14日の天声人語にもあるように、「自分」を一人称に用いるのは何も軍隊が考え出したわけではない。詳しいことは遠藤好英氏「自分」(『講座日本語の語彙』明治書院)に譲るとして、ここでは二人称の「自分」について書く。
所謂「再帰代名詞」の類が二人称に転ずることは「おのれ」のようにあることで、「自分」が二人称として使われるのも、充分ありうることである。これは現在は主に関西で使われることが知られている言葉で、杉浦勝氏「自分」(『日本語学』1993-6「特集/近・現代語の語源」)で考証している(杉浦氏の「杉」、JIS補助漢字3501の[木久])。
以前、杉浦氏と話したときに、九州でも二人称で使うところがあったと思うが、と言ったのだが、「九州は一人称の筈」と聞いてくれなかった。私もその時はきちんとした情報を持っていなかったので反論できなかったのだが、今年の三月末に九州での研究会に参加した際に文証を得た。
熊日新聞1996.4.1の「新生面」(天声人語に当る)に次の様にある。
「ジンな、どっから来たつや」。三十数年前、県外から熊本市内の中学校に転校してきた筆者は、熊本弁で相手を「ジブン」とか「ジン」と呼ぶのに大層驚いた。
《その後、杉浦氏にお会いしたところ、杉浦氏も別ルートで熊本での使用をご存じであった。御仁ゴジンのジンが先に有って、それを語源俗解して「ジブン」とした可能性もあるとのお考えであった。》
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