2005年10月23日

「〜だったと思う」と「〜だと思った」

私が「〜だったと思う」としか言いそうにないところを、「〜だと思った」という言い方をしているものに、時折出会います。
過去のこと(など、「た」で言うところ)について、判断を下しているのは現在、というような場合においてのことです。


どんぴしゃりの用例ではないかもしれませんが、次のようなの。
「ふさ子さん、たしかいまは……」
と、マダムが店の名を告げた。
「その店は、どういうところ」
「よく知らないけど、アルサロみたいなところじゃないかしら」
「その店でも、やはりふさ子という名前だろうか」
「たしか、そうだと思ったわ
(吉行淳之介「探す」(『私の東京物語』文春文庫p206)

これは「過去について」というわけではないけれど、私だったら、「そうだったと思う」というところです。

世代差なのか(私は四〇代なかば)、地域差なのか(私は福岡生まれ)。
あるいは、口頭では言わなくとも、文章ではそう書くものだとして書いているのか、とも思いましたが、関西の人が、「たしか、そうだと思った」と言っているのを聞いて、「今はどう思ってるんだ」と不安に思ったことがあるのを思い出しました。

posted by 岡島昭浩 at 20:40| Comment(8) | TrackBack(0) | 文法一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「確か……と思った」で文章を検索し、青空文庫のものを1例見つけました。岡本かの子(東京生まれ)「東海道五十三次」(1938)です。

(引用)
  木枯しの身は竹斎に似たるかな
 十一月も末だったので主人は東京を出がけに、こんな句を口誦(くちずさ)んだ。それは何ですと私が訊くと
「東海道遍歴体小説の古いものの一つに竹斎物語というのがあるんだよ。竹斎というのは小説の主人公の藪医者の名さ。それを芭蕉が使って吟じたのだな。確か芭蕉だと思った」
(引用終わり)

同じ岡本かの子でも、「柄は紫の矢はづだつたと思ふ。」(縮緬のこころ)のように「だったと思う」も使っています(当然でしょう)。

語や構成要素の順番が、ふつうと変わっていてもなんとなく通じている例としては、「小首を傾げる」(首を少し傾げる)、「コーヒーとか飲んできた」(コーヒーを飲むなどしてきた)などを思いつきますが、その例の1つでしょうか。
Posted by Yeemar at 2005年10月24日 03:09
Yeemar様、早速有り難うございます。

なるほど、
 「首を傾げる」+「少し」
 「コーヒーを飲んできた」+「など」
と同様、
 「……だと思う」+「た」
と見るわけですね。

「思う」だと、何故それが許されやすいのでしょうね。例えば、「思う」ではなく、「ブログだったと言う」と「ブログだと言った」ような言い方は、耳にしたことがないように思います。

いや、これは、「……だと思った」と言える人に、聞いてみなければいけないことですね。


解釈・用例の他に、ここを読んでいる方々自身の、「……だと思った」式の言い方に対する感覚もお教えいただければ幸いです。
Posted by 岡島昭浩 at 2005年10月24日 11:46
「[^た]と思った」では、あまりに多くのものが引掛かりすぎますが、Yeemarさんご教示のように「たしか」を使えば、ある程度絞れますね。

小栗虫太郎「寿命帳」
http://csx.jp/~amizako/ogurijyumyouchou.txt
に、

「なるほど、そうすると丹下さんは、注射器と薬筒をその時どこへ置きましたね」
「さあ、たしかこの辺だと思ったけれども」

というのがありました。
(「ね」で終わる質問 http://kotobakai.seesaa.net/article/8173882.html の用例でもあります)
Posted by 岡島昭浩 at 2005年10月25日 10:51
> なるほど、
>  「首を傾げる」+「少し」
>  「コーヒーを飲んできた」+「など」
> と同様、
>  「……だと思う」+「た」
> と見るわけですね。

「た」が意味的に受けるのはあくまで「……だ」の部分でしょうけれども、その位置するところが、一番分かりやすい「……だ」の直後ではなく、みょうなところ(=文末)に来てしまっているということだろうと思います。

さらに類例(と思われるもの)を挙げれば、係助詞のある種の用法でしょうか。

・わが宿の花橘はいたづらに散りか過ぐらむ見る人無しに(万葉集・旧3779=「散り過ぐ」は意味上「散り」と「過ぐ」には分けがたくなっているが、係助詞「か」が介入している。心は「散り過ぐらむか」と同様)

・「先方に話してはおきますが」「やってはみます」(これらも、「話しておく」「やってみる」に助詞が介入した格好です)
Posted by Yeemar at 2005年11月04日 20:52
・「〜だと思った」
私は結構使っています。Yeemarさんご指摘のように、確かに「語の構成要素が通常と順番が違っても何となく通じる」例の一つでしょう。
ただ、実際に使う立場としては、「自信がないために断定を避ける」効果を狙っている気がします。
つまり、「〜だと思った」と言うことによって、「今の自分」じゃなく「過去の自分」がそう言っているんだという風に、責任を回避できるという期待を持っているわけです。勿論無意識に出る言い方ではありますが。

・「小首を傾げる」
これに類似したケースで、「小腹が減る」があります。これは、腹そのものが小さいわけではない(ちなみに私、腹は大きいくせに「小腹」が減ります)。明らかに、腹が小さく(=少し)減るという意味ですからね。
Posted by 五木武利 at 2006年05月31日 07:53
五木武利さま、使用になってらっしゃる方からの意識の報告、ありがとうございます。
Posted by 岡島昭浩 at 2006年06月06日 10:57
 「あいつは酒ばかり飲んでいる」の「ばかり」もそうですよね。論理的には(ふつうは)「あいつは酒を飲んでばかりいる」ですから。

 英語の only も同じようなクセがありますね。「男は一度に一人の妻しか持てない」は,論理的には A man can have only one wife at a time. でしょうが,よく A man can only have one wife at a time. の語順になりますね。

 「小首を傾げる」「小腹が減る」の類としては「小手をかざす」「大手を振る」「横車を押す」などありますが,私は「粗熱を取る」も仲間ではないかとひそかに思っています。「熱を粗く(=ざっと)取る」という意味なのではないでしょうか? また,「粗熱」ということばは「粗熱を取る」以外に使い道はあるのでしょうか。私は「粗熱を取る」以外で「粗熱」という言葉が使われているのを聞いたことがありません。さらに,私が「粗熱」という言葉を耳にするようになったのはこの10年ぐらいなのですが,昔から存在したでしょうか? ご存じの方,ぜひご教示ください。
Posted by せきぐち at 2006年08月28日 10:35
「粗熱を取る」につきまして、下記に新記事にしてみました。
http://kotobakai.seesaa.net/article/22928600.html
Posted by Yeemar at 2006年08月28日 16:43
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