1997年03月12日

【縮尻(しくじり)】

 井上ひさし『イヌの仇討』(文春文庫1992.4.10)のp83に、「縮尻(しくじ)る」という表記が出てきた。これは初めて見るように思ったが、井上ひさし氏のことであるから、何もなしでいきなりこんな字は使わないであろうと思ったので、まず、杉本つとむ『あて字用例辞典』(雄山閣)を見たが載っていない。次に、『遊字典』(角川文庫1986.8.25、講談社α文庫の増補改題版は買っていない)を見ると(この本も漢字索引が有ればいいのだが)有った。

 十一谷義三郎「仕立屋マリ子の半生」、井伏鱒二「本日休診」にあるとのことである。


 これ以上の用例が無いので推察になるが、「縮尻」は、「縮シク」「尻シリ」という具合に、「しくじり」という連用形(名詞)に宛てられたものであろう。そしてそれを他の活用形にも及ぼしたのであろう。


 「尻シリ」はよいとして、「縮シク」というのはどうなのだ、ということ。
 まずシとシュは(ジとジュも)よく入替わる。子供の頃に「宿題」を「しくだい」と思っていた人は多いだろうし、「手術」なんて「シュジュツ」と発音されることは少ないだろう。逆にもともとジッポンだった「十本」がジュッポンになる。これはジュウに引かれた、ということもあるが、ジとジュが近いからこそ間違えるのだ。
 このことはよく話題にもなるのだが、漢字音のシュク、宿縮粛叔祝蹙……、に関してはもうちょっと厄介なことがある。


 ことば会議室〈「中」の字音〉で書いたことと関係あるのだが、この「宿」等の字は、「育菊畜肉陸」等と同じ韻の字である。「育……」は「イク・キク・チク・ニク・リク」と、iクの形なのに、「宿」等、サ行のものだけ「シュク」となるのだ。

 そこで「これは変だ」と思った江戸の漢字音研究者の中で、これを「シク」と改訂してしまった人もいる。「シュク」の方が訛っている、と思ったのだろう。

posted by 岡島昭浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 目についたことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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