2005年10月17日

近喫という言葉

【541】
近喫という言葉
 Pote
 - 04/11/18(木) 19:31 -
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いつも拝見しております。
今回、気になったことを質問させてください。

表題の「近喫(きんきつ)」という言葉なのですが、私は
ごく普通に使っていました。
「この懸案は、近喫の対処が必要だ。」の様な使い方です。
意味は、「可及的速やかに」の様なものでしょうか。

ところが、最近「そんな言葉は無い。」と指摘され、調べてみると
確かに辞書にも無く、Googleで調べても「参議院の議事録」に
1件あるだけでした。

いったい、私はこの言葉をどこで覚えたのでしょう?

識者の皆様のご意見をお聞かせください。



【542】
Re:近喫という言葉
 岡島昭浩
 - 04/11/18(木) 20:01 -
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「喫近」からの連想ではないでしょうか



【543】
Re:近喫という言葉
 岡島昭浩
 - 04/11/18(木) 22:55 -
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▼岡島昭浩さん:
>「喫近」からの連想ではないでしょうか


#最近、モバイルで書き込める機種を手に入れたので、嬉しくなってバスの中から書き込んでしまいました。

厳密に書くならば、「喫緊」が「喫近」と書かれることも多いのですが、それから類推したものではないかと。

「緊喫」はあるのか、というとgoogleではいくつかあるようです。



【545】
Re:近喫という言葉
 Pote
 - 04/11/19(金) 9:59 -
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ありがとうございます。

「喫緊」かあ・・
お恥ずかしい次第です。
「きつきん」ではなく「きっきん」なんですね。
いつのまにか逆に覚えてしまったのですね。

今後、気をつけることにします。



【547】
Re:近喫という言葉
 Yeemar
 - 04/11/19(金) 20:58 -
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▼Poteさん:
>ところが、最近「そんな言葉は無い。」と指摘され、調べてみると
>確かに辞書にも無く、Googleで調べても「参議院の議事録」に
>1件あるだけでした。


第109回国会 農林水産委員会 第2号(昭和六十二年七月三十日)ですね。
○政府委員(佐竹五六君)〔略〕私どもとしては目下当面近喫の課題からまた片づけていくということで現在北海道沖韓国トロール船、それから山陰、それから九州周辺のトロールまき網それからアナゴかご漁業を対象に取り上げているわけでございますが、
これは、OCRの読み取りの誤りでなければ堂々たる用例(言い誤りにせよ)ですね。

そのほか、国会会議録検索システムによれば全部で8件出てきます。昭和50, 52, 54, 59, 60, 61, 62, 平成2年です。なかなか少なくないとおもしろく思いましたが、実例を見ると「最近喫煙……」などとあって、偶然の近接であることがわかりました。




させていただく#

【413】
させていただく#
 岡島昭浩
 - 04/9/29(水) 23:34 -
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「させていただきの連呼」の、一部を受けるものです。

岩淵悦太郎『日本語対談』筑摩書房S53.5.25の中野重治との対談に記事がありました。
岩淵 わたしの経験では、わたしは昭和十三年に大阪高等学校の教師になって赴任したんです。東京では「本日休業」という素気ない看板が出てたのに、大阪へ行きますと「本日休ませていただきます」という看板が出ているんです。(中略)関西弁的な言い方がだんだん広がったんでしょうか、丁寧に言おうという気持ちなんでしょうか。


なお、余談ですが、中野重治は、松尾捨治郎に国文法を習ったとのこと。福井中学ですね。



【416】
Re:させていただく#
 道浦俊彦
 - 04/10/2(土) 17:39 -
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池田弥三郎の著述にも同じような記述があったような気がしますが・・・。



【417】
Re:させていただく#
 岡島昭浩
 - 04/10/2(土) 17:48 -
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▼道浦俊彦さん:
>池田弥三郎の著述にも同じような記述があったような気がしますが・・・。


『東京ことば』(読売新聞社会部 読売新聞社 1988.6.20)によれば、池田弥三郎『銀座十二章』に、「させていただきます」についての言及があるようなのですが、未確認です。
参照



【418】
Re:させていただく#
 道浦俊彦
 - 04/10/2(土) 19:42 -
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家に帰ったら『東京ことば』確認してみます。ほかに外山滋比古さんか誰かも書いていたような気がしてきました・・・。



【527】
Re:させていただく#
 岡島昭浩
 - 04/11/3(水) 22:32 -
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池田弥三郎『銀座十二章』(旺文社文庫 1980.9.30)を、本日入手。そのp38。
『荷風日記』の昭和九年七月二十一日の記事に、「銀座所見」として、
喫茶店テラスコロンバン。店頭板がこいにはりたる紙に「閉店させて頂きます云々」とあり。
とある。これは「させていただく」という変なことば遣いの流行の例として荷風氏は書き記したのだが、(中略)ちなみに、「休ませていただきます」は、店主が妙に客にこびた言い方でいや味だが、も一つこれに理由を加えて「店員慰労のため」と付け加えることが、銀座の店々でもはやりだした。
とありました。昭和39年に『文芸朝日』に連載されたものとのこと。



【535】
Re:させていただく#
 岡島昭浩
 - 04/11/7(日) 0:00 -
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中山二郎「言語についての戦争後遺症」『正論』平成8.4(p261-267)に、
下級者が上官又は先任者に許可を求めるときには、「○○○してよろしいでありますか」とぎごちなく言うか、上官が許可するに相違ないと思う時には「○○させて頂きます」と言った。(中略)復員軍人の多くが、この言い方を世の中一般に持ち込み、盛に使ったから、軍隊経験のない人々に伝染して、大流行するに至った。

さらに司馬遼太郎の『街道を行く』を引用。


私の「一万円から」 #

【532】
私の「一万円から」 #
 Yeemar
 - 04/11/5(金) 12:06 -
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私の「一万円から」
の続きです。

「朝日新聞」夕刊 2003.02.07 p.8「三枝の笑ウインドウ」〔桂三枝〕に、落語家による「から」の解釈が紹介されています。
 私の弟子の三象は辞典、辞書と言われるたぐいのものを100冊以上持つ言葉の研究家でして、学者のような落語家の彼を一風変わっていると言う人も多いのですが、私は彼の孤高の生き方を尊敬すらしています。
 ある時、電話で彼に尋ねました。
 「コンビニでお金を渡した時、『千円からお預かりします』と言う千円からの【から】の使い方が気にいらんのやけどな。あれはどう考えても『千円をお預かりします』と違うか?」
 「それはコンビニのレジでお金を受け取った人が、その店のオーナーか、パートのバイトかによりますね」
 「どういうことや?」
 「もし、800円の物を買ったとします。バイトなら正式には『千円から私が800円お預かり致しまして、200円おつりをお返しします』と言うべきで、800円が抜けています。店のオーナーですと、その800円は自分のお金ですから『千円からお預かりします』と、この【から】の格助詞は付けても間違いではありません」
アルバイト員が「〜からお預かり」を使うのは「千円から私が800円お預かりする」の省略である、という説明は分かります。旧会議室でも天野修治さん道浦俊彦さんがご指摘になっています。「千円から800円を引く」というときの「から」と同じでしょう。

一方、受け取り手がオーナーだった場合の説明ですが、これは何のことかさっぱりわかりません。説明になっていないのでは?



【533】
Re:私の「一万円から」 #
 Yeemar
 - 04/11/5(金) 12:25 -
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旧会議室で、ロイヤルホストが「バイト敬語」を見直そうとしているという動きを報じた日経新聞記事についてメモしましたが、「朝日新聞」夕刊(西部版)2003.06.17 p.9に「この敬語のほう、禁止になります ロイヤルホスト」というくわしい記事が出ています。日経新聞(5月24日)よりは遅れます。中に
 ■ロイヤルの5大禁止語
 (1)「こちらコーヒーになります」
 →「お待たせしました。コーヒーでございます」
 (2)「1000円からお預かりします」
 →「1000円、お預かりします」
 (3)「おタバコのほう、お吸いになられますか」
 →「禁煙・喫煙どちらのお席がよろしいですか」
 (4)「佐藤様でございますね」
 →「佐藤様でいらっしゃいますね」
 (5)「以上でよろしかったでしょうか」
 →「コーヒーと紅茶でよろしゅうございますか」
というのが出ています。これも日経新聞の報道とはやや異なります。

「よろしゅうございますか」は奥ゆかしいことばですが、ファミリーレストラン等で耳にしたことはありません(最近しばらく行かないので、いまはどうか知りません)。

銀座4丁目の「和光」(高級時計店)を、高級でない品物のことで訪ねた折(2004.11.01)、店員さんが「お待ちいただいてよろしゅうございますか」と言ったので、「よろしゅうございますか」はなかなか言えないことば、さすがは「和光」だと思いました。



【534】
Re:私の「一万円から」 #
 Yeemar
 - 04/11/5(金) 12:27 -
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> 店員さんが「お待ちいただいてよろしゅうございますか」と言ったので、


その店員さんは若い女性でした。


日本語アンケート

【509】
日本語アンケート
 Yeemar
 - 04/10/28(木) 9:42 -
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JUSTSYSTEMが「変わりゆく日本語の実態調査」というのを実施しているのですね。
 https://www.justsystem.co.jp/atok/nihongo2/
おそらくずいぶん大規模調査になることと思います。どんな結果が出るか楽しみです。

設問の中で興味深かったのは、
(a)(ある文章の表題として)シカゴの科学産業博物館がとんでもなかった!
(b)(日記の文章で)まぁ セミナー終わったあとのあの雨のすごさは・・・・食べる予定だった焼肉屋までいくのにとんでもなかったです。
というふうに使われる「とんでもなかった」という言い方が自然かどうかというものでした。私はこういう言い方を知りませんでした。(b)に至ってはにわかには意味が分かりませんでした。



【515】
Re:日本語アンケート
 畠中敏彦
 - 04/10/29(金) 8:07 -
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▼Yeemarさん:
>「とんでもなかった」という言い方が自然かどうかというものでした。私はこういう言い方を知りませんでした。


僕も早速、回答してみました。
「とんでもなかった」は、僕もYeemarさん同様、まず使いませんね。
前後関係から、何となく意味は理解できますが。


だじゃれ #

【514】
だじゃれ #
 Yeemar
 - 04/10/29(金) 2:28 -
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だじゃれ
の続きです。
米長 ぼくの母親は、八十八で亡くなったから天寿を全うしたと言うべきかな、八月の十日頃に入院したんだが、腹水がたまって、もう家には戻れないだろう、ということになった。
 母は毎年、お盆の時期にはナスビやスイカや曼荼羅{まんだら}をお供えしていたけれども、その年のお盆はそれもかなわないだろう。
 ぼくは説明を受けて、「腹(覆)水盆に帰(返)らずというのはこのことでしょうか」と担当の先生に聞いた。先生は大いに驚いていたけれど。
(内藤國雄・米長邦雄『勝負師』朝日選書2004 p.208)
ちょっとブラックジョークですが。


もじり、パロディ

【500】
もじり、パロディ
 Yeemar
 - 04/10/25(月) 11:21 -
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宮本輝『葡萄と郷愁』はまじめな小説ですが、こんな一節があります。
 アーギは、一九〇七年に出版されたアディ・エンドレの「血と金」という詩集におさめられているその詩を諳{そらん}じることが出来た。

 海辺、たそがれ、ホテルの小部屋。
 あの人は行ってしまった。
 もう逢{あ}うことはない。
 あの人は行ってしまった。
 もう逢うことはない。(文春文庫p.179)
これはどう見ても山口洋子作詞「よこはま・たそがれ」であり、まじめな小説の中に流行歌を取り入れたパロディが入っているように見えます。私はここで笑ったのです。

ところが、調べてみると話はあべこべで、この詩人は実在するようです(Ady Endre, 1877-1919)。山口洋子さんのほうが(穏当に言えば)パスティーシュを行っていたわけ。

この話は「有名」であるようで、無粋独言7(2002.8.14)では「パクリそのものである」と断罪しています。

「葡萄と郷愁」はこの続きがあり、
「自分でも、よく真似{まね}をして作ってたよ。いろんな単語を並べてね。たとえば、この単語だったら、『あの夜、仮面、幸福の庭。あの人は行ってしまった。もう逢うことはない。あの人は行ってしまった。もう逢うことはない』。そんなふうになるんだ。〔……〕」
この詩が実際にいろんな模作を生んだのか(つまりこの詩は「根岸の里のわび住まい」みたいなものか)、それとも、宮本輝氏が日本の歌謡曲を暗に批判したのか(これは深読みですね)。



【501】
Re:もじり、パロディ
 田島照生
 - 04/10/26(火) 1:27 -
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私を見捨てて他に花が
咲くと思うか義理知らず
たとえ他に花咲いたとて
私の怨みで皆殺し サノヨイヨイ
(以下省略)

はじめ見たとき、梶芽衣子の『怨み節』を想起してしまいました。ご存じかもしれませんが、これは「田川三井炭坑・撰炭節」という歌で、「月が出た出た」でお馴染みの「炭坑節」のもと歌なのだそうです。
つい最近、新藤謙『流れ者歌謡考』(ブロンズ社,1971)を読んではじめて知りました。むしろ、もと歌のほうがパロディの様に感じられます。

また、以下のようなパロディがあります。これは以前、どこかで聞いたか読んだかしたことがある筈なのですが、有名なパロディだったのでしょうか。

「『教育勅語』は『朕惟フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ』と始まるのだが、中学生ともなると、『ちんおもうに、われこそこそと、くじりはじめることのうえんに』などという替え文句を上級生から教わって、その方も暗誦していたのである。きびしければきびしいだけ、その反動も大きい。きびしさの裏にはまた、逃げ道もあったのである。」(駒田信二『漢字読み書きばなし』文春文庫1994,p.12)



【503】
Re:もじり、パロディ
 岡島昭浩
 - 04/10/26(火) 23:42 -
----
本歌どりでも、石原裕次郎の方を先に知ったら、そうなるのかとも思います。

それから、先ほど検索して謎が解けかかっているのですが、五木寛之の『青春の門』に、「流れ流れてさすらう旅は 今日は函館明日は釧路」というのが出てきて、これは「旅の終わりに」ではないかと思ったことがありました。作詞者名は五木寛之ではない。

誰となく歌われていたものが、五木寛之によって書きとめられもし、歌謡曲にもなったのだろうか、と思っていたのですが、作詞者名は違う(立原岬)ものの、これはやはり五木寛之の作詞によるものらしいですね。『旅の終わりに』という小説があるのでした。



【504】
Re:もじり、パロディ
 KS
 - 04/10/27(水) 10:22 -
----
▼岡島昭浩さん:
>それから、先ほど検索して謎が解けかかっているのですが、五木寛之の『青春の門』に、「流れ流れてさすらう旅は 今日は函館明日は釧路」というのが出てきて、これは「旅の終わりに」ではないかと思ったことがありました。作詞者名は五木寛之ではない。
>これはやはり五木寛之の作詞によるものらしいですね。『旅の終わりに』という小説があるのでした。


 「艶歌」と言う短編小説をTVドラマ化したときの挿入歌(小説の中では主人公「演歌の城?」が作ったヒット曲)だったと思います。記憶が定かではありませんが、ドラマの中の歌詞はチョッと違ったような気がしますが…。



【507】
Re:もじり、パロディ
 Yeemar
 - 04/10/28(木) 2:16 -
----
▼岡島昭浩さん:
>それから、先ほど検索して謎が解けかかっているのですが、五木寛之の『青春の門』に、「流れ流れてさすらう旅は 今日は函館明日は釧路」というのが出てきて、これは「旅の終わりに」ではないかと思ったことがありました。作詞者名は五木寛之ではない。


「旅の終わりに」は知りませんが、よく似た「流浪の旅」(後藤紫雲作詞、大正時代の歌)は知っています。
流れ流れて 落ち行く先は
北はシベリア 南はジャバよ
というものですが、「旅の終わりに」は「流浪の旅」の替え歌とか、パスティーシュという位置づけなのでしょうか?


「ね」で終わる質問 #

【506】
「ね」で終わる質問 #
 Yeemar
 - 04/10/27(水) 17:48 -
----
「ね」で終わる質問
の続きです。

「なんですか」(詰問)の意で「なんですねぇ」という言い方の例です。
「まあ、なんですね、その格好は、……今しがたまでいじめて居たと思えばもうこれだ、まるで駄々っ子だよ」
 吉原つなぎの浴衣{ゆかた}を思いきり抜衣紋{ぬきえもん}に着た内儀のお幸が冷麦{ひやむぎ}の丼{どんぶり}を盆に載せて入って来た。
(富田常雄『姿三四郎 天の巻』〔1964年発表〕講談社 大衆文学館 1996.04.20一刷 p.30)
もう1つ
殊に僕の此の直覚を助けたものは、其の時のお富美さんの態度でした。〔……〕さうしてだゞツ{ヽヽヽ}児を叱りつけるやうな調子で、
何ですねえあなた、宇之さんの方で駄目だと云ふものを、そんな無理を云つたつて仕様がないぢやありませんか。〔……〕」
(谷崎潤一郎「富美子の足」〔1919年発表〕『谷崎潤一郎全集 第六巻』中央公論社 1981 p.374)



人間

【477】
人間
 道浦俊彦
 - 04/10/19(火) 21:06 -
----
中国語では「世の中、世間」という意味ですが、日本語では「人」の意味で「ニンゲン」ですね。「ジンカン」と読むと「世の中、世間」の意味か。「人間」が「ヒト」の意味で使われ始めたのはいつ頃からで、その起源はどう言うことなのでしょうか?ちなみに復刻版『言海』で「人間」を引いたら、「世の中」の意味が最初にあり、3番目に「俗に誤ってヒト」というふうに書いてありましたが。



【478】
Re:人間
 佐藤
 - 04/10/20(水) 10:46 -
----
▼道浦俊彦さん:
>「人間」が「ヒト」の意味で使われ始めたのはいつ頃からで、その起源はどう言うことなのでしょうか?


人口に膾炙した「人間五十年、下天の内を比ぶれば」(幸若『敦盛』)からだとなると話は早そうですが、果たして。これも元々は仏教的なもので「人の世」などの意味ですね。
http://www.jicpa.or.jp/coffee_break/20040506index.html



【480】
Re:人間
 道浦俊彦
 - 04/10/21(木) 8:14 -
----
水平社宣言「人の世に熱あれ、人間に光あれ」の「人間」は「人」の意味ですよね?大賞11年、1922年です。



【481】
Re:人間
 岡島昭浩
 - 04/10/21(木) 11:33 -
----
これについて、私が興味があるのは、〈「世の中、世間」の意味ではニンゲンと読むのは間違いでジンカンと読むべきである〉というような、言葉とがめが、いつごろからあるか、ということです。

いや、違いますね。いつごろから、ニンゲンがヒューマン、ジンカンが人生・世間というような使い分けが生じたか、というところですが、その一環として、言葉とがめの存在を知りたいわけです。



【483】
Re:人間
 豊島正之
 - 04/10/21(木) 19:18 -
----
(旧)日本古典文学大系「今昔物語集(一)」(岩波書店)補注128(p.430)に、関連記事があります。尚、この本は何回も増補されているので、図書館などに収められている初刷の本には、この注が無いかも知れません。



【486】
Re:人間
 Yeemar
 - 04/10/22(金) 5:13 -
----
▼豊島正之さん:
>(旧)日本古典文学大系「今昔物語集(一)」(岩波書店)補注128(p.430)に、関連記事があります。


補注の見出し語をピックアップしてすぐ検索できるようにしなければ、と感じました。

昭和40年の3刷によれば、「今昔物語集」(12世紀ごろか)の巻五第三に「天人ハ目不瞬カズ、人間ハ目瞬ク」とあることから、このころすでに「天人」の対語として「人間」(ヒューマン)の意味で使われたのではないか、というようなことが書いてあります。『日本国語大辞典』第2版も、この例を「ヒューマン」の意の初出と扱っています。初版では「好色一代男」の例が初出あつかいですから、ずいぶんさかのぼったものです。

「人間到る処青山在り」は、いつだったかNHK「クイズ日本人の質問」で取り上げられ、古舘伊知郎さんが「じんかん(が正しいと世上言われるが)、これは、にんげんと読んでもいいんです」と言っていたのを覚えています。メモは取っていません。

『言葉に関する問答集』では〈「人間、到ル処、青山在リ」の「人間」は、「ニンゲン」か「ジンカン」か〉という問があります。これについて縷々述べた後、〈……このような事情から考えると、元の詩については、「人間」を「ジンカン」と読むことによって誤解を防ぐ方が好ましい読み方だとも言えるのである。ただし、すでに「人間」を「ニンゲン」と読んで「ひと」と解釈し、Aの意味〔人間はどこでも墓所の地とすることができる〕でことわざのように広がっている現状を誤りとするには及ばない〉とあります。

この項の初出は1991年ですから、ことばとがめの記録としては新しいですね。



【498】
Re:人間
 佐藤
 - 04/10/24(日) 22:57 -
----
▼豊島正之さん:
>(旧)日本古典文学大系「今昔物語集(一)」(岩波書店)補注128(p.430)に、関連記事があります。


高島俊男『お言葉ですが……』に反論があるようですが、まだ実見していません。Googleで検索するとその説を紹介したページがヒットするのですが、キャッシュのみ。


政治家と日本語 #

【495】
政治家と日本語 #
 岡島昭浩
 - 04/10/24(日) 12:12 -
----
政治家と日本語の後を受け継ぐスレッドが立っていなかったので、なにか新たに立てるべきか、はたまた別話題で(誤解を避ける言い方?)書くか、迷ったのですが、「政治家と日本語」にしました。日本語の問題ではなく、認識の問題なのですが。

昨夜、1900すぎ、防災担当大臣の会見を聞いて、耳を疑いました。耳を疑ったままで、まだ確認出来ていなくて、私の誤解かもしれないのですが、書き付けます。
記者 人的災害は?
大臣 怪我人はない、という情報が入っています。
記者 土砂崩れで生き埋め、という報もありますが……
大臣 現在、調査中(あるいは情報収集中)です。
「〈ないという情報〉がある」ということを発言する意図は何なのでしょうか。〈ないという情報〉が山ほど有っても、〈あるという情報〉が到来すれば消え去ってしまうものだ(デマでなければ)、という認識が、「防災担当」大臣にない、というのは恐ろしいことです。

私の誤解であることを切に祈ります。

いずれ、大臣記者会見要旨に載るでしょうか。多分、「情報収集中」という風にしか載らないでしょうね。


特殊な音

【494】
特殊な音
 Yeemar
 - 04/10/24(日) 10:20 -
----
漢字のよみで、あまりきかない音と思われるものに時々行き当たります。なぜそう読むのか分からないこともあります。

以下のうち「十百」は湯桶読でしょうから、ここに入れるのはふさわしくないかもしれませんが、「じっぴゃく」との混淆のようにも思います。「校」を「めん」と読むのは音とは思われないので訓でしょうか。「越」を「つう」と読むのは「えつ」の変化でしょうか。「立」が「るい」になるのは宋音に基くものと思いますが、類例は少ないのではないでしょうか。

●十百
『談林十百韻』(だんりんとっぴゃくいん)〔田代松意編の俳書、1675年跋〕

●校條
サンフランシスコのシェラトン・パレス・ホテルで校條浩{めんじょうひろし}さんと朝食を共にした後、校條さんの運転する車で一緒に飛行場に向かった。(「週刊朝日」2000.04.07 p.48)

●毛越寺
空気枕をたずさえて東北新幹線に乗った。めざすは平泉の中尊寺と毛越寺{もうつうじ}である。〔五木寛之・みみずくの夜{ヨル}メール98〕(「朝日新聞」2004.06.28 p.21)

●るいよう 立用
大坂堂島の帳合米の取引〔=先物取引?〕で、火縄が消失し、火縄値段が決定しない場合、前日の火縄値段で解け合うこと。〔稲の穂(大阪市史五)〕(『日本国語大辞典』)



南野法相

【489】
南野法相
 道浦俊彦
 - 04/10/22(金) 18:20 -
----
「南野」と書いて「のおの」と読み、表記するとのことですが、「のうの」ではないのでしょうか?そもそもどうして「南野」が「のおの」なのでしょうか?



【490】
Re:南野法相
 岡島
 - 04/10/22(金) 18:59 -
----
▼道浦俊彦さん:
>「南野」と書いて「のおの」と読み、表記するとのことですが、「のうの」ではないのでしょうか?


「扇おおぎ」と共通する問題ですね。


>そもそもどうして「南野」が「のおの」なのでしょうか?


「なみの」→「なうの」→「のうの」
でしょうね。



【491】
Re:南野法相
 道浦俊彦
 - 04/10/22(金) 20:02 -
----
そうですそうです、扇(おおぎ・おうぎ)千影・元大臣と共通する問題です。
みなみの→なみの→なうの→のうの→のおの
ですか。
「のうの」はローマ字で「NOUNO」ですが、「のおの」は「NOONO」で「ぬうの」みたいになってしまいます。。。。



【492】
Re:南野法相
 岡島昭浩
 - 04/10/23(土) 0:08 -
----
▼道浦俊彦さん:

>みなみの→なみの→なうの→のうの→のおの
>ですか。


 なんの→なうの
かもしれません。

 なうの→のうの→のおの
という順番は付けられず、
 なうの→のーの(のうの・のおの)
ですね。

>「のうの」はローマ字で「NOUNO」ですが、「のおの」は「NOONO」で「ぬうの」みたいになってしまいます。。。。


ローマ字だったら、「のうの」でも「のおの」でも、「NO^NO」でしょう。


あがってナンボ

【482】
あがってナンボ
 KS
 - 04/10/21(木) 15:39 -
----
 表題の言葉は、大宅映子さんのゴルフエッセーの一文で、ゴルフの箴言中の至言としてあげておられる言葉です。
 ナンボ というのは関西弁ですが方言が書き言葉として認知された数少ない例でしょうか?。(標準語で「あがってイクラ」では通じないのでしょうか。)
 方言が書き言葉(文章)になる例は、名詞の場合を除いて少ないように思います。方言と言うのはそもそも話し言葉なんでしょうか…。それとも、単に書き言葉になじまないだけでしょうか。



【484】
Re:あがってナンボ
 岡島
 - 04/10/21(木) 23:24 -
----
▼KSさん:
> ナンボ というのは関西弁ですが方言が書き言葉として認知された数少ない例でしょうか?。(標準語で「あがってイクラ」では通じないのでしょうか。)



この場合、「〜(し)てナンボ」という慣用句が取り入れられたのでしょうから、「〜てイクラ」では、なじまないのではないでしょうか。


> 方言が書き言葉(文章)になる例は、名詞の場合を除いて少ないように思います。方言と言うのはそもそも話し言葉なんでしょうか…。それとも、単に書き言葉になじまないだけでしょうか。


東京でも、明治の頃に言文一致に苦労したわけですが、他地方の言葉は、文章にするのになじんでいないものと思われます。



【487】
Re:あがってナンボ
 道浦俊彦
 - 04/10/22(金) 5:14 -
----
元は麻雀用語では?



【488】
Re:あがってナンボ
 KS
 - 04/10/22(金) 9:24 -
----
▼道浦俊彦さん:
>元は麻雀用語では?


そう云えば、言ってましたね。「…満貫やったのに…」「上がってナンボ。はよ千点出せよ!」


誤写の推定

【450】
誤写の推定
 岡島昭浩
 - 04/10/10(日) 13:27 -
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「目を引く誤植」の関連スレッドです。
たまたま、桑原博史全訳注『西行物語』講談社学術文庫(平成10.11.6)を見ていて、
家豊かにしては、須達壇弥梨が勢ひを移し、所従・眷属・七珍万宝に飽き満てり。(p23)
の、「須達壇弥梨」に、「しゅだつだんやり」というルビがついているのが、まずは目に入りました。p26の注を見ると、
須達壇弥梨《しゅだつだんやり》 「須達」は須達多《しゅだった》ともいい、古代インドの斜衛《しゃえ》国の長者。釈迦に仕え、祇園精舎を建てた。「壇弥梨」は不明。あるいは「須達多|闍梨《じやり》」で、「闍梨」は僧を示す阿闍梨の意か。
とあります。

翻刻凡例には、片仮名を平仮名に改めたなどとは書いてありませんから、板本も平仮名なのでしょうが、この誤写を考えるならば、書承の途中に片仮名本の存在が考えられます。「タシヤリ」が「タンヤリ」に変わったのでしょうから。あるいは、平仮名本でも「之」から「ん」への誤写、ということも考えられましょうか。

ともあれ、この本の影印本も出ているようですから、それを見ないと何も言えませんし、諸本を付き合わせねば、誤写の推定などしてはいかんのですが、たまたま眼につきましたので、書き付ける次第。



【452】
Re:誤写の推定――須達壇弥梨
 Yeemar
 - 04/10/10(日) 15:37 -
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▼岡島昭浩さん:

>の、「須達壇弥梨」に、「しゅだつだんやり」というルビがついているのが、まずは目に入りました。


これは、かなが先にあって、それに書写者なりが漢字をあてたのでしょうか。〈「壇弥梨」は不明〉とあるからには、この用字は校注者の与り知らぬものでしょうね。

「や」に「弥」をあてると訓でよむことになりますから、中国の用字ではないのだろうと思いますが、インド人の名前に訓仮名をあてたりすることがあるのでしょうか。



【453】
Re:誤写の推定――須達壇弥梨
 岡島昭浩
 - 04/10/10(日) 17:01 -
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▼Yeemarさん:

>>の、「須達壇弥梨」に、「しゅだつだんやり」というルビがついているのが、まずは目に入りました。


>「や」に「弥」をあてると訓でよむことになりますから、


ええ、それで目についたのです。

底本は、正保三年版本ということですが、
底本の仮名を適宜漢字に改め、仮名づかいを歴史的仮名づかいに統一し、当て字は普通の表記に改めるなど、表記上の統一と整理をはかった。
ということなので、影印を見ないことには、話が始まらないと思いはするのですが、ここにメモでもしておかないと、忘却のかなたに消えてしまうだろうと思い、書き付けた次第です。



【467】
Re:誤写の推定――須達壇弥梨
 佐藤
 - 04/10/14(木) 10:12 -
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▼岡島昭浩さん:
>影印を見ないことには、話が始まらないと思いはするのですが、


とりあえず一つ。霞亭文庫本。見開き左5行目。版本のようですが、刊記欠。

奈良絵本も参考になりましょうか。同名の京都大学本。見開き右、後ろから4行目。



【468】
Re:誤写の推定――須達壇弥梨
 岡島昭浩
 - 04/10/14(木) 22:28 -
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▼佐藤さん:

有り難うございます。すばらしい。

>とりあえず一つ。霞亭文庫本。見開き左5行目。版本のようですが、刊記欠。


文庫本の本文どおり、というところですね。

>奈良絵本も参考になりましょうか。同名の京都大学本。見開き右、後ろから4行目。


おお、「しゆたつたんみり」ですね。「壇弥梨」の音読みとしてふさわしい形ですね。なかなか面白い。しかし「須達多|闍梨《じやり》」には、遡れなさそうですね。



【469】
Re:誤写の推定
 佐藤
 - 04/10/15(金) 12:29 -
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▼岡島昭浩さん:
>p26の注を見ると、
>
須達壇弥梨《しゅだつだんやり》 「須達」は須達多《しゅだった》ともいい、古代インドの斜衛《しゃえ》国の長者。釈迦に仕え、祇園精舎を建てた。「壇弥梨」は不明。あるいは「須達多|闍梨《じやり》」で、「闍梨」は僧を示す阿闍梨の意か。
とあります。


ちょっと字を変えて「檀弥」で検索すると「檀弥羅・檀弥利・檀弥栗」にヒットします。もし長者であれば「須達・壇弥[梨利栗羅]」と並列させられるのかもしれません。が、ヒット先の文脈からすると仏敵らしいのが気になります。



【470】
Re:誤写の推定
 益山 健
 - 04/10/15(金) 13:52 -
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>あるいは「須達多|闍梨《じやり》」で、「闍梨」は僧を示す阿闍梨の意か。

須達多が阿闍梨の称号をつけてよばれることはあまりなさそうな気がするのですが, どうでしょうか。



【471】
Re:誤写の推定
 岡島昭浩
 - 04/10/15(金) 17:10 -
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佐藤さん、また、益山さんのご指摘により、
「誤写の推定」ではなく、「誤注の指摘」といったものになってしまったようですね。

ありがとうございました。



【472】
Re:誤写の推定
 佐藤
 - 04/10/15(金) 17:46 -
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 気になったのでもう少し調べると、ちょっとだけ込み入ってました。織田得能『仏教大辞典』だと、仏敵の悪王は「ダンミラ 檀弥羅」としてあがっており、これとは別に長者の「ダンミリ 檀弥離」が立項されてました。『西行物語』の「須達・壇弥梨」も長者を並列させたものなのでしょう。
 学術文庫の校訂者も、広く諸本を見渡すか(奈良絵本は「たんみり」だった)、いくつかの仏教辞典を丁寧に引けば正解が得られたでしょう。あるいは底本に忠実であろうとして「たんやり」から抜け出られなかったのかもしれません。が、非難するよりもまず自戒の契機として記憶したいというのが正直な気持ちです。


連想することば#

【455】
連想することば#
 佐藤
 - 04/10/11(月) 3:18 -
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「ココロツタエ」
http://www.nhk.or.jp/aichibanpaku/song/
  ↓
『ホツマツタエ』
http://www.asahi-net.or.jp/~QM4H-IIM/k020318.htm(Yeemarさんのところ)

すみません。「誰かやるよ、きっと」って皆さん思ってるんだろうなと思いつつ。片仮名で書かれるのでつい連想します。

「連想することば」の続きです。旧会議室の段階で「連想することば#」と分かれていました。【管理者追記:「連想することば#」はこれ以降




【456】
Re:連想することば#
 佐藤
 - 04/10/11(月) 3:39 -
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>「ココロツタエ」
>http://www.nhk.or.jp/aichibanpaku/song/


>片仮名で書かれるのでつい連想します。


そうそう、書き落としました。なぜ片仮名で書くのかが気になったのでした。ググってみたら『中日スポーツ』の9月22日分のキャッシュが閲覧でき、谷村は
伝えるのは人間が誕生した“いにしえ”からの思いで、漢字でもひらがなでもなくカタカナでしか表現できない

と言ったとか。単に、原始的で素朴なコト・モノを表すには片仮名がふさわしい、ということのようですが、それでも「原始」と「神代(文字)」が微妙に交錯します。ひょっとすると谷村の念頭に『ホツマツタエ』があっての「ココロツタエ」なのでしょうか。


誤解を避ける方法 #

【260】
誤解を避ける方法 #
 Yeemar
 - 04/7/21(水) 21:01 -
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旧会議室「誤解を避ける方法」は、ちょっと趣旨があいまいなスレッドになってしまいました。私の意図としては、うっかり使ったことばが相手を傷つけたり、失礼になったりということを避けるため、事例(作例を含む)を集めようとするものでした。(現会議室になって、継承スレッドを立てた記憶がありますが、まだなかったようです。)

謝礼
大学から原稿料をもらうにあたり、「謝礼振込先をお知らせください」とメールで指示される。その返信でそのまま「謝礼振込先につきましては……」と書きかけて気づく。私のほうで「謝礼」と言ってはいけない。「稿料」と書き直す。「謝礼振込先」と熟語になっていると、気づきにくいもの。

食事
他家を訪問したとき、ついつい「お食事をごちそうになり、ありがとうございました」などと言ってはいけない。食事といえば、カップラーメンやあんパンでも食事だ。心づくしの、おいしいものをいただいたというときは、「おいしいお料理をごちそうになり」と言わなければならない。もちろん、単に「ごちそうになりました」でもよいけれど、もっと何か付け足したいときに注意。



【290】
Re:誤解を避ける方法 #
 Yeemar
 - 04/8/14(土) 0:54 -
----
お持ちください・お支払いする
「どうぞ、パンフレットをお持ちください」というのは、考えてみれば不思議なことばです。ほかの場合、たとえば、「お取りください」は「取れ」を尊敬表現にしたもの。「お聞きください」は「聞け」を尊敬表現にしたもの。とすれば、「お持ちください」は「持て」を尊敬表現にしたもの、と思いきや、そうではなく「持ってゆけ」という意味です。「持ってお行きください」というのがまどろっこしいので、「お持ちください」になったか。もしくは「お持ち帰りください」の部分的省略か。

「(千円を)払え」「(あなたに)払う」の尊敬形・謙譲形は「お払いください」「お払いする」ではなく、「お支払いください」「お支払いする」になります。「お払いください」「お払いする」でもべつによいという人もいるかもしれません。しかし、私は、「(悪霊を除くため)お祓いする」を思わせるのを避け、「お支払いする」と言います。

よく誤解しないものだという例
「あのう、山田さん、14日は空いていますか?」
「14日はちょっと」
「そうですか。わかりました。では、15日は?」
「15日はねえ……」
「そうですか。わかりました。では、16日は?」
「16日なら」
「そうですか。わかりました」

どうわかったというのか。山田さんは14日は都合が悪く、15日は困難で、16日は都合がよいようです。しかし、「14日はちょっと暇です」「15日はねえ、暇です」「16日なら大変多忙です」の可能性はないのか。外国語でも、言い方によってこのような以心伝心ふうの会話はあるのでしょうか。



【292】
Re:誤解を避ける方法 #
 Yeemar
 - 04/8/16(月) 17:29 -
----
しんでも
ご老人の体に病変が見つかる。若い人ならば手術して治すところだが、ご老体ゆえ手術に耐えられるかどうかわからない。ここは手術をせず様子を見てもいいのではないか。

そう話した人に対して、関西出身の人が「そうやそうや。しんでもええわ」

ここで空気が緊張するかどうかは、同席者が関西弁を解するかどうかによります。

もちろん、「しんでも」は「せんでも」(しなくても)ということですね。愛知県常滑市でも「工夫しんでもやれる」などと言うようです。



【293】
Re:誤解を避ける方法 #
 NISHIO
 - 04/8/17(火) 0:04 -
----
▼Yeemarさん:
>そう話した人に対して、関西出身の人が「そうやそうや。しんでもええわ」


私の仲間うちでは、「しんでも」より「しやんでも」のほうがよく使われていました。ちなみに明石〜神戸〜西宮〜尼崎の言葉が入り乱れいていたので、どのあたりの言葉かは不明です。

同じく関西弁で「死にな」というのも、知らない人には誤解を招きますね。「死ぬな」の意。「死になや」か「死になさんなや」と言えばたぶん心配ない。
「死にぃな」といえば「死になさい」になるので、これまた要注意。イントネーションの僅かな違いです。


ほかに、使用上の注意を要する方言として、岡山弁の「はよーしねー」(早くしなさい)があるそうです(お年寄りに向かってなんちゅうことを!)。
備前地方の言葉は子どもの頃から耳慣れているはずの私ですが、これは記憶にありません。



【451】
Re:誤解を避ける方法 # いかん
 Yeemar
 - 04/10/10(日) 15:28 -
----
「そのようなことをなさっちゃいかん」

というような文をメールで人に書き送りました。あとで考えると、「なさっちゃ如何」「なさっちゃ不可ん」の両様に解釈できます。勧誘か禁止かあいまいになってしまいました。「なさっちゃいけません」とか「しちゃいかんよ」とか、文体に統一性を持たせればよかったかもしれません。



【454】
Re:誤解を避ける方法 # いかん
 岡島昭浩
 - 04/10/10(日) 17:04 -
----
現実にあったことで、「するのは如何か」というのを、当方は否定の意味(「するのはいかがなものか」)で使ったのに、先方は推奨(「してはどうか」)ととったことがありました。


日本紙→和紙

【431】
日本紙→和紙
 佐藤
 - 04/10/5(火) 16:35 -
----
 今日、たまたま通りがかって見たNHKの番組。南田洋子さんが「日本紙(にほんし)」と言っていたのを、黒田アナウンサーが「和紙(わし)」と言い替えていたのが印象的でした。

 「和〜・国〜」の要素が「日本〜」に置き替えられる大きな流れがありますが、これに逆行ないし別の方向をたどるものもありそうですね。類例はあるでしょうか。いろいろ集まって来ると統一的な方向が見えて来るのか、それともやっぱり個々別々なのか。「国〜」と「和〜」とではまた事情が異なるのか…… そのあたりでお気づきのことを。



【447】
Re:日本紙→和紙
 岡島昭浩
 - 04/10/9(土) 0:07 -
----
▼佐藤さん:

> 「和〜・国〜」の要素が「日本〜」に置き替えられる大きな流れがありますが、これに逆行ないし別の方向をたどるものもありそうですね。類例はあるでしょうか。いろいろ集まって来ると統一的な方向が見えて来るのか、それともやっぱり個々別々なのか。「国〜」と「和〜」とではまた事情が異なるのか…… そのあたりでお気づきのことを。


古風なものが「和〜」になりたがる、ということはないでしょうか。

「そば」が「日本そば」と言われるようになった、と言われて久しいと思いますが、「和そば」という言い方は、それより新しそうな気がします。『ことばのくずかご』p140に、「「東京新聞」73年2月25日朝1「筆洗」欄」の例がありますが、日本そばはもう少し古いのではないかと思います。


暑さが和らぐ

【439】
暑さが和らぐ
 畠中敏彦
 - 04/10/6(水) 21:57 -
----
今日、某局のアナウンサーが
「“暑さが和らぐ”って表現おかしいんじゃない、“寒さが和らぐ”っては言うけど」と言ってました。
なるほどと思いましたが、両者に明確な区別があるんでしょうか?


「〜やん」の呼称

【343】
「〜やん」の呼称
 畠中敏彦
 - 04/9/7(火) 22:27 -
----
人を呼ぶとき、様、さん、君・・・を使うように、「やん(orあん)」を使う場合があります。たとえば、金田元投手をカネやんのように。
この「やん」は、自分からみてどの程度の地位(目上、同等、目下・・・)の人に対して、あるいはどのような場合に使うのでしょうか?
呼ばれたほうは、不快感を持つのではないかと、思っていましたが、どうもそうでもないような気がしております。



【345】
Re:「〜やん」の呼称
 道浦俊彦
 - 04/9/8(水) 16:27 -
----
『大阪ことば事典』(牧村史陽)には、

「やん」=サン(様)の転訛したもの。親しい間柄に用いる。(例)竹ヤン・源ヤン・おちょヤン(色町の少婢)・あんにゃん(兄さん)

とありました。



【350】
Re:「〜やん」の呼称
 畠中敏彦
 - 04/9/9(木) 8:59 -
----
▼道浦俊彦さん:
>『大阪ことば事典』(牧村史陽)には、
>親しい間柄に用いる。


道浦さん、ありがとうございます。

大阪がルーツとは知りませんでしたね。
親しさを表す反面、かしこまった時や目上・上司などには、使わないほうが無難ということでしょうか。



【351】
Re:「〜やん」の呼称
 岡島昭浩
 - 04/9/9(木) 12:21 -
----
▼畠中敏彦さん:
>大阪がルーツとは知りませんでしたね。


大阪に限ったわけではなく、全国いろんなところで行われているようです。
熊本の「おてもやん」が有名ですが、『日本方言大辞典』では、福島市が最北です。

方言によって使い方が異なることは充分考えられますが、いずれにせよ、「さん」が変化した(崩れた)ものであると思われますので、あまり立派な物言いではなかろうと思われます。



【353】
Re:「〜やん」の呼称
 かねこっち
 - 04/9/11(土) 0:43 -
----
話題とは関係ないでしょうが、韓国では(おそらく朝鮮半島では)、
未婚の女性を呼ぶ時に「〜ヤン」をつけますね。
チェ・ジウさんなら「ジウヤン」のように。
「ヤン」は「嬢」の朝鮮語読みのようです。



【356】
Re:「〜やん」の呼称
 UEJ
 - 04/9/11(土) 14:42 -
----
>大阪に限ったわけではなく、全国いろんなところで行われているようです。


でも大阪の呼称というイメージは強いですね。
藤子不二夫のパーマンに出てくるパーマン4号は
大阪出身という設定でしたが、愛称は「パーヤン」でした。



【357】
Re:「〜やん」の呼称
 道浦俊彦
 - 04/9/11(土) 18:29 -
----
田端義夫=「バタヤン」も。三重県松阪市出身。



【358】
Re:「〜やん」の呼称
 岡島昭浩
 - 04/9/12(日) 20:09 -
----
カネやんは愛知県ですね。いつごろからカネやんなのでしょう。でも、スワローズもジャイアンツも東京だから、愛知県時代なのかもしれません。
(金田正一投手です)



【361】
Re:「〜やん」の呼称
 KS
 - 04/9/13(月) 11:22 -
----
〜やん 懐かしい言葉を聞きました。
 私の子どものころ、田舎(播州)で日常的に耳にしました
 タケやん(竹二さん)
 ブイッたん(武市さん)
 ヨネさん(米次さん)
 の三種が日常的に使われていました。ただ、使い方の一般例では「タケやんが参加できへんゆう(云う)てたで」というふうに、第三者を指して使う例が多く、当人に直接云う場合は「さん付け」が普通でした。当人に直接「タケやん」「ブイったん」なんて云うのは相当横柄な言い方で一般的じゃなかったですね。
 「〜やん」「〜ったん」の言い方は、一定年齢以上の人(親の世代の人)を指して云う言葉で、子供を指してはあまり使わなかった様に記憶しています。 ドラえもんの「ジャイやん」は子供に対して使ってますがね…



【378】
Re:「〜やん」の呼称
 岡島昭浩
 - 04/9/16(木) 22:01 -
----
▼KSさん:

> ドラえもんの「ジャイやん」は子供に対して使ってますがね…


同様の、疑似「やん」の例としては、サロやん、カラやん、イタリやん、ボヘミやん、などがありますね。



【379】
Re:「〜やん」の呼称
 落合
 - 04/9/17(金) 14:38 -
----
>ドラえもんの「ジャイやん」は子供に対して使ってますがね…


がんばれ、ジャイやんツ、でよろしいでしょうか。



【380】
Re:「〜やん」の呼称
 KS
 - 04/9/17(金) 16:23 -
----
▼落合さん:
>がんばれ、ジャイやんツ、でよろしいでしょうか。


 落合さんですから「くたばれ!ジャイやんツと云ってほしいですね。ははは」

 ところで、「〜やん」について考えに考えたのですが「目上に対する尊称なんですよ」きっと。「兄やん」と云います「おとうとやん」とは云わないですから。はい。



【381】
Re:「〜やん」の呼称
 落合
 - 04/9/17(金) 19:17 -
----
▼KSさん:
すみません。言葉たらずでした。

http://www.tv-asahi.co.jp/doraemon/contents/chara/gian.html

ジャイやんではなく、ジャイアンです。



【427】
Re:「〜やん」の呼称
 岡島昭浩
 - 04/10/4(月) 23:11 -
----
小林信彦『おかしな男 渥美清』(新潮文庫2003.8.1)に引用されている、関敬六の文では、「渥美やん」が使われています。p48,p387

方言によるものかどうかは判りませんが、関氏は栃木県出身とのことです。


みたよな

【346】
みたよな
 道浦俊彦
 - 04/9/8(水) 18:21 -
----
宇野千代「おはん」の中に、
「小説みたよな」
という一説があるという文を読みました。意味は「小説みたいな」ということでしょうが、そうすると「〜みたいな」という言葉は、
「見たような」→「見たよな」→「みたいな」
と変化してできた言葉なんでしょうか?もしそうだとすると、
「よ」→「い」
という音韻転換が起きたと考えていいのでしょうか?そういった例は、ほかにもたくさんあるのでしょうか?



【347】
Re:みたよな
 岡島昭浩
 - 04/9/8(水) 20:16 -
----
▼道浦俊彦さん:
>宇野千代「おはん」の中に、
>「小説みたよな」
>という一説があるという文を読みました。意味は「小説みたいな」ということでしょうが、そうすると「〜みたいな」という言葉は、
>「見たような」→「見たよな」→「みたいな」
>と変化してできた言葉なんでしょうか?


はい、そうです。
「〜をみたような」から変わってきたことが判っています。

もしそうだとすると、
>「よ」→「い」
>という音韻転換が起きたと考えていいのでしょうか?そういった例は、ほかにもたくさんあるのでしょうか?


そ(ん)なような→そないな
とか、
そがような→そがいな(→そげな)
とか。



【348】
Re:みたよな
 道浦俊彦
 - 04/9/9(木) 5:10 -
----
岡島様
ありがとうございます。ところで、「そないな」「そがいな」「そげな」は、どれも方言(関西弁)のニュアンスがありますが、「みたいな」にはありません。なぜでしょうか?



【349】
Re:みたよな
 岡島昭浩
 - 04/9/9(木) 7:45 -
----
▼道浦俊彦さん:
>岡島様
>ありがとうございます。ところで、「そないな」「そがいな」「そげな」は、どれも方言(関西弁)のニュアンスがありますが、「みたいな」にはありません。なぜでしょうか?


同様な〈音の変化〉をあげたまでで、「そないな」「そがいな」のような言い方は、西日本を中心に起こったのに対し(東北の一部にもあると思います)、「みたような」は東京で起こったからでしょう。

「よう」→「い」は、他に、さようなら→さいなら、もありますね。これは東京も含めて全国的だと思います。



【355】
Re:みたよな
 道浦俊彦
 - 04/9/11(土) 13:57 -
----
平成ことば事情1884に「みたよな」、書かせていただきました。



【422】
「……ぞ」みたいな
 岡島昭浩
 - 04/10/4(月) 14:19 -
----
ここに繋げるのはよくないのかもしれませんが、「みたような」のなれの果て、ということで。

〈「……ぞ」みたいな〉という言い方の、比較的古い例にあたるかもしれないと思いました。ギョーカイ風の言い方としては古くからあったのだろうけれど、活字化されているということで。
それは、小林信彦『おかしな男 渥美清』(新潮文庫)p317-8に引用される、「第六作が封切られるころ発売された「キネマ旬報」増刊「男はつらいよ 大全集」」での山田洋次と渥美清の対談。
寅は全然気がつかないけれども、映画館のお客が「寅、刺されるぞ」みたいな(笑)。これはこわいね。


第六作「男はつらいよ・純情篇」は、一九七一年一月十五日封切りの由。


弁慶の泣き所

【332】
弁慶の泣き所
 岡島昭浩
 - 04/9/4(土) 15:11 -
----
某所より尋ねられ、気になって調べては見たものの、連絡するのは面倒だというこの私。

そのまま打ち捨てると、忘れてしまい、もったいないので此処に書き付けます。

『日本国語大辞典』では、「すね」を指す用例がありません。私もようやくそれらしいものを見つけましたが、向こうずねであると断定は出来ません。
巨石の乱積された上を伝わる時、浅市ののった巨石が不安定であったのでグラグラとゆるぎ出したため荷を負ったまま巨石の間に倒れて石に足を挾まれた。苦痛の叫びに驚き早速岩をずり動かして引き出すと、幸いに大したこともない。跛足を引きつつ剛気なだけに「弁慶の泣きどころだ」と言いながらついて来る。(大島亮吉『山―随想―』中公文庫による、p16。もと『山 研究と随想』岩波書店、昭五。大正九年七月二十二日の記録)
くるぶしやらアキレス腱であるのかもしれません。

なお、『日本国語大辞典』の初版では、方言辞典から、「むこうずね」の意味を引いてきていますが(大分県959・秋田市154)、二版ではこれを削っています。初版の出典一覧がちょっと見当たらないので(二版の番号とは違うようです)、年代がすぐに出せません。

『日本国語大辞典』で目を引くのが、(3)中指の最高関節から先の部分をいう。
これは、〔東京語辞典〕による、というもので、『広辞苑』も4版から、『大辞林』は最初からこの意味を取っているようです。また、柴田武『知っているようで知らない日本語1』(ごま書房 1987)にも、その意味が書いてあります。『日本国語大辞典』では、
(折りまげて力を入れても力がはいらないところからとも、人さし指と薬指とを直立させた間に中指をはさんでこれを第二関節から曲げ、第一関節から先を動かされると痛いところからともいう)
としていますが、『東京語辞典』は、こうです。
べんけい・の・なき・どころ〔弁慶泣所〕食指と薬指とを直立せしめたる間に、中指を挿みて、之を中関節より屈して、最高関節より先の所を動かさるゝ時は、弁慶の如き大男の猛者と雖も、屈従せられざるはなし。弁慶も泣くとの意。転じて他人の前に屈従する者をいふ。(『近代庶民生活誌7』による。また『隠語大辞典』にも引用される)

ここでは、中指の最高関節より上を指すのではなく、「弁慶にも泣き所がある」というような意味で書かれています。そうすると、「中指」云々は、別の根拠があるのでしょうか。存疑です。

『日本国語大辞典』の二版で、初版になかったのが、「ぼんのくぼ」を指すという、群馬伊勢崎040。040は「現地採録または報告」ので机上探索はストップ。『日本方言大辞典』でも取られています。

「こめかみ」あたりを指すと思われるのが、二つありました。
横笛を持ち変へて弁慶の泣所といふ頬のあたりをポカツと突かれた。此時弁慶痛いの痛くないのつて炭団のやうな涙を二ツの眼からコロ/\と溢して
 「百花園」十四巻百三十七号(明治28年)
 「橋弁慶」(禽語楼小さんロ演)
  『口演速記 明治大正落語集成』(講談社、全7巻)による
と、
 おきあがつて、おてんとうさまを見ようとすると、あたまがずきんずきんして、おでこがあつくつて、べんけえ《こめかみ》のなきどころがびくびくして、気もちがわるいから「あたまいたくなつたから、かへるよ。」といふと
「かにとり(特選)」 東京市向島区第二寺島小学校尋二 田村光雄
(『赤い鳥』昭和十年八月号入選)鈴木三重吉『綴方読本』角川文庫p26、講談社学術文庫p177
です。「べんけえ」の横に、傍注として「こめかみ」とあるのですが、「べんけえのなきどころ」に掛かるものでありましょう。

『日本方言大辞典』には、「べんけーなかせ」に「ふくらはぎ」「足の親指の毛をひっぱること」まで、あります。ともに静岡県志太郡535。
痛いところならどこでも(どういうことでも)「弁慶の泣き所」になりそうな勢いです。


『日本方言大辞典』の「べんけーなかせ」に広く見られる意味は、植物の「なぎ(梛)」のようです。これが「なぎなた」だったら、すぐに「すね」に結びつくのになぁ、と思って、そういえば、弁慶となぎなたには深い関係があることに思い至ったのでした。(ぎなた
もちろん、弁慶→なぎなた→すね、というは冗談の「連想する言葉」であります。



【333】
Re:弁慶の泣き所
 岡島昭浩
 - 04/9/4(土) 18:38 -
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落語の「橋弁慶」というのは、あまり演じられないもののようです。これをいくつか見てみると、「弁慶の泣き所」が違ったりしないか、と思ったのですが。
柴田武『知っているようで知らない日本語1』に、
俗説によると、五条大橋の決闘の折、牛若丸は“弁慶の向こうずね”を執拗に攻めたてたというが、
とあるのも、これか、と思ったのですが、講談などの方を当たるべきなのかも知れません。

それから、書き忘れていたこと。『九州方言研究会報告書』(1996)の「九州方言広城調査項目(案)」で、「弁慶のなきどころという言い方を御存じですか。どの部分を指しますか。」という項目がありました。



【334】
Re:弁慶の泣き所
 岡島昭浩
 - 04/9/4(土) 21:42 -
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三浦竜『ものしり大語源』知的生きかた文庫1996の説明には、最初、首を傾げました。
弁慶の泣き所【べんけいのなきどころ】進退きわまること。衣川の合戦で、弁慶が満身に矢を受け、立ちながら死んだことによる。弁慶にはもう一つ「弁慶の立ち往生」という有名な言葉がある。意味は、弁慶ほどの強者でも蹴られると痛がる「むこうずね」のことである。転じて、唯一の弱点の意にもなった。

読んでいる途中で気付くのですが、なんと、「弁慶の立ち往生」の説明と、「弁慶の泣き所」の説明とが入れ替わっているのです。

それはそうと、これは他の書でも似たような説明なのですが、
  ・「むこうずね」が転じて弱点の意味になった
というのは、どうなのでしょうかね。単に「泣き所」という場合のことを視野に入れて説明せねばならないと思いますが、どうもすっきりしない気が致します。



【360】
Re:弁慶の泣き所
 岡島昭浩
 - 04/9/13(月) 11:08 -
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〈「弁慶の泣き所」は、すね以外にもある〉というテーマは、かつてNHKテレビの「日本人の質問」でも出たことがある、という情報を、学生さんから頂きました。

正解は「中指の……」だったようですが、不正解とされたものの中に、こめかみなどが入っていなかったかが気になります。



【362】
Re:弁慶の泣き所
 佐藤
 - 04/9/13(月) 21:08 -
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▼岡島昭浩さん:
>正解は「中指の……」だったようですが、不正解とされたものの中に、こめかみなどが入っていなかったかが気になります。


書籍版だと公立図書館にありそうだなと思って岐阜県図書館と池田市立図書館で検索したら出て来ました。後者、「日本人の質問」で検索すると6件出て来ます。岐阜のは雄鶏社というのも出て来ました。
http://www.wombat.zaq.ne.jp/ikedatoshokan/



【375】
Re:弁慶の泣き所
 岡島昭浩
 - 04/9/16(木) 12:37 -
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▼佐藤さん:
>書籍版だと公立図書館にありそうだなと思って


ありがとうございます。
量的に見て、書籍になっているのは一部なのでしょうね。

http://www.ashiya-city-library.jp/sogo/
(阪神広域図書館網 蔵書検索窓集合!)
ここで、見つけましたので、そのうち寄って、眺めてみます。


#このネタ、ボツですかねぇ。



【421】
Re:弁慶の泣き所
 岡島昭浩
 - 04/10/4(月) 12:26 -
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『日本人の質問』書籍版、2冊だけ見ることが出来ましたが、弁慶は見当たりませんでした。

#洒落的解釈で「弁慶の薙ぎ所」というのを思いつきました。なぎなたで〈なぐ〉所、そこはスネです。バンザーイ。