2004年04月02日

門出(道浦俊彦)

4月2日の毎日新聞(大阪版)が大阪ドームで行われた立命館大学の入学式の様子を記事にしていたのですが、その見出しが、
「大きな門出 1万7000人」
でした。これに違和感を覚えたのです。
卒業式に「門出」はよく使いますが、入学式に「門出」は、なんかヘンな感じがするのです。皆さんはどうでしょうか?意味の上からは間違っていないのでしょうか?


(道浦俊彦さん)

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2004年04月01日

ウロの大木(道浦俊彦)

ずうたいがデカイのに、何の役にも立たないことを「ウド(独活)の大木」と言いますが、実は正しくは「ウロの大木」である、という話を聞きました。辞書には載っていませんが、ネット検索では2件出てきました。本当の所はどうなんでしょうか?


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 01日 木曜日 21:53:24)

「洞の大木」で1件
http://www2g.biglobe.ne.jp/~yas-s/proverb/nature/nature004.html

「空の大木」でも1件
http://www.kt.sakura.ne.jp/~nr/cafe/talk.html

「虚の大木」はありませんでした。


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寝せる(道浦俊彦)

「寝せる」ということばは方言でしょうか?それとも標準語?
『日本国語大辞典』には載っていますが、用例が17世紀と18世紀。
20世紀の分は、横光利一(1920)ですが、横光は福島県出身。
私は「寝かせる」としか言いません。
またこの「寝かせる」の「か」は、一体なんなんでしょうか?


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 01日 木曜日 21:51:28)

> またこの「寝かせる」の「か」は、一体なんなんでしょうか?

冷やかす
甘やかす
脅かす

などと同じでしょうか?


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 10:27:48)

「寝せる」⇔「寝かせる」、「寝す」⇔「寝かす」と、
「笑わせる」⇔「笑わかせる」、「笑わす」⇔「笑わかす」は同じでしょうか。
(広辞苑には「寝〜」は全部ありますが、「笑わ〜」のほうは「笑わせる」しかありません)

後者は「ことば会議室」でも既出ですね。

「笑かす」の「かす」


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 11:46:37)

これは一語扱いではないので辞書には載りませんが、「寝させる」という言い方もありますね。

ヘボンの3版には、「ねかす」「ねさせる」がありました。
(ヘボンはたまたま机の上にあったので)


posted by 岡島昭浩 at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月30日

さんざめく(道浦俊彦)

森山直太朗『さくら』の中で
「さんざめく光の中で」
というフレーズが、夏川りみ『満点の星』の中では、
「さんざめく天河」
というフレーズがあります。思い起こせば谷村新司『昴』の中に、
「嗚呼さんざめく名も無き星たちよ」
とあって、それ以来かもしれないなと思いつつ、この「さんざめく」、辞書には「音」のことしか書いていません。『日本国語大辞典』は、
「ざんざめく」=(「ざざめく」の変化した語。「めく」は接尾語。「さんざめく」とも)大ぜいで声をたてて騒ぐ。にぎやかに騒ぎたてる。ざんざらめく。」
とあります。
これらの歌で使われているのは「光」です。視覚と聴覚が合体したのでしょうか。こういった「さんざめく」の使われ方は、いつ頃からなんでしょうか?もう認知されていると言ってよろしいでしょうか?視覚の「さんざめく」が載っている辞書はあるでしょうか?


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 31日 水曜日 14:14:30)

「弦歌さんざめく」(歓楽街で、三味の音や歌がにぎやかに響く)などというのですね。慣用句とまでは言えないのでしょうけれども。戦前の前田一「サラリマン物語」(1928)には

絃歌さんざめく紅灯の巷、なまめかしい三絃の音{ね}じめにつれて、
とあります。

ほかにも火野葦平「黄金部落」(1947-48)に「弦歌さんざめく町の雑踏を抜けて」。

野坂昭如「プアボーイ」には「さすが絃歌こそさんざめかぬが」(CD-ROM「新潮文庫の100冊」より、1968年の作品集に収録とのこと)。

尾崎士郎「人生劇場〔残侠篇〕」に「何時の間にか酔っぱらって絃歌{げんか}のさんざめく秋の夜の色街をあるいている」(CD-ROM「新潮文庫の絶版100冊」より、発表年は?戦前だと思いますが)。

どうも「昴」などのしずかなイメージとは違うようです。「ささめく」(ひそひそと話をする)との混同があるのでしょうか。

「昴」(1980年)は大ヒット曲だったので、他の作詞家に与えた影響は大きかったのでしょうか。以下は同一作家のものです。

夜めざめれば 窓の彼方に
さざめく 水銀の星たち(谷山浩子作詞作曲・歌「地上の星座」1982年)

いつのまにかさざめく 星たちの海原に
ぽつり浮かんだわたしの船は(同「船」1983年)

窓をあければ 暗い夜空に
いちめんの星たちが 光りさざめく(同「銀河通信」1984年)

これらは「さざめく」ですが、やはり従来は「笑いさざめく」のように使ったものでしょう。


後藤斉 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 31日 水曜日 14:52:59)

「さざめく/さんざめく」はにぎやかさの文脈で使われた例がやはり多いようです。いささか例外的な使い方にみえるのが:

辺りは静かで、木立の隙間から波のさざめく音が微かに聞こえてくる程度です。
  つかこうへい  あなたも女優になろう〜素敵な女性になるためのヒント〜

深沈とした黒の重厚な漆塗りの椀のなかにあのさんざめくような澄明のスープをみたして、香りに眼を洗われるような想いをしながら、ひとくち、ひとくち、ゆっくりとすすりたいと想いつめたくなるのは、どうしてだろうか。
  開高 健  新しい天体

屏風の金色を映した舞妓の簪だけ、ひとり、さざめく水のようにひらひら黒髪の中で揺れていた。
  横光利一  旅愁


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 31日 水曜日 15:26:45)

 オリオン舞い立ち
 スバルはさざめく
としたのは、堀内孝雄ならぬ、堀内敬三ですね。「冬の星座」


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 31日 水曜日 16:44:02)

後藤さんがお示しの横光のように、揺れるように光る様子を指すことがあるようですね。

スカートも普通の制服のよりはずっとこまかい棕梠《しゅろ》の葉のような襞《ひだ》で、歩くと腰のあたりでさざめくように崩《くず》れてゆれるのが粋《いき》だった。(平林たい子「ある思春期」)

細い首をしなしなと動かして、口のあたりで真向なレースのハンケチをもてあそんでいる指には、冷たいダイヤモンドがさざめくように光っていた。(平林たい子「地底の歌」)


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 01日 木曜日 00:26:51)

大辞林「さざめかす」で、

(1)ざわざわさせる。ざわつかせる。
「艦は金波銀波を―・して/不如帰(蘆花)」
とする用例も、揺れるように光る様子を表していると解することもできそうです。
『不如帰』下・一「陰暦八月十七日の月東にさし上り、船は金波銀波をさざめかして月色の中を駛る」

「スバルはさざめく」の「冬の星座」ですが、「しじまの中」は一番ですが、二番も静かな情景の中にあるのでしょう。昭和二十二年発表。

大辞林「さざめかす」


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 01日 木曜日 07:25:26)

岡島さん、「冬の星座」は、たしか讃美歌に歌詞をつけたものですね?小学校の頃(昭和40年代)、音楽の教科書に載っていましたが、歌詞は覚えていませんでした。


posted by 岡島昭浩 at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「べき止め」について(水月)

 新聞の見出しに「〜すべき」で止めているのに対し、年輩の人は嫌悪感をもっているようです。その理由の大多数が「〜すべし」の誤用だ、文法的に「べき」は終止形ではない、と考えているのではないでしょうか。私はこのように考えるのですが、いかがでしょうか。
 新聞の見出しはとにかく、短く言い切る形になっています。「首相が中国を訪問」は「首相、中国訪問」。主語を表す助詞は「、」ですまされ、助詞は大幅にカットされています。そんな新聞見出しだから、「〜すべき」も「〜すべし」が正当だということを知らずに使っているのではなく、「すべきだ」の「だ」を省略しているのではないかと。
 たとえば「シュッと一吹き、室内もさわやか」「町おこしで商店街もにぎやか」「うわ〜、おいしそう」…この種の見出しもよく見かけます。本来、形容動詞の「さわやか」「にぎやか」様態の助動詞の「そうだ」など、活用語の語幹で言い切るのは本来の用法ではないと思うのです。ただ話し言葉でも「わあ、きれい・さわやか」などが使われるのは、あくまで「さわやかに、にぎやかに」あるいは「にぎやかだ」「おいしそうだ」の「省略」だと考えるのです。
 そうすると、「〜すべきだ」も「〜おいしそうだ」も、省略好きの新聞見出しなら「〜すべき」「〜おいしそう」で止めてもいいという理屈になってくるはずです。
 私は以上のように考えていますので、もし「べき止め」が嫌いな人は「さわやか」「おいしそう」も一緒に嫌ってくださいと言いたいのです。私は「〜すべし」という見出しより、省略形の「〜すべき」の方が、ほとんどの記事では内容にふさわしい語感をもっていると思いますが…。ご教示ください。(長々とすみません)


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 30日 火曜日 20:35:59)

「さわやか」は「名詞化」してますし、「おいしそう」は「感嘆詞化」してると考えられないでしょうか?「すべき」はそのどちらでもない。日本新聞協会用語懇談会放送分科会発行の
「放送で気になる言葉改訂新版」でも「口語体の言い切りとしては『すべきだ(すべきである)』と『だ(である)』をつけて終止形にすべきである。」
と書いてあります。新聞の見出しはまあしょうがないかな、と思いますが、本文の中では「だ」「である」を付けた方がいいでしょう。


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 02:36:09)

ちょっと長くなりますが、「べし」は私も以前から気になっていたので、ちょっと調べてみました。

昭和27年国語審議会の「公用文作成の要領」では、以下のようになっています。
「べき」は,「用いるべき手段」「考えるべき問題」「論ずべきではない」「注目すべき現象」のような場合には用いてもよい。「べく」「べし」の形は,どんな場合にも用いない。「べき」がサ行変格活用の動詞に続くときには,「するべき」としないで「すべき」とする。

時枝誠記『日本文法口語篇』(1950年)では、
推量の助動詞べし
未然形「○」、連用形「べく」、終止形「○」、連体形「べき」、仮定形「○」、命令形「○」
・・・終止形が全然用ゐられないことは、この助動詞が口語特有のものでないことを示してゐる。
とされています。

明治書院『品詞別日本文法講座8』(1972年)巻末資料 B.現代語 「べし」のところに挙げられている例は、連用形と連体形のみです。

以下は、「青空文庫」内の検索によるもので、主に50年以上前に書かれた作品についてです。(すべての作品を網羅的に検索したわけではなく、年代を見ながら有名な作品を中心に、ランダムに検索しただけです。)

「べし」の使用は作家によってだいぶ差があるようで、ほとんど「べし(もしくはその活用形)」が出てこない作品も多くありました。「べし」が多かった作品では、
田山花袋『蒲団』(1907年)
べき(連体形・体言相当含) 15
べく 7
べから 3
べきだ 0
有島武郎『或る女』(1950年)
べし  2
べき(連体形) 54
べく 1
べから 2
べきで(ない) 2
べきだ 0
のように、「べし」を多く使う人でも「べきだ」「べき止め」はまったく出ていません。上に挙げた国語審議会、時枝、明治書院のものは、このあたりの事情を反映させているものと思われます。(国語審議会では連用形も認めていませんが。)

しかし、「べきだ」で青空文庫内検索をかけると、宮本百合子、太宰治、有島武郎、九鬼周造、堺利彦などの作品から、「べきだ」(文末に限らない。「べきだと思う」なども含む)が80件強見られます。このうち半分以上は宮本百合子(1899〜1951)の作品からで、この年代にも「べきだ」がかなり多く使われていたことがうかがえます。

・・・個人的には、時枝の『口語篇』を読んだときから「では私たちが普段使っている“べきだ”という形はどうなるのだろう」という疑問を持っていました。学校文法でも「べき」は助動詞として扱われていません。「すべき」と「するべき」の問題もありますし、またぼちぼち勉強しながら、ここでご教示もいただきながら、続きを考えたいと思います。・・・


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 06:19:04)

「べきだ」という形でひとつの助動詞なのでしょう。そう記述する文法書はないのでしょうか。

古典文法で、「ごとし」のほかに「ごとくなり」を認めているわけですから、「べし」のほかに「べきだ」を認めてもよいわけです。

助動詞「べきだ」を認めるとすれば、その活用は「べきだろ(う)/べく・べきで・べきだっ(た)/べきだ/べき/べきなら(ば)」という変格活用ということになります。

なんでも変格活用にするのは怠惰な考えでしょうか?

かつまた、現代語の「そうだ」「ようだ」は

夜8時を回る頃には、みんなフラメンコを踊り出すそう。(「Hanako」2000.02.02 p.27)

「それぞれの党員の思いがこもった」(幹部)誌名だけに、新タイトル探しは「予想外に大変」な作業のよう。(「朝日新聞」2001.02.18 p.4)

などと語幹用法があるのですから、「べきだ」の語幹用法として「べき」があるのだろうと思います。水月さんが「さわやか」「おいしそう」と同じだとご指摘になっているとおりだと思います。


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2004年03月28日

皮肉(にぼし)

初めまして。
友達との会話で「皮肉」と言う言葉が出てきたのですが、そこで疑問に思った事があったので投稿させていただきました。

どうして「皮」と「肉」なのか。

「皮肉」の意味を考えてみても、どうして「皮」と「肉」なのかが解りません。
一応ネットでも調べてみたのですが、なかなか見つかりません。

どなたか知っている方いらっしゃいましたら教えて下さい。
よろしくお願いします。


ぐぐり人 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 29日 月曜日 00:06:17)

ぐぐりました。

日めくり・平成15年7月31日(木)


にぼし さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 30日 火曜日 00:15:09)

ぐぐり人さん、ありがとうございました!
早速友達にも教えたいと思います。
すごくすっきりしました。
本当にありがとう御座いました!


posted by 岡島昭浩 at 23:53| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月26日

自分のことを「女性」「男性」(hiroy)

最近とある掲示板を見て気になりました。自分の性別について話したり書いたりする際、「私は女性だから」、「男性の私は」というように自分自身に対して「女」「男」ではなく「女性」「男性」という言い方をされる方がいます。特に女性に多いようです。しかしこのような言い方に違和感を感じる人もまた、多いようです。

「女性」「男性」のこのような用法は、いつ頃から始まったのでしょうか?

因みに私は男ですが、自分に対して「男性」と使ったことはありません。

発言小町:自分を女性、男性と呼びますか?


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 07:09:16)

関連で・・・自分の父母のことを「ボクの父親が」「私の母親が」と「親」をつけて言う傾向も強まっているようですが、何か関連があるのでしょうか?ひとことでの断定を避けあいまいにする、丁寧語の一種でしょうか?


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 09:55:02)

「父親が」については、下記スレッドに関連記事あり。

親が……


田島 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 28日 日曜日 13:06:34)

「私は運動がニガテな『ヒト』だから…」などという言い方があるのを思い出しました。この言い方も、とくに若い女性に多いような気がします。

話はちょっと逸れるのですが、「男性」「女性」は、さいきんでは「性別」の意しか表さぬようになったので、「男性性」「女性性」といった、ちょっと分りにくい表現が使われるようになっていますね。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 29日 月曜日 09:59:03)

え!田島さん、「男性性」「女性性」なんて言葉が使われてているのですか!まだ、目にしたことも耳にしたこともないのですが、どのあたりで使われていますか?


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 29日 月曜日 10:13:16)

・・・と驚いてから「ぐぐり」ました。日本語ページで「男性性」6700件、「女性性」9550件。生物学的に、あるいは社会学で使われているようですね。
「『女』性」「『男』性」でも意味は通じますが、音声にすると「男性」「女性」との区別が付きにくいので、また「 」をつけるのも面倒なので、
「男性性」「女性性」としているのでしょうね、きっと。まあ、しょうがないか。


田島 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 29日 月曜日 23:32:04)

たとえば、最近読んだ大塚英志『「おたく」の精神史 一九八〇年代論』(講談社現代新書,2004.2.20)でもやたらと目につきました。

こころみに開いてみると、
  
  …かろうじて「わたくし」を支えうるという八〇年代的な女性性のあり  方に深く関わる。(略)江藤淳は高度成長下の文学に自らの女性性を   「人工」化させることで自己実現させようとする女性たちの心情を『成  熟と喪失』で正確に抽出したが、…(p148)

というように、一頁に二箇所も用いられていることさえあります。まだ私は、このことばは目になじみません。

余談ついでに。以下に挙げるものは、この一連の「現象」を批判したくだりです。

  ところで、ここ二十年ぐらいのことだろうか、性心理学などの本で「男
  性性」「女性性」という言葉を時々目にする。男が備えている性質、女
  が備えている性質、ということらしいが、それがそもそも「男性」「女
  性」なのである。「男性性」「女性性」は字を見ただけでもくどい。意
  味も「男としての性質を備えている人が備えている性質」「女としての
  性質を備えている人が備えている性質」となる。学術用語も日本語の伝
  統と論理を踏まえて考案すべきだろう。
  (呉智英『ロゴスの名はロゴス』双葉文庫,2001←単行本:メディアフ  ァクトリー,1999。p117―p118)


田島 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 29日 月曜日 23:40:27)

改行の仕方がおかしかったので、ちょっと読みにくくなってしまいました。失礼致しました。


posted by 岡島昭浩 at 04:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月25日

世と代(道浦俊彦)

京舞の四世・井上八千代さんがお亡くなりになりましたが、この「四世」というような「○世(せい)」と「三代目」のような「○代(目)」。この違いはなんなんでしょうか?
思うに、「世」は「名前」を継ぎ、「代」は「役職・地位」を継ぐときのような気もするのですが、例外もたくさんありそうです。
違いはどこにあるのでしょうか?


KS さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 17:27:13)

 囲碁、将棋では初代から数えて何代目を「世」でいいますね。15世本因坊、第○世名人、永世名人など。人としては継続していません。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 17:37:54)

そうなんです。いきなり「世」=「名前」の例外なんです・・・。

ヨハネパウロ2世、ヘンリー8世、58代横綱、123代天皇、九代目団十郎(っているのかどうか知りませんが)などなど。

たとえば「ルイ16世」は「代」に置き換えて「第16代ルイ」とは言いませんし、言えませんねえ。
どうなんでしょうか??


かねこっち さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 22:53:12)

囲碁・将棋の場合は江戸時代の家元制度の名残なんじゃないでしょうか。

囲碁の場合ですが、現在タイトル戦となっている「本因坊」も四つの家元(本因坊、井上、安井、林)のうちの一家です。
家元は禄を与えられて将軍に召し抱えられていたわけです。
それぞれ「本因坊家○世」「井上家○世」などと家を伝えていった。
(父子による世襲ではなく、門弟のうち技量の高い者が跡を継いだようですが)

四家のなかでも技量抜群の者が「名人」となって「碁所」という職を任ぜら
れていたようです。
名人とは、もとは九段のことで、技量一番でなければなれなかったようです。
名人もタイトルではありません。
名人がいない時代もあって、継続性はありませんから、何代とも何世とも
いわなかったと思います。


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 02:02:51)

九代目団十郎は、現在の団十郎のひいおじいさんに当たる人ですね。
歌舞伎では「〜代目」ということが多いですが、たまに「〜世」も見られます。

横道にそれます。
気になっていたことなのですが、下記に参考にあげたページでも、「その人が何代目か」
ということを表すのに「代数」という言葉が使われています。
これはここに限らず、歌舞伎俳優の方のサイトを見ているとよく見る言葉です。
「枚数」「本数」に対して「代数」なのでしょうが、序数詞にはちょっと当てはまりにくいような
気がします。
みなさんはどう思われますでしょうか。

日本俳優協会 俳優名鑑より


KS さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 11:04:16)

 歌舞伎、浄瑠璃、落語、など名籍を世襲する場合に「○代目」と言い習わしているように思います。民間人でも地方の名士に名前を世襲されている方があります例えば「○○善左エ門」さんの様に。普段は名前の前に「何代目」とは言われませんが「名前が世襲で代々同じ名前なんだ、さすがに息子はやめましたがね」と当人はおっしゃってました。
 家の系図として血(又は縁組)によって繋がっている場合に代で言い習わしているように思いますが…。何代目と云いますが、何世目は聞かない…


posted by 岡島昭浩 at 16:40| Comment(1) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

JEUGIYA(道浦俊彦)

京都を中心として展開しているレコード屋さん(ミュージックショップ)のローマ字表記が表題のようなのですが、これで「十字屋」なのですが。なんかなじめません・・・。この表記は正しいのでしょうか?


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 17:44:37)

東京銀座の十字屋(こちらはGINZA JUJIYAとある)とは関係ないのでしょうか。

「JEUGIYA」は、英語圏内の人ならば自然に十字屋と読むのでしょうね。JUJIYAでもそう読めると思いますけれど。「飯間」を「Iima」と書かず「Yeemar」と書くようなものでしょうか。


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 01:41:33)

ローマ字表記の問題はいろいろあるかと思いますが、お店などの名前の場合は
「外国人にどのように読んでほしいか」によるのかもしれません。

大きなところだと、自動車のマツダが「MAZDA」、清水建設が英語の社名を
SHIMIZU Corporationとしているにもかかわらず、ロゴには「SHMZ」を使っているのが
気になっていました。

英語話者を念頭に置いているとすると、語頭・語中での「ツ」の音が非常に
発音しにくいことを考えて「MAZDA」にしたのだろうと思います。
同じように、「Shimizu」だと「シミィズゥ」のようになってしまうので、
「SHMZ」を無理やり発音した方が、「シミズ」という音に、なんぼか近いと
言えないこともありません。

GINZA JUJIYAは、おそらく英語話者が素直に読むと「ジンザ ジュジィヤ」のようになる
可能性が高いように思います。それに比べると、「JEUGIYA」の方が「ジュウジヤ」に
近い音で読んでもらえるかもしれません。
「JEUGIYA」さんの真の狙いはわかりませんが。


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 01:45:30)

この

・mazda
・nissay
・terrada
・nippn
・aska
・tombow
・casio
・noritz
・minolta
・ricoh
・omron
・canon
・eisai
・dydo
・shinmaywa
・usen


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 01:47:13)

書いてる途中で送信してしまいました。

この手の商品名・会社名はいろいろありますね。
気がついたときにメモっていたものを↑に挙げてみました。


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 02:08:39)

>UEJさん
こんなにあったんですね・・・すごい。

SHMZは単に母音を抜いただけかもしれませんね。と考え直しました。
でも、初めてあのロゴを見たとき、「あ、シミズか、あの書き方はかしこいな」と
思ったものですから・・・。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 07:14:18)

母音を抜くことで、「母音の無声化」を実際に発音させようとしている=日本語らしい発音を求めているのではないでしょうか?


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 27日 土曜日 16:47:19)

Yeemarさん、東京・銀座の「十字屋」とは直接関係はないようです。こちらは京都の三条が本店のようです。以前は表記が「十字屋」だったと思います。


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 01日 木曜日 23:11:33)

上の例を分析してみると主に3つ(またはその組み合わせ)に分類できるかと思いました。

【母音字省略系】
nippn(pp←ppu、日本製粉)
omron(m←mu、御室(京都の地名))

【子音字置換系】
casio(c←k、樫尾(人名))
eisai(s←z、衛材)

【母音字置換系】
nissay(ay←ei、日本生命)
dydo(y←ai:大同)

Yeemarさんの表記も少し変則的ですがyee←ii、ar←aの母音字置換系でしょうか。

トヨタのcamryは冠(かんむり)が語源だそうですが、
母音字省略(mu←m)、子音字置換(c←k)、母音字置換(y←i)が三拍子揃っています

他に少数ではありますが、アルファベットによる置換(例:usen)などもあります。

そういえば英語でもQuick CopyをKwik Kopyと表記したブランド名があったりします。
こうすることによって、
・独自性が出せる。
・見た目が新鮮。
・親近感が沸く。
などのメリットがあるかと思います。

Kwik Kopy


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 01日 木曜日 23:18:19)

今気付きましたが、京都のレコード屋さんは「JEUGIYA」ではなく
「JEUGIA(Yが無い)」ですね。
「JEUGIYA」ならばそれほど抵抗無く「十字屋」と読めるけれど
「JEUGIA」だと思わず「ジョージア」と読んでしまいそうです。

cf.「どぜう」−「どじょう」

UEJ


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 01日 木曜日 23:40:58)

UEJさん、
>cf.「どぜう」−「どじょう」
とされていましたが、これはどういうことですか?
「どじょう」は「どぜう」ではなく「どじゃう」ではなかったかと思うので、気になっていたのですが、なぜここに書かれたのか、ご説明をいただけませんか?すみませんがお願いいたします。


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 00:09:31)

>「JEUGIA」だと思わず「ジョージア」と読んでしまいそうです。

Europaが(エウロパを経て)ヨーロッパになった(ユーロッパにならなかった)、というのを思い出す話です。

UEJさんの「どぜう」は、通用の「どぜう」という表記を見て「どじょー」と発音するように、「JEU(じぇう)」を「じょー」とよみたくなる、という話ですね。

なお、歴史的仮名遣いでは「どぢゃう」であるようです。

ユーロ


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 02:39:12)

なるほど、そういうことでしたか・・・。

そして、「どぢゃう」だったんですね。「アウ」→「オウ」の例で「どじょう」を
見たような気がするのに、浅草あたりでは「どぜう」という看板が多いので、
どうなっているんだっけなー、と、うろ覚えのままにしていたところでした。
ありがとうございました。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 06:35:41)

コンビニエンスストア「サンクス」は「sunkus」と綴っていますが、これはホームページによれば

太陽のように明るく、お客様への感謝の気持ちをもった店でありたいと、太陽の「SUN」と「Thanks」をかけて作られました。また、看板などに使われている「ロゴマーク」では、長靴をはき、帽子をかぶった「K」の字を小さな子供にみたて、「小さなお子さまでも安心して利用できる店舗」を表しています。
とのこと。それならば「sunks」でよいのではないか。

「sunkus」は、「サンカス」などと読みたくなります。ローマ字読みなら「スンクス」。英語読みで「サンクス」はあり得るのでしょうか。


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 02日 金曜日 14:50:56)

オフィス用品デリバリーサービスの「アスクル(ASKUL)」は「明日来る」のもじり。母音字省略+子音字置換です。(当日配達も増えている由。いずれ「キョウクル」と改名されたりして?)

浅草の「駒形どぜう」は、初代の越後屋助七が貰い火で失った店舗を再建する際(1806年)に、「どぢやう」の四文字を嫌って看板書きの撞木屋仙吉に奇数文字の看板を書かせたのが始まり。これが繁盛したため、江戸末期には他店も倣って「どぜう」と書くようになったそうです。

駒形どぜう


豊島正之 さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 12日 金曜日 13:40:32)

元に戻りますが、フランス語 jeu (ジュー、英語 play) には演奏・芸・遊びの意が
ありますから、レコード屋さんであれば、それに掛けているという事はないでしょうか。


豊島正之 さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 12日 金曜日 13:41:24)

# サーバの時計が変ですね。


豊島正之 さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 12日 金曜日 13:53:00)

# サーバの時計が変ですね。


豊島正之 さんからのコメント
( Date: 2003年 12月 12日 金曜日 13:55:53)

# サーバの時計が変ですね。


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 06日 火曜日 02:12:22)

ローマ字の綴りを変形した例。UEJさんのリストにないもの。
FUJICCO フジッコ(株) …(株)富士昆布
KOSEÈ  コーセー(株) …小林孝三郎のKO+誠実のSEI=KOSEI→KOSE→KOSÈ(英語圏で“コーズ”と読まれぬよう)
OLFA  オルファ(株) …折る刃
Q'SAI  キューサイ(株) (Q'SAI CO.,LTD) …九州自然野菜組合→九菜
SECAICHO  世界長(株)
SOJITZ  双日(株) …ニチメン+日商岩井
TOKIO MARINE  東京海上火災保険(株)
AHJIKAN  (株)あじかん …阿字観

外国語の綴りを変形した例。
GLICO  江崎グリコ(株) …glycogen
KYGNUS  キグナス石油(株) …cygnus(白鳥座;ラテン語)


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 06日 火曜日 02:14:18)

1行訂正です。

KOSÈ  コーセー(株) …小林孝三郎のKO+誠実のSEI=KOSEI→KOSE→KOSÈ(英語圏で“コーズ”と読まれぬよう)


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 06日 火曜日 02:22:23)

たびたびすみません。
KOSÉ  コーセー(株) …小林孝三郎のKO+誠実のSEI=KOSEI→KOSE→KOSÉ(英語圏で“コーズ”と読まれぬよう)


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 04月 06日 火曜日 08:51:33)

> 元に戻りますが、フランス語 jeu (ジュー、英語 play) には演奏・芸・遊びの意が
> ありますから、レコード屋さんであれば、それに掛けているという事はないでしょうか。

サイトに説明がありました。

| フランス語で「遊び」「ゆとり」「楽しみ」という意味を持つJEU
| ジョージア、グルジアなど、地名に用いられ、
| 「地方」「国」「領域」といった語感を有するGIA
| 2つをつないで、遊びの国あるいは楽しみの領域を表現して、
| 「こころ豊かな暮らし」の提案を企業理念としております。

JEUGIA由来


つづく

posted by 岡島昭浩 at 16:37| Comment(0) | TrackBack(1) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

気になる新市名(hiroy)

伊豆長岡町、韮山町、大仁町が合併し、新市名が「伊豆の国市」となるそうです。
個人的には「伊豆北条市」の方が歴史を感じさせて良かったと思うのですが、「伊豆中央市」や「北伊豆市」といった無味乾燥な名前よりは良かったのかな、と思います。

「伊豆の国市」12票
・昔からの歴史ある名称
・伊豆という言葉が入り、響きがよい
・農協と同じ名前で地域に定着している
・3町に共通、公平

「伊豆北条市」10票
・北条氏ゆかりの地
・歴史的で、さわやかなイメージ
・知名度がある
・愛媛県に北条市があるので伊豆を付けた

お隣には「伊豆市」(修善寺町、天城湯ヶ島町、中伊豆町、土肥町)も誕生するとのこと。ちょっとヤヤコシイかも?「修善寺」や「天城湯ヶ島」、「土肥」といった名前が地図から消えるのは、ちょっと寂しいですね。


hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 14:31:54)

URLを付け忘れました。

→ 伊豆市 誕生2004.4.1

新市名は「伊豆の国市」


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 17:26:29)

4月1日には四国中央市も発足しますね。なじめば、どうということはないのでしょうか。どうもこれでは、病院か高校のようなネーミングで賛成しかねます。

地名というものは、詩歌に詠めるものがいいと思います。「小諸なる古城のほとり……」と言うからいいのであって、「四国中央なる海のほとり……」では感じが出ません。まあ、いいか。実際に使ってみて、「どうも具合が悪い」ということになれば、この手の名付けは下火になるでしょうし、「大いによろしい」ということであれば、工夫をこらした新市名が広まってゆくでしょう。適者生存の原理を信じることにします。

郷里に近い「東かがわ市」では、昔からの町名がなくなり衝撃を受けましたが、地元の努力で、名前自体は存続しています(ことばをめぐるひとりごと・「町名廃止に衝撃」)。

修善寺・天城湯ヶ島・中伊豆・土肥はどうなのでしょうか。


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 00:54:09)

姉が伊予三島市に住んでいるので、この「四国中央市」には私もがっかりしました。

古い地名というのはどんどん消えていくもののようで、子どものころよく聞いたのに
使われなくなった地名が、私の家の周りでも増えました。

「原宿」(むかし宿場だった。渋谷区の原宿ではありません。)「三軒在家」
(「さんげんざいけ」と読む。3軒ばかり家があったところ)など、古い地図には
載っていても郵便を配達する住所には使われていない地名があるのです。
いちおう東京都で都心への通勤圏内なので、新しい住民も増え、それにしたがって
使われなくなってきたのだと思います。
行政による変更でなくても消えていく名前があるのは、惜しいことだと思います。


hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 03:09:39)

「四国中央市」、なんとも違和感を感じますね。私は部外者ですが、自治体同士のメンツ争いが優先されて住民の意向が反映されていないのだとすれば、残念です。

新自治体名の一覧を見ると、かな地名の多さに驚きます。私が感心したのは「南アルプス市」位です(カタカナ地名ですけど…)。かと言って歴史的地名を使う場合でも、「甲斐市」(山梨県竜王町、敷島町、双葉町の合併)のように「あれ?」と感じるものもあります。難しいですね。

(下記URLの毎日新聞記事より引用)

【かな使用の主な新自治体名(合併済み・予定含む)】
都道府県       由来など
青森  つがる市   西津軽郡
栃木  みかも市   三毳山にちなむ
埼玉  さいたま市  埼玉の県庁所在市
東京  あきる野市  中世からの地域名称
石川  かほく市   河北郡
福井  あわら市   芦原温泉
山梨  南アルプス市 南アルプスのふもと
岐阜  ひらなみ市  平田、南濃、海津の「頭文字」
三重  いなべ市   員弁郡
兵庫  南あわじ市  淡路島の南部
和歌山 みなべ町   南部と南部川の合併
岡山  あかいわ市  赤磐郡
徳島  つるぎ町   剣山のふもと
香川  さぬき市   旧国名の讃岐
    東かがわ市  香川県の東部
高知  いの町    伊野町と2村が合併
福岡  うきは市   浮羽郡
熊本  あさぎり町  盆地で霧の発生が多い
鹿児島 さつま町   薩摩郡

 【特徴ある新自治体名(合併済み・予定含む)】
秋田  大仙市    大曲市と仙北郡
千葉  九十九里市  東金市を押しのけ旧町名を採用
山梨  甲斐市    旧国名
長野  千曲市    千曲川
岐阜  飛騨市    神岡町が消えた
鳥取  琴浦町    海岸の旧名称「琴ノ浦」から
    湯梨浜町   「日本のハワイ」羽合町が消える
島根  雲南市    旧国名「出雲」の南部
    隠岐の島町  隠岐の島後地区。島前地区が反発
岡山  瀬戸内市   瀬戸内海に面する
徳島  吉野川市   吉野川
愛媛  西予市    旧国名「伊予」の西部
    愛南町    愛媛県の南部
高知  四万十市   四万十川が流れる
長崎  新上五島町  上五島町などによる「新」町

毎日新聞:[新日本地図・平成の大合併]/1 試される文化と分権


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 28日 日曜日 07:07:27)

平仮名の市名は増えて欲しくないと思います。

現時点で、平仮名片仮名名の自治体は以下の21市町村もあります。
(*印は「全国ひらがなカタカナ市町村連絡協議会」に加盟している自治体)
北海道 ニセコ町 (*)
北海道 えりも町 (*)
青森県 むつ市 (*)
福島県 いわき市 (*)
茨城県 つくば市 (*)
茨城県 ひたちなか市 (*)
埼玉県 さいたま市
東京都 あきる野市
石川県 かほく市
福井県 あわら市
山梨県 南アルプス市
三重県 いなべ市
滋賀県 びわ町 (*)
滋賀県 マキノ町 (*)
和歌山県 かつらぎ町 (*)
和歌山県 すさみ町 (*)
山口県 むつみ村 (*)
香川県 さぬき市
香川県 東かがわ市
熊本県 あさぎり町
宮崎県 えびの市 (*)

これから合併する自治体で、平仮名の新名称が決定または予定されているのが、hiroy さんが挙げられたのも含めて15市町もあります。

青森県 つがる市 (木造町、森田村、柏村、稲垣村、車力村)
秋田県 にかほ市 (仁賀保町、金浦町、象潟町)
栃木県 さくら市 (氏家町、喜連川町)
栃木県 みかも市 (大平町、岩舟町、藤岡町)
埼玉県 ふじみの市 (富士見市、上福岡市、大井町、三芳町)
岐阜県 ひらなみ市 (平田町、南濃町、海津町) 
兵庫県 南あわじ市 (南淡町、西淡町、緑町、三原町)
和歌山県 みなべ町 (南部町、南部川村)
岡山県 あかいわ市 (瀬戸町、山陽町、赤坂町、熊山町、吉井町)
徳島県 つるぎ町 (半田町、貞光町、一宇村)
愛媛県 きほく町 (広見町、松野町、日吉村)
高知県 いの町 (伊野町、本川村、吾北村)
福岡県 うきは市 (吉井町、浮羽町)
長崎県 東そのぎ市 (東彼杵町、川棚町、波佐見町)
鹿児島県 さつま町 (薩摩町、宮之城町、鶴田町)

ひらなみ市(平田、南濃、海津の「頭文字」)は、「海津市」に変更するよう請願が出されたそうですが、どうなるでしょう。


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 28日 日曜日 07:43:05)

「四国中央市」は品がない名前だなぁ…と思いましたが、考えてみたら「北九州市」もいい勝負ですね。

さぬき市、東かがわ市、伊豆市…どれも僭称です。旧国名を名乗る自治体のうち、僭称に当たらないのは、平成の大合併で新登場する「佐渡市」「対馬市」「壱岐市」ぐらいでしょうか。

中伊豆町 土肥町、修善寺町、天城湯ヶ島町と合併して「伊豆市」へ  
西伊豆町 松崎町、賀茂村と合併予定
東伊豆町 特になし
南伊豆町 特になし
伊豆長岡町 大仁町、韮山町と合併協議中

「全国伝統地名(旧国名)市町村連絡会議」の加盟団体が、いずれも伝統とは無関係に旧国名を僭称しているのはジョークのようでもあります。

全国伝統地名(旧国名)市町村連絡会議


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 29日 月曜日 10:07:40)

ずいぶん昔に市制発足していますが、「東大阪市」(1967年)は大阪の東にあるからですから、「北九州市」と同じようなもの、「大東市」(1956年)もやはり「大阪の東」なので「大東市」なので、これまた「北九州と発想は同じでしょう。?
つまり、ネーミングに関しての違和感は、時間の経過による「慣れ」で解消されるものではないかと。とはいっても、「四国中央」は「駅名」なら許せるけど「市の名前」では・・・ねえ・・・と思いますけどね。
それと「さいたま市」とか「あきる野市」なんて、普段あまり接触がない地域に住む私にとっては、いつまで経っても「慣れない」=「違和感は解消されない」と思います。「埼玉地裁」の判決にはうなずけても「さいたま地裁」の判決には「ほんとかよ?」と納得できないものを感じ・・・ませんか?


posted by 岡島昭浩 at 14:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

語彙が少ないのか解釈が単純なのか(KS)

 電車の中で座り込むなど迷惑この上ない若者達と電鉄のマナー広告を見ていてふと考えた。こう云う行為を全て「マナー」という言葉で十把ひとからげでくくっているが規律とか自制と不法行為とかの使い分けが必要ではないか思います。マナーを守りましょう!だけでは薄っぺらく単なる能書きに思えて仕方がありません。(初めて投稿します=年齢をとるとこんなのが非常に気になります)
 


posted by 岡島昭浩 at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月24日

五番街はダウンタウンか?(道浦俊彦)

「ダウンタウン」は日本語で言うところの「下町」ではないと、10年ぐらい前に教わり、目からうろこが落ちたことがあります。
辞書を引くと、「商業地区」とか「街の中心」とか、「繁華街」という訳が載っていますが、さて、ニューヨークの五番街は「ダウンタウン」と言っていいのでしょうか・逆に日本の「東京銀座」は「ダウンタウン」と呼んでいいのでしょうか?


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 00:39:37)

マンハッタンの場合は北の方にUptown(Upper 〜)、中ほどにMidtown、南の方に
Downtown(Lower 〜)と呼ばれる地域があるので5番街はダウンタウンには
入らないのではないでしょうか。

私の勝手なイメージでは、Downtown NYと言えばタイムズスクエアのあたり、
Downtown Tokyoといえば新宿・渋谷あたりです。
5番街や銀座もダウンタウンといえばダウンタウンなのでしょうが・・・。

東京やニューヨークはふつうの街に比べてものすごく規模が大きいので、
どのあたりまでをdowntownとするかは難しいところだと思います。


hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 02:43:35)

私もbookoさんと同じなのですが、五番街を「ダウンタウン」とは呼ぶのには些か抵抗があります。やはりニューヨークにはUptown/Midtown/Downtownという地区名がありますので、Midtownにある五番街をダウンタウンと呼んでしまうと、要らぬ誤解を生じてしまいそうです。その意味では、Times Square周辺をダウンタウンとは呼ぶことも、避けたいと思います。
やはりニューヨークで「ダウンタウン」と言うと、Lower ManhattanやChinatownなどを思い浮かべてしまいます。

一般に、東京やニューヨークなど、核となる繁華街やビジネス街が複数存在するような大都市では、"辞書の意味での"「ダウンタウン」という言葉は使い難いのではないでしょうか。
現在私の住んでいる街の中心部もダウンタウンと呼ばれていますが、ここで「ダウンタウン」と言えば一意に定まるため、迷いようがありません。

敢えて「東京のダウンタウン」をイメージすると、やはり新宿、渋谷、六本木あたりでしょうか。


hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 03:02:37)

札幌、仙台、名古屋、広島、福岡あたりの「ダウンタウン」はどうでしょうか。一意に定まりそうな気がするのですか。

道浦さん、大阪は如何ですか?キタとミナミがありますが……。
(私のイメージでは、やはりミナミの方が若干優勢(?)な気がします。)

この話題で思い出しました。私の以前住んでいた長崎市では、中心部の繁華街、浜の町のことを、単に「街(マチ)」と呼んでいました。「マチに買い物に言ってくる」と言えば、それは浜の町に買い物に行くことを意味します。この「マチ」は「ダウンタウン」に近い用法ですよね。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 07:32:57)

hiroyさん、大阪で「ダウンタウン」と言うと、浜ちゃんと松ちゃん・・・というのは冗談で、やはりキタよりも「ミナミ」のイメージがありますが、それが正しいのかどうか自信はありません。
福岡は天神、鹿児島は天文館なのでしょうかねえ?

この疑問は、最初、大阪市大正区をさして「沖縄の下町の雰囲気がある」とした表現の是非について考えて、「沖縄に下町はあるか?」というところから始まりました。辞書を引くと、「下町」は、都会で、庶民的な町。また歴史的には、武家などが住んだ「山の手」の対立概念としての商工業者=町人が住んだ、標高の低い土地にある町を「下町」というようですが、英語の「DOWNTOWN」は、「下町」と違う概念なのかどうか。重なる部分はあるかどうかについて考えていたのです。
ニューヨークについては、Lower ManhattanやChinatownをさすのであれば、少し重なる部分がありそうですね。


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 08:53:48)

ランダムハウスのdowntownの項から引用です。

(1)New York の Manhattan の場合は Wall Street などのある金融・ビジネス中心街を指す.
(2)東京の江戸時代からの商人と職人の町の「下町」とは一致しないが,横浜などの「下町」にはほぼ一致し,米国でも中心街が低地にある都市が少くないので「下町」の訳でよいことがある

イディオムとして「go downtown」町に出る,買い物に行く、というのもありました。

しかしこの語のイメージは地域によって全然違うと思います。
私が以前住んでいたカナダの町は、二つの市が南北に連なるツインシティで、
南側の市の繁華街がdowntown、北側の市の繁華街がuptownと呼ばれていました。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 09:51:31)

UEJさん、そうすると欧米では、地図の「上・下」を「北・南」にあてて、北側にある町を「上町」、南にある町を「下町」という傾向もあるということですか?


KS さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 10:42:51)

 そうすると京都などは極めて欧米的ですね


KS さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 10:51:34)

 ダウンタウンと下町とは違うとすると「下町人情…」の様な言葉はダウンタウンにはないんでしょうか。私のダウンタウンのイメージは「ウエストサイドストーリー」なんですが


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 11:15:47)

沖縄には「下町」はないような気がします。「下町」は、厳密には江戸・東京の特定の地域を指す地名ではないでしょうか。

東京の下町とはどこか。浅草(台東区)は入るのか、深川(江東区)は入るのか、柴又(葛飾区)は入るのか、ということについて、いずれも「入らない」という説は、テレビで知りました。

1997.06.02 ETV特集「下町育ちの言語学・作家小林信彦の江戸っ子対談」(NHK教育)によれば

伊東四朗 「江戸っ子江戸っ子」と自分から言う人と、「江戸っ子なんだけどもおれは黙ってる」という二通りあるそうなんですけど、こだわる人は、けっこう、「日本橋の擬宝珠〔南〕と万世橋の擬宝珠〔西〕の間が江戸っ子なんだ」っていう人もいるみたいで、そうなるとまさに小林さん……
小林信彦 あのへんの人はね、言わないんですよね。というのは、分かってる。みんな知ってるはずだって。
伊東 そうなんですね。ところがちょっと外れたところの人は、「俺は江戸っ子だ」っていうことを口に出して言うそうなんですけれど。

 伊東さんが語るところの生粋の江戸っ子が住む下町。それは日本橋と万世橋、そして隅田川に囲まれた、きわめて限られた地域です。小林さんが生まれ育った現在の東日本橋は、両国橋のたもとの一角に当たります。本所・深川は隅田川を渡った対岸です。

戦前の区画でいえば、日本橋区の全部と神田区の東半分あたりでしょうか(神田区の西半分は、かつて大名屋敷のあったところで下町とはいえないでしょう)。

『日本国語大辞典』に引かれた「御府内備考」の記述はだいたいこれに相当するのではないかと思います(詳細は、私のもっている古地図では地名が必ずしもくわしく載っておらず、よく分かりません)。

これに従えば、現在の日本橋三越、日本銀行は下町の範囲内と思われますが、証券取引所はそのすぐ南に出ており、日本橋高島屋も南のはずれです。銀座ははるかに南ですから論外です。

ところが、同じく引かれた「江戸府内絵本風俗往来」では、東・西・北の範囲はそんな感じですが、南は新橋まで達するようで、これによれば銀座はじゅうぶん下町に入ります。

さらに、小林氏の『私説東京放浪記』(ちくま文庫)をみるとこうあります。

 東京区分地図をぱっとひらくと、東京湾に近いところに、中央区と千代田区がある。この二つに台東区を加えた三つが、〈東京の下町〉であった。
 一九六四年の東京オリンピックぐらいまでは、そうだった。
 このごろは、五反田や大森まで〈下町〉と呼んだりするので(主としてテレビ)、とび上ってしまうのだが、かつては、まちがいなくそうであった。(p.116)
……
げんみつにいえば、まぎれもない〈下町〉である上野と、まぎれもない〈山の手〉である本郷(p.144)
などとあり、小林説では伊東説よりやや範囲が広がっています。「千代田区が下町」というのは、神田はそうかもしれませんが、皇居や麹町も含まれるので、ちょっと大ざっぱな言い方でしょう。台東区(上野・浅草)は「下町」ならぬ「寺町」ではないかとも思われます。

水天宮のあたりは、厳密な意味での「下町」であり、いまも「ゼイタク煎餅」などの店屋が集まり、古いたたずまいを感じさせます。この一帯は東京大空襲でも焼け残ったところがかなり多いのではないでしょうか。ただし水天宮は建て替えられ、高い位置の土地(階段で上がる)に鉄筋コンクリートということになっています。昔は平地だったそうです。


後藤斉 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 11:36:17)

最近ではイギリスにとってさえアメリカ英語の影響を逃れることが難しくなりつつあるようですが、
特に生活に密着した分野などではイギリス英語とアメリカ英語の違いは残っています。
その意味で"downtown"はまだ十分にイギリス英語的ではなく、「欧米では」というくくり方は
なじまないように思います。

WWlib - Notes on American English


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 12:43:03)

道浦さん、

> UEJさん、そうすると欧米では、地図の「上・下」を「北・南」にあてて、北側にある町を「上町」、南にある町を「下町」という傾向もあるということですか?

そのまま日本語に訳してしまうのはどうかとは思いますが… (^^;
具体的地名を出すとツインシティというのはオンタリオ州のWaterloo市とKitchener市です。WaterlooがKitchenerの北にあります。二つの市はほとんどくっついているのですが、それぞれの中心に繁華街があります。それぞれ正式に(?)呼ぶとDowntown Waterloo、Downtown Kitchenerとなるかと思いますが、Waterlooの方をUptown Waterlooまたは単にUptownと呼ぶことがあります。ちょっと冗談めかした語感を含みますが、市のホームページにも使われるような呼び名です。

Waterloo市のページ


hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 13:01:53)

downtown/uptownの南北説は分かりませんが……本来はやはり土地の低高に由来しているのでしょうね。一般的には恐らくは最初にdowntownという名称が発生し、それに対する形でuptownという言葉が生まれたのでは、と考えます。

ところで日本で「ダウンタウン」と言うと、「繁華街」「商業地区」の意味にウエイトあるように感じますが、米国の「downtown」は、「ビジネス街」という意味合いが強いように思います。Merriam-Webster Onlineによると、

the lower part of a city; especially : the main business district -- often used attributively

だそうです。後藤さんご紹介のWWlib - Notes on American Englishでも、

The word "center" is, apparently, common usage in New England. Geographers sometimes refer to the central business district or CBD, but this isn't a general BE usage.

とあります。勿論その場合も商業地区が含まれることはありますが、米国のdowntownとよばれる街の中心地区は、一部の大都市を除き、商業は衰退して治安は悪化、結果的にビジネスオンリーとなってしまっている、とも言えるかも知れません。

南部のある都市では、「downtown」という言葉のイメージが悪いので、市の中心部を敢えて「uptown」と呼ぶようにした、というニュースを以前どこかで読んだような記憶があります。果たしてその街で「uptown」は定着したのでしょうか……。

Merriam-Webster Online:downtown


hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 13:19:52)

Yeemarさん
東京の下町に浅草や深川、柴又が入らない、という説があるのですね。本来の意味では正しいのかも知れませんが、なかなか厳しい意見ですね。
私のイメージしていた「下町」は、以下のページにある地図の範囲とほぼ一致します。現代の感覚で「下町」と聞いて先ず思い浮かべるのは、人形町、浅草、門前仲町あたりでしょうか。

下町地名由来辞典


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 13:22:41)

後藤さん、
なるほど「欧米」と人くくりには出来ないのですね。了解しました。あくまで「北米(アメリカ・カナダ)では」という話ですね。

Yeemarさん、
東京の「下町」は江戸時代と現在では、指すところが変わってきているのでしょうね。もともと「土地自体の海抜が低い」ということも、下町の「下」には、込められているのではないでしょうか?

UEJ さん、
直接関係なくて申し訳ありませんが、「Waterloo」の読み方・・・・聞き取り方ですが、「ウォータールー」でしょうか?ヨーロッパだと「ワーテルロー」ですよね?もちろん違う街でしょうけど。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 17:01:41)

hiroyさんがお示しの地図は、「下町探偵団」という「江東区、墨田区、中央区、台東区の地域ネットワーク」のホームページですね。地図中には、上で触れた「厳密な意味での」下町の東、隅田川を越えたところにある「本所・深川」、錦糸町、木場のあたりまで入っています。江戸時代ならば、武蔵国ではなく下総国に含まれる地域です。

柴又は、日本橋から見れば、これらの地域とは比較にならないほど東北に離れています。隅田川も荒川も越えて延々行ったところ、千葉との県境(江戸川べり)にあります。

これらが下町と言われることについては田中章夫氏の説明があります(後述)。

上記テレビ番組では伊東四朗・小林信彦両氏の意見が一致していました。

伊東 でまあ、寅さんが下町だって言いますけど、あそこの柴又っていうところは、いってみればとても下町というところではなくて、江戸時代からいえば街道筋ですから、ですからよく今、下町というのも範囲が広(しろ)まったもんだなあと。
小林信彦 映画はだから、フィクションとして作ったら、映画が当たったから人が押し寄せて、なんかああいうことになっちゃった。あれは絶対下町ではないという、ね。ただ、ああしないと、もう下町そのものがなかったんですけどね。絵として。
田中章夫氏の『標準語《ことばの小径》』(誠文堂新光社)p.102では、
 ところで、東京で「山の手」とか「下町」とかいうのは、本来は、旧市内についての称で、山の手は、高輪・白金・麻布・赤坂・青山・麹町・四谷・牛込・本郷・湯島あたりから西側の台地一帯に広がる屋敷町をさし、下町は、新橋・銀座・京橋・日本橋・神田・浅草・下谷から東側の商業地をさしていた。両者の境を、東京の旧市街地を南から北に走る、三田―日比谷―神保町―水道橋―春日町―白山を結ぶ線、ほぼ現在の都営地下鉄三田線の経路あたりに置いて、その西側を山の手、東側を下町とする見方もある。昭和のはじめごろまでは、旧十五区のうち、芝・麻布・赤坂・麹町・四谷・牛込・本郷・小石川の八区を山の手区とし、日本橋・京橋・神田・下谷・浅草・本所・深川の七区を下町区としていた〔下略〕
しかし、その後いつしか江戸川べりまでも広く下町と呼ばれるようになったとあります。

hiroyさんが示された地図は、つまりこの「下町区」に相当しますね。柴又は入っていません。


booko さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 01:16:36)

そういえばイギリスではcity centreのような言い方をすることが多いような・・・。

話はちょっとそれますが、hiroyさんが

>私の以前住んでいた長崎市では、中心部の繁華街、浜の町のことを、単に「街(マチ)」と呼んでいました。「マチに買い物に言ってくる」と言えば、それは浜の町に買い物に行くことを意味します。この「マチ」は「ダウンタウン」に近い用法ですよね。

とおっしゃっていましたが、うちのあたり(東京都の市部です)では都心に出ることを
「都内に行く」と言います。ここもいちおう東京なんですが。
東京がまだ府だったころは神奈川に入るところだったようなので、その名残かとも思いましたが、
同じように市の中心部の方へ買い物に出たりするときも「市内へ行く」と言います。
英語でいうところのdowntownに近い意味を表す、一種の方言だと思われます。


hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 01:26:46)

Yeemarさん
ご教示ありがとうございます。「山の手区」「下町区」という言葉は知りませんでした。
私のイメージする東京の下町の範囲(下町探偵団の地図の範囲)は、オリジナルから拡張された新解釈ということですよね。その中に柴又が入っていないのは、地理的に離れているということと、実は私自身は柴又を訪れたことがなく(しかも寅さんも殆ど見たことがないため)あまりピンとこない、ということがあります。柴又の場合の「下町」はさらに一般化された「庶民の町」の意味として使われているのかな、と思いました。

道浦さん、UEJさん
「Waterloo」ですがオンタリオ州(英語圏)ということなので「ウォータールー」かなと思いました。仏語圏なら「ワーテルロー」ですよね。ロンドンにも「ウォータールー駅」がありますね。
脱線ですが、ニューオリンズに言ったときにストリートカーに「Toulouse」駅というのがあるのですが、米国人観光客と思われる人たちが「タウラウゼェ」と言っていました。旧フランス領なので「トゥールーズ(ツールーズ)」かと思うのですが。


UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 01:57:16)

カナダのWaterlooはカタカナで書けば「ウォータールー」かと思います。
(実際の発音は「ワラルー」みたいな感じですが)
米国アイオワ州にも同名の市があります。

ワーテルローの方は現在のベルギー領のようですが、
ランダムハウスによるとフラマン語だそうです。
日本語に入ってきたのが何語からかは分かりませんが…。


hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 26日 金曜日 02:17:26)

bookoさん
都内なのに「都内に行く」というのは面白いですね。元々昔から住まわれている地元の方が使っていて、それが新しく移ってきた住民の方にも広まった、ということでしょうか。

私の場合、横浜市内に住んでいた時に「横浜に行く」(横浜駅周辺に行く)、あるいは川崎市内に住んでいて時に「川崎に行く」(川崎駅周辺に行く)ということはありましたが、あまり面白くないですね。「市の中心部に行く」という意味で「市内に行く」という表現は使ったことがありませんでした。
因みに横浜、川崎に住んでいた時、都心(山手線内とその周辺)に出ることを言いたい場合は「都内に行く」よりも「東京に行く」という言い方の方が多かったと思います(実際は「渋谷に行く」など具体的な地域名を使うことが殆どですが)。


posted by 岡島昭浩 at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひっぺがす(道浦俊彦)

「ひっぺがす」は、「引き」+「剥がす」がくっついたのだと思っていました。しかしそうすると、なぜ「はがす」の「は」が「ぺ」になるのかが不思議でした。でももしかしたら「へがす」あるいは「へぐ」という言葉があるのかと思って辞書をみると、あるではないですか!
でもまだ、確信がもてないのですが、「ひっぺがす」は「引き」+「へがす」なのでしょうか?
また、「はがす」と「へがす」はどちらの言葉が古いのでしょうか・「日本国語大辞典」では「はがす」は万葉集から、「へがす」は1700年代の書物から用例がありますが、「はがす」の方が古いのかどうか?「はがす」が変化して「へがす」ができたのかどうか?
「はぐ」と「へぐ」(あるいは「はがす」と「へがす」)に意味の違いはあるのか?
方言なのかどうか?
ご教示ください。よろしくお願いします!


岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 24日 水曜日 18:28:54)

「へがす」の用例は新しくても、「へぐ」が古くから有るようですから、「へがす」が新しいことばである、という風に断定することは出来ないでしょうね。

「はぐ」と「へぐ」の違いなどは、調べてみないと分かりませんが、「へぐ」は「減る・減す」と関係有りそうですね。


Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 24日 水曜日 19:07:10)

「へぐ」ということば、方言辞典によれば、現在では静岡県、島根県などで使われているということですが、私は小さいころ、郷里の香川でしばしば聞いたような気がします。NISHIOさんならばご存じかもしれません。

使い方は、「竹ひごをへぐ(けずる)」「ゴムへらについた生クリームをへぐ」という感じでしょうか。本体と一体化した薄いものを引き離すという語感があるように思います。(今、古語辞典を見てしまったので、ちょっとその記述に引きずられているかもしれませんが、郷里ではだいたいそんな感じだったと思います。)

「こそげる」に近いのか。「こそげる」は、鍋にくっついた焦げなどを棒などで粉々にして離すもので、またちょっと違います。

「はぐ」は、「ふとんをはぐ」というように、本体と一体化していなくてもよいように思います。

「ひっぱがす」と「ひっぺがす」の違いはあまり感じませんが、「愛し合う二人をひっぱがす(ひっぺがすは密着している場合?)」「柱にくっついた千社札をひっぺがす(ひっぱがすも可)」という微妙な用法の違いがあるように思います。

あくまで私の語感です。

「はぐ」のほうが「へぐ」よりも意味が広くてよく使われてきたということは言ってよいのではないでしょうか。


NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 02:02:50)

「へぐ」「へぎ」はよく聞きました。
木の皮をへぐのは「剥く」に近い。木材を薄くへいで「へぎおり」を作るのは、表面をカンナなどで薄く削り/剥ぎ取るイメージです。削り/剥ぎ取った薄片のほうが主役。半乾きの餅を薄くへいで「へぎ餅(かき餅)」を作るのも同様です。「竹ひごをへぐ」は、私の感覚とはちょっと違います。

「へぐ」は方言だと思っていたのですが、改めて辞書を引いてみるとふつうに載っているのが少々意外でした。

■新明解国語辞典
 ひっぱが・す【引(っ)剥がす】(他五)〔東部方言〕力を入れて(無理に)剥がす。
 ひっぺが・す【引っぺがす】(他五)〔東部方言〕ひっぱがす。
 へがす(他五)〔口頭〕〔「はがす」と「へぐ」の混合〕 はぎとる。[自動]へげる(下一)

■東京堂出版『日本俗語大辞典』
 ひっぱがす(引っ剥がす)[動](「ひきはがす」の変化した形)乱暴に引き剥がす。荒っぽい語感。
 ひっぺがす(引っ剥がす)[動]「ひっぱがす」に同じ。[江戸]
 へがす[動]はがす。[江戸]

■旺文社『全訳古語辞典』
 は・ぐ【剥ぐ】(他ガ四)(1)物の表面をむき取る。はがす。
 へ・ぐ【剥ぐ・折ぐ】(他ガ四)薄く削りとる。はがす。また、減らす。

■『広辞苑』
 は・ぐ【剥ぐ】 [一]《他五》(1)表面をむきとる。はがす。へがす。
 へ・ぐ【剥ぐ・折ぐ】 [一]《他五》(1)薄く削りとる。はがす。むく。日葡辞書「イタヲヘグ」
 はが・す【剥がす】 《他五》はぎとる。ひきむく。「ポスターを―・す」「生爪を―・す」
 へが・す【剥がす】 《他五》はがす。へぐ。
 へぎ【折ぎ・剥ぎ】 (1)へぐこと。(2)「へぎいた」の略。(3)「へぎおしき」の略。〈日葡〉(4)「へぎおり」の略。
 へぎ‐いた【折板・剥板】  杉または檜の材を薄く剥いだ板。へぎ。
 へぎ‐おしき【折折敷・剥折敷】  へぎいたで作った折敷。へぎ。
 へぎ‐おり【折ぎ折・剥ぎ折】  へぎいたで作った折箱。へぎ。「―にすしを詰める」
 へぎ‐もち【折餅・分餅】 (→)欠餅(2)に同じ。
 かき‐もち【欠餅】 (2)餅を薄く切って乾燥したもの。あぶり焼いて食す。

■東京堂出版『上方ことば語源辞典』(堀井令以知編)
 ヘギ「折」と書き、杉や桧の材を薄く剥いで作った折箱。「ヘギにご馳走入れて持っていこ」。
  〔語源〕ヘギイタの略で、室町時代から使われている。薄く板を削り取るヘグから。


道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 25日 木曜日 07:38:50)

アナウンサーの滑舌練習でやる「外郎(ういろう)売り」のセリフの中に「へぎほしはじかみ」というのが出てきますが、その「へぎ」の意味がようやくわかりました!「へぐ」ンですね。そして「干す」んですね。そうした「はじかみ」なんですね。
ところで辞書を見ると「はじかみ」は、「さんしょう」だったり「しょうが」だったりするんですが、「へぎほしはじかみ」の「はじかみ」は、どっちなんでしょうか?山椒?生姜?


posted by 岡島昭浩 at 17:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月16日

「きのう」と「おととい」のアクセント(道浦俊彦)

「きのう」「おととい」という言葉は、品詞(名詞か副詞か)によって、アクセントが変わります。副詞の場合は平板アクセント、名詞の場合は中高アクセントです。私の疑問は、

「なぜ、品詞によってアクセントが変わるのか?」

ということです。

一応自分で考えて導いた答えは、

「平板アクセントは、次に続く言葉との区別が付きにくい。中高アクセントであれば区別・強調がしやすい。副詞は主語になりえず、用言の修飾という従属的な立場にあるので、あまり強調しなくても文意が伝わるが、名詞は主語や目的語になり、強調することで文のニュアンスが変わることもありうる。ゆえに、ほかの語と区別が付きやすく強調しやすい『中高アクセント』(頭高や尾高でもいいですが。つまり『平板アクセントではない』、ということ)を、名詞の場合はとるのではないか?」

というものでしたが、本当のところはどうなんでしょうか?



Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 16日 火曜日 13:21:51)

平板型に比べて起伏型(頭高、中高、尾高型の総称)が「強調しやすい」かどうかは慎重に考えるべきだと思います。「かなり面白い」の「かなり」を若い人が平板で言っていますが、この場合、頭高で言うよりも平板で言ったほうが強調している感じがします。


ところで、「名詞・数詞からの転成副詞」について『新明解日本語アクセント辞典』に述べるところがあります(付録p.66)。

 「数」「時」「量」を表す名詞・数詞が副詞的に用いられるときは,一般には変化しないことを原則とする。但し,尾高型のもの,及び最後の拍が引き音・撥音・二重母音副音でその前の拍まで高いものは,平板型に変る傾向がある。
そしていくつか例を出しています。分かりやすいものを抜粋してまとめると:


《引き音〔ー〕で終わる》

 「十(とお)」(起伏型)→「十(平板型)ある」

 「昨日(きのう)」(起伏型)→「昨日(平板型)見た」

《撥音〔ん〕で終わる》

 「たくさん」(起伏型)→「たくさん(平板型)買う」

 「五人」(起伏型)→「五人(平板型)帰る」

《二重母音〔アイ・オイ等〕で終わり、その二重母音の中にアクセント滝がある》

 「三回」(起伏型)→「三回(平板型)出た」

 「おととい」(起伏型)→「おととい(平板型)来い」


ではなぜこうなるか、ですが、なぜでしょうね。



Shuji さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 18日 木曜日 03:53:08)

文で考えてみると、たぶん以下のようになると思います。


1、「きのう」の映画は良かった。・・・きのう(名詞・起伏型)

2、「きのう」見た映画は良かった。・・・きのう(副詞・平板型)

3、「きのう」いい映画を見た。・・・きのう(副詞・起伏型)


2の文で副詞「きのう」が平板型になるのは「きのう見た」が「映画」にかかって「きのう見た映画」で全体で名詞節をつくっていることが関係しているのではないでしょうか。

これは単独の「サッカー」(頭高)が「協会」にかかって「サッカー協会」となると「サッカー」の部分が平板型になるのと同じ作用のような気がします。

Shuji


日本語はいかが?「書き言葉」と「話し言葉」



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 18日 木曜日 05:01:31)

Shujiさん

2の「きのう」は「見た」にかかるから「副詞」で平板でいいのでは?

3の「きのう」は「起伏」ではなく「平板」では?

また「サッカー協会」は、複合語の場合にはコンパウンドするということで、今回の件とは関係ないのではないでしょうか?



Shuji さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 18日 木曜日 11:36:35)

道浦さん


>2の「きのう」は「見た」にかかるから「副詞」で平板でいいのでは?

3の「きのう」は「起伏」ではなく「平板」では?>


副詞としての「きのう」のアクセントについては、私は二通りに考えたほうがいいと思っています。

2、「きのう見た映画」は良かった。・・・名詞節をつくる「きのう」(副詞・平板型)

3、「きのう」、いい映画を見た。・・・名詞節をつくらない「きのう」(副詞・起伏型)


>「サッカー協会」は、複合語の場合にはコンパウンドするということで、今回の件とは関係ないのではないでしょうか?>


2の副詞の「きのう」がアクセントの変更をして名詞節をつくる準備(予告)をする作用と、単独の「サッカー」がアクセントを変更して複合語をつくる準備をする作用と通うところがあるのではないか、というのが私の推測です。さらに、ご教示頂ければありがたいです。



岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 18日 木曜日 13:13:19)

Shujiさんのアクセント体系では、そのような規則になっている、ということでしょうね。そうなると、複合語化と通じる部分もあると思います。


ただ、3でも平板で現れるのが道浦さんや私などのように居るのですから(アクセント辞典等によればこれが記されている)、これは複合語化とは別に考えねばならないと思います。


道浦さんの書き込みを見てからは、「-り」「-と」などで終わらない副詞は、平板型が多いような気がするので(未調査)、それに引かれたのか、と思っておりました。



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 18日 木曜日 13:42:47)

Shujiさん

アクセントを区別するポイントは「きのう」の単独の品詞ではなく、「きのう」が含まれる文章の中で「名詞節を作るか作らないか」ということでしょうか?



佐藤 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 18日 木曜日 17:47:35)

倒置するとどうでしょうか。副詞なのに修飾される語(文節)が後続しないケース。


「え〜! 行っちゃったんですか? きのう」

 (美術展の前売り券を売りつけようと思ったのに)


私は、まず起伏型を想起し、ちょっと考えて平板でもいいのかなと感じます。



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 18日 木曜日 17:59:44)

私はこの倒置のケースは、(1)平板(2)起伏ですね。

(2)の起伏の場合は「きのうに。」の「に」が省略されたと考えてやはり名詞扱いだから起伏、と考えます。



岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 18日 木曜日 23:32:40)

このスレッドの最初の話は、「品詞によって変わるアクセント」でありました。


品詞によって、ではありませんが、意味によってアクセントがかわる一群があることを思い出しました。よく指摘されることですが、擬声語が起伏型で擬態語(的な使い方)が平板型である、ということです。


 が’らがら と がらがら

 ご’りごり と ごりごり

 ど’ろどろ と どろどろ


起伏型が「ーと(音がする)」で、平板型が「ーになる」というものです。



岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 19日 金曜日 00:37:31)

>「え〜! 行っちゃったんですか? きのう」


この話と関係してきそうですね。

最近気になる「語尾上げ」論



佐藤 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 19日 金曜日 21:04:02)

あ、ずいぶん時間が空いてしまいました。Shujiさんの示した


  3、「きのう」、いい映画を見た。


ですが、私のアクセント(生後より埼玉県に22年在住)だと、まず平板が現れますが、
読点を相応のポーズとして発音すると、起伏型でもいいと思えます(あるいは、
やや朗読調になるかもしれません)。


で、ポーズを置くこと(=後続語との距離を多少なりとも置くこと)で副詞であっても
名詞と同じような起伏型が現れはしないか、また、そういう現象がありはしないかと
考えているのですが(あるなら、今後の説明がしやすい)、一方では、名詞の無助詞
用法(「おれ、東京、行って来るよ」)のようなものも考慮しないといけないか、
とも思っているところです。


あ、言葉・表現は異なりますが、方向としてはおおむね、道浦さん・Shujiさんと
似たようなことを考えています。



Shuji さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 20日 土曜日 10:45:02)

最初の私の投稿で挙げた文例<1、「きのう」の映画は良かった。・・・きのう(名詞・起伏型)>

は、あまりいい例ではありませんでした。「の」を続けると

<「きのうの映画」は良かった。>のように名詞句をつくる意識が働き「きのう」が平板型になり得るからです。文例1を次のように「が」の続く形にしておきます。
(1)その映画は「きのう」が封切りだった。・・・きのう(名詞・起伏型)


>アクセントを区別するポイントは「きのう」の単独の品詞ではなく、「きのう」が含まれる文章の中で「名詞節を作るか作らないか」ということでしょうか?>(道浦さん)


日本語は最後まで聞かなくてもある程度その構造が予測できます。これは同時通訳者などが直感として捉えているのだろうと思います。
たとえば


<「きのう」、学校の先生が推薦した映画を見た>

の「きのう」(副詞)は「起伏型」ですが、


<「きのう学校の先生が推薦した映画」を見た。>

の「きのう」(副詞)は「平板型」になっています。


これは、最初の「きのう」のアクセントの変更が次に名詞節をつくる予告をしている、と見るのが自然のような気がします。



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 22日 月曜日 11:28:32)

(1)<「きのう」、学校の先生が推薦した映画を見た>

(2)<「きのう学校の先生が推薦した映画」を見た。>


私はどちらの「きのう」も「平板」ですね。ただ、内容が分りにくいので、(1)の場合は「きのう」を「見た」の直前に置くようにします。ニュース原稿など(書き言葉)では。



posted by 岡島昭浩 at 11:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月13日

ググる(hiroy)


昨年あたりからネット上で「ググる」(或いは「ぐぐる」)という言葉(「Googleで検索する」という意味)がよく使われています。ググる、ググられる、ググらせる、ググらない、ググります、ググった、ググるとき、ググれば、ググれ、ググれる、といった活用形も見られます。ネット上ではかなり市民権を得てきた言葉ではないでしょうか。


この言葉、これまでは掲示板やブログ等、個人ベースの書き込みの中で目にしてきましたが、今日のITmediaの記事で、この「ググる」(の活用形)が使われていました。コンピュータ関係のサイトにおけるコラム、しかも翻訳記事とはいえ、日本の大手ニュースサイトでこの表現が使われるのを私は初めて目にしました。


動詞として使われているのは日本だけではなく全世界的な現象のようで、前述の記事の原文(ZDNet)もそうですが、英語でも"google"が動詞として使われています(google, googled, googling)。

「ゼロックス(xerox)」と同じような使われ方ですね。

ITmedia:「愛しのGoogle」を大いに語る



UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 13日 土曜日 09:57:45)

動詞になった商品名としては「fedex」もありますね。



後藤斉 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 13日 土曜日 20:18:09)

英語のto google は、他動詞として使われた場合、主に人を目的語にとるという記述があり、実例もそれを

支持するものが多そうです。日本語の「ググる」と微妙な違いがあるようです。

Word of the Week Archive: google



佐藤 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 13日 土曜日 23:44:21)

英辞郎にもそのような記述があるんですね。「google up」なんていう熟した形も。

英辞郎(スペースアルク)



booko さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 14日 日曜日 02:48:13)

「ググる」のように省略された形で私に馴染みのある言葉を“ググって”

いたところ、以下のページが見つかりました。


「ることば」に限って、ここに載っていた例のほかに私の周りの人が

使うのは、「ヤニる(タバコを吸う)」「チェキる(チェキで写真を撮る)」

「イレブる(セブンイレブンに行く)」「スタバる(スターバックスに

行く)」などがあります。


「徒歩る」は「とほる」でしょうか。「かちる」を聞いたことがあります。

「コピる」は「コピーをする」よりは「真似をする」の意で使います。

神戸大 田中奈緒美さん 卒業論文



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 16日 火曜日 12:58:26)

@ITのサイトで行われているネット上でのアンケート(投票)によると、


(以下引用)

投票:「ググる」って言葉を? 総投票数:252

知らない:35 (13.89% )

知ってる(でも自分では使わない):116 (46.03%)

知ってる(自分で使う):101 (40.08%)

【注意】

・投票は恣意的に行われます。統計的な調査と異なでり、投票データの正確性や標本の代表性は保証されません。

・投票結果の正当性や公平性について、アットマーク・アイティは一切保証も関与もいたしません。

(以上引用)


という数字が出ていました(2004年3月15日現在)。自分の感覚的にも「こんなものかな」という感じがします。

@IT:投票:「ググる」って言葉を?  



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 16日 火曜日 13:40:55)

後藤さん、佐藤さん

"google"を他動詞として人を目的語にして使うと、「Google で人の情報を探す(消息をつかむ)」という意味になるんですね。


bookoさん

私の思いついたその他の「ることば」は……「スタンバる」「トラブる」「パニクる」「コクる」「テンパる」

この中で「スタンバる」が初めて使われたのは、『起動戦士ガンダム』だと思います。

自分自身でよく使う言葉としては、「メモる」「コピる」「トラブる」位でしょうか。「メモっとく」「コピっとく」「トラブったら」といった使い方が多いような気がします。

それにしても「ハーゲンダッツに行く」が「ハゲる」とは。。



後藤斉 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 16日 火曜日 15:35:02)

ウェブ上に"to google"や「ググる」の実例やそれに関する考察が見られるのはある意味で当然ですが、

上掲のMacmillanやこのOxford University Pressのような既存の辞書出版社サイトが丁寧にそれを

フォローしているのは面白いと思います。英語辞書の姿勢が柔軟なのか、それとも "to Google" の方が

早く俗語的性質を抜け出したのでしょうか。

なお、リンク先の語釈にあるように、広義ではGoogle 以外のサーチエンジンを使うことも含む(cf. xerox)

ようですが、このような用法に Goole の法務担当者は抗議したとのよし。


#「ヤフる」(ヤフーオークションを利用する、(特に)チケットを安く入手する)もあるようです。

Word of the month: google



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 17日 水曜日 07:31:46)

BBCのサイトに辞書編集者と商標を有する企業とのバトルに関する記事がありました。この記事の執筆者Jonathan Duffyという方のブログに、Google Inc.の商標担当者からのクレーム・メールが掲載されています。その中でGoogleとしてはこのように使って欲しい、という例文が示されています。


Inappropriate:

I googled that hottie.

We were googling MP3s.

He googles himself.

They google lemurs.


Appropriate :

I used Google to check out that guy I met at the party.

We were looking for new MP3s with Google.

He ego-surfs on Google to see if he's listed in the results.

They use Google to research the latest on lemurs.


日本語における「ググる」についてはどのような思いを抱いているのでしょうか。


そう言えば少し前にMerriam-Websterの最新版に「MacJob」という単語が掲載されたことに対してマクドナルドが抗議した、というニュースがありましたね。

そのMerriam-Websterには、まだ動詞としての"google"は掲載されていないようです。


#「ヤフオク」という言葉は一般紙でも使われていますが、「ヤフる」は初めて耳にしました。

BBC NEWS:Google calls in the 'language police'



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 17日 水曜日 07:34:21)

すみません、訂正です。


誤:MacJob

正:McJob


posted by 岡島昭浩 at 09:28| Comment(3) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月09日

「とかなくてしす」を脚韻に一首(波江究一)


「とかなくてしす」を脚韻に一首 投稿者:波江究一    投稿日: 3月 9日(火)09時47分23秒


いろはうたの字母を七音刻みで配列すると行末がとかなくてしす「咎無くて死す」になります。

このことから冤罪負つて刑死した貴人の後世に託した暗号かと想像逞しくする向きもあり、某書では梅原氏「水底の歌」と結び付けて柿本人麿の作だとする奇説もあつたやうです。仮名手本忠臣蔵といふ物もいろは歌の暗号を利かせて居ます。よつて下記に国語の表現力を生かして新作例一首提示致すまで。


朝夕追へど

尋ね得ぬ日か

空色の花

身にも散り憂く

山声湧きて

群れ居る星

預言を責めず


あさゆふおへと

たつねえぬひか

そらいろのはな

みにもちりうく

やまこゑわきて

むれゐるほし

よけんをせめす


posted by 岡島昭浩 at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月08日

可能性と危険性(まさやん)


昨今騒がれている鳥インフルエンザについて

つい先ほどテレビのニュース番組にて、

「人に感染する可能性は低い」

と堂々とフリップ付きで放送されていました。

可能性ではなく危険性ではないかと思います。


話し言葉として「可能性」が一般的に普及しているのかどうか知りませんが、

ニュース番組ででも混同されているようです。


上記の例は氷山の一角です。

私は以前より頻繁に目に、耳にすることがあり、その都度違和感を覚えます。

せめて、老若男女に影響力の絶大なマスコミには、正しく使っていただきたい。


「危険性」という熟語は文語になりつつあるのでしょうか?

それとも、消えつつあるのでしょうか?



岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 08日 月曜日 21:23:37)

「可能性」が意味を広げ、「可能」であるという積極的なものでなくとも「可能性」といえるのが現在の意味であると思います。

「蓋然性」という語が使われなくなっているのでしょう。


一方、「危険性」は、「危険」なものにしか使えない状況が、ずっと続いているのではないのでしょうか。あるいは、まさやんさんは、違うのでしょうか。


試験に落ちる(  )がある。

この店はおいしくない(  )がある。


これらは、よい意味ではありませんが、「危険性」を使うのは大げさであると私は感じ、「可能性」を使うと思います。


ここは「ことば咎め室」ではなく「ことば会議室」ですから、「間違っている」と断じるのではなく、お互いの意味の違いを確認できればありがたいと思います。




UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 00:15:54)

ご参考までにGoogleヒット数です。

 "感染する可能性":約15,400件

 "感染する危険性":約2,970件

 "感染する蓋然性":約4件



UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 00:19:14)

英語版です。

"risk of infection":約219,000件

"possibility of infection":約9,520件

"probability of infection":約4,230件



UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 00:26:25)

たびたびの投稿申し訳ありません。


「感染する」ではなく「感染の」とすると「危険性」の率が少し高まりますね。

 "感染の可能性":約16,400件

 "感染の危険性":約7,360件

 "感染の蓋然性":約9件

これは私の感覚とも一致。

「感染する危険性」より「感染の危険性」の方がなぜかしっくりきます。

「可能性」ならばどちらでも同じ。



まさやん さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 01:27:23)

>「可能性」が意味を広げ、「可能」であるという積極的なものでなくとも「可能性」といえるのが現在の意味であると思います。

>「蓋然性」という語が使われなくなっているのでしょう。

この日本語が断じていない表現なのでしょうか?

疑問です。


>一方、「危険性」は、「危険」なものにしか使えない状況が、ずっと続いているのではないのでしょうか。あるいは、まさやんさんは、違うのでしょうか。

「感染」は危険と私個人は思います。

他の方は思わないのでしょうか?


>試験に落ちる(  )がある。

>この店はおいしくない(  )がある。

>

>これらは、よい意味ではありませんが、「危険性」を使うのは大げさであると私は感じ、「可能性」を使うと思います。


まさしく「危険性」という言葉が「大げさ」と感じるようになった事に疑問を感じますね。

私は「大げさ」とは全く思いません。

プラスとマイナスと言う意味では、

能動と受動くらいに違う言葉だと感じるのですが、私個人としては。

前述の例で言えば、両方「危険性」を私は使います。

特に試験に落ちる事に関して、「可能性」は甚だ滑稽としか感じません。私個人としては。


>ここは「ことば咎め室」ではなく「ことば会議室」ですから、「間違っている」と断じるのではなく、お互いの意味の違いを確認できればありがたいと思います。


「会議」に個人の感想が入るとダメなのですね。

HP管理者がおっしゃっているので従順に従うしかありませんが、

個人の感想のない「会議」のほうが想像できません。

「あの人はこういってた」

「あの文献ではこうだった」

という議論のみの「会議」ってなんなのでしょう?

議論に参加する人が皆、

「私はこう思う。なぜなら・・・」

という主張を持っていてしかるべきかと思います。私個人としては。

問題は相対する意見を受け入れる姿勢があるかどうかではないでしょうか?

私が必要以上に頑固で、何人の意見も受け入れない輩であるのなら、

ご批判も受け入れますが、自己主張と批判を混同されるのなら遺憾です。

まるで「日本に哲学無し」のような考え方ですね。

他人の主張を分析はしても、自分で構築した主張は無い。


以前テレビで放送していました。

少し大人びた知識を吸収している小学生が、

政治や経済の実情を性格に「評論」しているんです。

その小学生に対して、

「そのことに対してあなたの感想は?」

と質問しても大半の小学生は答えられないそうです。

そもそも、「感想ってなに?」という反応らしいのです。

知識は詰め込まれていても、それに対する個人の感想が欠落しているのです。

明らかに教育の問題点です。


「会議室」が個人の意見を剥奪する場なのならば、

「研究室」のほうがしっくりきませんか?


文献を引用したり、検索サイトのヒット数を参考にするのもいいと思います。

しかし、

>これは私の感覚とも一致。

という感想と同様に、断じる表現に対しても

「私は」という語句が付帯することが前提になっていることをご理解頂きたいと存じます。


だって、「会議」なのですから。



まさやん さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 01:29:49)

上記レスポンスに間違いが有ります。

訂正しお詫びいたします。


誤・・・政治や経済の実情を性格に「評論」しているんです。

正・・・政治や経済の実情を正確に「評論」しているんです。



岡島昭浩 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 02:50:23)

>「会議」に個人の感想が入るとダメなのですね。

そうではありません。「断じる」のみでは分からない、ということです。


「個人の感覚を書くな」という風に、私が書いているように思われたのであれば、私の説明不足です。申し訳ありません。


最初のお書き込みでは、「人に感染する可能性は低い」が誤りで、「人に感染する危険性は低い」でなくてはならない、とするだけで、「可能性」と「危険性」の違いが何処にあるとお感じになっているのか、ということが、分かりませんでした。


それで、試みに、二つの例を挙げたのです。私の感覚では、



○人に感染する可能性は低い      ○人に感染する危険性は低い

○試験に落ちる可能性がある。     △試験に落ちる危険性がある。

○この店はおいしくない可能性がある。 △この店はおいしくない危険性がある。


というところですが、まさやんさんは、


×人に感染する可能性は低い      ○人に感染する危険性は低い

×試験に落ちる可能性がある。     ○試験に落ちる危険性がある。

×この店はおいしくない可能性がある。 ○この店はおいしくない危険性がある。


なのですね。


このように違いを確認することをしましょう、と申しているのです。ここでは三つだけの例ですが、例を増やしてゆけば、議論しやすくなると思います。


私の感覚では、望ましいことでなくとも「可能性」が使える、つまり「可能である率」というような意味ではないわけで、「危険性」「おそれ」「期待」等を含んでいるわけです。「危険性」は、主に生命・身体にかかわるような、負の「おそれ」につかうと思います。


それに対して、まさやんさんの感覚では、よくないことを想像するときには「危険性」を、望ましいことを想像するときには「可能性」を使う、という、対立概念であるのですね。「おそれ」と「危険性」では違いがあるでしょうか。


「人に感染する可能性は低い」という言い方に対して、私が「人に感染する期待は薄い」という言い方に対するのと同じような違和感を持っていらっしゃるのだろうと推察します。


>>「可能性」が意味を広げ、「可能」であるという積極的なものでなくとも「可能性」といえるのが現在の意味であると思います。

>>「蓋然性」という語が使われなくなっているのでしょう。

>この日本語が断じていない表現なのでしょうか?

>疑問です。


このコメントの意味が良くつかめません。私の言いたかったのは、「蓋然性」という言葉の持っていた領域を奪うように、「可能性」が意味を広げた、というようなことです。「蓋然性」は文語であろうと思います。




skid さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 04:08:35)

「人に感染する可能性は低い」

というのは、感染するかしないかの確率を問題にして言っているので、「可能性」でよいと私は思います。

ものによっては、

「人に感染する可能性があっても危険性は低い」

こともありうるのではないでしょうか。




道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 16:52:18)

本来なら「危険性」を使うべきだというところに「可能性」を使うケースは現状では結構あると思います。「それはおかしい!」と考える人も多いことから・・・だと思うのですが、新聞用語懇談会放送分科会で出している「放送で気になる言葉・改訂新版」にも「可能性」という項がありまして、


「乗員乗客は全員絶望の可能性が強い」

「カフェインを多くとると流産の可能性がある」


「可能性」を好ましくない事柄に使っても間違いとはいえない。しかし「実現の可能性」など「(やろうとすれば)できる」の用法があるためか、悪い出来事の見込みに使うと若干の違和感があるようだ。「〜のおそれがある」など、好ましくないことを明らかにした表現のほうが耳にはいりやすい。」


と記されています。

「危険」という言葉を出すかどうか。これも受け取る人によって受け止め方感じ方は違うでしょう。立て看板に「〜おそれがあります。」と書くよりは「危険!」と書いた方がアピールできるというように、TPOによる使い分けがあると思います。


今回は「可能性」もしくは「おそれ」でいいのではないかなあ、と思いますが。いかがでしょうか。



Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 09日 火曜日 22:43:19)

清水義範『日本語の乱れ』〔小説〕集英社文庫 2003.05.25〔単行本・集英社 2000.11〕にもありますね。この小説は、ラジオの番組あてに、日本語についていろいろな批判を寄せる投書が舞い込むというストーリーです。そのひとつがこれです。

「ニュースで、『誘拐された可能性もあり……』ということを言っていたが、可能性とは、それが可能だという度合いのことで、うまくいく率、ということだ。だから悪いことを予想した時に可能性というのは変だ。誘拐されたのかもしれない時は、そのおそれ{3字傍点}もあり、であろう」東京都 男性 四十三歳。(集英社文庫版 p.16)


posted by 岡島昭浩 at 19:09| Comment(2) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年03月05日

倒れられる(道浦俊彦)


長嶋監督が脳卒中で入院されたことを受けて、アナウンサーが「長嶋監督が倒れられて・・・」と言いました。この「られる」は「尊敬の意味の敬語」で使われましたが、何かしっくり来ません・・・というより、笑えてしまう。おかしいです。

このように、行為の主体にとってマイナスの意味を持つ、行動を表す動詞に、周囲の者が「敬語」扱いすると、そぐわないことがあるようです。

例えば、「先生が落とし穴に落ちられた」とか「先輩がクスリでラリられた」などは明らかにおかしい。「何者かにカッターナイフで切られられた」

特に「られた」が付く場合にその前の動詞がラ行だとヘンな感じ。

「倒れた」「落ちた」などの動詞を敬語で使う場合はどう表現すればいいのでしょうか?「お倒れになった」?「お落ちになった」?「お切られになった」でいいのでしょうか???



Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 06日 土曜日 00:39:45)

菊地康人『敬語』(講談社学術文庫)をもとにコメントします。


まず、菊地氏は

レル敬語は、作り方が簡単な上、人間を主語として使うほとんどすべての動詞について機械的に作ることができ、この点で制約がほとんどない。(p.144)
と述べる一方、「お/ご〜になる」という形は、使うのがなじまない場合があると述べます。たとえば
意味的によくない内容の語は、「お/ご〜になる」の形がなじまない場合が多い。
として「はげる・ぼける・(会社が)つぶれる〔これは「会社」が主語だから当然か〕・倒産する・失敗する・混乱する・誤解する・(政治家が)落選する・(学生が)留年する」などは「おはげになる……」などと言えないことを示します。しかし、これをレル敬語にすれば、「はげてしまわれた・ぼけてしまわれた・倒産された・失敗された」のように、皮肉ではなく可能だということを示します。


そこで道浦さんの挙げられた「倒れられた」「穴に落ちられた」は、菊地氏的にはオッケーということになります。菊地氏説では「お〜なる」のほうが「〜れる」よりも制約が多いのですから、かりに「お倒れになった」が可能であれば、「倒れられた」はなおさら可能ということになります。


わたし的にはどうか? 「倒れられた」は違和感は覚えません。思いますに、道浦さんの違和感は「倒れる」のように「れる」で終わる動詞にさらに「られる」がつくところから来るのではないでしょうか(口調の問題と考えられませんか)。


なお、菊地氏は

俗語的な語や、意味的によくない内容の語については、レル敬語が(多少)作りにくいものがある(たとえば、「こける・バテる・くすねる・グレる・居座る・のさばる」などは「こけられる・バテられる……・のさばられる」とはやや言いにくい)
とも述べ、道浦さんの言われる「ラリられた」はこれに該当するでしょう。


「切られられた」のように「受身のレル」に「尊敬の(ラ)レル」がつく場合、重言のようで嫌われるのでしょう。「お切られになった」も、「〜になる」というのが自然発生的な意味をもつことから、「切られる」の「れる」と意味が重なるわけで、私としては違和感を持ちます。


こういう場合、私ならば、とっさの場合には「切られてしまわれた」のように「てしまう」で中継ぎするか、長くなってよければ「何者かにカッターナイフで切られるという被害にお遭いになった」と続けます。


posted by 岡島昭浩 at 15:20| Comment(1) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プラスしこう・マイナスしこう(道浦俊彦)


標題の場合に、「しこう」というのは「思考」でしょうか「指向」でしょうか?それとも「志向」でしょうか?この3つの「しこう」の使い分けはどうすればいいのでしょうか?



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 05日 金曜日 16:10:51)

一般的には「プラス思考」で、「positive thinking」の日本語訳、ではないでしょうか?



Yeemar さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 05日 金曜日 23:18:03)

私も positive thinking を連想し「プラス思考」と書きたいと思います。


おそらく道浦さんのご疑問は、ネット上などでさまざまに書かれるというところに発しているのではないでしょうか。Googleでは「思考」「志向」「指向」が約47800:5470:932となっています。


手元の雑誌・新聞記事では「プラス思考」。しかし中には

 こんなマイナス面を克服するためには、自分がのびのびとできる世界を見つけるのがベスト。趣味でも仕事でも、「心から好き!」と思えるものならなんでもいいのです。どんなときでも、自分で楽しみを感じられるものがあれば、自然とプラス志向になっていけるはず。(「OZ magazine」2002.08.12 p.32)
などというのもありました。もっとも、この雑誌、どうも信用ならないのでして、次ページに「慈悲と慈愛の精神がマイナス思考の自己憐憫を抑制」と見出しをつけながら、本文で
また、似たような出来事が起こると、「自分はなんて不幸なんだ」というマイナス志向の原因となり、
と「志向」を用いています(私のデータ入力の間違いではありません、雑誌本文を見て確かめました)。本文の執筆者と見出しをつけた人が別人なのでしょう。


「朝日新聞」1994.04.17 大阪地方版にも

彼が非行に走らなかったのは「昔からプラス志向に物事を考える性格やったから」と本人の弁。
とあるのは、校閲が認めたのでしょうか、単に看過したのでしょうか。


「指向」は、指向性なんとか(指向性アンテナ等)ぐらいしか私は使いません。ワープロ(MS-IME)で候補を出したら、「指向=〔限定的・客観的〕事物がある方向に向く」「志向=〔一般的・主観的〕心がある目的に向かう」と説明し分けているのは的確だと思いました。


「なんとか思考」といえば、ソ連のゴルバチョフの「新思考」を思い出します。これは「новое мышление(ノーヴァヤ・ムィシュリエニヤ=new thinking)」ということだそうです。



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 06日 土曜日 04:49:05)

「指向」と「志向」ですが、『大辞林 第二版』(三省堂)では以下のように説明されていました。


指向

(1)ある目的を目指して向かうこと。志向。「医を―する」

(2)ある特定の方向を指定すること。ある方向に向けること。「探知機が発信源を―する」

志向

(1)意識をある目的へ向けること。こころざすこと。意向。指向。「民主国家の建設を―する」

(2)〔哲〕〔(ドイツ) Intention〕意識がいつもある対象に向かっていること。


それぞれ(1)の意味では代替可能のようですが、やはり「指向」よりも「志向」の方が「意思」が感じられます。

例えば「上昇しこう」の場合、ネット上では「上昇志向」「上昇指向」両方使われていますが、やはり多数派の「上昇志向」の方が説得力があると感じます。


個人的には、「指向」という言葉は「オブジェクト指向」(Object oriented=OO)という言葉の中でよく使います。(専門用語の範疇だと思いますが…)

例:オブジェクト指向言語、オブジェクト指向プログラミング、オブジェクト指向データベース


また「思考」ですが、最近「思考停止」という言葉をよく耳にするようになったと思うのですが、気のせいでしょうか?

特に評論家や社会学者の方がよく使うように思うのですが、聞く立場としては、あまり気持ちの良い言葉ではないと思います。



UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 06日 土曜日 12:54:52)

私のイメージ的には英語に訳すと、

 志向:minded

 指向:oriented

志向の方が感情が入るような気がします。


オブジェクト指向は当初「志向」と「指向」が混在していたけど、

次第に「指向」に統一されてきた、という話をどこかで読んだことがあるような。



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 07日 日曜日 13:57:02)

皆様、ありがとうございます。疑問のきっかけは、「ズームイン!!SUPER」という番組のディレクターからの質問で、「占いコーナーに、『プラスしこう』という言葉が出てくるが、この場合、漢字はどれを使えばいいか?」ということでした。私もhiroyさんと同じく、「『ポジティブ・シンキング』の訳語のようなものだと思うから、『思考』で。」と答えたものの、そのあたり、本当はどうなのか、皆様のお知恵を拝借したいと思いまして、書き込みましたです。


posted by 岡島昭浩 at 15:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年02月25日

#(道浦俊彦)


タイトルに書いた「#」というマークですが、これはなんと読むのでしょうか?一見、「シャープ」に見えますが、シャープは「横線が右肩上がりで、縦線は垂直」だと思うのです。しかしコンピューターなど出でくるこのマーク(ナンバーリングの前にも見受けられる)は、「横線が水平で縦線がゆがんでる(斜めになっている)」のです。果たしてこれは「シャープ」なのでしょうか?



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 25日 水曜日 04:04:05)

Shift JISやUnicode等の文字コードでは、「♯」と「#」を区別しています。

「♯」の読み方は「シャープ」でいいとして、「#」の方ですが、


・ナンバーサイン

・ハッシュ、ハッシュマーク

・パウンドサイン(ポンド記号)

・クロスハッチ

・井桁


等々、読み方がいろいろあるようです。

ただ一般的には、「#」は「シャープ」と呼ばれることが多いと思います(日本国内の場合)。特に区別する必要のない場合に、会話中で「ナンバーサイン」なんて言うと、かえって混乱しそうです。


またASCII(半角英数字)では「#」(ナンバーサイン)しかないため、英語の文章ではこれで「シャープ」を代用するようです(マイクロソフトのプログラミング言語「C#」等)。

ちなみにプログラミング言語では「#」を(コメントやマクロ等で)よく使うのですが、私は「シャープ」と読んでいます。


#讀賣新聞のコラムにも「#」が取り上げられていました。

↑このようにメールや掲示板でもコメント、追記を表す記号としても使われていますね。

日めくり:# シャープ記号のそっくりさん



NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 25日 水曜日 23:17:54)

日本工業規格では以下のように規定されていますが、コンピュータ業界でも「番号記号」と呼ぶ人は少ないと思います。私は聞いたことがありません。


『JIS X 0201 情報交換用符号』

 ・附属書2 記号の名称 ……いわゆる半角文字(1バイトコード)

  附属書表1

   位置  記号  名称

   A/3   #    番号記号

   (2/3の位置)


『JIS X 0208 情報交換用漢字符号』

 ・附属書1 特殊文字及びけい線素片 ……いわゆる全角文字(2バイトコード)

  附属書1 表6 一般記号

   位置  文字  名称

   1-84  #   番号記号,井げた

   2-84  ♯   シャープ


ちなみに、プッシュホンの「#」は、業界でも一般的にも「シャープ」と呼ばれていますが、実際のボタンの刻印は「#」だったり「♯」だったり、縦線・横線とも傾いていなかったり、さまざまです。

また、「*」のほうは「アスタリスク」と呼びますが、か各種電話サービスの音声ガイダンスなどでは「コメジルシ(※)」と呼んでいるケースが多いようです。実際のボタンの刻印は、「*」つまり「|」と「×」の組み合わせではなく、90度回転させた「−」と「×」の組み合わせになっています。




NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 25日 水曜日 23:28:24)

「#」を「ポンド記号」とも呼ぶのは、英国通貨記号「£」ではなく、「重量ポンド」のことですよね?



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 26日 木曜日 03:09:41)

はい、ポンドは重量の方です。


プッシュホンの「シャープ」は、たぶん「#」の方なのでしょうね。

「*」ですが、手元にあるモトローラの携帯電話とコードレス電話で確認してみたところ、携帯では「*」が90度回転した記号、コードレスでは「*」(そのまま)となっていました。


記号の読み方はいろいろあって面白いです。ネット上でもいろいろと紹介されていますが、一度自分の読み方もまとめてみたくなりました。



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 26日 木曜日 11:56:00)

関連話題ですが、「―」「−」「‐」「ー」もそっくりさんと言えそうです。


「―」 ダッシュ

「−」 マイナス

「‐」 ハイフン

「ー」 長音符号



NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 27日 金曜日 00:33:51)

「―」「−」「‐」「ー」に、「─」(罫線素片の一つ)も混ぜてやってください。ダッシュとの見分けが困難…。


ちょっと強引ですけど、こんなのもあります。


「◯」 合成用丸

「○」 丸印,白丸

「〇」 漢数字 ゼロ

「0」 数字 ゼロ

「O」 英字 オー

「o」 英字 オー

「Ο」 キリル文字 オー

「ο」 キリル文字 オー

「。」 句点

「°」 半濁点

「0」  数字 ゼロ(半角)

「O」  英字 オー(半角)

「o」  英字 オー(半角)



UEJ さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 27日 金曜日 12:13:42)

こういうコレクションものは大好きです。


これも仲間に入れてください。

「Ο」ギリシャ文字 オミクロン

「ο」ギリシャ文字 オミクロン

「°」度


「º」Masculine Ordinal Indicator

というものもあります。

HTMLではºと記述しますが、日本語で何と呼ぶのでしょう?

因みにFeminine Ordinal Indicatorという記号(ª)もありました。


Unicode表を眺めるとまだあるかもしれませんね。



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 27日 金曜日 15:47:19)

> 「―」「−」「‐」「ー」に、「─」(罫線素片の一つ)も混ぜてやってください。ダッシュとの見分けが困難…。


「ー」(長音符号)があるなら「一」(いち)も入れるべきでしたね。

(「一」が他の文字と混同されるケースは少ないと思いますが……)


横線、丸、と続きましたので、三角、四角についても集めてみました。


「△」 白抜き上向き三角

「Δ」 ギリシア文字デルタ(大文字)


「▽」 白抜き下向き三角

「∇」 ナブラ


「□」 白抜き四角

「口」 口(くち)

「ロ」 ロ(ろ)


それから曲者としては「~」(チルダ、にょろ)と「〜」(ウェーブダッシュ、波)がありますね。

(Javaでプログラミングする際は要注意……)

波ダッシュはチルダではない



NISHIO さんからのコメント
( Date: 2004年 02月 28日 土曜日 03:16:37)

誤記訂正です。テキスト読み上げソフトに読ませてみて気づきました。


×「Ο」 キリル文字 オー

○「О」 キリル文字 オー


×「ο」 キリル文字 オー

○「о」 キリル文字 オー


×「°」 半濁点

○「゜」 半濁点


ちなみに、その読み上げソフトはデフォルトの設定では特殊文字・記号の類を読み飛ばすのですが、設定を変えて棒読みさせてみると…


「#」:いげた

「♯」:シャープ

「~」 :オーバーライン …JISでは「オーバーライン」、ASCIIでは「チルダ」が正解

「〜」: 波ダッシュ

「始まり○○括弧」の類:「○○括弧」

「終わり○○括弧」の類:「閉じ○○括弧」


その他、概ねJIS規格に則った読み方でした。

「―」「─」「−」「‐」「ー」「一」

『◯(マル←合成用丸)』『〇(ゼロ←漢数字零)』「○」「0」「O」「o」「О」「о」「。」「゜」「0」「O」「o」「Ο」「ο」「°」

「△」「Δ」「▽」「∇」

「□」「口」「ロ」『囗(くにがまえ)』



テキスト音声変換エンジン(トライアル版)



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 05日 金曜日 11:49:17)

皆様、専門知識をご教示くださいましてありがとうございました!ちょっと、ここのところアクセスできなかったもので、お礼が遅れました。すみません。参考にさせていただきます!



hiroy さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 12日 金曜日 07:00:19)

道浦さん

平成ことば事情で取り上げられた「#」、拝見いたしました。私のコメ

ントも引用して頂き、「平成ことば事情」のファンとして嬉しく思いま

した。と同時に、「しまったぁ。こんなことなら、もうちょっと愛嬌の

ある書き方をすればよかったなぁ〜」と反省しております。道浦さんの

文章のように、読んでいて楽しくなるような文章を書きたいと、いつも

思うのですが……。

今後もぶっきらぼうな投稿をしてしまうと思いますが、よろしくお願い

します。


p.s.

『「ことばの雑学」放送局』、日本のamazon.co.jpに注文していたので

すが、一昨日届きました!パラパラとめくって、特に面白そうなページ

から読んでいます。

読みながらふと思ったのですが、もしこの本の英訳版があれば、「生」

の日本語を勉強したい外国人(中級学習者以上)にとって、とても良い参

考書になるのでは?と思いました。

今後も「平成ことば事情」、楽しみにしております。

平成ことば事情:ことばの話1620「#」



道浦俊彦 さんからのコメント
( Date: 2004年 03月 12日 金曜日 09:11:24)

hiroyさん、ありがとうございます!今後ともどうぞよろしくお願いいたします!!


posted by 岡島昭浩 at 01:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ■初代「ことば会議室」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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