2005年10月17日

「姨捨山に照る月を見で」と塙保己一

【629】
「姨捨山に照る月を見で」と塙保己一
 岡島昭浩
 - 05/1/3(月) 2:44 -
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目についたことばで書いた、「姨捨山に照る月を見で」の話だが、これが塙保己一に仮託される話が、田中康二氏「板花検校説話の成立と展開」(『論集 説話と説話集』2001)に書かれた。氏は、「目についたことば」を見て、塙保己一としたものは何であるのか、と問い合わせて下さったが、その時は、答えられなかった。

その後、
大町桂月・佐伯常麿『誤用便覧』明治44年。「いさ、いざ」の項の
古歌の
  わが心慰めかねつ更科や姨捨山にてる月を見て
の「て」を塙保己一が、
  わが心慰めかねつ更科や姨捨山にてる月を見で
と「で」に濁って全然反対の意味とし、以てわが心を咏じたといふことは有名な話で、人の知るところである。

三浦圭三『日本文法講話』(昭和7.2.15 啓文社)3-4ページ
濁点の例を今一つ云ふと、盲人で、学者で、名高い塙検校が信州更科地方へ旅行した時、そのあたりには有名な「姥捨山の月」と云ふのがあって古今集歌人は
我心なぐさめかねつ更科や
      姥捨山に照る月を見て
更科の里のあたり、姥捨山に照りわたる月を見て、あはれ遠くもきつるかなと、旅愁一入の感に堪へないとの意。解釈に今一説あるがこれが正しいと思ふ)

と云った。それを検校は盲人のことゝて、最後の「て」を「で」として人に示して
我心なぐさめかねつ更科や
    姥捨山に照る月を見で

成程、盲としての旅のあはれは、よく聞えてゐる。僅かに一語「て」と「で」の相違で目あきと盲との区別がついた訳である。

を、見つけていたが、更に追加。

落合直文『将来の国文』。明治23年に「国民之友」に載せたもので、山本正秀『近代文体形成資料 発生篇』p652-662で見ることが出来る。

塙検校、幕臣某と共に信濃なる姨捨山に至りたる時、某、検校に向ひ、有名なる姨捨山なり、一首詠み給へといふ。検校傍なる人に書かせて出したる歌、
   我心なくさめかねつ更科や
         姨捨山に照る月を見て
こは古今集雜部にのせたる歌なり。意は姨捨山といふ名につきて、あはれを催し、照る月を見ても我心を慰めかぬるよしなり。某、検校に向ひ、我不學なりといヘども、この歌の古歌なることは知り居れり。君の歌こそ望ましけれといふ。檢校答へけるやう、こは予が歌なり。古歌は[見て]の[て]の文字清みたり、我歌は濁れるなりと答へしとかや。一字の助辭全く歌の意に變化を生じ、盲人の述懐となりしなり。いかに歌かつ靈なるものは助辭にあらずや。



この記事へのコメント
神戸大学の田中です。以前は「見て・見で」について、ご教示下さりありがとうございました。Webで検索していたら、この記事を見付けました。またまた新出資料ありとのこと。しかもこれまでで最も古い用例である由。旧稿を改訂する時に参考にさせていただきます。
 もしかしたら、メール等でご連絡いただいていたのかもしれませんが、以前のメール・アドレスが不通になっており、失礼したのかもしれません。
 いずれにしてもありがたいご教示で感謝いたします。ありがとうございました。
Posted by 田中康二 at 2006年04月01日 00:17
田中康二様、有り難うございます。申し訳ないことに、メールでの連絡はサボっておりました。
Posted by 岡島昭浩 at 2006年04月01日 02:44
清宮秀堅(棠陰)『古学小伝 巻三』(明治19.9 玉山堂)11頁にもこの話が見えます。

ただし、同書では、「見て」「見で」ではなく、「〓{目へんに永}めて」「〓{目へんに永}めで」となっています。

なお、同書は、国会図書館の近代デジタルライブラリーhttp://kindai.ndl.go.jp/index.htmlで閲覧できます。
Posted by J at 2006年04月23日 13:00
Jさま、ありがとうございます。コメントしたつもりだったのですが、書き込んでいなかったようです。

http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=40016016&VOL_NUM=00003&KOMA=13&ITYPE=0
ここですね。
Posted by 岡島昭浩 at 2006年04月29日 01:16
小野利教『和歌流式便覧』大正七年
47頁にもありました。
Posted by 岡島昭浩 at 2016年12月14日 11:43
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