2005年10月17日

辞書の使用証言(戦前まで)

【414】
辞書の使用証言(戦前まで)
 佐藤
 - 04/9/30(木) 0:15 -
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「私はこういう辞書を使っていた(持っていた)」などという例がありましたらお教えください。あるいは逆に「そんな辞書は知らん!」というのも。その時代その時代で、どんな辞書が人々にどのように受け取られていたかが分かるものなら何でもありがたいです。実体験がいいのですが、それに準ずる自伝的な小説でもよいと思います。たとえば、中野重治からの連想で『梨の花』。なぜか辞書の叙述が長く続くのですが、とりあえずはちょっとだけ。某F氏より御教示いただいた例です。
「……カナザワのジリン、持ってる……」
「僕のは、オオツキのゲンカイさ……」
 いかにも自慢たらしくそれが良平に聞えた。「ジリン」、「ゲンカイ」、それが国語辞書のことなのは良平にもよくわかった。その前に、何やらちょっと口々にいったものがあって、もう忘れたがそのことでそれはわかっていた。そしてたぶん、「オオツキ」、「カナザワ」というのは、辞書をこしらえた人の名だろうということもわかっていた。しかしそんなものは、良平は見たこともない。本の名を聞いたこともない。(略)大人のほうで買って子供にくれたのだったかも知れない。(略)子供の教育ということを、その子供というのは良平の同級生のことなのだが、家のもののほうで考えていてやるといったふうな家庭が、福井の町にはあるのだな……(筑摩書房『中野重治全集』第六巻より)




【415】
Re:辞書の使用証言 大宅壮一
 岡島昭浩
 - 04/10/2(土) 15:31 -
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大宅壮一『青春日記(上)』中公文庫。当時、茨城中学の一年生から二年生。
(大正四年)十月二十七日 水曜日 晴
……帰途虎谷にて先日父に頼みて許を受けし『漢和大辞林』を購い実に嬉し。僕が今迄持てる辞書等とは比較にならず……
十一月三十日 火曜日 晴
……帰途虎谷で銭を払った。今月は『漢和大辞林』を買ったので約二円あった。

『漢和大辞林』は郁文舎のものでしょうか。また、
(大正五年)四月三日 月曜日 晴
……大阪の西村直之助君来る。雑談に時を移す。『作歌新辞典』『日記文練習法』の二書を貸して『新世界』の三・四月号を借る

『作歌新辞典』は、金子薫園のものでしょう。四月三十日に返却記事あり。四月十七日の記事、
 漢文の時間、読本附属字引の不必要より起りて予習の利益、方法を説き、殊に復習の易くて得る所多きを教える。……教室を出づれば寄気君は無言にて我に小さき本を握らせたり。見れば漢文の字引なり。先生の言に感じたるならん。……夜、漢文の復習をなしついでに次の頁を読みしに知らぬ字あり。大字引を引くもじゃまなり。ふと此の時目に映りし寄気君より預りし字引なり。早速手を取らんとせしに思わずはね返りたり。我がこれを使えば寄気君を欺きて盗用せるなり。此に於て我はこれを絶対に開かざるように封せり。




【426】
Re:辞書の使用証言(戦前まで) 林芙美子
 岡島昭浩
 - 04/10/4(月) 21:45 -
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『林芙美子随筆集』岩波文庫から「生活」。昭和十年前後の随筆らしい。

書いていて一番|厭《いや》なのは、あふれるような気持ちでありながら、字引を引いて一字の上に何時までも停滞していることが、一番なさけない。私の字引は、学生自習辞典と云うので、これは、私が四国の高松をうろうろしていた時に七拾五銭で買ったもの、もう、ぼろぼろになってしまっている。何度字引を買っても、結局これが楽なので、字が足りないけれどこれを使っている。(p158)




【438】
Re:辞書の使用証言 青空文庫で"言海"
 佐藤
 - 04/10/5(火) 22:45 -
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9件ありました。こちらから



【441】
Re:辞書の使用証言 言海の不使用
 岡島昭浩
 - 04/10/7(木) 0:31 -
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森鴎外の『鸚鵡石』(参照

楽文館は僕の書く字を直さうとするのだから言海位は開けて見たつて好いではないか。




【442】
Re:辞書の使用証言 "言海"
 岡島昭浩
 - 04/10/7(木) 0:47 -
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直接ではないのですが、メモまで。
丸谷才一『文章読本』中公文庫の「第六章 言葉の綾」から。

北原白秋が暇さへあれば『言海』をのぞいてゐたといふのはよく聞く話だけれど、あれだつて、上代歌謡から『隆達小歌集』『松の葉』まで、よく親しんでゐたからこそ霊験あらたかなことになる。(p130)


白秋が言海を食べたというのは、辞書を食べた人々



【443】
Re:辞書の使用証言 青空文庫で"言海"
 岡島昭浩
 - 04/10/7(木) 0:53 -
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▼佐藤さん:
>9件ありました。こちらから


青空文庫には、漱石の『明暗』もはいっているのですが、なぜかひっかかりません。
筆を擱(お)いた彼女は、もう一遍自分の書いたものを最初から読み直して見た。彼女の手を支配したと同じ気分が、彼女の眼を支配しているので、彼女は訂正や添削(てんさく)の必要をどこにも認めなかった。日頃苦にして、使う時にはきっと言海(げんかい)を引いて見る、うろ覚えの字さえそのままで少しも気にかからなかった。てには違のために意味の通じなくなったところを、二三カ所ちょいちょいと取り繕(つくろ)っただけで、彼女は手紙を巻いた。




【444】
Re:辞書の使用証言 青空文庫で"言海"
 岡島昭浩
 - 04/10/7(木) 0:57 -
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千曲川のスケッチも、ひっかかりませんね。

近所での物識(ものしり)と言われている老農夫である。私はこの人から「言海」のことを聞かれて一寸驚かされた。




【445】
Re:辞書の使用証言 青空文庫で"辞林"
 佐藤
 - 04/10/7(木) 20:26 -
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岡島さん、いろいろ御指摘いただきありがとうこざいます。青空文庫のデータは、パソコン雑誌の付録として収録されることもありますね(最近買ってないので分かりませんが)。それでGREP懸ける方が正確かもしれませんね。

といいつつ、つい便利なのでweb上で。「辞林」は4例のみ。うち2例が太宰。



【476】
Re:辞書の使用証言 青空文庫で"辞林"
 岡島昭浩
 - 04/10/17(日) 20:10 -
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最近、「Namazu による『青空文庫』全文検索システム」というのが、始まりました。そこによれば、
宮本百合子「獄中への手紙 一九三八年(昭和十三年)」に、「広辞林」が見えます。

なお、辞書に「辞林」が入っていないようなので、申請しておきました。



【825】
Re:辞書の使用証言(戦前まで) 辞林
 岡島昭浩
 - 05/5/15(日) 2:28 -
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安藤鶴夫「辞書について」(旺文社文庫『ごぶ・ゆるね』p152)
金沢庄三郎の“辞林”であった。少し、細長い辞書で、その時の表紙の手ざわりさえおぼえている。鬼の首をとったという形容が、そのままぴったりする喜びのようであった。それにその1冊〈ママ〉の辞書を持ったために、わたしは天下の秀才になったような、誇りかな気持ちになった。

(「辞書」昭和39年2月号)


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