2005年10月17日

来沢、来広 # 「来宰」

【719】
来沢、来広 # 「来宰」
 岡島昭浩
 - 05/2/6(日) 14:07 -
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来沢、来広の続きです。

福岡の太宰府で、「来宰」という表示がありました。歴史資料館のようなところでの説明文でした。



【731】
Re:来沢、来広 # 「来水」
 岡島昭浩
 - 05/2/18(金) 17:38 -
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集中講義のために来水されたようだ。


矢須恵由「思い出すままに」(『山本正秀先生追悼文集 言文一致研究に生きる』追悼文集刊行会 昭和57.8.10)p109

水戸に来ること。



【793】
Re:来沢、来広 # 「来松」
 岡島昭浩
 - 05/4/8(金) 3:49 -
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笑福亭鶴瓶『哀しき紙芝居』(新興楽譜出版社 昭和57.8.8)
さて、先月来松された時の、結婚申し込みに付き、お返事いたします。(p184)

愛媛県松山市に、著者が結婚を申し込みに行った後に来た手紙。



【801】
Re:来沢、来広 # 「来仙」
 田島照生
 - 05/4/19(火) 1:36 -
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「来仙」「帰仙」もありました。
以下はいずれも、金子務『アインシュタイン・ショックII』(岩波現代文庫,2005)より。
東北帝国大学で、アインシュタインの来仙を機に、一年間講師として招聘したいという意向のあることが、仙台行きの当日、大きく報道された。(p.36)

この中にはア博士と同じ列車で帰仙し、のちに東大人類学教室の創立教授となる長谷部言人(ことんど)東北大医学部教授もいた。(p.45)

それから熊本でも、「帰熊(きぐま)」が有名です。


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