1996年08月22日

【コンビニのコの字も無い】

 昨日も触れた新野直哉氏「十年早い・何が悲しくて」(『日本語学』1993-6「特集/近・現代語の語源」)であるが、その注として、國廣哲彌氏(講談社現代新書『日本語誤用・慣用小辞典』の著者)のいう「枠組慣用句」の一例として、この
「AのBの字もない」〈Aの存在の全面否定〉(Aは単語、BはAの最初の音節
をあげる。

 ここで「最初の文字」でなく「最初の音節」としたのは、さすが新野氏である。新野氏はその証拠を挙げてはおられないが、

ティラミスのティの字も聞かん

という言い方を、1993.9の「逸見のその時何が」というテレビ番組の最終回で、上岡龍太郎がしていた事を記しておきたい。但し、より用心深く言うならば「音節」よりも「拍」か。「音節」であれば「コンビニのコンの字も」と解される恐れがあるから。
 こういった枠組みの慣用句は確かに辞書に載せにくいし、電子データがあっても用例は捜しにくい。私も手元にこれ以上の用例は無い。



 これと似た言い方というべきなのか、限定されない使い方、というべきなのかは難しいが、「AのB」〈Aのごく一部〉(Aは単語、BはAの最初のn音節(n=>1))というのがある。こちらの方が古いかもしれない。分かりやすい例を示せば、

エロキューションの「エ」程度の考慮(『国語文化講座』4(昭和16)p299)
というのがある。やや古めの用例としては、小栗風葉『青春』(明治38)の「統一のト」というのがある。
posted by 岡島昭浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 目についたことば | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。