛くないのつて炭団のやうな涙を二ツの眼からコロ/\と溢してと、
「百花園」十四巻百三十七号(明治28年)
「橋弁慶」(禽語楼小さんロ演)
『口演速記 明治大正落語集成』(講談社、全7巻)による
おきあがつて、おてんとうさまを見ようとすると、あたまがずきんずきんして、おでこがあつくつて、べんけえ《こめかみ》のなきどころがびくびくして、気もちがわるいから「あたまいたくなつたから、かへるよ。」といふとです。「べんけえ」の横に、傍注として「こめかみ」とあるのですが、「べんけえのなきどころ」に掛かるものでありましょう。
「かにとり(特選)」 東京市向島区第二寺島小学校尋二 田村光雄
(『赤い鳥』昭和十年八月号入選)鈴木三重吉『綴方読本』角川文庫p26、講談社学術文庫p177
『日本方言大辞典』には、「べんけーなかせ」に「ふくらはぎ」「足の親指の毛をひっぱること」まで、あります。ともに静岡県志太郡535。
痛いところならどこでも(どういうことでも)「弁慶の泣き所」になりそうな勢いです。
『日本方言大辞典』の「べんけーなかせ」に広く見られる意味は、植物の「なぎ(梛)」のようです。これが「なぎなた」だったら、すぐに「すね」に結びつくのになぁ、と思って、そういえば、弁慶となぎなたには深い関係があることに思い至ったのでした。(ぎなた)
もちろん、弁慶→なぎなた→すね、というは冗談の「連想する言葉」であります。
【333】
Re:弁慶の泣き所
岡島昭浩
- 04/9/4(土) 18:38 -
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落語の「橋弁慶」というのは、あまり演じられないもののようです。これをいくつか見てみると、「弁慶の泣き所」が違ったりしないか、と思ったのですが。
柴田武『知っているようで知らない日本語1』に、
俗説によると、五条大橋の決闘の折、牛若丸は“弁慶の向こうずね”を執拗に攻めたてたというが、とあるのも、これか、と思ったのですが、講談などの方を当たるべきなのかも知れません。
それから、書き忘れていたこと。『九州方言研究会報告書』(1996)の「九州方言広城調査項目(案)」で、「弁慶のなきどころという言い方を御存じですか。どの部分を指しますか。」という項目がありました。
【334】
Re:弁慶の泣き所
岡島昭浩
- 04/9/4(土) 21:42 -
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三浦竜『ものしり大語源』知的生きかた文庫1996の説明には、最初、首を傾げました。
弁慶の泣き所【べんけいのなきどころ】進退きわまること。衣川の合戦で、弁慶が満身に矢を受け、立ちながら死んだことによる。弁慶にはもう一つ「弁慶の立ち往生」という有名な言葉がある。意味は、弁慶ほどの強者でも蹴られると痛がる「むこうずね」のことである。転じて、唯一の弱点の意にもなった。
読んでいる途中で気付くのですが、なんと、「弁慶の立ち往生」の説明と、「弁慶の泣き所」の説明とが入れ替わっているのです。
それはそうと、これは他の書でも似たような説明なのですが、
・「むこうずね」が転じて弱点の意味になった
というのは、どうなのでしょうかね。単に「泣き所」という場合のことを視野に入れて説明せねばならないと思いますが、どうもすっきりしない気が致します。
【360】
Re:弁慶の泣き所
岡島昭浩
- 04/9/13(月) 11:08 -
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〈「弁慶の泣き所」は、すね以外にもある〉というテーマは、かつてNHKテレビの「日本人の質問」でも出たことがある、という情報を、学生さんから頂きました。
正解は「中指の……」だったようですが、不正解とされたものの中に、こめかみなどが入っていなかったかが気になります。
【362】
Re:弁慶の泣き所
佐藤
- 04/9/13(月) 21:08 -
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▼岡島昭浩さん:
>正解は「中指の……」だったようですが、不正解とされたものの中に、こめかみなどが入っていなかったかが気になります。
書籍版だと公立図書館にありそうだなと思って岐阜県図書館と池田市立図書館で検索したら出て来ました。後者、「日本人の質問」で検索すると6件出て来ます。岐阜のは雄鶏社というのも出て来ました。
http://www.wombat.zaq.ne.jp/ikedatoshokan/
【375】
Re:弁慶の泣き所
岡島昭浩
- 04/9/16(木) 12:37 -
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▼佐藤さん:
>書籍版だと公立図書館にありそうだなと思って
ありがとうございます。
量的に見て、書籍になっているのは一部なのでしょうね。
http://www.ashiya-city-library.jp/sogo/
(阪神広域図書館網 蔵書検索窓集合!)
ここで、見つけましたので、そのうち寄って、眺めてみます。
#このネタ、ボツですかねぇ。
【421】
Re:弁慶の泣き所
岡島昭浩
- 04/10/4(月) 12:26 -
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『日本人の質問』書籍版、2冊だけ見ることが出来ましたが、弁慶は見当たりませんでした。
#洒落的解釈で「弁慶の薙ぎ所」というのを思いつきました。なぎなたで〈なぐ〉所、そこはスネです。バンザーイ。