2006年09月09日

さくさ(食感)

amazon.co.jpの「なか見!検索」というのは、用例探索にも使えそうです。現在のところは、まだ主立った出版社が参加していないのが残念ですが、たまに面白い例に当たります。たとえば、弓田亨『Patisserie francaiseそのimaginat (1)』(イル・プルー・シュル・ラ・セーヌ企画 2004.10)p.111には「さくさ」(おそらく「お菓子の、さくっとしている度合い」)ということばが出てきます。
 これらのお菓子における、さくさの硬軟は、まず一般的には、粉、砂糖、油脂類の割合で決まります。(ジェノワーズ、ビスキュイは、水分をかなり充分に持ち、そのために柔らかさとかたさは、わりあい明確に区別されますが、パートゥ・シュクレなどは、焼き上がった時点では、水分含有率が5%内外と低くかたいため、むしろ柔らかいさくさとか、かたいさくさとかいったほうが正確と思えます)
この著者だけの訳語か、お菓子作りの世界ではある程度一般的なのか、いずれにしても面白いと思いました。(Googleでは検索しにくいことばです)
posted by Yeemar at 07:31| Comment(4) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

カンパニー長

カンパニー長という役職があることを最近知りました。
 OL達とランチをすると、ダメ部長やボケ課長らが、
カンパニー長への報告書はこの内容でいいかな?」
 と、アタフタしながら働いているといった赤裸々な話が飛び交って楽しい。〔斎藤由香・トホホな朝ウフフの夜210〕(「週刊新潮」2006.08.03 p.66)
社長のことかと思いましたが、そうではなく、総合商社の各部門の長をこう言うのではないかと思います。「部門長」というほどの意味でしょうか。すると、「カンパニー」というのは、ここでは「会社。商社。商会。」(大辞林)の意ではないということになります。

最近は「CEO」(最高経営責任者)というのもあるそうで、昨年のライブドア騒動のときに総合金融グループ・SBIホールディングスの北尾吉孝CEOという人の登場で知りました。「デイリー 新語辞典」(Web版)によれば「日本での会長職,社長職にあたる。日本でも,経済のグローバル化,意思決定のスピード化,経営責任の明確化などから,この呼称が使われることが多くなった。」とあります。CEOのほうは「社長」の言いかえにすぎないと納得しました(「……社」という社名でない場合、「社長」と言いにくい事情もあるのかもしれません)。

では、カンパニー長も、何かの言いかえでしょうか。従来、こういう役職を何と言っていたのでしょうか。英日まぜこぜにせず、英語か日本語かどちらかで言えばよかろうという気もします。
posted by Yeemar at 10:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月18日

「ガセネタ」について(道浦俊彦)

(この形式になってから、なんとなく発題しにくくて・・・2回目かと思いますが、これでいいのでしょうか?)

(題)「ガセネタ」について

さて、自民党・武部幹事長の二男と堀江被告との間に金銭関係があったというメールの内容が国会で発表されたことに対して、小泉総理は
「ガセネタ」
という言葉を使いましたが、この「ガセネタ」の語源は何なんでしょうか?
ネットで検索すると、
「お騒がせ」の意味からの「がせ」で警察用語、という記述も見受けられましたが。、本当でしょうか?

道浦俊彦 at 2006年02月17日 14:16

http://www.ytv.co.jp
posted by 岡島昭浩 at 18:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月28日

ナイロン袋

「平成ことば事情」の
◆ことばの話2413「ビニール袋か?ポリ袋か?」
http://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/index.html (今のところトップページにあり)
は、以前、私が、「レジ袋」
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/menicuita/9609.htm#28
で書いたことと関連する話題です。

私は、「ナイロン袋」を関西方言であろうと思っています。関西方言が言い過ぎであるのなら、〈関西でよく言われる言葉〉と言ってもよいと思います。
道浦さんの取材なさった、
『ナイロン袋』というのは、耳にしないことはないが、あまり言わない。
というのは、東京近辺で言わない、ということだろうと思います。日本ポリオレフィンフィルム工業組合は東京に本部があるようです。
http://www.pof.or.jp/
posted by 岡島昭浩 at 18:51| Comment(1) | TrackBack(1) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月27日

現代語から昔の言い方を知る

小二田さんのコニタスというblogで「現代語から古語を引く辞書」*というのがありました。

「たしかめる」*、「俗雅辞典」*の話です。
posted by 岡島昭浩 at 01:49| Comment(2) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日

忸怩たる

「忸怩たる思い」の「じくじ」に、最近新しい用法が見られるというのは高島俊男氏の指摘です(『お言葉ですが…5 キライなことば勢揃い』(文藝春秋2001 p.226「内心ジクジ」)。高島氏が気づいたのは「十年ほど前から」とのことで、たとえば1995年5月の読売新聞に
〈中村監督は「オマリーにことごとくやられている」と忸怩たる思いを抱き続けてきた。〉
という例があるなど、「腹立たしい思い」「ふんまんやるかたない思い」の意で使われているといいます(なお、『大辞林』第2版によれば「忸怩」は「自分のおこないについて、心のうちで恥じ入るさま。」)

先日「週刊現代」などという雑誌を読んでいますと、次のようにありました。
 降格させられた関氏は、「まだ大学に籍がある」とうことで今回、取材に応じてもらえなかったが、前出の教授によれば、「一OBとして一心をなげうって改革に取り組んできたのに何たること」と忸怩{じくじ}たる思いでいるという。(「週刊現代」2005.12.03 p.55)
これは「腹立たしい思い」「ふんまんやるかたない思い」の典型例でしょう。

国会会議録検索システムで今年の(衆参すべての)議事録から拾ってみると、「忸怩たる」が「腹立たしい」〜「もどかしい」などと思われる意味で使われている例が数例出てきました。以下にそのうちの2つを記します。
平成17年02月01日 参議院 予算委員会
○国務大臣(中川昭一君) 今の野上委員の御指摘でございますが、あらゆるところで私は申し上げているつもりでありますが、なかなか朝日新聞の方がきちっとした報道を、その以降も報道をしてくれないというじくじたるものがあるわけでございますが、簡単に事実関係を申し上げさせていただきます。(=腹立たしい・もどかしい?)

平成17年07月26日 衆議院 青少年問題に関する特別委員会
○水島広子委員(民主党・無所属クラブ) もうお金も時間も限られているわけですから、そこはもう一つ一貫した思想を持ってきちんと取り組んで、それでようやく間に合うかどうかというところではないかと思っていますので、非常にじくじたる思いでいるわけです。(=もどかしい・焦燥に駆られる?)
このデータベースを使えば、かなり古い例が拾われるかもしれません。

posted by Yeemar at 21:42| Comment(2) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月08日

道浦さんの「見え隠れ」

http://www.ytv.co.jp/announce/kotoba/back/2301-2400/2336.html#1
「みえかくれ」か「みえがくれ」か、です。
私の感覚では、「−に」だと「みえがくれ」(濁)、「−する」だと「みえかくれ」(清)という気がします。
posted by 岡島昭浩 at 12:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月06日

総本山

(あれ?新規の書き込みはこれでいいのでしょうか?)

「バチカン」のことを、
「カトリックの総本山」
と呼ぶことがありますが、「総本山」はもともと仏教の用語だと思います。(密教、山岳密教から?)
これがカトリックにも比喩的に用いられたのは、いつからなんでしょうか?やはり明治以降なのでしょうか?
ご存知の方、ご教示ください。

Posted by 道浦俊彦 at 2005年11月05日 20:27
posted by Yeemar at 00:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月19日

「この後」と「その後」

道浦さんの発題につなぎます。
「この後」と「その後」
 道浦俊彦
 - 05/10/19(水) 16:10 -
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ふと、不思議の思ったことがあります。
「この後」
という言葉は、副詞的には、
「このあと」
としか読めず「このご」とは言わないのに(「この後に及んで」とは言うが、これは名詞)、なぜ、
「その後」
という言葉は、
「そのあと」「そのご」
の2通りの読み方があるのでしょうか???
『日本国語大辞典』を見ると、「このご(此の後)」ということばもあります。
*浮雲(1887-89)〈二葉亭四迷〉二・一一「母親が此後(コノゴ)何様(どん)な言(こと)を云ひ出しても、決してその初の志を悛(あらた)めないと定ってゐれば」
ほかに樋口一葉・国木田独歩の例も。明治には使われていたのでしょう。一方、「そのご(其の後)」も、明治からこっちの例しか載っていません。明治時代には、「このご」「そのご」が仲よく使われていて、対称をなしていたのでしょう。

すると問題は、今は「このご(此の後)」がなぜ使われなくなったのか(少なくとも一般的でなくなったのか)、ということになるでしょう。その理由は、「こんご(今後)」に吸収されたから、と見てはどうでしょうか。音も似ていますし。一方、「そのご(其の後)」の類語に「じご(爾後)」がありましたが、今ではあまり使われなくなりました。

つまり、ちょっと前ならば
  こののち このご こんご(今後)・きょうこう(向後)
  そののち そのご じご(爾後)
と、多くのことばがあったものが、だんだん整理されてきたという考えではどうでしょう。

なお、「このごにおよんで」は「この期に及んで」ですから、別のことばですね。


posted by Yeemar at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 語彙一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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