2005年10月17日

没年不詳の人々

【158】
没年不詳の人々
 岡島昭浩
 - 04/6/18(金) 1:15 -
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没年不詳の人々の続き。
中国語辞典などの石山福治。
建築家の石山修武氏の御祖父にあたるのだそうです。



【215】
Re:没年不詳の人々――国会図書館
 岡島昭浩
 - 04/7/6(火) 0:11 -
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https://kokaityosa.ndl.go.jp/
今年は1500人に絞って調査するようです。



【257】
Re:没年不詳の人々――国会図書館
 狩野宏樹
WEB
 - 04/7/21(水) 12:08 -
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絞った割には荻原井泉水が載ってたりしますね。



【258】
Re:没年不詳の人々――国会図書館
 岡島昭浩
 - 04/7/21(水) 13:24 -
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▼狩野宏樹さん:
>絞った割には荻原井泉水が載ってたりしますね。


没年の記載がありますから、著作権継承者の連絡先等が分からないのでしょうね。
著作権台帳に載っていても、うまく連絡がつかない、とか。
そういえば、最近、若き日の日記が刊行されましたから、筑摩書房では把握しているのでしょうか。


国立国語研究所の調査
http://www2.kokken.go.jp/~taiyo/public/tyosakuken/
では、没年も書いていないので、没年不詳なのか、継承者不詳なのかも分からないので、情報提供がしにくいところです。



【810】
Re:没年不詳の人々――国会図書館
 岡島昭浩
 - 05/4/30(土) 15:46 -
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https://kokaityosa.ndl.go.jp/

平成17年4月27日(水)から同年7月26日(火)までの3か月間、2367人。

今回は、何が不明であるのか、書いてあります。



【919】
Re:没年不詳の人々
 岡島昭浩
 - 05/7/5(火) 0:57 -
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安藤彦太郎『中国語と近代日本』で、『儒家小誌』等の渡俊治は、p8,p42に出てくるものの、没年は判りませんが、『北京官話文法』の何盛三は、p92に、1951年没、とある。何初彦氏は、ご長男にあたるとのこと。

『急就篇』の宮島大八は、NDL-OPACで、 (1867-1943) 。



【920】
Re:没年不詳の人々
 後藤斉
 - 05/7/6(水) 10:50 -
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▼岡島昭浩さん:
>『北京官話文法』の何盛三は、p92に、1951年没、とある。


田中貞美他編『日本エスペラント運動人名小事典』(関西エスペラント連盟, 1984)
p. 35は1948没としています。



【921】
Re:没年不詳の人々
 後藤斉
 - 05/7/6(水) 10:58 -
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>田中貞美他編『日本エスペラント運動人名小事典』(関西エスペラント連盟, 1984)
>p. 35は1948没としています。


発行所は日本エスペラント図書刊行会でした。



【922】
Re:没年不詳の人々
 岡島昭浩
 - 05/7/6(水) 21:59 -
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▼後藤斉さん:
>>『北京官話文法』の何盛三は、p92に、1951年没、とある。

>
>田中貞美他編『日本エスペラント運動人名小事典』(関西エスペラント連盟, 1984)
>p. 35は1948没としています。


ありがとうございます。
学者の没年を調べるのは難しくて閉口いたしますが、その書、探究書としたいと思います。



【923】
Re:没年不詳の人々
 後藤斉
 - 05/7/7(木) 11:14 -
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>>>『北京官話文法』の何盛三は、p92に、1951年没、とある。


『エスペラント』誌(日本エスペラント学会)1949年2月号に何氏の死亡記事(1ページ)が掲載されており、1948年10月10日没の由です。「学者」というカテゴリーには納めがたい生涯であったようですが。

>学者の没年を調べるのは難しくて閉口いたしますが、その書、探究書としたいと思います。

現在、改訂版が準備中と聞いています。
http://www2.tokai.or.jp/esperanto/aprobita.html 【A-05-59】


時系列

【914】
時系列
 Yeemar
 - 05/6/29(水) 19:29 -
----
時系列、ということばが昔からうまく使えません。

「出来事を、起こった順に述べる」と言いたいとき、「時系列に沿って述べる」と言えばいいのか、それとも、「時系列に従って述べる」と言えばいいのか、「時系列順に述べる」と言えばいいのか、または単に「時系列で述べる」と言えばいいのか。いずれも、違和感があります。

辞書を見ると「時系列」とは「自然現象や社会現象の時間的変化を継続して観測して得た値の系列。」(大辞林 第2版)とあります。してみれば、「時系列」とは、「数値の連続」「数字のつらなり」というような概念でしょう。「数字の連なりに沿う」という言い方がおかしいのと同じく、「時系列に沿う」などの言い方も論理的でないように思われます。これは、私だけが感じることでしょうか。

文に書くときは、「時間を追って述べる」「起こった順に述べる」などと、別の言い回しに変えています。やむを得ぬ処置です。



【915】
Re:時系列
 UEJ
 - 05/7/1(金) 0:13 -
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「時系列」は英語の「time series」の訳かと思います。
「time series」をランダムハウスで引くと、
「時系列:一定期間にわたって,通例,等間隔で得られる観測値,結果および他のデータの系列」
とあります。この意味ならばYeemarさんもしっくりくるのではないでしょうか?

ただ「時系列」が単に「時間順」「経時順」の意味で使われることがあり、
Yeemarさんが違和感を感じられるのはこちらのケースかと推察いたします。
英語で言えば「chronological」の方が近いかと思います。

私自身は後者のような使い方は慣れてしまっていて、あまり違和感を感じることはなかったのですが、
以上のようなことを知ってしまうと、明日からは「時系列順に…」という言い回しは
使えなくなってしまったな、と感じています。



【918】
Re:時系列
 畠中敏彦
 - 05/7/3(日) 11:55 -
----
▼UEJさん:
>ただ「時系列」が単に「時間順」「経時順」の意味で使われることがあり、


むつかしい議論はともかく、
私は、そのように解釈しており、「時系列に述べると・・・」あるいは「時系列に挙げると・・・」で何ら違和感はありませんが。


曙と東雲のニュアンスについて

【851】
曙と東雲のニュアンスについて
 鈴木ともうします。
 - 05/5/23(月) 14:21 -
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はじめてメールさせていただきます。
わたくしは、茨城県在住の高校2年生で
鈴木ともうします。
 
ところで、きっとご多忙であられよう中
突然のお願いで恐縮ですが
もし、少しでもお時間のございますようでしたら、
お知恵を拝借できませんでしょうか?

1.古語的表現の中に“曙”と“東雲“というのがございますが、
厳密にはどのような違いがあるのでしょうか?
2.「わずかに 白んできた 明け方の情景」
というこのキーワード・表現だけでどちらのことを指しているのかを限定することは
学識者の方からご覧になって、可能でしょうか?

こちらにまいりまして、はじめてインターネット大辞林という便利な物の存在を知りまして、
早速ありがたく行ってまいりました。
ありがとうございました。
もちろん他に自分でも、広辞苑・広辞林・古語辞典・国語辞典(三省堂/金田一京助・春彦氏他)・日本国語大辞典などを調べてみましたが、
これだけの表現では、言葉足らずで判別できないように思いました。
不躾とは存じますが、特に2.についてのご見解をただ一言結論だけでも結構です。
お教えいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。



【853】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 道浦俊彦
 - 05/5/23(月) 20:52 -
----
学識者ではないですが・・・語感から言って、「曙」は昇る「朝日」つまり「太陽」を、「東雲」その太陽の光を浴びた東の空の雲・・と言うか、ほのぼのと明けてくる状況を言うのではないでしょうか?

「春は曙」と言われる時の「曙」は、やはり朝日かなあ。
「東雲」の方が、まだ朝日が顔を出す前、雲の下の方から明るくなってきたような感じを受けますが。
まだ朝日が顔を出していない「あさぼらけ」の全体の情感を出すのなら「東雲」、顔を出し始めた「朝日」も含めて言うなら「曙」で、いかがでしょうか?

でも高校二年生で、こんなことに気づくなって、偉いですねえ。



【854】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 岡島昭浩
 - 05/5/23(月) 22:49 -
----
▼鈴木ともうします。さん:

>1.古語的表現の中に“曙”と“東雲“というのがございますが、
>厳密にはどのような違いがあるのでしょうか?


「あけぼの」と「しののめ」ですね。


>2.「わずかに 白んできた 明け方の情景」
>というこのキーワード・表現だけでどちらのことを指しているのかを限定することは
>学識者の方からご覧になって、可能でしょうか?



>もちろん他に自分でも、広辞苑・広辞林・古語辞典・国語辞典(三省堂/金田一京助・春彦氏他)・日本国語大辞典などを調べてみましたが、
>これだけの表現では、言葉足らずで判別できないように思いました。


そうですね。表現者(出題者?)の意図を推し量れば、「わずかに」という言葉で
、「あけぼの」ではなく「しののめ」を答えて欲しい、というところでしょうか。「白んできた」ので「あかつき」でもない、と。

『日本国語大辞典』を御覧になったと言うことですが、「あかつき」の語誌欄も御覧になりましたでしょうか。「あけぼの」「あかつき」「しののめ」は、もともと混同されそうな時間帯ですが、「しののめ」は男女の別れを含意する言葉としてよく使われることにより、時間帯よりもその方面でのニュアンスの差を持つことになったものでありましょう。



【855】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 Yeemar
 - 05/5/23(月) 23:46 -
----
▼鈴木さん:

これは、もともとは試験問題か何かの文章でしょうか。もしよろしければ、疑問が出て来るまでのいきさつとか、もとになった文とかを教えてくださいませんか?



【888】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 岡島昭浩
 - 05/6/11(土) 0:38 -
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▼Yeemarさん:

>これは、もともとは試験問題か何かの文章でしょうか。もしよろしければ、疑問が出て来るまでのいきさつとか、もとになった文とかを教えてくださいませんか?


某テレビ番組関係者から、質問を受けました。これが偶然にも曙・東雲だったので驚きました。

「わずかに白んできた明け方の情景」を表す言葉として、「曙」を不正解とし、「東雲」を正解としたが、それでよかったのだろうか、と。収録はしたけれどまだ放送していない段階。

選択肢があるわけではなく、これを表す言葉を答えよ、という問題だったとのこと。

私は、この問題だけで、「あけぼの」を排除し、「しののめ」でなければならないとするのは、無理だろうと答えました。理由を説明しましたが、どうもあまり真面目に聞いている風ではなく、おそらくは、「東雲でなければならない」と答えてくれる人が居るまで、大学宛に電話して質問を続けて行くのだろうと思ったことでした。

鈴木さんは、出場者だったのでしょうか。それとも応援団でしょうか。そして番組相手に抗議をなさったのでしょうか。



【890】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 skid
 - 05/6/11(土) 7:47 -
----
>「わずかに白んできた明け方の情景」を表す言葉として、「曙」を不正解とし、「東雲」を正解としたが、それでよかったのだろうか、と。


『枕草子』の「春はあけぼの。やうやうしろくなり行く、山ぎは少しあかりて……」からすれば、やっぱり「曙」も正解にしないと変でしょうね。

『角川古語大辞典』によると「あかつき」「しののめ」「あけぼの」「あした」の順になるそうですが、はっきり境界があるわけではなく、けっこう重なっているのではないかと思います。



【896】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 岡島昭浩
 - 05/6/16(木) 23:08 -
----
今日、放映だったようです。

http://www.tv-tokyo.co.jp/tvchamp/result/result.htm

> 今回の決勝の最後の問題について、番組収録後に改めて専門家に見解を求めたところ、「東雲」が正解として最適ですが、「曙」を不正解とは言えないという意見が多く寄せられました。
> よって、鈴木翔子さんには優勝と同等の表彰をさせて頂きます。


それはそれは。
「しののめ」でなければならない、とする専門家を捜しているのではないかという私の予想は邪推だったことになります。お見それいたしました。

ところで、番組制作者側からFAXで示された資料によれば、「しののめ」の説明には、多く「しらむ」という表現が使われているのに、「あけぼの」には使われていない、ということでした。これは、国語辞典の不備と言いますか、横並び性と言いますか、問題を残すところですね。skidさんの御指摘にもあるように、「やうやう白くなりゆく」曙があるわけですから。



【897】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 skid
 - 05/6/17(金) 1:44 -
----
信じがたいヒット数になっていますね。
もっと早くに『新明解古語辞典』補注版第二版の引用をもとに説明しようとしたのですが、誤って消してしまいました。
いまさらですが、小学館の『古語大辞典』から。

しののめ【東雲】(語誌欄)
「あけぼの」との違いは、「あけぼの」は明るんできたとき、「しののめ」はまだ明けやらぬ間、という説もあるが、時間的な違いはなく、歌語と散文語との違いとみる説に従うべきであろう。(木之下正雄)



【898】
黎明でいいんじゃない?
 家電王
 - 05/6/17(金) 14:26 -
----
[本文なし]



【901】
Re:黎明でいいんじゃない?
 岡島昭浩
 - 05/6/18(土) 14:06 -
----
▼家電王さん:
>黎明でいいんじゃない?


黎明でも、いいでしょうね。
「やまとなでしこ」だからといって、「漢語はだめ」というルールがあるわけではないでしょうから。

嚮明・暁明・昧爽あたりもよいでしょうか。

「しののめ」が「東雲」という漢字表記と結びついた経緯も知りたいところです。



【909】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 岡島昭浩
 - 05/6/21(火) 9:01 -
----
こちらこちらにも関連記事があります。

なお、スレッドを続けるには、「返信」をクリックして下さい。



【912】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 kara
 - 05/6/29(水) 6:45 -
----
はじめまして、今更ながらですが、私もこのスレッドの発端になっている鈴木さんの出演していらっしゃるTV番組を観て、この2つの言葉のニュアンスの違いに興味を持った者です。それで、曙、東雲で検索していてここにたどりつきました。

 >しののめ」は男女の別れを含意する言葉としてよく使われること
 >により、時間帯よりもその方面でのニュアンスの差を持つことに
 >なったものでありましょう。

このくだりを見て、なんとか疑問が解けたようなきがしました。実は私は 東雲 というのは時間帯をさすより、朝、東の空の棚雲に下から光があたって照らされている情景そのものを言うのだと思っていたのです。あけぼの、というとむしろ湿度の高い季節に東の空全体がぼんやりと一面明るくなる情景を言うのだと思っていました。

このことに興味を持ってから下に書くようなことに気付きました。一つは

あけぼの
あけ
あさ
あさぼらけ
あかつき
あした

など、朝を表すやまとことばの中で、しののめだけが音として異質であること。もう一つはこれまで知らなかったこと、東雲の語源、「篠の目」です。

もう一つ、ここに来て(恥ずかしながら)「東雲」という言葉が男女の別れというニュアンスを持つことを知り、この言葉が生まれた状況が想像できるようになりました。

まったく素人の想像ですから笑止なものかもしれませんし、あるいは実は良く知られているのかもしれませんが、その想像を書きます。

東雲という言葉は後朝の別れの時、床の中で見た蔀を通した光の印象が男女の頭の中にあって、東の空の棚雲をそれに見立て生まれたのだと思います。

以下、よろしければ質問ですが、

あけぼの、しののめ、それぞれ使われ始めた時代はいつごろなのでしょうか。

平安の頃の後朝の別れは、どのくらいの時間が一般的だったのでしょうか。



【913】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 Yeemar
 - 05/6/29(水) 18:39 -
----
▼karaさん:
>あけぼの、しののめ、それぞれ使われ始めた時代はいつごろなのでしょうか。


以下、皆さんのご発言を踏まえつつ、私見を入れます。

両語が盛んに使われ始めたのは同時期で、平安時代ころでしょう。

『日本国語大辞典』では、「あけぼの」の初出は「日本書紀」前田本訓の例が挙がっており、「720」(年)とあります。しかし、前田本は平安時代のものです(田島さんご紹介の東みづほ氏の論文はそれを指摘か)。その次に載っている「蜻蛉日記」(974頃)の例のほうがより確実でしょう。

「しののめ」は古今和歌集(905-914)の例が挙がっています。

千何百年の日本語の歴史からいえば、十年、何十年は誤差の範囲としかいいようがありませんから、どちらが時代的に早いとも言えませんね。


>平安の頃の後朝の別れは、どのくらいの時間が一般的だったのでしょうか。


スタンダードはあったのでしょうか? 「あかつき」「しののめ」の別れを詠んだ歌は、ともに多くあります。とりあえず、「あかつき」はまだ暗いころ、「しののめ」は夜が明け始めたころと考えていいでしょうが、それぞれの歌がどの時間帯のつもりで詠まれているのか、それは堀井令以知氏の文章(田島さんご紹介)にあるとおり、見極めがむずかしそうですね。

「あけぼの」「あさぼらけ」は、ことさら、きぬぎぬの別れに使われるというわけでもないようですが、例はあります(少ないか?)。以下に、きぬぎぬを詠んだ例を挙げます。
・有明のつれなくみえし別れよりばかりうきものはなし 壬生忠岑(古今集)
しののめのほがらほがらと明けゆけばおのがきぬぎぬなるぞかなしき よみ人知らず(古今集)
・明けぬればくるるものとはしりながらなをうらめしきあさぼらけかな 藤原道信(後拾遺和歌集)
・暮にとも契りてたれか帰るらむ思ひたえたるの空 藤原家隆(千載和歌集)




【917】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 kara
 - 05/7/1(金) 1:05 -
----
▼Yeemarさん:

お答え、ありがとうございました。用例を出していただいて、あらためて気付きましたが、自分で興味を持ったことなら、人に聞く前にできる範囲で自分でも調べてみるべきでした。そう思って、本棚をひっくり返したら、古今と新古今は出てきたのであらためてそういう興味で恋歌のところを読んでみて、Yeemarさんにあげていただいた用例以外のものをいくつか見つけましたので書いておかせて下さい。

古今和歌集649
題しらず 寵
しののめのわかれををしみ我ぞまづ鳥よりさきになきはじめつる

夜明け前の鳥の声が最も盛んなのは初夏の頃で、空がまだ暗いうちからアカハラなどがさえずり初め、空が白み始めたころに最高潮に達しますから、この人の意識はまだ白み始めた頃を「しののめ」としててらしているのですね。この時点でこの人の思っていたのは「篠の目」なのでしょうか「東雲」なのでしょうか。

新古今和歌集1184
二條院御時、あかつきかへりなんとする恋といふ事を 二條院讃岐
あけぬれどまだきぬぎぬになりやらで 人のそでをもぬらしつるかな

夜があけても、未練があればまだ帰らないこともあったようです。

新古今和歌集1186
後朝恋のこころを 摂政太政大臣
又もこん秋をたのむのかりだにも鳴きてぞ帰る 春の曙

新古今和歌集1189
三條関白女後入内のあしたにつかわしける 花山院御歌
朝ぼらけおきつる霜の 消えかへり 暮れ待つ程の袖をみせばや

このあたりはあまり参考になりませんでしたが、

新古今和歌集1193
 西行法師
有明は思ひいであれや よこ雲の だたよはれつるしののめの空

この歌あたりが、「しののめ」という言葉が男女の別れを暗示しつつ朝の情景を指すようになった機微を明らかにしているように思いました。そういえば、昔の駆逐艦に「東雲級」っていうのがありましたが、こうしてみるとちょっと弱そうな名前ですね。


東雲と曙のニュアンスの違いについて

【903】
東雲と曙のニュアンスの違いについて
 鈴木と申します。
 - 05/6/19(日) 17:35 -
----
ご迷惑をおかけしましたのに、最後まで丁寧にご親切にありがとうございました。
ただ未だに返信の仕方が分からず、とうとうツリーの中には入れませんでした。
ごめんなさい。

[管理者追記]
曙と東雲のニュアンスについてに続くべきもの



【905】
Re:東雲と曙のニュアンスの違いについて
 田島照生
 - 05/6/20(月) 3:17 -
----
返信が遅くなってしまいました。
すでにご覧になったかもしれませんが、堀井令以知『ことばの由来』(岩波新書,2005)に、「曙としののめ」(p.164-66)という文章が収めてあります。そこで堀井氏は、

夜が明ける少し前のシノノメ、薄明るくなる時分のアケボノとおよそいうことはできても、では、アケボノとシノノメはどのように違うか。これは難しい。まず、今ではこの二つと同じように使われているアカツキ(暁)という語について述べておかなくてはならない。明け方のやや明るくなった時分をあかつきという。奈良時代にはアカトキといった。明時(あかとき)という意味で、夜明け前のまだ薄暗いときである。夜中に続く部分という意識があった。平安時代にはアカツキというようになった。
アカツキの終わりごろがアケボノである。アケボノはアサボラケに先立つ時間をさすといわれる。アサボラケはアケボノよりも、少しばかり明るくなったころといわれるけれども、もちろん明瞭な区分があるわけではない。これらの語に混同が生じて、アカツキもアケボノもシノノメもアサボラケも同じ空が薄明るくなるころ、東の空に少しばかり明るさが感じられるころについて使われるようになった。語の意味と分化と統合の過程を明らかにすることはなかなか骨の折れる仕事である。その語の起源を踏まえた使い分けの痕跡が、どこまで残っているかを見分けなくてはならないからである。(p.164-65)

と書いておられます。ご参考までに。



【906】
Re:東雲と曙のニュアンスの違いについて
 道浦俊彦
 - 05/6/20(月) 17:33 -
----
「暁の超特急」と呼ばれた、陸上男子100メートルの吉岡隆徳選手のニックネームについて、読売新聞のコラム「新日本語の現場」で今年の5月12日から14日まで3回取り上げていましたね。
その中の13日の記事には「夜明け」と「暁」はどう違うのかを説明、「暁」は「夜明け」以前の時間帯を指す、とありました。ご参考までに。



【907】
Re:東雲と曙のニュアンスの違いについて
 田島照生
 - 05/6/21(火) 2:58 -
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▼道浦俊彦さん:
>「暁の超特急」と呼ばれた、陸上男子100メートルの吉岡隆徳選手のニックネームについて、読売新聞のコラム「新日本語の現場」で今年の5月12日から14日まで3回取り上げていましたね。


それは存じませんでした。讀賣新聞は読んでいるのですが、ついうっかりしておりました。
今日、図書館の『国語学論説資料』で論文を探しておりますと、たまたま、石田穣二「『あけぼの』と『朝ぼらけ』」という論文を見つけました。第3分冊(1964年度)に載っており、初出誌は『学苑』二九〇-二です。石田氏は、

吉沢義則博士の源語釈泉巻頭に「アカツキ」「シノノメ」「アケボノ」なる論文の置かれてゐる事は広く知られてゐる事柄であらう。その所説は「子刻過ぎて後、朝になるまでが「あかつき」であり、その「あかつき」が明け方に近づきながら、未だ明けやらぬ間が、「しののめ」であり、「あかつき」が明るんできた時が「あけぼの」であり、「あけぼの」過ぎて「朝」がおとづれる。」とされるのに要約されよう。今、論証の経過を省いて私見のみを記せば、「しののめ」は歌語である事いちじるしい。博士の用語を拝借すれば、「あかつき」の語を「分断」したのは、「あけぼの」と「朝ぼらけ」の両語であった。そして「朝ぼらけ」の次に「朝」がおとづれる(ちなみに中古語の散文用語では「あした」と言ふ)。そして歌語「しののめ」に対応する散文用語がもしありとすれば、それは「あけぼの」の語を以てそれにあてるべきであらう。

と書いておられます。その「確実な例証」として、『源氏物語』や『能因歌枕』を引いています。
また、ちょっと話はそれますが、東みづほ「『あけぼの』考」(『学習院大国語国文学会誌 一九』1975)で東氏は、
(1)日本書紀の用例が「あけぼの」存在の確証とはなり得ない。
(2)万葉集に「あけぼの」を詠んだ歌が一首もない。
(3)その他の資料からも「あけぼの」の古い例証を見つけられなかった。
というみっつの理由から、

私は「あけぼの」が平安時代に入ってからの造語であり、少なくとも万葉時代には存在しなかった語であると推論する。

と結論しています。つまり、「あけぼの」という訓は後世になってから附されたもので、『日本書紀』にみえる「味爽」「味旦」「会明」は、当時漢語として使用されており、音読されていたのではないか、という見方です。


曙と東雲のニュアンスについて

【900】
曙と東雲のニュアンスについて
 鈴木と申します。
 - 05/6/18(土) 1:49 -
----
先日は突然の質問に大変丁寧にお教えいただきまして、ありがとうございました。
投稿させていただいたその日の内に参りまして、まず道浦先生の書き込みを拝見させていただきましたときに、コレに返信するにはどうしたらいいのかがよく分からなくて、マウスをうろうろさせたあげく、結局何も出来ずに帰ってしまいました。
ところが、教えてくださる方がおられまして、今日久々にお邪魔しましたところ、
あの後、さらにこんなたくさんのコメントを書いて頂いた事を初めて知り
知らなかったとは言え、大変な失礼をしていたことに驚いております。
道浦先生、岡島先生、skid先生皆様にお詫び申し上げます。
本当に申し訳ありませんでした。
これからはこういうことのないよう気をつけますので、これからも寄らせてください。

質問以前に私なりにこの二つの言葉を調べてはみましたが、いくらたくさんの大辞書を見ても、やはり詳しいしかも複数の方から直接伺うのには及ばないなと、つくづく思いました。目に浮かぶように教えていただきました。ありがとうございました。


[管理者追記]
曙と東雲のニュアンスについてに続くべきもの



【902】
Re:曙と東雲のニュアンスについて
 岡島昭浩
 - 05/6/18(土) 14:23 -
----
▼鈴木さん:

>質問以前に私なりにこの二つの言葉を調べてはみましたが、いくらたくさんの大辞書を見ても、やはり詳しいしかも複数の方から直接伺うのには及ばないなと、つくづく思いました。目に浮かぶように教えていただきました。ありがとうございました。


辞書を引き比べたりして、人の助けを借りずに、自分自身で「目に浮かぶ」ようになるのを目指すが、「日本語王」への道だと思います。

私たちも、「あかつき」「あけぼの」「しののめ」「ありあけ」といった言葉に、日頃から重大な関心を抱いているわけではなく、いくらかの辞書を見比べるところからスタートしているわけです。

鈴木さんが、このまま、ことばに関心を持ち続けて下さることを期待いたします。「美しい言葉」という惹句にばかり心ひかれず、生き生きとした言葉すべてに目を向けられるよう、望みます。


言葉の意味変化について

【891】
言葉の意味変化について
 山田慎也
 - 05/6/12(日) 1:06 -
----
初投稿ですがよろしくお願いします。
今日「役不足」という言葉の意味について思い違いをしていたことを知り
ふと下記のようなことを思ったので、書き込みをさせていただく次第です。

ある言葉の意味内容が時を経るにしたがって変化していくということは
しばしばあることだと思いますが、みなさんはこのような変化に対して
どのような感情を抱くのでしょうか。

私に関して言えば、例がちょっとおかしいかもしれませんがホームページという
言葉をWebページと同義として使用しているのを目にすると、どうも違和感を
覚えざるを得ずちゃんとした使い方をしてくれないかなと思ってしまいます。
このとき抱く感情は歓迎とは程遠いものなのですがみなさまはどうなのでしょう。

必然であるはずの言葉の用法変化、これを歓迎しているのかしていないのか、
それともまた違う感情を抱くのか御意見を聞かせていただければ幸いです。



【893】
Re:言葉の意味変化について
 岡島昭浩
 - 05/6/12(日) 21:26 -
----
▼山田慎也さん:
>ある言葉の意味内容が時を経るにしたがって変化していくということは
>しばしばあることだと思いますが、みなさんはこのような変化に対して
>どのような感情を抱くのでしょうか。
>
>私に関して言えば、例がちょっとおかしいかもしれませんがホームページという
>言葉をWebページと同義として使用しているのを目にすると、どうも違和感を
>覚えざるを得ずちゃんとした使い方をしてくれないかなと思ってしまいます。
>このとき抱く感情は歓迎とは程遠いものなのですがみなさまはどうなのでしょう。
>
>必然であるはずの言葉の用法変化、これを歓迎しているのかしていないのか、
>それともまた違う感情を抱くのか御意見を聞かせていただければ幸いです。


自分とは違う使い方を目にすると(耳にすると)、もちろん、違和感を感じます。

そして、それが、変化なのか、臨時的な誤用であるのか、あるいは自分の方がずれているのか、などを見定めたいと思います。

臨時的な誤用であっても、それが複数の人にのぼっているのであれば、変化の兆しを感じるわけですし、たとえそれが変化であっても、同時代人に違和感を感じる人物が居ることをわかって欲しいと思っています。
そういう意味で言葉とがめをしますが、それは「間違っている」という指摘の仕方ではなく、「私には違和感があるし、おそらく私よりも上の世代にとってもそうだろう」という指摘の仕方をしたいと思っています。

翻って、自分のことばも、人に違和感を与えているかも知れません。それで、なるべく違和感を与えないように話さなければならない、と思います。しかし、一方で、違和感を表明するやり方に違和感を感じることもあるので、違和感を表明されるかどうかを確かめるように、わざとことばを選ぶこともあるように思います。

その違和感が、本心から出た違和感ではなく、いわば迷信のような、作られた違和感であることもあり(例えば「語源がこうだからこう使うべきだ」など)、その場合には、そこに違和感を感じなくて済むようになって欲しいと思います。

うまく、言えませんが、そんなところです。

なお、
「ホームページ」については、私も違和感を持っておりましたが、慣れて参りました。「webページ」という言い方を選んでおりましたが、多くはどっちつかずの「ページ」という言い方でお茶を濁しているのが現状です。



【895】
Re:言葉の意味変化について
 道浦俊彦
 - 05/6/13(月) 16:14 -
----
言葉の変化とそれに対する対応の問題は、言葉を考える上で、根本的な問題だと思います。
言葉はその使い手が人間である以上、当然変っていきます。

「放送で使う言葉」に限定しての私見としては、その変化した言葉を使う人々が全体の「9割」を超えた時点で、軸足を新しい言い方に移すべきではないかと考えています。

どうやって9割かどうかを調べるかについては、たとえば文化庁やNHK字放送文化研究所の調査を参考にすればいいのではないでしょうか。



【899】
Re:言葉の意味変化について
 畠中敏彦
 - 05/6/17(金) 17:05 -
----
ある方が、ことばは、1)誤用→ 2)ゆれ→ 3)慣用→ 4)常用の過程で変化する、と書いておられたことを、なにかで見たことがあります(3)、4)は別な表現だったかもしれません)。
つまり、2)、3)の段階においては、違和感を持つなど主観が入り込む余地があるが、常用化することにより一般化するということを言っておられたようです。
山田さんが、違和感を持っておられるのも、その言葉が2)、3)の段階にあるのかもしれませんね。
かって、この会議室でも、「全然」の後は否定でなく肯定のことば(たとえば、全然おいしいなど)に大変、違和感を持つとする意見に対し、そうでないとする意見も相当数あったような気がいたします。
(そういう意味でも、「全然+肯定」は、一般化しているのかもしれません)
気になりましたので、久しぶりに書き込みせさせていただきました。


専門用語はおもしろい # 「一時間に○○の速さで」

【479】
専門用語はおもしろい # 「一時間に○○の速さで」
 佐藤
 - 04/10/20(水) 11:16 -
----
こちらの続きです。
また台風(トカゲ)ですね。ニュースなどで、以前はたしか「時速○○kmで」と言っていたのを、「一時間に○○kmの速さで」と改めたようですが(NHKだけでしょうか)、なぜ改めたのか知りたいことです。
専用の装置・機器で厳密に計測したわけではないので(柔らかめな表現がふさわしい)、ということかなどと想像しています。あるいは「一時間に○○ミリの雨量」などと合わせたものか。



【485】
Re:専門用語はおもしろい # 「一時間に○○の速さ...
 岡島
 - 04/10/21(木) 23:34 -
----
▼佐藤さん:
>また台風(トカゲ)ですね。


私の耳に飛び込んできたのは、「近畿地方では、一部の地域が暴風圏に入り始めています」です。

この場合の「一部の地域」は、気象庁などの観測の単位なのでしょうか。そうでなければ、近畿地方の一部が暴風圏に入れば、それで「一部の地域が暴風圏に入っています」といいうると思うのです。
そして、その「一部」が次第に大きくなって行く、と捉えるのですが、「一部の地域」が「和歌山県南紀地方」などの単位であれば、〈南紀地方の一部分が暴風域に入り、その暴風域には行った部分は拡大している〉、というのを、〈南紀地方が暴風域に入り始めている〉と言って違和感を感じない訳です。

考えすぎでしょうか。



【499】
Re:専門用語はおもしろい # 「シリコン雰囲気」
 佐藤
 - 04/10/25(月) 8:25 -
----
周囲に塵埃、硫化ガス(SO2、H2S)や有機ガスの雰囲気のある場合は密封型(プラシール型)リレーをご検討ください。
プラスチックの呼吸作用がありますので、シリコン雰囲気でのご使用はお避けください。
http://www.naisweb.com/j/relayj/mech_jpn/mech_jpn_mr9/idacn5w.html

少々びっくりしました。「シリコン(の揮発ガス)を含んだ空気環境」ということなのでしょう。「何となくシリコンが漂っている感じでも危ないよ」のような、注意を喚起するニュアンスも感じられて面白く思いました。英語にでもある表現を、直訳したものでしょうか。



【511】
Re:専門用語はおもしろい # 「シリコン雰囲気」
 KS
 - 04/10/28(木) 16:04 -
----
▼佐藤さん:
>
周囲に塵埃、硫化ガス(SO2、H2S)や有機ガスの雰囲気のある場合は密封型(プラシール型)リレーをご検討ください。
>プラスチックの呼吸作用がありますので、シリコン雰囲気でのご使用はお避けください。
>http://www.naisweb.com/j/relayj/mech_jpn/mech_jpn_mr9/idacn5w.html

>少々びっくりしました。「シリコン(の揮発ガス)を含んだ空気環境」ということなのでしょう。「何となくシリコンが漂っている感じでも危ないよ」のような、注意を喚起するニュアンスも感じられて面白く思いました。英語にでもある表現を、直訳したものでしょうか。


 機械学論文の中に「ふん囲気圧力」「ふん囲気温度」「超臨界ふん囲気中における液体燃料の蒸発」とかの記述があります。雰囲気の語源は学術用語でしょうか。?



【513】
Re:専門用語はおもしろい # 「シリコン雰囲気」
 岡島昭浩
 - 04/10/29(金) 1:25 -
----
▼KSさん:
雰囲気の語源は学術用語でしょうか。?

地球のまわりを取り囲む大気を「雰囲気」としたのが、最初ではないかと思います。地学でしょうか。『言海』では「物理学の語」としています。意味は「空気に同じ」。



【521】
Re:専門用語はおもしろい # 「一時間に○○の速さ...
 NISHIO
 - 04/10/31(日) 22:00 -
----
▼岡島さん:
>この場合の「一部の地域」は、気象庁などの観測の単位なのでしょうか。そうでなければ、近畿地方の一部が暴風圏に入れば、それで「一部の地域が暴風圏に入っています」といいうると思うのです。


予報の対象となる「予報区」は以下のように規定されています。

全国予報区:日本全域

地方予報区
  北海道、東北、関東甲信、東海、北陸、近畿、中国、四国、九州北部、九州南部、沖縄の11地方予報区。

近畿地方予報区の細分区域(大阪管区気象台)
  近畿北部…………京都府北部、兵庫県北部、滋賀県北部(寒候期)
  近畿中部…………京都府南部、兵庫県南部、滋賀県北部(暖候期)、滋賀県南部、奈良県北部、和歌山県北部、大阪府
  近畿南部…………奈良県南部、和歌山県南部
  近畿太平洋側……近畿中部・近畿南部(季節予報で使用)
  近畿日本海側……近畿北部(季節予報で使用、滋賀県北部は通年日本海側)

府県予報区:1府県の区域又はこれに相当する区域。
          (ただし、北海道は7府県予報区、沖縄は4府県予報区)
  府県予報区:  一次細分区域……二次細分区域
  京都府:(京都地方気象台)
          京都府北部………丹後、中丹東部、中丹西部
          京都府南部………京都・亀岡、南丹、山城中部、山城南部
  滋賀県:(彦根地方気象台)
          滋賀県北部………近江西部、湖北、近江東部
          滋賀県南部………近江南部、近江南東部、甲賀
  兵庫県:(神戸海洋気象台)
          兵庫県北部………但馬北部、但馬南部
          兵庫県南部………阪神、北播丹波、播磨北西部、播磨南東部、播磨南西部、淡路島
  大阪府:(大阪地方気象台)
          大阪府……………大阪市、北大阪、東部大阪、南河内、泉州
  奈良県:(奈良地方気象台)
          奈良県北部………北西部、北東部、五條・北部吉野
          奈良県南部………南東部、南西部
  和歌山県:(和歌山地方気象台)
          和歌山県北部……紀北、紀中
          和歌山県南部……田辺・西牟婁、新宮・東牟婁


>そして、その「一部」が次第に大きくなって行く、と捉えるのですが、「一部の地域」が「和歌山県南紀地方」などの単位であれば、〈南紀地方の一部分が暴風域に入り、その暴風域には行った部分は拡大している〉、というのを、〈南紀地方が暴風域に入り始めている〉と言って違和感を感じない訳です。


「近畿地方の一部」といえば上記の「近畿南部」か「和歌山県」あたりでしょうか。
もっと狭い区域なら「和歌山県南部」とか「田辺・西牟婁地方」などと言うかもしれません。



【522】
Re:専門用語はおもしろい # 「一時間に○○の速さ...
 NISHIO
 - 04/10/31(日) 22:36 -
----
▼佐藤さん:
>また台風(トカゲ)ですね。ニュースなどで、以前はたしか「時速○○kmで」と言っていたのを、「一時間に○○kmの速さで」と改めたようですが(NHKだけでしょうか)、なぜ改めたのか知りたいことです。


風速や台風の移動速度を専門家は「knot」(1852m/h)で表すようです。船舶・航空関係向けにはそのまま。一般向けや放送用については、各種気象用語事典には見当たりませんでした。『NHKことばのハンドブック』にもありません。『NHK気象ハンドブック』には載っているかもしれません。

>専用の装置・機器で厳密に計測したわけではないので(柔らかめな表現がふさわしい)、ということかなどと想像しています。


台風の移動速度は、気象用ドップラーレーダーで雨滴に反射した電波の周波数変化を測定すれば正確に把握できるはずです。ただ、刻々変化するでしょうし、太洋上の移動速度に細かい数字を挙げてもあまり意味がないですね。。



【724】
専門用語は〜「好感する」
 佐藤
 - 05/2/9(水) 18:11 -
----
自動車関係のHPを見ていたら「好感する」という動詞に出会いました。
さんざんな評判だったCVTだが、制御の細やかさが増したこともあって、受け入れられるようになった。むしろシフトショックのないスムーズさを好感する向きも多くなったようで、
http://www.webcg.net/WEBCG/impressions/000016342.html

自動車関係では多用するのかと、「"好感する"」でググれば「約 892 件」あったものの、多くは経済関係(ことに株取引)での用例らしい。

国会会議録検索システムで見ると昭和28年までさかのぼってしまいました。
そこでわれわれとしては、肥料業界が急によくなるということは考えてないのでありますが、いろいろの立場から漸次よくなつて行くだろう。それにつれて資本の膨脹を招来する。資本の膨脹には収益の裏づけを必要としますから、今回いろいろの立場からはつきりした政策を立てられて、安定の方向に進められたということを非常に好感している。そういうわけであります。(参考人:瀬川美能留。- 衆 - 農林委員会 - 4号 昭和28年12月15日 )
 
さすがに『日国2』にはブランチがありますが、用例はなし。一般の辞書では動詞用法は認めていないことでしょう。



【725】
Re:専門用語は〜「好感する」
 益山 健
 - 05/2/10(木) 4:18 -
----
株関係だと「嫌気する」という語があって, それと対になることばとして「好感する」ができたのだろうかとおもっていましたが, 株式以外でもつかうのですね。



【726】
Re:専門用語は〜「好感する」
 Yeemar
 - 05/2/11(金) 17:14 -
----
新聞は、データベース検索すればたくさん出てくるかもしれませんが、手元にあるもののうち、株用語以外では次のようなものがあります。
政・官・財癒着の自民党政権を野に追いやった細川護煕首相率いる連立政権の洗練イメージを国民が好感したのもつかの間だった。〔無職・小島正吉・75・栃木県足利市〕(「毎日新聞」1995.03.20 p.5)

ノモ〔野茂英雄投手〕のビジネスライクな態度を好感している。日本人にありがちな照れ笑いとか、すまなさそうなしぐさがまるでなく、無理に好かれようというところもない。〔船橋洋一〕(「朝日新聞」1995.07.29 p.4)
書物の例がほしいですね。



【747】
Re:専門用語は〜 「室礼」
 佐藤
 - 05/2/28(月) 14:15 -
----
「室礼」という表記を見かけました。礼法・建築関係では現代でも使われているようです。
http://web.kyoto-inet.or.jp/org/gakugei/umape/09.html

和語シツラフからでたシツラヒ(イ)への宛字。類例は他にもあることでしょう。室町ごろには存在した表記らしいのですが、商標登録されているとか。んん。
http://www.shitsurai.com/menu.html



【797】
Re:専門用語 「(生きている動物を)展示する」
 佐藤
 - 05/4/15(金) 13:52 -
----
動物園では、飼育している動物を人に見せる(ようにする)のを「展示する」というのですね。
http://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=ueno&link_num=2435

剥製・標本なら「展示する」で違和感はないのですが(「標本を展示する」は別の意味でかすかに抵抗感あり?)、まだ生きているとなると、ちょっと。



【882】
Re:専門用語はおもしろい # 「有対他動詞」
 佐藤
 - 05/6/9(木) 19:29 -
----
「乾く/乾かす」のようにペアを組みうる自動詞・他動詞のことを有対自動詞・有対他動詞と呼ぶことがありますが、この場合「対」をツイと読むかタイと読むか。正誤の判定はつかないと思うので、純粋にどちらが好みかをお教えください。どちらも使うという方もいらっしゃいますか。また、初めて目にした方でも(かえってその方がいいかも)、どちらの方が好きな読みか、お教えください。
私はツイと言ってしまいます。



【883】
Re:専門用語はおもしろい # 「有対他動詞」
 道浦俊彦
 - 05/6/10(金) 7:20 -
----
初めて目にしました。意味の上からは「ツイ」と読むべきでしょうね。何も予備知識がなければ「タイ」と読んでしまいそうです。



【884】
Re:専門用語はおもしろい # 「有対他動詞」
 Yeemar
 - 05/6/10(金) 7:28 -
----
▼佐藤さん:
>「乾く/乾かす」のようにペアを組みうる自動詞・他動詞のことを有対自動詞・有対他動詞と呼ぶことがありますが、


恥ずかしながら、この用語を意識したことがありませんでした。はじめ、「対(つい)になるものが有る」ということで、「ゆうつい」か、と思いましたが、「ゆうたい」のほうが言いやすいような気もします。

別スレッド「この人が作った」ではありませんが、この用語を一般化させたのは早津恵美子氏でしょうか。手元の須賀一好・早津恵美子編『日本語研究資料集 動詞の自他』(ひつじ書房1995)巻末には研究文献一覧があり、タイトルに登場するのは、どうやら早津氏(1989)の「有対他動詞と無対他動詞の違いについて」以後のようです。同論文の冒頭には、
 日本語の他動詞は,対応する自動詞があるか否かという点で二つの類に分けられる〔略〕本稿では,前者に対して「有対他動詞」,後者に対して「無対他動詞」という用語を用いる。
など、語を定義する部分があります。その前の早津氏論文(1987)のタイトルは「対応する他動詞のある自動詞の意味的・統語的特徴」であって、少なくともタイトルに使われていません(論文中に出てくるかどうか、未見)。

ページを繰っていると、「ゆうたい、ゆうたい」と頭で繰り返す自分に気づきます。早津氏の定義では「応する自動詞のある他動詞」ということなので「ゆうたい」のつもりでしょうか。



【889】
Re:専門用語はおもしろい # 「有対他動詞」
 NISHIO
 - 05/6/11(土) 3:22 -
----
「ユウタイ」と読んでしまいました。
「対」は「タイ」と読むことが圧倒的に多いという経験則が働いたのかもしれません。

広辞苑、大辞林で「対」を先頭又は末尾に含む語のうち、「ツイ」は以下の語しかありませんでした。
対す、対句、対語、対合、対軸、対丈、対雛、対幅、対待、対聯、不対電子
一対、好一対、二六対、二幅対、三幅対、句中対、順序対、塩基対、電子対、熱電対


通俗字源もしくは道学的字源

【53】
通俗字源もしくは道学的字源
 岡島昭浩
 - 04/5/6(木) 22:17 -
----
「人」という字は左右で支え合っておらんと倒れてしますのであります。二人でなければ「人」ではないのであります。

というような、道学的字源説。いつからあるのかと思っていましたが、杉山茂丸『百魔』にありました。講談社学術文庫の上巻175頁、
元来支那の太古に文字を拵えた人は皆禅哲である。それが「人」と云う字を拵える時に「|」この様な棒のような「人」と云う字は拵えなかった。「丿」かような画と「\」かような画の二つを寄せて、人と云う字を拵えたのである。一人より外 人がいなかったならば「|」こんな字を人と読ませたであろうが、……


「道学的」と書きましたが、江戸の道学にもあるのでしょうか。



【68】
Re:通俗字源もしくは道学的字源
 田島照生
 - 04/5/13(木) 22:17 -
----
ツリー型になって、書き込ませていただくのは初めてです。
今後とも宜しくお願い申し上げます。

「人」の通俗字源については、四、五十年まえの邦画かなにかで観たおぼえが
あり、戦後に生じたものだろうと漠然と考えておりました。
しかし、杉山茂丸の生きた時代に存在していたとはつゆ存じませんでした。

「通俗字源」といわれて私がすぐに思い浮かべるのは、「戈を止むる『武』」と、
「厶に背くを公と爲す」(『韓非子』五蠹篇)くらいですが、説文の成立時にも、
すでに「虫なる者は中を屈するなり」などといった通俗字源があったようです。

つぎに引用するものは、「通俗字源」とはまったく関係がありません。
ちょっと下品なのですが、おもしろい(?)発想なので引用します。

「…例えば“匂”は字の形を見ていると、小箱の中に花びらが一枚入っている
ような感じを連想させるし、一方、“臭”は字を解体すると『自らの大』なん
てことになるので、うへーこれはもうクサイに決まってるああ嫌だ嫌だ、とい
った感想を抱かせる。」
(原田宗典『スバラ式世界』集英社文庫,p.30)

いわゆる「字割り」「字詰め」にありがちな発想ですが、「臭」については、
下方を「犬」に作る旧字体を無視してしまっています。



【885】
Re:通俗字源もしくは道学的字源 「聴」
 岡島昭浩
 - 05/6/10(金) 10:43 -
----
「聴」は、「十四の心で」(耳だけではない)というものがあるようです。(「聽」の「一」「王」はどこへ行ったのか、とも思いますが、まあよいでしょう。)

ググって見ると、「十四」を、心の数とするものの他に、十四歳の心で、とするものがありました。
「七つの子」を思い出したことでした。


ミン・ポン・ピー #

【878】
ミン・ポン・ピー #
 佐藤
 - 05/6/5(日) 23:54 -
----
旧会議室からの続き。「愛称の造語法・今昔」とかでもした方が良かったかもしれませんね。

6月4日放映の「出没! アド街ック天国」は八王子の特集だったのですが、松任谷由美の実家の荒井呉服店も出てましたね。その一室に、美大を目指していたころに書いた自筆スケッチがあり、「Yuming / 1972」とのサインがあったように見えたのですが、僻目でしょうか。1972年からユーミンを名乗っていた(らしい)ことになるのですが。


つい言ってしまう! #

【803】
つい言ってしまう! #
 Yeemar
 - 05/4/25(月) 18:45 -
----
つい言ってしまう!
の続きです。

自分はどういう言い間違いをするものか、しばらく前に、いちいち記録してみたことがあります。数日でやめました。寺尾康『言い間違いはどうして起こる?』(岩波書店 2002)のことが多少、念頭にありました。

振り返ってみると、語彙的な間違いが多く、音の間違いは少なかったように思います。

2005.04.07
「中野」を「早稲田」と言った/「押し入れ」を「たんす」/「手元」を「手前」/「たしか」を「ただし」/「一段落」を「いと……」(「いちだんらく」と「ひとだんらく」の混淆)/「あたたかい」を「あかるい」/「つかれる」ないし「しんどい」の意を表明しようとして「あつい」
2005.04.09
「冬」を「春」
2005.04.10
「汗をかかぬ」を「汗をきかぬ」/「電車」を「バス」
2005.04.11
「しだれざくら」を「しらぜだくら」

上は、「sidarezakura」→「sirazedakura」ですから、なかなか複雑な音位転倒と思います。

しばらく間が開き、2005.04.19に「まんぞく」を「まんぼく」と言ったのを記録したあたりで、やめてしまいました。

7日に間違いの数が多かったのは、発言量が多かったせいでしょう。



【806】
Re:つい言ってしまう! #
 satopy
 - 05/4/27(水) 1:50 -
----
▼Yeemarさん:
>「しだれざくら」を「しらぜだくら」
>上は、「sidarezakura」→「sirazedakura」ですから、なかなか複雑な音位転倒と思います。


 位置だけみると、母音はそのままで、子音のdrzがrzd。rzがセットで先に来たのですね。そのきっかけを考えてみて、ひょっとすると言語形成期の方言はdとrの交替(たとえば「角のうどん屋→かろのうろんや」)が見られる方言でしょうか?
 岡島さんご子息の「pato」以来の興味深い例で、ついついレスしてしまいました。お許しを。
 以前、講義で「変化のプロセス」というべきを、「変化のプロレス」と言ってしまい、ウケてしまいました。たしかに言語変化の過程はそういうものかもしれません。



【807】
Re:つい言ってしまう! #
 Yeemar
 - 05/4/27(水) 19:51 -
----
▼satopyさん:
>ひょっとすると言語形成期の方言はdとrの交替(たとえば「角のうどん屋→かろのうろんや」)が見られる方言でしょうか?


私は香川県高松市で育ちましたが、周囲では「うどん」を「うろん」のように言っていた記憶はありません。自省では、方言的な要素のために「シラゼダクラ」になったという感じはありません。

ただし、脇田順一『讃岐方言の研究』(1938、1975復刻 国書刊行会)によれば、どうも郡部を中心に(1)ザ行→ダ行、(2)ザ行→ラ行、(3)ザ行→ダ行、(4)ダ行→ザ行、(5)ダ行→ラ行、(6)ラ行→ザ行の例があったようです。

〔例〕
(1)「雑炊」を「ドースイ」
(2)「雑炊」を「ロースイ」、「人力車」を「リンリキシャ」(これは「県下全体」とのこと)、「涼しい」を「スルチイ」、「水」を「ミル」(これも知りませんが、朝鮮語「mul」と響きあって面白い)
(3)「簪」を「カンダシ」、「座敷」を「ダシキ」
(4)「戸棚」を「トザナ」、「綽名」を「アザナ」(後者の例は私にも聞き覚え・言い覚えがあります。ただし「あざな=字」との混同か)
(5)「大根」を「ライコン」
(6)「利巧な」を「ジコーナ」、「軽業」を「カジワザ」、「鈴」を「ジン」、「龍吐水」を「ジュートスイ」

上のほとんどは、私には馴染みのないものです。

ただし、(6)は、私も観察したことがあります。高松市内では「今切っている」の意で「キッリョル」と言いますが、人によっては「キッジョル」と言います。「今走っている」は「ハシッリョル」ですが、人によって「ハシッジョル」になります。

また、私が2002.05.03-04に香川県西部海上の伊吹島で聞いたところでは、「ジンザ」(甚三郎)を「ジンダ」、「理事会」を「リディカイ」というなど、ザ行→ダ行の例がいくつかありました。

縷々述べましたが、私自身の方言は、母方の埼玉方言などがまじり、あやしいことを申し添えます。基本語のアクセントも自省できないものがあります。両親、近所の人が元気なうちにアクセント調査して、私自身のアクセントとどうずれているか、いないか、確かめておかなければならないと思います。



【808】
Re:つい言ってしまう! #
 Yeemar
 - 05/4/27(水) 19:53 -
----
>ただし、脇田順一『讃岐方言の研究』(1938、1975復刻 国書刊行会)によれば、どうも郡部を中心に(1)ザ行→ダ行、(2)ザ行→ラ行、(3)ザ行→ダ行、(4)ダ行→ザ行、(5)ダ行→ラ行、(6)ラ行→ザ行の例があったようです。


(1)と(3)は重複ですね。



【826】
Re:つい言ってしまう! # (いつどとなく)
 Yeemar
 - 05/5/15(日) 19:11 -
----
「混淆」の例です。

2005.05.09、タレントの藤井隆さん・乙葉さんが婚約会見を行い、その席で「いつ結婚を決意したか」(というようなこと。または、「いつから相手を意識しだしたか」)を問われた藤井さんが「いつどとなく……」と答えていました。字幕にも「いつどとなく」と出ました。思うに「いつとなく」と「いくどとなく」の混淆でしょう。

放送局も正確なやりとりも記録していませんでしたが、捨て去るには惜しいのでこちらに報告します。芸能ニュースのサイトでもこのやりとりは記録されていないようです。



【877】
Re:つい言ってしまう! # 「地本問屋」
 岡島昭浩
 - 05/6/5(日) 14:58 -
----
「的中地本問屋」の「地本問屋」を「じほいどんや」と言ってしまいます。

おそらく、素直に読んでしまうと「じほや」なのを「じほや」に訂正しようとして、訂正個所を間違えてしまうのでしょう。


東・西・南・北 #

【870】
東・西・南・北 #
 佐藤
 - 05/5/31(火) 20:21 -
----
東・西・南・北
の続きです。

Yeemar さんからのコメント ( Date: 2003年 03月 28日 金曜日 08:13:04)
> これについて小野正弘氏は「日本語学」2002.11増刊「日本語あれこれ事典」の中で「南東・南西・北西・北東」などは〈方角〉、「東南・西南・西北・東北」などは〈地域〉であると意味の違いを説明しています。

原則的にそうであろうと思います。それはそれとして、最近目にした次の例はちょっと面白い。
ちなみに、京都の四方に現れる雲に名前がついている。東北は近江小太郎、北西は丹波太郎、東南は奈良次郎、西南は和泉三郎である。
岡田有立「京・祭詩画 水無月は水の気《季》節」『フルフル』vol.8 2005.5.1

雲の現われる方位をいうのだから方角系(南北主体)かと思いきや、地方系の「東北・東南・西南」を主に使っている。雲の名前に旧国名等が使われたために、一種のコンタミネーションのような状況になったのかもしれません。
このなかで「北西」が仲間はずれ。単に新旧の言い方が入り交じったということでもよいのですが…… 方位をいうのに「東→北→西→南」(反時計周り? 麻雀の裏返し?)の順に優先的に使うという規則があるのなら「東北・東南・北西・西南」(東西・北南は無内容)となり、岡田さんの言い方がぴったりあてはまります。
こうした序列は他の人(時代?)にも見られるかどうか、知りたくなります。


3ガイ、4カイ

【874】
3ガイ、4カイ
 道浦俊彦
 - 05/6/3(金) 10:08 -
----
最近の若者は、時間の「3分、4分」を、「3プン、4プン」と半濁音ではなく、清音で、「3フン、4フン」と言うようですが、助数詞の連濁に関して伺います。

階数の「3階、4階」は「3ガイ」「4カイ」ですが、同じ「ん」のあとにくるのに、なぜ「3階」は「ガイ」と濁り、「4階」は「カイ」と濁らないのでしょうか?
「3階」の方が、「4階」よりも良く使われるからでしょうか?
また、「13階」は濁りますか?濁りませんか?「23階」はどうですか?「103階」は??

「3階」は濁るのに「3回」は濁らないので、前に「ん」がくると連濁するということでもないようです。 

もう一つ、「3件」は濁らないのに、「3軒」はなぜ濁るのでしょうか???

ご教示ください。よろしくお願いします。



【875】
Re:3ガイ、4カイ
 Yeemar
 - 05/6/4(土) 14:33 -
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▼道浦俊彦さん:

私は、このことについて論文などを読んでいるわけではありませんが、頭を整理するために返信させてください。

「三階」と「三回」、「三軒」と「三件」の連濁の有無の違いは、語の新古、それに使用頻度によると思います。「三階」と「三回」の違いはアクセントも関係しているのでしょうか。

・文献について
最近では
 田野村忠温「「さんがい(三階)」と「よんかい(四階)」」(『いずみ通信』16 1992.08)
といった論文があるようですね(ちょっと入手しがたいものです。いずれ読みたい文章です)。

・三階と三回
「○階」のほうは、古くから使われています。(意味を無視すれば)すでに日本書紀に冠位十二階などに関する記述があります。日本古典文学大系(旧)の『今昔物語集』に「三階(サンカイ)ノ仏法」と清音表記があり、校注者がそう読んだと思われます。「平家物語」や元禄の西鶴作品では「三階」は「〜がい」と連濁しています(これは原典にそうあるのでしょう)。

いっぽう、「○回」は、古い例はあるものの、一般化したのは、江戸時代後期に物語の回数で「第一回」「第二回」「第三回」と使われるようになってからではないでしょうか。「階」に比べ、よく使われるようになったのが遅かったと見ます。

・三軒と三件
「○軒」のほうは、江戸時代に入ってからはよく使われたようで、たとえば「好色一代女」に「三軒(げん)」とあるなどこの時期以降の例は多数あります。

いっぽう、「○件」は、江戸後期以降でしょうか? 用例も少ない模様。「春色辰巳園」に「御連中の時の一件かへ」とあり、「孔雀樓筆記」に「漁具六件」とあるような使われ方です。

これらを見るかぎり、「三階」「三軒」のほうが「三回」「三件」より歴史が古く、かつまた、古くからよく使われているようです。

・「三階=さんがい」と「四階=よんかい」
「四階」が「よんがい」にならないのは、「四」を「よん」と読むのがずいぶん新しいからでしょう。『日本国語大辞典』の「よん」の項には、1917年の『口語法別記』の例しか載っていません。もちろん、これ以前にもこの読み方はあったでしょうけれども。古くは「しかい」でしょうか。

・「三階=さんがい」と「十三階=じゅうさんかい」
私は後者は濁らずに発音します。13階以上のビルは新しいため、濁りにくいのでしょうか。浅草十二階ができたのは明治ですね。

これと似ているかどうか、「十四日」「二十四日」が「〜よっか」であるのに対し、「三十四日」「百四日」などは「〜よ(ん)にち」と言いたくなります。前者は暦にあってよく使うのに対し、後者はあまり使う機会がないからだと思います。

・若い人の「三分(さんふん)」「四分(よんふん)」は気づきませんでした。いつごろから指摘されているのでしょうか。


辞書にないことば ###

【187】
辞書にないことば ###
 Yeemar
 - 04/6/29(火) 15:28 -
----
辞書にないことば ##
の続きです。

補入ということばをワープロで打とうとして辞書にないことを知りました。小型辞典にも(三省堂・新選・集英社)、『大辞林』にも『日本国語大辞典』にもない。

ごくふつうのことばだと思っていました。「メルマガに追加原稿を補入する」などと例文も思い浮かびます。一般には言わないのでしょうか。

さては学術用語、というのが大げさならば、日本語学関係の論文などに特有の用語であって、私はそれを本や何かでしらずしらず覚えたのでしょうか。「この部分は後人の補入だ」などという言い方は思い浮かびますが、それにしても専門語という意識はありません。

論文タイトルとしては
東辻保和「旧尾州家蔵河内本源氏物語の表記について―東屋巻のミセケチと補入と―」(高知大学学術研究報告17、1969.2)
などとあります。国文学論文目録データベースで11件です。

『国語学大辞典』の索引では「ポナペ語」のつぎは「骨組み語」であって「補入」はありません。

手元のデータでは『厚生新編』(1811〜39年ごろ成立)に「本説を訳して聯か此内に補入するも有り。」とかろうじてありました。「聯か」はOCRが「聊か」を読み取りそこなったものでしょうか。



【188】
Re:辞書にないことば ###――「補入」
 岡島昭浩
 - 04/6/29(火) 17:26 -
----
ググってみますと出て参ります「鉄道補入」というのは、鉄道用語かと思ったら、地図の用語のようですね。
http://www.gsi.go.jp/MAP/HISTORY/yougo.html

日本語学用語、というよりも書誌学用語、という気がいたします。
検索してみると、凡例ばっかりヒットします。

文学作品類で探してみますと、森鴎外のものに何回か使われています。書誌学に直結する「伊沢蘭軒」では百五「冬の詩が四首あるが、其中には伝記に補入すべきものを見ない。」など。「礼儀小言」でも、その十「門人伏見道太がこれを書し、歿後月日を補入したものである。」

なお、
『国語学』全文検索
http://jcs.aa.tufs.ac.jp/SJL/DB/cgi/f_SJL_index.cgi
では、32論文、96件ヒット致しました。



【192】
Re:辞書にないことば ###
 道浦俊彦
 - 04/6/30(水) 10:31 -
----
「補入」、初めて聞きました!やはり専門用語では?



【193】
Re:辞書にないことば ###――移換
 Yeemar
 - 04/6/30(水) 18:31 -
----
移換
資産をある制度から別の制度に移しかえること、でしょうか。
既存の企業年金や退職手当等の資産の全部または一部を確定拠出年金に移換する
(住友信託銀行・すみしん確定拠出年金ネットサービス「用語解説・移換」)
などと使うようです。
『大辞林』『広辞苑』になし。中辞典には載せる必要なしでしょうか。『日本国語大辞典』には「取りかえること。入れかえること。」で新聞雑誌-一二号「風俗なる者移換以て時の宜しきに随ひ、国体なる者不抜以て其勢を制す」が載っています。この用例の「移換」は「移り変わる」という意味では?

金融用語(?)としての「移換」は載っていません。



【198】
Re:辞書にないことば ###――移換
 岡島昭浩
 - 04/6/30(水) 21:12 -
----
▼Yeemarさん:
>移換
>資産をある制度から別の制度に移しかえること、でしょうか。
既存の企業年金や退職手当等の資産の全部または一部を確定拠出年金に移換する
>(住友信託銀行・すみしん確定拠出年金ネットサービス「用語解説・移換」)
などと使うようです。


「移管」と重なりそうな気がしますが、違うような気もしますね。



【201】
Re:辞書にないことば ###――律束・律速
 skid
 - 04/7/1(木) 0:37 -
----
先日、知人から「律束」を載せている辞典があるかどうか尋ねられました。
コンピュータ関係の仕事をしている彼は、大学工学部の頃から二十数年の間、何の疑いもなく「律束」を使ってきたそうです。
ところが、取引先に提出した文書に「律束」を使ったら、どういう意味なのか質問され、的確に答えられず、手元の辞典を引いても無かったのだ、と。

幸い、旧会議室で「律速」を目にしていたお陰で、「律束」は「律速」のことではないかと答えることができました。
「律速」は以下の辞典にあります。
●【律速段階】
『大辞林』第二版(三省堂)
『新辞林』(三省堂)
『国語大辞典 言泉』(小学館)
『集英社国語辞典』第二版(集英社)
『岩波理化学辞典』第三版(岩波書店)
●【律速因子】
『岩波生物学辞典』第三版(岩波書店)

しかし、ネット検索をすると「律束」もかなり使われています。
理工系で速度を律することならば「律速」のはずですが、法律関係でも「律束」が使われているようです。
法律・規律に拘束・束縛されるといった意味合いでは「律束」がふさわしいですね。



【206】
Re:辞書にないことば ### 賦存
 益山
 - 04/7/2(金) 1:53 -
----
ニュースグループ sci.lang.japan で話題になってました。

賦存?
http://groups.google.com/groups?th=7874c1513e5e703d



【208】
Re:辞書にないことば ### 賦存
 岡島昭浩
 - 04/7/2(金) 16:37 -
----
衆議院速記部『国会のことば』 (昭和27.3 日本速記協会)322頁に、「賦存 鉱物が−−する」と載っていました。
http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/PDF/kokkainokotoba.pdf
これは、
この本は、昭和二十五年七月から翌二十六年八月に至る約一箇年間に開かれた第八回ないし第十一回国会において、衆議院の本会議及び委員会で発言せられた一切の言葉を集めたものである。

というものです。

そこで、
http://kokkai.ndl.go.jp/
ここで検索してみました。
古くは、昭和22年09月27日 の衆議院本会議で使われていました。発言者は山口六郎次君。

亞炭の埋蔵量は、私の推定によりますれば、おおむね全國に賦存いたしまして、実に百億トン、



>http://groups.google.com/groups?th=7874c1513e5e703d

#eamerさんとおっしゃる方がいらして、Yeemarさんと似た名前だと思ったことでした。



【209】
Re:辞書にないことば ### 賦存
 Yeemar
 - 04/7/2(金) 21:57 -
----
同姓の方でしょうか?



【370】
Re:辞書にないことば ###「校正」の意味
 佐藤
 - 04/9/14(火) 20:12 -
----
専門用語なのでしょうが、pHをはじめ、広く諸々の測定値を、本来あるべき範囲におさめるための行為をいうのに使うようです。あるいは下記3番目の例のように測定器具自体の誤差調整とかにも。『日国2』にもブランチなく、これを覆うような語釈の工夫もありません。
http://www.kdwan.co.jp/products/beamex/ (圧力測定用??)
http://www.tscom.co.jp/products/sanki/ca100.html
http://www.millipore.com/nihon/labwater/labwsite.nsf/docs/term#こ (用語辞典)



【372】
Re:辞書にないことば ###「校正」の意味
 岡島昭浩
 - 04/9/15(水) 17:13 -
----
「較正」が元だろうと思いまして見てみますと、併記してあるページ(3番目など)もありますね。

「較正」では、「かくせい」と読まれてしまうので、字を変えたのだろうか、などと思いましたが、真相はどうなのでしょう。



【765】
Re:辞書にないことば ###「白飯」
 Yeemar
 - 05/3/22(火) 11:03 -
----
「白飯」ということばは、私は「はくはん」と読みます。ところが、日本語入力ソフトのATOK17やMicrosoft IME Standard 2003には「はくはん」は「白斑」しかない模様です。

「しろめし」と入れると、ATOKでは「白飯」、MS-IMEでは「白目氏」。ATOK辞書では「しろめし」として収録されているものと思われます。

むかし、セブン‐イレブンの弁当の棚で、炊いたごはんだけを「シロメシ」と表示して売っているのを見て(今もあるでしょう)、「あれは『はくはん』と言うべきものだ。『しろめし』では身もふたもない」と思ったことがあります。

辞書ではどうか。

*「しろめし」を――
 載せる辞書 a『日本国語大辞典』第2版(用例なし)
 載せない辞書 b『三省堂国語辞典』第5版 c『新明解国語辞典』第6版 d『岩波国語辞典』第6版 e『新選国語辞典』第8版 f『明鏡国語辞典』初版 g『小学館日本語新辞典』初版 h『集英社国語辞典』第2版 i『広辞苑』第5版 j『講談社カラー版日本語大辞典』第2版 k『大辞林』第2版

*「はくはん」を――
 載せる辞書 a(古い用例あり) k
 載せない辞書 b c d e f g h i j

*青空文庫の用例
 後の業平文治(三遊亭圓朝)「白飯(しろめし)のお手当がないのじゃ」
 河明り(岡本かの子)「カレー汁の外に、白飯に交ぜる添菜が十二三種も」

*現代の用例〔読み方不明〕
 御食事 三種をどうぞ/ 白飯 味噌汁/ もずく雑炊/ 山菜蕎麦/ 香の物(ホテルリゾーピア熱海「遊楽御膳」品書 2005.03.20採集)



【766】
Re:辞書にないことば ###「白飯」
 岡島昭浩
 - 05/3/22(火) 14:49 -
----
柴田武『生きている日本語』講談社学術文庫のp155に「白めし」あります。『生きている方言』筑摩新書では、p99に写真あり。

私がその本に貼ってあるのが、レシートで「シロゴハン」とある。(1988-08-04)、熊本の中華料理屋でもらったもの。\170。

ちなみに、
 小計  750
 預り 1,000
 釣り  250
とある。丁度払っていたらどうなっていただろうと思う。昔のレシートが出てきたらよく見てみようと思います。



【771】
Re:辞書にないことば ### ――釣札
 NISHIO
 - 05/3/27(日) 17:26 -
----
都営地下鉄線の券売機で5千円札を入れて3千円のストアドフェアカードを購入したときのこと。

 「ツリサツが出ます。ツリサツをお忘れなく」

「釣銭」ならぬ「釣札」のことだろうと推測できますが、辞書にはありません。
広辞苑(5版)、大辞林(2版)、新辞林(2版)、岩波国語辞典(6版)、日本国語大辞典(2版)で確認。

googleでは
 → 釣札 の検索結果のうち 日本語のページ 約 103 件

用例は「自動釣札機」「自動釣銭釣札機」「釣札払出機能」「紙幣釣札機能」「釣札補給方式」など。業界では一般的に用いられているのかもしれません。



【859】
Re:辞書にないことば ### (立ちそば)
 Yeemar
 - 05/5/27(金) 4:00 -
----
「立ち食い蕎麦」を「立ち蕎麦」と言うのは、定着しているのでしょうか? 「若者ことば」という気もしますが、よく分かりません。

テレビで耳にし、Webで検索してみると、意外に多く拾われます。
華原朋美 この〔丼つゆの〕匂いをね、駅前とかで嗅ぐと、いつも一人で入ってっちゃったりとかするんですよ。
勝俣州和 それ立ちそばでしょ。
(日本テレビ〔よみうりテレビ〕「新どっちの料理ショー」2005.05.26 21:30放送)
字幕には「立ち食いソバでしょ」とありました。



【862】
Re:辞書にないことば ### (立ちそば)
 道浦俊彦
 - 05/5/27(金) 10:52 -
----
▼Yeemarさん:
>「立ち食い蕎麦」を「立ち蕎麦」と言うのは、定着しているのでしょうか? >勝俣州和 それ立ちそばでしょ。
>(日本テレビ〔よみうりテレビ〕「新どっちの料理ショー」2005.05.26 21:30放送)</blockquote>字幕には「立ち食いソバでしょ」とありました。



昨日の「どっち」は見ていませんが、そんな発言がありましたか。私は言いませんし、字幕で「立ち食いそば」としていたのであれば、少なくともまだ「認められていない」と判断したのだと思います。もちろん俗語ですよね。
驚いたことに、Google検索で、3340件も出てきました!



【863】
Re:辞書にないことば ### (立ちそば)
 後藤斉
 - 05/5/28(土) 14:37 -
----
>驚いたことに、Google検索で、3340件も出てきました!


そのうち、2500件以上は特定のサイト(http://www.2ch.net)に集中しており、
しかも、同一の例が432件と数えられています。
http://www.google.com/search?q=%E7%AB%8B%E3%81%A1%E3%81%9D%E3%81%B0+inurl%3Afood3.2ch.net%2Ftest%2Fread.cgi%2Fjfoods%2F1078317899%2F&filter=0



【864】
Re:辞書にないことば ### (立ちそば)
 Yeemar
 - 05/5/28(土) 16:22 -
----
▼後藤斉さん:
>そのうち、2500件以上は特定のサイト(http://www.2ch.net)に集中しており、


私も、「Google」の3千何百件という表示を念頭に、「意外に多く拾われます」と申しました。しかし、むしろ、「Google」のリストのいちばん最後に出てくる
最も的確な結果を表示するために、上の274件と似たページは除かれています。
に注目した方がよさそうですね。274件ならば、「意外に多く」というほどではないかもしれません。

検索結果の数字の危うさについては、後藤さんがつとに警告されていることですね。



【866】
Re:辞書にないことば ### (立ちそば)
 後藤斉
 - 05/5/29(日) 22:52 -
----
>検索結果の数字の危うさについては、後藤さんがつとに警告されていることですね。


幸月庵というお店は立ち食い蕎麦屋ではないようですが、Googleでは「立ちそば」で100件ほども
ヒットしてしまいます。
http://www.google.com/search?num=100&hl=ja&q=%E5%B9%B8%E6%9C%88%E5%BA%B5+%22%E7%AB%8B%E3%81%A1%E8%95%8E%E9%BA%A6%22

Googleの「(立ち蕎麦 OR 立ちそば)」の検索結果7530件のうち有効な用例はせいぜい数百であると
思われますが、まだそれほど多くないだけに、丹念に見ればこの語の広がり始めの様子が
捉えられるかもしれませんね。



【868】
Re:辞書にないことば ### (立ちそば)
 道浦俊彦
 - 05/5/30(月) 10:18 -
----
▼後藤斉さん:
>>驚いたことに、Google検索で、3340件も出てきました!

>
>そのうち、2500件以上は特定のサイト(http://www.2ch.net)に集中しており、
>しかも、同一の例が432件と数えられています。



いつもご指摘を受けているのに、そのままの数字を書いてしまいました・・・。
キーワードを「 」でくくったので、安心してしまいました。



【1079】
Re:辞書にないことば ###――移換
 通りすがり
 - 05/10/17(月) 17:02 -
----
確定拠出年金を日本語訳にした一番初めの人が"お馬鹿"だったからだと思う。
「勝手に日本語作るなよ〜。漢字にはちゃんと意味があるんだから。」とツッコミ入れたい。。。

なぜなら、漢字には下の意味がある。
  ア.「換え」=AとBを交換する
  イ.「替え」=AをやめてBにかえる。

「移しかえること」であるなら
「預け替え」の意味を持つイが正しい。
「交換」するわけではないからね。

てか、
解かり易い日本語の「移し替え(うつしかえ)」もしくは「移管(いかん)」にしてほしい。

「移換」が一発変換できないから、
めんどうでしょうがない。。。

「さおやー、さおだけー」の掛け声

【856】
「さおやー、さおだけー」の掛け声
 道浦俊彦
 - 05/5/26(木) 11:16 -
----
「さおだけ屋」さんの掛け声の「さおやー、さおだけー」というのを聞きますが、この前半部分の「さおやー」の「や」は、「屋」でしょうか?それとも終助詞の「や」でしょうか?



【857】
Re:「さおやー、さおだけー」の掛け声
 岡島昭浩
 - 05/5/26(木) 13:50 -
----
▼道浦俊彦さん:
>「さおだけ屋」さんの掛け声の「さおやー、さおだけー」というのを聞きますが、この前半部分の「さおやー」の「や」は、「屋」でしょうか?それとも終助詞の「や」でしょうか?


終助詞でもなく、「金魚えー金魚」の「えー」のようなものだと私は思っておりました。あまり意味のない掛け声のような。


他の物売りの声を、いろいろ見てみれば分かることもあろうかと思いますが、「〜屋」というのは、「〜屋でござい」のような形になるのではないかと思っていますがどうなのでしょうか。

「くずい、くず」というのもありましたっけ。



【858】
Re:「さおやー、さおだけー」の掛け声
 kpoint
WEB
 - 05/5/26(木) 16:31 -
----
▼道浦俊彦さん:
>「さおだけ屋」さんの掛け声の「さおやー、さおだけー」というのを聞きますが、この前半部分の「さおやー」の「や」は、「屋」でしょうか?それとも終助詞の「や」でしょうか?


「たけや〜ぁ〜 竿竹!」だと思いましたけれど。
「さおや〜」は覚えがないです。



【860】
Re:「さおやー、さおだけー」の掛け声
 道浦俊彦
 - 05/5/27(金) 5:13 -
----
▼kpointさん:
>▼道浦俊彦さん:

>>「さおだけ屋」さんの掛け声の「さおやー、さおだけー」というのを聞きますが、この前半部分の「さおやー」の「や」は、「屋」でしょうか?それとも終助詞の「や」でしょうか?

>
>「たけや〜ぁ〜 竿竹!」だと思いましたけれど。
>「さおや〜」は覚えがないです。


その場合の「たけやぁー」の「や」は何ですか?というのが質問なんですが・・・。どうでしょうか?



【861】
Re:「さおやー、さおだけー」の掛け声
 kpoint
 - 05/5/27(金) 8:28 -
----
>その場合の「たけやぁー」の「や」は何ですか?というのが質問なんですが・・・。どうでしょうか?


お役に立てず申し訳ありません。
知りません。
今まで「竹だよ〜」の意味にとらえていました。



【865】
Re:「さおやー、さおだけー」の掛け声
 Yeemar
 - 05/5/28(土) 17:51 -
----
▼道浦俊彦さん:
>その場合の「たけやぁー」の「や」は何ですか?というのが質問なんですが・・・。どうでしょうか?


宮田章司氏〔寄席芸で物売りの声色を得意とする人〕の『江戸売り声百景』(岩波アクティブ新書2003)から、「や」のつくものを拾ってみます。「や」「屋」は原表記のままです。〔 〕内は私の補いです。

 a. とんがらし〔唐辛子〕やーい、とんがらしやぃ(p.40)
 b. はりいた〔張り板〕やー、はりいた。はりいたやー、はりいた(p.49)
 c. あーーあめー〔飴〕あーぁぁ、よかぁよーかぁ、よかぁよーかぁあめーや(p.56)
 d. えー、研ぎ屋ー。はさみにほうちょう研ぎおまへんか(p.62)
 e. でんでごでごでごでごでごでごでーーぇおでんや。あたぁりやぁおでん〔当たり屋おでん?〕(p.62)
 f. えー、はなっ、花屋でございっ。(p.63)
 g. くずぅーい、屑やお払い〜(p.63)
 h. かに〔蟹〕やぁーい、おーがぁーによぉーい(p.74)
 i. うめぼしや〜、あおうめ(p.75)
 j. あさがおーぉのなえやーぁぁ、ゆうがおーのなえっ。へちまとーうがぁーん、しろうりのーなえっ(p.77)

こう見てくると、i・jあたりは「AやB」という構造、hは「AやA'」という構造のようです。「たけやーさおだけ」も、「AやA'」の構造ではないでしょうか。

山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学』(光文社新書)によれば、「さおだけ屋」という商売はないのだそうですね。



【867】
Re:「さおやー、さおだけー」の掛け声
 道浦俊彦
 - 05/5/30(月) 10:14 -
----
▼Yeemarさん:


>宮田章司氏〔寄席芸で物売りの声色を得意とする人〕の『江戸売り声百景』(岩波アクティブ新書2003)から、「や」のつくものを拾ってみます。「や」「屋」は原表記のままです。〔 〕内は私の補いです。


この本、買ったまま行方不明になっていて探していたのです!ありがとうございました!

>こう見てくると、i・jあたりは「AやB」という構造、hは「AやA'」という構造のようです。「たけやーさおだけ」も、「AやA'」の構造ではないでしょうか。


やはりそうですか!私もそうではないかと。ゆえに「さお屋」「竹屋」には疑問を持ったのです。

>
>山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学』(光文社新書)によれば、「さおだけ屋」という商売はないのだそうですね。


先日、家の近くを通った「さおだけ屋」は、
「物干し台も、各種ございます」
と拡声器で言っていました。この本を読んだのでしょうかね?その可能性はありますよね、ベストセラーだし。


辞書の語釈

【237】
辞書の語釈
 Yeemar
 - 04/7/9(金) 13:05 -
----
辞書の語釈を見て気づいたことを記したいと思います。「辞書にない語釈」ならば別スレッド「辞書にないことば」でも覆えるようですが、ここは、問題ある語釈とか、語釈の変遷とかいうことにまつわるスレッドというつもりです。

持つ
たまたま『集英社国語辞典』(第2版)を開いて「持つ」の項目を見ると、第1番目に
物を手に持って、離さないでいる。提げる。「荷物を――」「左手に本を――」
とあります。その「手に持って」が分からないから辞書を引くのではないか?

取る
どうも基本語の語釈があまいのではないか、という目つきでさがすと、「取る」の第4番目に
不要なものを取り除く。「草を―」「ふろに入って一日の疲れを―」
というのも、良いのだろうかと思われます。「取る」ということばを「取り除く」ということばで説明するのはゆるされるのでしょうか。



【241】
Re:辞書の語釈――「とる」「もつ」
 岡島昭浩
 - 04/7/10(土) 17:50 -
----
辞書の語釈は、説明しようとする語を使わず、出来るだけやさしい語で、ということが望まれますね。

私もたまたま机上にあった上田萬年『ローマ字引き国語辞典』(T4.4.24発行 T4.6.10 9版)で、

Motsu 持つ [自四] ながく,そのありさまを,つづける.久しく,たへる.―To wear, endure, last, bear.――[他四]1.手にとって,ささへる.はぢ(把持)する;所持する.―To have, hold.  2.もちゐる. 3.自分のものとする.有とする.―To owe, posess.  4.そなへ有する.所有する;所持する.―To have.  5.たもつ.まもる.―To keep.  6.うけもつ.たんにん(擔任)する.

「たもつ」「うけもつ」は、許されるところでしょうか。

Toru 取る [他四] 1.手にもつ.はぢ(把持)する.(執,把)―To take, hold, carry.  2.うばふ.だっしゅ(奪取)する;奪略する. 3.ぬすむ.せっしゅ(竊取)する. 4.ぶんどる.ろくゎく(鹵獲)する. 5.めしとる.とらへる.たいほ(逮捕)する;捕縛する. 6.とりあげる.ぼっしう(没収)する. 7.とりもちゐる.使用する.―To adopt.(以下略。37まであり)

「ぶんどる」「めしとる」「とりあげる」「とりもちゐる」……沢山出てきますね。



【242】
Re:辞書の語釈
 佐藤
 - 04/7/10(土) 19:34 -
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▼Yeemarさん:
>辞書の語釈を見て気づいたことを記したいと思います。「辞書にない語釈」ならば別スレッド「辞書にないことば」でも覆えるようですが、ここは、問題ある語釈とか、語釈の変遷とかいうことにまつわるスレッドというつもりです。


以前、友人に教えてもらったのが、『明解国語辞典』(昭和18年初版)の語釈。

 つい-きゅう(0)[追及]ツヰキフ(名)おひおよぶこと。
 つい-きゅう(0)[追求]ツヰキウ(名)おひもとめること。
 つい-きゅう(0)[追究]ツヰキウ(名)おひきはめること。

あるいは有名な例で、どこかで読んで記憶にあったのかもしれません。コンパクトな辞典に多くの語を収載するので大変だとは思うのですが…… もちろん、昭和18年の社会情勢を考えれば、出版しただけで素晴らしいことかとも思います。現代のものは懇切な語釈になっています。



【849】
Re:辞書の語釈(アリバイ)
 Yeemar
 - 05/5/21(土) 10:49 -
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「アリバイ」が「現場不在証明」(そこにいなかったことの証明)という意味ではなく使われている例です。「あとで言いわけに使うため、いいかげんに作った証拠。」という語釈でいいでしょうか。佐藤貴裕さんかどなたかがこの用法あることをご指摘になったと記憶しますが……
〔報告者は〕報告内容が聞き手に理解されようとされまいとどうでもいいと考えているらしい。舞台から会場のほうへ目を転じると、聴衆のほうも心得ているらしく、大方は鼻で舟を漕{こ}いだり、鼾{いびき}さえかいたりしている。〔略〕こんな時は、もしかしたら自分たち〔通訳者〕も、この会議が「国際的」なものであることのアリバイづくりのために雇われたのではないかと思ってしまう。(米原万里『不実な美女か貞淑な醜女{ブス}か』〔徳間書店1994.09〕新潮文庫 2003.03.30 8刷 p.253)




【850】
Re:辞書の語釈(補導)
 Yeemar
 - 05/5/21(土) 11:30 -
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「補導」というのは、『三省堂国語辞典』第5版によれば「〔少年が〕まちがった ほうへ行かないように、忠告し指導すること。「―係・―歴・学生の―」」とあります。つまりは「教育・善導・訓導」などの類義語ですね。

ところが、ニュースでは「中学3年の少年らが逮捕、中学2年生が補導された。」などと、「検挙」の意味に使っています。もちろん、「検挙」も「補導」の一環でしょうが、本来の意味から考えれば、「中学2年生が教育された」とか「中学2年生が善導された」と言っているのと同じであり、おかしく感じます。補導の主たる部分は、検挙した時点以後に行われるものでしょう。

辞書に、「〔俗に、少年を検挙することの意で用いる〕」とでも添えておけばいいのかもしれません。

「補導」をなんとなく「捕導」と思っている人が多いということはないでしょうか。私も、不意に問われれば「捕導」と書くかもしれません。

ところで、次のような「補導」の使い方もあるようで、これは辞書にない語釈ではないでしょうか。
 突然話は変わるが、飼い犬を散歩の際に鎖に繋{つな}いで補導していた私は、自分が一方的に飼い犬の自由を束縛していると思っていたが、(米原万里『不実な美女か貞淑な醜女{ブス}か』〔徳間書店 1994.09〕新潮文庫 2003.03.30 8刷 p.307)



同音異義語

【847】
同音異義語
 Yeemar
 - 05/5/21(土) 7:58 -
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橋梁談合問題で「鋼橋工事」という文字が新聞に出ていますが、耳で聞くと「公共工事」と区別できないだろうと思います。
 官公庁発注の橋梁{きょうりょう}(鋼橋)工事の入札をめぐり、二つの談合組織で03、04年度に幹事会社を務めた石川島播磨重工業など橋梁メーカー8社の大半が談合行為を認める方針であることが関係者の話で分かった。〔略〕 市場規模が年間約3500億円に上る鋼橋工事をめぐる過去最大級の談合事件に発展する。〔橋梁談合 8社の大半認める 公取委告発へ 受注調整を主導〕(「朝日新聞」2005.05.21 p.1)
NHKニュースおはよう日本 2005.05.21〔インターネット版音声で確認〕では、次のように言い直しています。
国土交通省が発注した鋼鉄製の橋の工事の入札をめぐって、談合が行われた疑いがもたれている問題です。




【848】
Re:同音異義語
 Yeemar
 - 05/5/21(土) 8:22 -
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米原万里『不実な美女か貞淑な醜女{ブス}か』〔徳間書店1994.09〕新潮文庫 2003.03.30 8刷より、同音異義語の話題を。
そんなわけで、同音異義語が極めて多い日本語を商売道具の一つにしている通訳稼業{かぎょう}の宿命として、誤解を生まない言葉選びに細心の注意を払わなくてはならない。/ ある会議に出席していて、ベテランの英語通訳が「コウギョウ」と言って、すぐさま「カネヘン 金偏」とつけ加えたのに、いたく感動したことがある。「コウギョウ」には、工業も鉱業も興業もあるからだ。(p.92)

 さて、ある老人学シンポジウムで、当時はソ連であった国から長寿学の専門家が招かれて講演をした。一時間半におよぶ講演で、テーマは「ソウロウをいかに克服するか」。その通訳を依頼された私の友人は、無事その通訳をつとめ上げた〔中略〕「早老をいかに克服するか」というつもりで通訳していたのだが、その会場にいた百名近くの人々は、どうやら違う意味で受け取っていたということが、その〔主催者により〕文書化された訳文を見て、初めて分かったのだった。(p.93)



『砂の器』

【837】
『砂の器』
 岡島昭浩
 - 05/5/18(水) 17:23 -
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ことば番組放送予定の一部や、誤植の一部で触れられた、都竹通年雄の「とだけ」については、新潮文庫の編集の方に一応連絡はしておきました。

小西いずみ「松本清張『砂の器』における「方言」と「方言学」」『都大論究』42号 2005.4

という論文を見ましたら、カッパノベルスから「とだけ」のルビが付けられている、ということでした。なお、小西氏は改版前の新潮文庫は見ておられないようです。

たしか、Yeemarさんが、『砂の器』における方言の話を書いてらしたと思うのですが、どこでしたっけ。

黒崎良昭「松本清張「砂の器」におけるズーズー弁の不思議」『園田学園女子大学論文集』38,2003.11

というのもあるそうです。



【840】
Re:『砂の器』
 Yeemar
 - 05/5/18(水) 21:49 -
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▼岡島昭浩さん:
>たしか、Yeemarさんが、『砂の器』における方言の話を書いてらしたと思うのですが、どこでしたっけ。


方言の話というほどもない事ですが、

>ことば番組放送予定の一部


に少し書きました。黒崎氏・小西氏のご論文は、私の疑問にこたえてくれるかと思いますが、はたしていかが。



【845】
Re:『砂の器』
 岡島昭浩
 - 05/5/20(金) 23:44 -
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▼Yeemarさん:
>黒崎氏・小西氏のご論文は、私の疑問にこたえてくれるかと思いますが、はたしていかが。


小西氏のものしか読んでいませんが、疑問を共有することになるのではないかと思います。


戦勝60周年

【820】
戦勝60周年
 道浦俊彦
 - 05/5/12(木) 5:11 -
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5月9日、ロシアで対ドイツ戦勝60周年の式典が華々しく開かれましたが、疑問に思ったのは、
「なぜ50年ではなく60年なのか?」
ということです。私などの感覚では50年の方が「節目」だと思うのですが、何かロシアを始めとした欧米には「60年」を区切りと考えるようなものがあるのでしょうか?還暦?ではないですよね。
50年の時もこのような式典がロシアであったかどうかはわからないのですけど。単に10年ごとの式典なのでしょうか?それとも12進法、あるいは60進法との関連はあるのでしょうか?



【821】
Re:戦勝60周年
 面独斎
 - 05/5/12(木) 5:40 -
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高知新聞社説より。

「10年前の50周年記念の式典もモスクワで行われた。」

http://www.kochinews.co.jp/0505/050508editor.htm



【827】
Re:戦勝60周年
 道浦俊彦
 - 05/5/16(月) 21:59 -
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▼面独斎さん:
>高知新聞社説より。
>「10年前の50周年記念の式典もモスクワで行われた。」


そうだったのですか!じゃあ、特に60年を意識していないのでしょうか?
70年も80年も90年も、もちろん100年も、110年もやるのでしょうか?そこまで生きてないので、わかりませんが。

ただ、この高知新聞の中には、

>10年前の式典で軍事パレードには各国首脳も欠席した。ロシアがチェチェン
>の独立を抑える軍事介入を本格化させていたからだ。その情勢は大きく変わって>はいない。エリツィン政権を継いだプーチン政権は、旧ソ連圏への影響力を失う>まいと強権的な内外政策をとり続ける。


というふうに書かれています。
50周年の式典であるにも関らず、各国首脳は欠席したのですね。そしてチェチェンをめぐる情勢はその時と大きく変っていないにも関らず、今回の60周年は出席したのは、やはり50年より60年の方が重要視されているということとでは?
たまたまですかねえ・・・。



【832】
Re:戦勝60周年
 面独斎
 - 05/5/18(水) 6:28 -
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>50周年の式典であるにも関らず、各国首脳は欠席したのですね。


式典には出席したが、式典の一部である軍事パレードには欠席した――と私は読みましたが……。



【834】
Re:戦勝60周年
 岡島昭浩
 - 05/5/18(水) 11:09 -
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▼道浦俊彦さん:
>50年の時もこのような式典がロシアであったかどうかはわからないのですけど。単に10年ごとの式典なのでしょうか?それとも12進法、あるいは60進法との関連はあるのでしょうか?


西洋人は、われわれ日本人に比して、半ダースである6に「ちょうどよさ」を感じるようである、というような文章を、昔読んだ記憶があります。鈴木孝夫だったか、外山滋比古だったか。切手を買うとき、我々ならば五枚買うところを六枚買う、というような内容だったと思います。
それを思い出しました。



【835】
Re:戦勝60周年
 佐藤
 - 05/5/18(水) 12:51 -
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▼岡島昭浩さん:
>西洋人は、われわれ日本人に比して、半ダースである6に「ちょうどよさ」を感じるようである、というような文章を、昔読んだ記憶があります。鈴木孝夫だったか、外山滋比古だったか。切手を買うとき、我々ならば五枚買うところを六枚買う、というような内容だったと思います。


柴田武先生ですね。「切手の五枚と六枚」(『日本語を考える』所収)。なにやら懐かしい。



【836】
Re:戦勝60周年
 岡島昭浩
 - 05/5/18(水) 17:06 -
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▼佐藤さん:
>▼岡島昭浩:

>>西洋人は、われわれ日本人に比して、半ダースである6に「ちょうどよさ」を感じるようである、というような文章を、昔読んだ記憶があります。鈴木孝夫だったか、外山滋比古だったか。切手を買うとき、我々ならば五枚買うところを六枚買う、というような内容だったと思います。

>
>柴田武先生ですね。「切手の五枚と六枚」(『日本語を考える』所収)。なにやら懐かしい。


おお、佐藤さん、どうもありがとうございます。実は、「ひょっとして柴田武かも」と書きかけて、なぜそう思うのだろうという自分の感覚が全く説明できないものだったので、消したのでした。

御情報をいただき、すごくすっきりした気分です。



【838】
Re:戦勝60周年
 道浦俊彦
 - 05/5/18(水) 17:24 -
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▼岡島昭浩さん:
>西洋人は、われわれ日本人に比して、半ダースである6に「ちょうどよさ」を感じるようである、というような文章を、昔読んだ記憶があります。鈴木孝夫だったか、外山滋比古だったか。切手を買うとき、我々ならば五枚買うところを六枚買う、というような内容だったと思います。
>それを思い出しました。


あ!確か鈴木孝夫です!私もそんな気がしてきました!確認してみます!



【839】
Re:戦勝60周年
 道浦俊彦
 - 05/5/18(水) 17:29 -
----
>▼岡島昭浩さん:

>>西洋人は、われわれ日本人に比して、半ダースである6に「ちょうどよさ」を感じるようである、というような文章を、昔読んだ記憶があります。鈴木孝夫だったか、外山滋比古だったか。切手を買うとき、我々ならば五枚買うところを六枚買う、というような内容だったと思います。
>>それを思い出しました。

>
>あ!確か鈴木孝夫です!私もそんな気がしてきました!確認してみます!



すみません・・・最後まで読んでから書けばよかった・・・柴田武さんですね。読んでみます。ありがとうございました。



【841】
Re:戦勝60周年
 satopy
 - 05/5/18(水) 22:12 -
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▼岡島昭浩さん:
>>柴田武先生ですね。「切手の五枚と六枚」(『日本語を考える』所収)。なにやら懐かしい。

>
>おお、佐藤さん、どうもありがとうございます。実は、「ひょっとして柴田武かも」と書きかけて、なぜそう思うのだろうという自分の感覚が全く説明できないものだったので、消したのでした。


いや、混線されるのも分かります。1980〜90年ごろって、日本文化論、比較文化論みたいなものがけっこう流行ってましたよね。何か一語で象徴して語らせようというのから始まって(大和魂・間・甘え…… ちょっと懐かしい)。「切手の五枚と六枚」もそのころが初出だったように思います。



【844】
Re:戦勝60周年
 NISHIO
 - 05/5/19(木) 17:45 -
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▼岡島昭浩さん:
>西洋人は、われわれ日本人に比して、半ダースである6に「ちょうどよさ」を感じるようである、というような文章を、昔読んだ記憶があります。鈴木孝夫だったか、外山滋比古だったか。切手を買うとき、我々ならば五枚買うところを六枚買う、というような内容だったと思います。


洋食器は6客揃え、和食器は5客揃えが基本ですね。奇数を吉とする陰陽思想の影響でしょうか。仏教では「六」も重要な数のようですが。


感動詞

【842】
感動詞
 Yeemar
 - 05/5/19(木) 1:10 -
----
なんというスレッドを立てればいいのかよく分かりませんので、「感動詞」としておきます。

道浦俊彦さんの「平成ことば事情」ことばの話2072の「『ごくせん』と『こるああっ』」で、漫画「ごくせん」の主人公が「こるああっ」と怒ることについて書かれています。「2ちゃんねる」では半角カタカナの「ゴルァ」ですね。

山口瞳『江分利満氏の優雅な生活』(新潮文庫 平成15年8月5日41刷 p.68)では、「ク、ラアー」というのが出て来ます。
松本上等兵はクスッと笑って、「おい、江分利よ、初年兵さんよ、おめは片目がつぶれねえのかよ」江分利は答えない。「なんとか言わねえかよ」江分利は目の前の蟻{あり}の動きを追った。「ク、ラアー(コラ!)」ときた。笑いからすぐ激怒に変る軍隊演技というものがある。
おそろしさを感じさせるため、「こら」をさまざまに変化させるのですね。



【843】
Re:感動詞
 道浦俊彦
 - 05/5/19(木) 15:26 -
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▼Yeemarさん:
>おそろしさを感じさせるため、「こら」をさまざまに変化させるのですね。


そういう意味では、外国語や擬音語みたいに、聞き取りようによって、表記が変るとも言える気がしますね。


オヤジギャグの初出は?

【828】
オヤジギャグの初出は?
 道浦俊彦
 - 05/5/16(月) 22:03 -
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「オヤジギャグ」という言葉は、『日本俗語大辞典』(米川明彦編)だと1998年版の『現代用語の基礎知識』の用例が出ていますが、もっと古くから使われていたような気もします。いつ頃から使われていたのでしょうか?どなたかご存知の方はいらっしゃいませんか?



【829】
Re:オヤジギャグの初出は?
 Yeemar
 - 05/5/16(月) 23:44 -
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▼道浦俊彦さん:
>「オヤジギャグ」という言葉


とりあえず、新聞の用例ですが、「朝日新聞」1990.01.23 p.18に中尊寺ゆつこさんの談話が載っています。
「コースに出る時は、おじさんの中に紅一点、なんてことも。オヤジギャグをとばして、昼間からビール飲んで……。“オヤジギャル”って、ゴルフ場で思いついたんです」
ある範疇の人々を「オヤジ」というくくり方をするのは、そういえば、このころからかなあ、と思いますが、いかがでしょうか。



【833】
Re:オヤジギャグの初出は?
 道浦俊彦
 - 05/5/18(水) 7:51 -
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▼Yeemarさん:
>とりあえず、新聞の用例ですが、「朝日新聞」1990.01.23 p.18に中尊寺ゆつこさんの談話が載っています。
「コースに出る時は、おじさんの中に紅一点、なんてことも。オヤジギャグをとばして、昼間からビール飲んで……。“オヤジギャル”って、ゴルフ場で思いついたんです」
ある範疇の人々を「オヤジ」というくくり方をするのは、そういえば、このころからかなあ、と思いますが、いかがでしょうか。


やはりそうでしたか!私も中尊寺ゆつこさんの「オヤジギャル」から派生したのではないかと思っていました。それだと1987〜8年頃にさかのぼれるのではないかと思っていました。語感も似ているし。この記事を読むと、「オヤジギャル」よりも古いかもしれませんね。


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