2005年10月17日

東雲と曙のニュアンスの違いについて

【903】
東雲と曙のニュアンスの違いについて
 鈴木と申します。
 - 05/6/19(日) 17:35 -
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ご迷惑をおかけしましたのに、最後まで丁寧にご親切にありがとうございました。
ただ未だに返信の仕方が分からず、とうとうツリーの中には入れませんでした。
ごめんなさい。

[管理者追記]
曙と東雲のニュアンスについてに続くべきもの



【905】
Re:東雲と曙のニュアンスの違いについて
 田島照生
 - 05/6/20(月) 3:17 -
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返信が遅くなってしまいました。
すでにご覧になったかもしれませんが、堀井令以知『ことばの由来』(岩波新書,2005)に、「曙としののめ」(p.164-66)という文章が収めてあります。そこで堀井氏は、

夜が明ける少し前のシノノメ、薄明るくなる時分のアケボノとおよそいうことはできても、では、アケボノとシノノメはどのように違うか。これは難しい。まず、今ではこの二つと同じように使われているアカツキ(暁)という語について述べておかなくてはならない。明け方のやや明るくなった時分をあかつきという。奈良時代にはアカトキといった。明時(あかとき)という意味で、夜明け前のまだ薄暗いときである。夜中に続く部分という意識があった。平安時代にはアカツキというようになった。
アカツキの終わりごろがアケボノである。アケボノはアサボラケに先立つ時間をさすといわれる。アサボラケはアケボノよりも、少しばかり明るくなったころといわれるけれども、もちろん明瞭な区分があるわけではない。これらの語に混同が生じて、アカツキもアケボノもシノノメもアサボラケも同じ空が薄明るくなるころ、東の空に少しばかり明るさが感じられるころについて使われるようになった。語の意味と分化と統合の過程を明らかにすることはなかなか骨の折れる仕事である。その語の起源を踏まえた使い分けの痕跡が、どこまで残っているかを見分けなくてはならないからである。(p.164-65)

と書いておられます。ご参考までに。



【906】
Re:東雲と曙のニュアンスの違いについて
 道浦俊彦
 - 05/6/20(月) 17:33 -
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「暁の超特急」と呼ばれた、陸上男子100メートルの吉岡隆徳選手のニックネームについて、読売新聞のコラム「新日本語の現場」で今年の5月12日から14日まで3回取り上げていましたね。
その中の13日の記事には「夜明け」と「暁」はどう違うのかを説明、「暁」は「夜明け」以前の時間帯を指す、とありました。ご参考までに。



【907】
Re:東雲と曙のニュアンスの違いについて
 田島照生
 - 05/6/21(火) 2:58 -
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▼道浦俊彦さん:
>「暁の超特急」と呼ばれた、陸上男子100メートルの吉岡隆徳選手のニックネームについて、読売新聞のコラム「新日本語の現場」で今年の5月12日から14日まで3回取り上げていましたね。


それは存じませんでした。讀賣新聞は読んでいるのですが、ついうっかりしておりました。
今日、図書館の『国語学論説資料』で論文を探しておりますと、たまたま、石田穣二「『あけぼの』と『朝ぼらけ』」という論文を見つけました。第3分冊(1964年度)に載っており、初出誌は『学苑』二九〇-二です。石田氏は、

吉沢義則博士の源語釈泉巻頭に「アカツキ」「シノノメ」「アケボノ」なる論文の置かれてゐる事は広く知られてゐる事柄であらう。その所説は「子刻過ぎて後、朝になるまでが「あかつき」であり、その「あかつき」が明け方に近づきながら、未だ明けやらぬ間が、「しののめ」であり、「あかつき」が明るんできた時が「あけぼの」であり、「あけぼの」過ぎて「朝」がおとづれる。」とされるのに要約されよう。今、論証の経過を省いて私見のみを記せば、「しののめ」は歌語である事いちじるしい。博士の用語を拝借すれば、「あかつき」の語を「分断」したのは、「あけぼの」と「朝ぼらけ」の両語であった。そして「朝ぼらけ」の次に「朝」がおとづれる(ちなみに中古語の散文用語では「あした」と言ふ)。そして歌語「しののめ」に対応する散文用語がもしありとすれば、それは「あけぼの」の語を以てそれにあてるべきであらう。

と書いておられます。その「確実な例証」として、『源氏物語』や『能因歌枕』を引いています。
また、ちょっと話はそれますが、東みづほ「『あけぼの』考」(『学習院大国語国文学会誌 一九』1975)で東氏は、
(1)日本書紀の用例が「あけぼの」存在の確証とはなり得ない。
(2)万葉集に「あけぼの」を詠んだ歌が一首もない。
(3)その他の資料からも「あけぼの」の古い例証を見つけられなかった。
というみっつの理由から、

私は「あけぼの」が平安時代に入ってからの造語であり、少なくとも万葉時代には存在しなかった語であると推論する。

と結論しています。つまり、「あけぼの」という訓は後世になってから附されたもので、『日本書紀』にみえる「味爽」「味旦」「会明」は、当時漢語として使用されており、音読されていたのではないか、という見方です。


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